第106話 新学期(二年生)⑥

 近づいてみて気づいたが、湯山はかなりのイケメンだった。

 クラスメイトにあんまり興味がないからな。名前くらいは憶えているけど、誰がクラスでどんな立ち位置にいるのかは知らなかった。

 こんなにイケメンならきっとクラスの中心人物になっているんだろうな。と、一瞬思ったが、こんなところに一人でいるところを見るとそうでもないのかもしれない。


「何してるんだ?」

「ん、ああ。佐伯か」


 湯山も俺のことを認識していたらしい。湯山がゆっくりとこっちを向くと俺の名前を呼んだ。

 やっぱり、かなりの美形だ。

 

「雨降ってきたから戻らないと怒られるぞ」

「ああ、そうだな。雨降ってたのか」


 雨が降っていることに今気が付いたのか、湯山は手のひらを前に出して、雨が降っていることを確かめた。

 まったく、イケメンというやつも何をしても絵になる。


「ほら、戻るぞ」

「先に、戻ってくれていいよ。俺はもう少し滝の音を聞いてから行くから」

「それじゃあ、困るんだよ。俺たちが帰れない」

「ああ、そうか。それなら、仕方ない」

「どうしたんだ。何か悩み事でもあるのか?」


 普段なら、他人の事情にあまり首を突っ込む方ではないのだが、なぜだか、この時俺は湯山にそう言っていた。

 もしかしたら、目の前で滝の音を聞いている湯山が俺と重なっていたからかもしれない。湯山は何か悩みを抱えているような顔で滝の音を聞いていた。

 俺も悩み事抱えているとこの滝の音を聞きたくなるから、湯山の気持ちが分かったのかもしれない。


「よく分かったな」


 湯山は少し苦笑いを浮かべて俺のことを見た。

 そのまま、悩みを打ち明けてくれるかと思ったが、そんなことはなかった。


「戻るか」

「もういいのか?」

「ああ。佐伯のおかげで少しだけ心が軽くなったよ」

「俺は何もしてないけどな。それなら、よかった」


 湯山の悩みとは何だったのか、少し気になったが、本人に言う気がないようなのでこれ以上首を突っ込むことはやめておこう。

 俺は湯山と一緒に集合場所に戻った。


 この日から、俺と湯山はちょくちょく話すようになった。

 そして、今では俺の親友だ。琴美と同様で英彦も何かと話しかけてくれるからな。この時と比べたら、だいぶ打ち解けて、今ではこいつキャラ変わってねと思うほどだ。

 なんだか、懐かしことを思い出してしまったな。


「どうしたの? そんなに笑顔になって?」

「去年のことを思い出してたら懐かしくてな。あの頃と比べたら二人とも変わったなって」

「何言ってるの。一番変わったのは蒼月君だよ?」

「そうか?」

「そうだよ! あの頃は和足のこと煙たがってたでしょ?」


 ぶんぶんと頬を膨らませて怒る琴美。


「それは、琴美が毎日のように俺の席に来るからだろ。俺は目立ちたくなかったのに」

「だって、蒼月君と仲良くなりたかったんだもん」


 まぁ、今ではあの時間も大切な思い出なんだけどな。

 

「ありがとな。懲りずに俺に構ってくれて」

「もう! こんな時にそんなこと言わないでよ!」


 顔を真っ赤にして照れる琴美。

 あの頃の俺は想像もしていないだろうな。琴美と恋人になっていることなんて。

 結局俺は琴美の思惑通り餌付けされたんだろうな。

 それを悔しいとは思はないし、癪だとも思わない。むしろ、感謝しかない。


「いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとうな。今日の弁当も期待してる」

「だから、不意打ちはやめてってば~!」

 

 もう行くよ、と顔を真っ赤にしたまま琴美は玄関に向かって行ってしまった。

 俺も琴美の後を追って玄関に向かった。

 

「今日のお弁当も美味しいから惚れ直さないでね!」

「それは楽しみだな」


 今年の遠足は天気もいいし、楽しいものになりそうだった。

 琴美と一緒に玄関を出る。俺の今の心はこの天気のように清々しかった。


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