第57話

 球技大会当日となった。

 俺の憂鬱な気分とは反対に、空は雲一つない快晴だった。


「蒼月君、お弁当は持った?」

「持ったよ」

「体操服は?」

「持った」


 琴美は母親のように確認をしてくる。


「じゃあ、行こう」

「そうだな」


 俺は重い腰を上げてソファーから立ち上がった。


「めんどくさそうだね」

「まあな、出たくもないのに出ることになったんだ。めんどくさくないわけがない」

「まあまあ、そんなこと言わないで楽しもうよ」


 俺とは反対に琴美は朝から楽しそうだった。


「琴美は楽しそうだな」

「楽しみだよ。勝負事は楽しまないと!」

「運動できるやつはいいな」


 俺は皮肉っぽくそう呟いた。


「分かんないじゃん。やっていくうちに楽しくなるかもよ」

「だといいけどな」

 

 そもそも、俺たちのクラスがどれだけ勝ち残れるか分からなかった。野球部の英彦がいるからっといって、他のやつらがやる気を出さないと、勝ち残れないんだろうな。


「まあ、少しは頑張ってみるよ」

「応援に行くんだから、かっこいいところを見せてよね」


 琴美が俺の顔を覗き込んでいった。そんなに純粋無垢な目で見られたら、頑張るしかなくなるだろ。やめてくれ。


「そろそろ、行くぞ。遅刻する」

「そうだね」


 俺たちは一緒に家を出て、学校に向かった。


 学校に到着すると、英彦が声をかけてきた。


「いよいよ決戦の日だな」

「朝から、元気だな」

「そりゃあな、ワクワクするだろ」

「しないよ」

「まあ、諦めろ。お前もメンバーの一員だ」


 そう言って、英彦は肩を組んできた。俺はそれをうっとしそうに振り払った。


「で、勝てそうなのか?」

「どうだろうな。一応、うちのクラスで野球ができるやつがメンバーになってるが、勝負は時の運だからな。その時になるまで分からん」

「まあ、そうだな」

「でも、勝つけどな!」

 

 英彦は自信満々にそう宣言した。


「とにかく、楽しもうぜ! 一年に一度のイベントだからな」

「そうだな」


 英彦は俺と拳を合わせると自分の席に戻っていった。

 それから、しばらくして担任の先生が入ってきて、朝のホームルームが始まった。それが終わると俺たちは着替えを済ませて、いよいよ競技開始とった。

 午前は、すべての種目の予選がある。その予選に勝ち残ると、お昼からの決勝戦に進める。

 俺たちは、校庭に向かって準備運動を始めた。


「そうだ、言い忘れたけど、蒼月は四番だから」

「はあ!? 嘘だろ……」

「蒼月と交代することになった生徒が四番で、順番帰るのも面倒だったからそのままにしといた」

「いやいや、そこは変えろよ……」

「まあ、いいじゃねえか、順番なんて。それに、もうオーダーは出してるから変更はできないし」


 俺は露骨に機嫌を悪くした。

 ただでさえ、出場するのも面倒だったのに、その上、四番バッターになってるなんて。最悪だ。お腹痛いって言って逃げ出してしまおうか。


「まあ、安心しろ。蒼月の前は俺だから」

「嫌、責任重大だわ!」

「まあまあ、気楽に行こうぜ」

「無理だろ!」


 試合前だというのに、すでに疲れてしまった。

 やっぱり、逃げよう……。そう思ったら、応援席に琴美の姿があった。こっちを見て、手を振っている。

 

「はぁ~」


 俺は小さくため息をついて、後ろ頭をかいた。琴美の前で情けない姿は見せられないよな。

 俺は気を引き締めて四番の務めを果たそうと思った。

 

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