第84話

琴美は早速キッチンに向かって朝食を作り始めた。


「蒼月。あんた、いいお嫁さんをもらったね」


「そうだな。そんなこと言うまで、疲れてるのか。ちゃんと寝ろ。俺も琴美もお父さんも心配するんだから」


「分かったわよ。琴美ちゃんの朝食できるまで寝てるから、できたら起こしてね」


「了解」


 全く、小説のことになると自分のことは二の次になるんだから。

 子としては心配で仕方がない。だけど、ああやって命を削って書き上げた葵の小説が面白いのもまた事実だった。

 葵はソファーに横になるとこと切れたようにすぐに眠りについた。俺はそれを見届けると琴美のそばに向かった。


「葵さん、寝た?」

「ああ。ぐっすりと寝てるよ」

「このまま、寝かしてあげとかない?」

「そうだな。だから、朝食は三人分でいいぞ」

「分かった」


 琴美はできるだけ音を立てないように気を使いながら、簡単な朝食を三人部作り上げてしまった。ちょうど、ご飯が出来上がったタイミングで雄二がリビングに下りてきた。そして、すぐに状況を察知したのか、俺たちに向かって優しく微笑んだ。さすが、よく周りのことを見ている。


「おはよう、お父さん」

「おはよう、蒼月。葵さんは気持ちよさそうに寝てるね」

「だな。このまま、もう少し寝かせてあげようと思って、大晦日だし」

「そうだね。締め切りももう少し、寝かせてあげよう」


 俺たち三人は葵をお昼過ぎまで寝かせてあげようということで意見を一致させた。

 朝食を食べると琴美が雪を見に行きたいって言ったので、しっかりと厚手をして外に出ることにした。


「寒いな」

「だね~。でも綺麗だよ!」

「ほんとだな」


 銀世界。まさにそんな言葉通りの景色が目の前に広がっていた。


「ねぇ、あの場所まで行ってみようよ」

「あの場所って、あの場所か?」

「そう! 私たちが初めて会った場所!」

「行ってみるか」


 俺たちが初めて出会った場所は家からそんなに離れてない。雪が積もってるから歩きづらいとはいえ、二十分もあればいける。

 俺たちは雪の取り除かれてない歩道を滑らないようにゆっくりと歩いて向かった。


「ここだな」

「そうそう。ここだ。懐かしいな~」

「懐かしいな。初めて琴美を見たとき、なんて綺麗な女の子なんだろうって思ったのを覚えてるよ」

「え、そんなこと思ってたの?」

「思ってた。そして、なんて悲しそうな顔してるんだろうって思って声をかけたんだ」

「そうなんだ。あの時の私に感謝しなきゃ。この場所まで歩いてきたことに」

「てか、よく考えたら、ここまでよく歩いてきたな」

「ね。なんか、あの時は遠くに行きたかったんだと思う」


 琴美はあの時のことを思い出してるのか、少し悲しそうな顔になった。そして、すぐに笑顔になった。

 

「でも、今はここまで歩いてきてよかったと思ってるよ。蒼月君に出会えたし」

「そっか」

「帰ろっか」

「もういいのか?」

「うん。もう満足した。それに、そろそろ葵さんを起こしてあげないとだし、お昼ご飯も作らないとだしね」


 もうそんな時間になるのかと、俺はスマホをポケットから取り出してみてみた。

 時刻は午前十一時。家まで帰ってたら十一時三十分くらいか。ちょうどいい時間だな。


「じゃあ、帰るか」

「うん」

 

 帰りにスーパーに寄って昼食の材料を買うと、俺たちは家に帰っていった。


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