第105話 新学期(二年生)⑤
目的地に到着した俺たちの点呼を担任の先生が取るとすぐに自由行動になった。
現在時刻は午前十一時。再びこの場所に集合するのは十四時ということだった。
三時間。さて、どうやって時間を潰そうか。
この公園は奥に行くと神社があって、さらに奥には湖がある。その湖に続く道には橋があって、そこから近くを流れる滝の音を聞くのが俺は好きだった。
「とりあえず、そこまで行くか」
俺は何度かこの場所に来たことがあるので道順は知っていた。
問題はこのべったりとくっついている琴美をどうするかだ。
負ける自信もないしな。俺は琴美の顔を見た。琴美はニコッと微笑んだ。
俺は、はぁ~。とため息をついて奥にある湖に向かって歩き始めた。
予想通り琴美は俺の後ろをついて歩く。湖には数分で到着した。
他に行くところがないのか、そこにはたくさんの生徒がいた。
「うわぁ~。素敵な場所だね!」
琴美が湖の前に設置されている落下防止の柵から体を乗り出した。
どうやら、琴美は初めてこの場所に来たらしい。
「おい。危ないから、あんまり体乗り出すなよ」
「大丈夫、大丈夫。あっ……」
そう言ってるそばから、琴美は手を滑らせて湖に落ちそうになった。
俺はとっさに琴美のお腹らへんに腕を滑り込ませて支えた。
細いな。いやいや、今はそんなことどうでもいい。
「だから、危ないって言っただろ」
「うん。ごめん……」
琴美は明らかにしょんぼりとした顔をしていた。
自業自得なので仕方がないが、ずっとしょんぼりとされていても困るので俺は琴美のことを少し元気づけることにした。
ちょうど、屋根のある休憩場が空いていたので俺たちはそこに腰を下ろした。
「そろそろ、ご飯にしないか? 作ってきてるんでしょ?」
「うん。作ってきたよ」
どうせそんなことだろうと思ってお弁当を持ってこなかった当たり、俺も琴美のお弁当に期待している証拠なのかもな。
琴美がリュックの中から二つのお弁当を取り出した。
「はい。蒼月君」
「ありがとう」
「というかさ、私が弁当持ってくるって思ってたの?」
「そうだね」
「へぇ~。そうなんだ」
なぜだか、琴美は嬉しそうにそう呟いた。
少しは元気が出たのかな。
「なんだかんだ、蒼月君は私が必要だよね~。私が弁当持ってこなかったらどうするつもりだったの?」
「まぁ、それはないだろうなって思ってた」
「ふ~ん。そっか、そっか~」
満足した顔で何度も頷く琴美。
完全にいつもの琴美に戻ったようだった。
「ほら、食べようよ~。私が作ってきてあげたお弁当!」
「調子に乗るな。でも、ありがと」
俺は弁当箱を開けて琴美が作ってくれたご飯を食べることにした。
いつも通り、琴美が作った料理は美味しかった。
本当は幸せなのかもしれないな。毎日こうやって美味しいご飯を食べることができていることは。
俺はそんなことを思いながら、絶品のおかずたちを口の中に運んでいった。
「ごちそうさまでした」
「美味しかった?」
「うん。今日も美味しかったよ」
「よかった」
ご飯を食べ終えたところで、ぽつぽつと雨が降り出してきた。
「雨だ」
「だね。そろそろ、戻らないとまずいかもな」
湖の周りにいた生徒たちもばらばらと戻り始めていた。
この公園に到着した時に学級主任から言われていたのだ、雨が降り出したら速やかに集合場所に戻ってくるようにって。
傘を持ってきていないので、急いで帰るのだろう。
時刻はまだ十三時を回ったところだった。
俺たちもほかの生徒に合わせて集合場所に戻ることにした。
「今年の遠足はこれで終わりか~」
「みたいだな」
琴美は名残惜しそうにそう呟いた。
そんな琴美をよそに俺は別のことに気を取られていた。俺の視線の先には一人の男子生徒の姿があった。
あいつはたしか、同じクラスの湯山か。
何をしているのだろうか。見たところ、橋の上で滝を眺めていようにみえるけど。
てか、集合しにといけないんだけどな。こいつがいなかったら俺たち帰れないんじゃないか。
「悪い。先に行っててくれない?」
「どうしたの?」
「ちょっと用事を思い出して」
「分かった。じゃあ、先に言ってるね」
特に琴美と行動を一緒にしないといけない理由なんてないのだが、一応琴美に断りを入れて、俺は湯山のもとへと向かった。
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