第87話

 葵が出した二作目を読み終わるころには外はすっかりと暗くなっていていた。


「三作目を読みたいけど、いったんリビングに下りてみるか」


 俺は読み終わった二作目の本を書斎の本棚に返すと一階のリビングに下りた。

 リビングには三人がいた。葵と雄二はソファーに座って、年越し番組を見ていた。笑ったらおしりをたたかれるやつだ。

 琴美はというと、キッチンでそばをゆでているところだった。


「何か手伝うことはあるか?」

「あ、蒼月君。おかえり。大丈夫だよ。二作目読み終わったの?」

「うん。面白くて、さっき前ずっと読んでたよ」

「下りてこないからそんなことだろうと思った!」

「どうやら、お母さんも新作の原稿は書き終わったみたいだな」

「だね。さっき『できたー』って嬉しそうに声をあげてたから」

「そうか」


 俺はお疲れ様と心の中でつぶやいた。

 楽しそうに笑っている葵の顔を見ると、満足のいく話が書けたのだろうと思った。


「楽しそうだな」

「ね。私たちもああやって笑い合っていたいね」

「いつもしてるだろ」

「そうなんだけどね。時々不安になるんだよね。この幸せな時間がいつまで続くんだろうって」

「そんなこと思ってたのか?」

「うん。だって、今の私幸せすぎるんだもん。大好きな人と毎日一緒にいて、笑い合って、からかい合って、それって、すっごく幸せなことじゃない?」

「まあ、そうだな」

「だから、逆に不安になるんだよね。この幸せにいつか終わりが来るんじゃないかって」

「琴美が終わらせたいって言っても俺が終わらせないけどな」

「蒼月君……。そのセリフ、キザすぎ」


 琴美はお腹を抱えて笑った。さらさらとした黒髪が揺れる。大きな瞳には涙が浮かんでいた。


「なになに、二人ともなんの話をしてるの?」


 それに気づいた葵がキッチンにやってきた。


「なんでもないよ」

「蒼月君が、私のことをずっと幸せにしてくれるそうです」

「ちょ!? そんなこと……」

「してくれないの?」


 琴美が俺のことを上目遣いで見てきた。

 

「可愛い彼女にここまで言わせといて、逃げないわよね。蒼月」

 

 葵はニヤニヤと笑ってその状況を楽しんでいた。


「分かったよ! ちゃんと死ぬまで幸せにするよ!」

「ありがとっ。これかもよろしくね」


 琴美が握手を求めてくる。

 俺はその手をしっかりと握った。俺の手よりも少し小さくて真っ白なその手を俺はこの先、一生離さないと決めた。


「青春ね」

「そうだね」

「私たちにもあんな時代があったわよね」

「あったね。懐かしいね」

「二人がちゃんと幸せになるように見守ってないとね」


 俺たちの様子を見て、そんな会話をする葵と雄二だった。




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