番外編
第96話 二人の出会い【葵と雄二編】
私が彼のことを初めて見たのは図書館だった。
当時、高校三年生の私は受験勉強をするために初めて図書館というものに行った。
彼は私と同じ学校の制服を着ていた。胸のところに桜のマークが入ってる制服だ。襟元には三年生のバッチを付けていた。だけど、私は彼のことを知らなかった。二年間、同じクラスになったことはなかったのだ。
彼は、テーブル席に座って顔を下に向けて本を読んでいた。
私はなぜだかそんな彼に目を奪われてしまっていた。そして、気が付けば、彼の前の席に座っていた。
彼は目の前に座った私のことにまったく気が付いていない様子だった。
結構、かっこいい顔をしてるわね。
私は彼の顔を見定めるような目で見た。長い睫毛。キリっとした目。うつむいてても分かる高い鼻。ちょっとだけ、ぽってりとした唇も色っぽかった。
これだけ、観察してても彼は私のことに気が付かない。どんな面白い本を読んでいるのだろうか。
私はこれほどまでに本というものに没頭したことはなかった。だから、余計に気になった。
声をかけてしまおうか。でも、邪魔するのもなんだか気が引ける。
とりあえず、受験勉強をしよう。そのために図書館に来たんだから。私は勉強道具を机の上に広げて受験勉強を始めた。
どのくらい時間が経っただろうか。
ふと、顔をあげてみると、彼の姿はなくなっていた。
帰ったのかな。残念。明日学校で探してみようかな。
「すみません。そろそろ、帰らないと閉館時間になりますよ」
「え……」
私に声をかけてきたのは、なんとさっきまで目の前にいた彼だった。
帰ったんじゃなかったんだ。て、そんなことより、もうそんな時間!?
「あ、ありがとう」
「いえいえ、勉強に集中してらっしゃたので」
彼はそう言って優しく微笑んだ。
わたしに気を遣ってくれたのか。なんだか、嬉しかった。
「よかったら、一緒に帰らない?」
「え……一緒にですか?」
「ダメ?」
「でも、僕の家は駅の方ですよ」
「なら、一緒じゃん!」
家が同じ方向ということが分かって、つい大きな声になってしまった。
「しー。ここは図書館なんですから静かに」
「あ、ごめん。それで、ダメ?」
「まあ、同じ方向に帰るならいいですよ」
「ありがとっ」
そうと決まれば、私はさっさと勉強道具を片付けて立ち上がった。
私たちはその足で図書館を後にした。
外は、まだ明るかった。今は、冬から春になったばかりで、私たちは春休みだった。
彼と一緒に商店街を歩いて駅に向かっていく。
「そういえば、名前なんて言うの?」
「佐伯雄二です」
「佐伯雄二。どこかで聞いたことがあるような……」
どこだっただろうか。私はそのあ名前に見覚えがあった。確か……。
「もしかして!? 一年の時からずっと学年一位の、あの佐伯雄二!?」
「まあ、その佐伯雄二ですね」
「まさか、実在してたなんて!?」
「失礼ですね。ちゃんと、実在してますよ」
「だって、誰に聞いても知らないって言うんだもん」
「まあ、友達はいませんからね」
佐伯君は少し寂しそうにそう呟いた。
その時の顔があまりにも切なくて私の心はぎゅっと締め付けられた。
「ところで、あなたは?」
「わ、私は
「草薙さん。ああ、前回のテストで二位だった」
「そう。前回のテストで佐伯君に勝てなかった草薙」
私は笑顔でおどけながら言った。
そんな私を見て佐伯君が笑った。優しい笑顔。今度はその笑顔に胸がぎゅっとなった。
「ずっと気になってたんだけど、何の本を読んでたの?」
「ああ、あの本ですね」
佐伯君がカバンから図書館で読んでいた本を取り出して見せてくれた。
見たことも聞いたこともないタイトルの本だった。
「知らない本だ」
「でしょう。結構、マイナーな本ですから」
「そうなんだ。面白いの?」
「面白いですよ。読み終わったら貸してあげましょうか?」
「え、いいの!?」
「はい」
「じゃあ、貸して!」
私がそう言うと、佐伯君は笑顔で頷いた。
佐伯雄二ってこんな人だったんだ。ずっと、どんな人なのか気になってた。一年の時から一位を取り続けている彼のことを。だけど、なぜか不思議なことに彼のことを誰も知らないのだ。どのクラスの生徒に聞いても知らないという。私は幽霊なのではないかとずっと思っていた。だけど、違ったみたい。佐伯雄二は実在した。そして、幽霊なんかでは放つことができない温かなオーラを放っていた。
私はこの時から、佐伯雄二という人物に夢中になった。もっと、彼のことを知りたいと思うようになっていた。
三年生で同じクラスになればいいなと思いながら私は佐伯君に手を振って別れた。
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