第6話 超絶美少女と梅雨入り

 天気予報よりも少し早い梅雨入りとなった。

 その日の放課後、いきなり雨が降り出した。俺は窓の外を眺めながら、傘を買っといてよかったなと思っていた。


「蒼月君、あの……」

 

 帰りの支度を終えて教室を出ようとしたところで琴美に呼び止められた。


「どうしたの?」

「……あの、一緒に帰ってくれない」


 琴美が少し上目遣いでそう言った。手に傘を持っていないところを見ると、どうやら、傘を持ってくるのを忘れてきたらしい。仕方ない。琴美に風邪をひかれても嫌だし、この雨の中一人で帰らせるというほど、俺は鬼ではなかった。


「分かった。いいよ」

「よかった。ありがと」


 琴美はホッとしたような顔をしていた。とりあえず、下駄箱に向かって靴を履いた。


「ほんとに、よく降るね」

「てか、なんで傘忘れたんだよ」

「天気予報見てなくて、雨降ると思ってなかったんだよね~」

「梅雨の時期なんだから、予想して行動しないと」

「そうだね。まあでもそのおかげで……」

「そのおかげで?」

「ううん。なんでもない」


 まったく、しょうがないな。俺は透明な傘を開いて琴美と一緒に入って歩き出した。

 ちょっと待て、これってはたから見たら相合傘に見えるんじゃ。横の琴美の顔を見たが、そのことが分かっているのか、いないのか、琴美はニコニコと笑っているだけだった。


「ん、どうしたの?」

「……え、なんでもない」

 

 俺の視線に気が付いたのか、琴美がこっちを向いた。琴美のを顔見た俺はドキッとした。その照れ隠しに琴美から顔をそらして、傘を琴美が濡れないように移動させた。

 

「ところで、家まで行っていいのか?」

「……え、うん」

「そうか」

 

 何だか、少しだけ琴美の顔が曇ったような気がしたが、気にしないようにした。

 雨足は強くなるばかりだった。それなのに、寒くないのは、隣に琴美がいるからだろう。この状況が恥ずかしくて俺の体温は上がりっぱなしだった。

 お互い緊張しているのか、道中はあんまり会話がなかった。


「そろそろ着くか?」

「うん、もうすぐだよ」


 琴美の言葉通り、琴美の家にはそれから数分で到着した。

 いかにも古そうな木造の二階建てのアパートだった。俺は少しだけ驚いていた。

 

「……やっぱり、驚いてるよね。私がこんなところに暮らしてて」

「正直に言えば」

「だよね。ごめんね。幻滅したでしょ」

「……え?」

「送ってくれてありがと。また明日ね」


 琴美はその場から逃げるように立ち去ろうとした。なんだろう。このまま、別れてしまったら、もう、これまでのような関係でいられなくなる気がする。そう思った俺は琴美の小さな白い手をつかんでいた。


「……蒼月君」

「幻滅するわけないだろ。家がなんだっていうんだよ。そんなことで七瀬さんを見る目が変わるわけないだろ」

「……」

「それに、毎日手作り弁当を持ってきていたのは節約のためなんでしょ。むしろ、尊敬するよ。一人暮らしで親に頼りっきりのどこかの誰かさんに言ってやりたいよ」

「……ふふ、何それ」


 やっぱり蒼月君は優しいね、琴美がこちらを振り返って微笑んだ。目からは、涙なのか雨なのか分からない雫が流れていた。


「ありがと。これからも、いままで通りに接してくれる?」

「もちろん」

「そっか。よかった」


 琴美が俺の胸に収まるように抱きついていた。いきなりで驚いて俺の手に持っていた傘が離れた。


「ちょっと、お嬢さん? 離れてくれませんか?」

「もう少し、ダメ?」

 

 琴美の大きな瞳が俺のことを見上げている。その瞳には少しだけ不安の色が浮かんでいるように見えた。もうしばらく、このままでいるのもいることにしよう。

 俺の心臓の音が聞こえそうなほど鳴っている。今日が雨でよかったと俺は思った。

 琴美が俺から離れるまで、二人は雨の中、抱き合っていた。

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