第10話 超絶美少女と梅雨明けの訪問(オムライス)

 梅雨明けの週末の昼のこと。

 今日も天気はよかった。

 ベランダに出て外の景色を眺めていると見覚えのある女性がマンションの中に入ってくるのが見えた。


「で、たまたま家の近くを通ったから寄ったと」

「そう」

「たまたまで、なんでそんな荷物持ってるんだ」

 

 俺は琴美の手に持っているスーパーのビニール袋を指さして言った。


「……えっと、それは」

「それは?」

「ご飯作ろうと思って」

「たまたまじゃないじゃん、来る気満々だっただろ」


 俺がそう言うと、琴美はてへっと舌を出しておどけていた。

 まったく、何を考えてるんだか。


「はぁ、入って」

「……いいの?」

「せっかく来てくれたの追い返すのはな」

「ありがと」


 俺は琴美を部屋の中に招き入れた。

 決してやましいこと気持ちはない。ただ、琴美の料理が食べたくなっただけ。いい加減コンビニ弁当も飽きたからな。それに、せっかく来てくれたのに追い返すのは気が進まなかった。

 それにしても琴美の私服を見るのは何だか新鮮な感じだ。いつもは、制服だからな。


 今日の琴美の服装はちょっと大人っぽい茶色のノースリーブを着ていて、細い足のラインがしっかりと分かるスキニーデニムを履いていて、黒のベレー帽を被っていて、梅雨明けっぽい服装だった。

 それにしても、目のやり場に困る。スタイルのいい琴美がそれらを着ると破壊力抜群だった。

 俺はそれを悟られないように話を振った。


「それで、何を作ってくれるんだ?」

「てかさ、その前に気になることがあるんだけど」

「なんだ?」

「眼鏡、かけてないんだね……」

「……あ」

 

 しまった。ついつい、家の中だから、気を抜いてしまっていた。

 学校では伊達メガネをかけている。でも今は、裸眼だ。

 できれば、この姿はできれば見せたくはなかった。


「……忘れてた」

「ふ~ん。まあ、どっちでもいいんだけどね」

「なぁ、なんでそんなに嬉しそうなんだ」


 琴美はなぜかニコニコとしていた。俺はわけが分からなかった。

 その理由を教えないまま、琴美はキッチンに向かった。

 前回来た時にどこに何があるか把握していたらしい。琴美はテキパキと調理を開始していた。


「それで、何作るんだ?」

「ん、それはできてからのお楽しみ」


 蒼月君はソファーに座って待っててよ、と琴美が言うので、俺は自室から勉強道具を持ってきて、勉強をして待つことにした。


 勉強中、キッチンの方から気持ちのいい音と、いい匂いが発せられてて気になって仕方がなかった。

 琴美は何を作っているのだろうか。

 いつも、お弁当の中に入っているおかずはどれも美味しい。

 結局、あの日からずっとその関係は続いていた。琴美が毎日のように弁当を持って俺の席にやってくるのだから仕方がない。断ろうにも琴美の悲しそうな顔を見ると、どうも断りずらかった。


「……蒼月君、蒼月君てば」

「あ、悪い。集中していた」

 

 三十分くらい経っただろうか。

 気か付くとその音が心地のいいものに変わっていて、勉強に集中していたようだ。

 琴美が俺の隣に座って肩をトントンとして、ようやく気が付いた。

 

「学校でもそうだけど、勉強頑張ってるよね」

「まあな」

「凄いね」

「凄くないよ。学生の本業だろ。それに……」

「それに?」

「何でもない」


 俺が勉強をする理由。それは、一人暮らしをさせてもらうため。中学卒業と同時に、俺は両親に一人暮らしをしたいと申し出た。その条件として出されたのが三年間、テストでで十番以内をキープすることだった。もし、それができなければ、俺は家に戻される。あの過保護な二人のもとに。


「……蒼月君にも言えないことがあるんだね」

「ん?」

「うんん、何でもない。それより、ご飯食べよ。頑張って作ったんだから」


 琴美の顔に一瞬だけ影が見えた気がしたが、すぐにいつもの笑顔に戻ったので、俺は見なかったことにした。

 すぐに持ってくるね、と言って琴美はキッチンの方へ向かっていった。

 言えないことか……。

 俺のは別に言ってもいいのだけどな。


「お待たせ~」

「お~。凄いな」


 テーブルの上に二つのオムライスが置かれた。

 それは、それは綺麗な形をしたオムライスだった。

 オムライスを久しぶりに見た俺は思わず感動してしまった。


「食べよ!」

「そうだな」


 二人でいただきますを言って、俺はスプーンの手に取って一口食べた。

 ふわっとした卵。しっかりと味のついたチキンライス。琴美の特性ソース。すべてがちゃんとマッチしてとても美味しかった。


「……どう?」

 

 俺の感想を待っているのか、琴美が心配そうな顔でこっちを見ている。


「ん、凄く美味しいよ」

「そっか。よかった」


 俺のその言葉を聞いて安心したのか、琴美もオムライスを一口食べた。

 美味しくできたのを確認できたのか、琴美の顔がへにゃっとなっていた。

 俺は琴美の作ったオムライスを堪能しながら、ペロッと完食した。


「ほんとに、七瀬さんは料理上手だよな」

「そうかな? ありがと」

「毎日でも食べたいくらいだ」

「……え」

 

 俺がボソッと呟いた言葉に琴美は固まった。俺も自分が口に出した言葉を振り返って固まった。


「……あ、いや、さっきのは忘れてくれ」

「……無理だってば」


 琴美は耳まで赤くして恥ずかしそうに小さな声で言った。

 しばらくの間、琴美は俺の顔を見ずに残りのオムライスを食べていた。俺は俺で恥ずかしくなって琴美がオムライスを食べ終えるまで勉強をしていた。 

 オムライスを食べ終えて少し落ち着いたのか、琴美が何かを決意したような目でこっちを見つめてきた。


「土日だけでいいなら……」

「……ん?」

「……だから、土日ならいいよ」


 俺は何のことを言われたのかピンっときて口をポカンと開けていた。


「えっと、それは……」

「だから、土日だけならご飯作りに来てあげてもいいよ」


 もう、恥ずかしいから何度も言わせないで、と琴美はまた耳まで赤くしていた。

 あまりに予想外すぎて、俺は開いた口がふさがらなかった。

 

「……いやなら、いいけど」

「いやというか、ビックリして、まさかそんなこと言ってくるなんて思ってなかったから」

「……蒼月君から言ったんじゃん」

「あれは、その、たまたま、口から出ただけで」

「もう! そんなこと言うなら作ってあげないよ」


 なぜか、琴美は頬を膨らませてプイっとそっぽを向いてしまった。

 正直に言えば、琴美の美味しいご飯が食べれるのは嬉しい。だけど、本当にいいのだろうか。このまま、その提案を受け入れても。


「本当にいいのか?」

「私がいいって言ってるんだから、いいんだよ!」

「じゃあ、お願いします」

「なんで急に敬語」


 琴美はクスクスと笑った。

 その笑顔に不覚にも可愛いと思ってしまう。というか、無理だろ。目の前にこんなにもかわいい子がいて可愛いと思わないなんて。

 俺はその笑顔から目が離せなくなっていた。

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