第93話

 実家への帰省を終えて、俺たちは久しぶりにマンションに戻ってきた。

 

「久しぶりだ~」


 琴美は家の中に入るなり、ソファーに飛び込んだ。


「その気持ちは分かるけど、はしたないぞ。琴美」


 琴美は今、スカートをはいていて少しでも動けば見えてしまいそうだった。


「見たい?」

 

 スカートの裾を少しだけわざとめくって琴美はそう言った。俺はそんな琴美の頭をポカっと叩くと、ちゃんと座るように言った。


「はーい。ちゃんと座りますよ」

「よろしい」

「ところでさ、明後日、アリスと湯山君と一緒に遊ぶことになってるんだけど、いいよね?」

「いいも何も、俺に拒否権は?」

「もちろんないよ!」

「ですよね。了解」


 まあ、俺も久しぶりに英彦と会いたかったからいいか。

 終業式以来、連絡を取ることはあっても会うことはなかった。英彦もきっと平子さんと楽しい日々を過ごしていたことだろう。あの二人がケンカすることなんて想像できなかった。


「ちなみにどこに行くんだ?」

「それは、もちろん初詣だよ~」

「二回目じゃねぇか!」

「いいじゃん。ちなみにその後に年越しそばを食べるよ~」

「もう、年越して五日も経つのに!?」

「まあまあ、そんな細かいことは置いといて、この本読むんでしょ?」

「細かくないけど……読むよ……」


 俺は琴美がカバンから取り出した葵の新刊の小説を受け取った。

 とうとう、俺は最新刊までやってきてしまった。正直、なぜ、今まで読まなかったのかというくらい葵の小説は面白かった。

 もともと、本を読む習慣がなかったから仕方がないんだけどな。そんな俺を変えてくれた琴美には感謝しかないな。


「読み終わったらまた感想言い合おうね~」

「了解」


 もはや、琴美との読書後の感想を言い合うのは当たり前になりつつあった。本は読むためだけにあるんじゃなくて、読んだ後にもこうやって誰かと一緒に楽しむことができるんも魅力の一つだよな。それを教えてくれたのも琴美だった。


「本っていいな」

「だよね~」

「本のよさを教えてくれたのは琴美だよ。ありがとう」

「どうしたしまして!」


 琴美は嬉しそうに笑った。

 ほんと琴美と出会っていろいろと変わったな。

 俺はそんなことを思いながら本を開いた。


「私も本取ってこよ~」


 そう言って、琴美は自分の部屋に本を取って戻ってくると肩と肩が触れ合う位置に座った。

 それから、俺はきりのいいところまで本を読んだ。なぜ、そこでやめたかというと、琴美が俺の膝の上にこてんっと頭を乗せてきたからだ。さすがにこの状態で本を読めるほどの胆力は俺にはなかった。

 すやすやと眠っている琴美の手から本を取ってテーブルの上においてあげた。


「それにしても珍しいな」


 琴美が本を読んでいる最中に眠るなんて、きっと疲れてたんだろうな。俺の実家にいる間、琴美なりに気を遣ってくれていただろうしな。

 俺は眠っている琴美の頭をゆっくりと撫でた。サラサラでしっかりと手入れされた黒髪が顔に流れる。

 琴美が目を覚ますまでそのままにしておいてあげよう。本を読めるはずもなかったので、俺も目を瞑って眠ることにした。

 

 


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