第39話 超絶美少女と日々は続く

 琴美からのまさかの発言に俺は開いた口が塞がらなかった。

 

「というわけ。まったく、勝手な母親だよね。来月から一年県外に出張だなんて」


 琴美は怒るというより、呆れているように見えた。


「ちょっと待って、処理が追いつかない」

「もう一回言う?」

「お願いします」

「私のお母さんはね、社長なの。昔はそんなことなかったんだけど、私たちが大きくなってからは仕事一筋の仕事人間。私たちのことはいつも二の次。夜遅くまで働いて、朝は私たちが起きる前に仕事に行っちゃう。そんな人だから、お金に興味がなくて、家なんかもっと興味がない。会社から近ければそれでいいって感じなの」


 琴美はさらに続ける。


「お母さんの会社結構大きな会社でね、子会社がいくつもあるの。来月から行くのはその子会社のうちの一つ。最近新しくできたばかりの会社。その会社に教育のために行くんだって。去年のお父さんが死んで今はシングルマザー。年齢は四十六歳。とにかく変な人なんだよねー」

「・・・・・・」


 俺は黙って琴美の話を聞きながら頭の中で整理していった。それで、いろんなことに腑に落ちた。琴美があんなに料理上手だったことも、俺の家に着てくる服が毎回のように違っていたことも。あの日のことも。 


「だから、琴美はあんなに料理が上手だったのか」

「まぁね。中学生の時からお母さんとお姉ちゃんのご飯を作るのが私の役目だったから」

「それで、そんな琴美のお母さんが来月から一年間県外に出張に行くと?」

「うん」

「それで家に一人になって寂しいからご飯を作りに来てくれると?」

「もう! そんな言い方するなら作りに来てあげないよ!」


 琴美はそっぽを向いた。


「ごめんって、正直めっちゃ嬉しい。これからも琴美の美味しいご飯が毎日食べれるのは」

「ん、じゃあ、決まりね・・・・・・」

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 俺たちはお互いに礼儀正しく頭を下げた。

 そっか。琴美のご飯をこれからも食べれるのか、あの光景が毎日見れるのか。そう思っただけで俺の胸は熱くなった。


「ちょっと、なんで泣いてるの?」

「ごめん、嬉しくなって・・・・・・」

「そんなに私のご飯が恋しかったのか〜。すっかりと私に胃袋を掴まれてますな!」

「そうかも。もう、琴美のご飯以外は食べれないかもしれない」

「うっ・・・・・・大袈裟すぎだから!」


 琴美は照れをかくすように大きなけで叫んだ。

 大袈裟でもなんでもない。俺はすっかりと琴美に胃袋を掴まれてしまっていた。


「ということで蒼月君。明後日なんだけど、私のお母さんとお姉ちゃんにあってくれない?」

「え・・・・・・唐突すぎないか!?」

「蒼月君のことを話したら。絶対に会わせなさいって聞かなくって。お願い!」

「マジか・・・・・・」

「マジです」


 琴美が困ったように笑っていた。どうやら本人もこんなに早く自分の親に合わせることになるとは思っていなかったらしい。

 まあ、琴美は俺のお母さんに会っているわけだし、俺が琴美のお母さんに合わないっていうのはな。

 俺は後頭部をかいて言った。


「分かった。会うよ」

「よかった〜。これで一安心。私が殺されるところだった〜」

「殺されるって、そんなおげさな」

「それがそうでもないんだな〜」

「え・・・・・・」


 琴美があまりにも真剣な顔でいうもんだから俺の顔は緊張でこわばってしまった。


「まあ、かなりの変わり者だけどいつも通りの蒼月君でいてくれたらきっと大丈夫だから」

「わ、分かった」

「この話はこれでお話り、一緒にテスト勉強しない?」

「そうだな。やるか」

 

 今日はバイトがないらしく、琴美は夕方まで俺の家にいた。

 この時の俺はまだ知らなかった。琴美のお母さんが相当な変わり者だということに。


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