第3話 超絶美少女と再会(からあげ)
「ねぇ、ちょっと待って」
入学式が無事に終わり、俺は家に帰ろうとしたところで誰かに呼び止められた。声のした方を振り向けばそこにいたのは、俺と同じ学校の制服を来た女子生徒だった。それも、超絶美少女だった。しかも、よく見ると同じクラスの生徒だということがわかった。たしか、名前は、七瀬琴美。そういえば、クラスの男子生徒が騒いでたっけ。
「えーっと。なんですか?」
「えー。もしかして、私のこと覚えてない?」
「ん? すみません。どこかで会いましたっけ?」
「ショックなんですけど」
琴美は見るからに悲しそうな顔をしていた。そんな顔されても俺にはこんな可愛い美少女の知り合いはいなかった。
「これを言ったら思い出してくれるかな」
「何のことですか?」
「おでん。くれたよね」
「……え」
俺は、そういえばそんなことあったなと思い出した。雪が降っている冬の日だったっけ。悲しそうな顔で立っていた美少女におでんを渡したことがあった。
「もしかして、あの時の美少女?」
「そうです~。あの時の美少女です。でも、その呼び方はやめてほしいかな。私には琴美っていう名前があるんだけどな~」
「あ、ごめん」
「ううん。次からそうしてくれるとありがたいなって話。それに、私の名前知らなかったでしょ。あの時は自己紹介もできなかったし」
琴美はニコニコと笑顔を浮かべていた。俺はその笑顔に少しだけ寒気を感じた。何だか、嫌な予感がする。俺は今すぐにでもこの場から立ち去りたくなった。今、ここからいなくならないと、今後の学校生活が危うい気がする。直感でそう感じていた。
「じゃあ、僕はこれで」
「ねぇ、なんで逃げようとしてるわけ、それに私が逃がすと思う?」
俺はその場から立ち去ろうとしたが、琴美に肩を掴まれた。そして、琴美の顔を見てみれば、今度はいたずらな笑みを浮かべていた。ああ、もうこれは無理だな。俺は諦めてその場にとどまることにした。こういう顔をした女性さはしつこいことを知っている。
「さて、蒼月君。お礼は何がいい?」
俺の前に回ってきた琴美はひょこっと顔をこちらに向けていた。この人こんな性格だったのか。
俺は少しずれ落ちていた眼鏡を指で押し上げた。
「別に何もいらないよ。あれは、僕がやりたくてしたことだから」
「そんなわけにはいかないよ。それじゃあ、私の気が済まない」
「てか、僕の名前知ってたんだね」
「あたりまえじゃん。同じクラスでしょ」
「そうだね」
「で、お礼は何がいい?」
「ていわれても、本当に何もしてもらわなくていいよ」
「じゃあさ、私が勝手に決めてもいい?」
琴美は何がいいかなと考えていた。俺としては本当に何もしてもらはなくていいと思っている。あれは、勝手にやったことだし、見返りがほしいとは思っていなかった。ただ、目の前で悲しそうな顔をしている人を見たくなかった。
「よし、決めた」
「……え」
「うふふ、何に決めたかは言わないけどね」
楽しみにしててね、と俺に言い残して琴美は嬉しそうにスキップしながら帰っていった。
翌日、昼休憩。
何しろ、あの学年一、いや、学校一の超絶美少女といわれている琴美が俺の机までやってきて、話しかけたのだから。しかも、その手には弁当らしきものを持っている。どうやら、俺と一緒にご飯を食べるようと思っているらしい。
「え、二人ってどういう関係?」
「あんな地味な男がなんで……」
「……羨ましい」
教室のいたるところでいろんな声が飛び交っている。
困惑、嫉妬、羨望。という視線をたくさん向けられて、俺としては居心地のいいものではなかった。
「蒼月君。一緒にご飯食べよ」
「……やだよ」
「……え」
俺に断られると思っていなかったのか、琴美の顔が曇っていくのが分かった。そして、大きな瞳に今にも零れ落ちそうな水溜まりを作っていた。
頼むからそんな顔をしないでくれ。こっちが悪者みたいになるだろ。
俺は、はぁ、とため息をついた。幸い、俺は教室の一番後ろの席なので、琴美の泣き顔は誰にも見られることはなかった。
「……ここで一緒に食べるのは嫌だ。その、視線に耐えられない」
「……じゃあ、ここじゃなかったらいいってことね!」
琴美の顔が一気に明るくなった。そして、行こう、と俺の手を取って教室から連れ出した。
琴美に連れられてやってきたのは、校舎と校舎の間にある人気のない中庭だった。その中庭には大きな一本の桜の木が植えてあった。
ここはここで生徒たちに見られる気がするんだけど、という言葉は飲み込んで、桜の木にもたれかかるように俺は琴美の隣に座った。
「ここなら、誰にも見られないでしょ」
「……まあ、そうだね」
「蒼月君のお昼ご飯はそれだけ?」
「そうだよ」
「それだけで足りるの?」
琴美は俺の手に持っている総菜パンを見ていた。
俺は学校での昼食をあんまり食べないように している。食べ過ぎて、お腹いっぱいになって、午後からの授業に支障が出ないようにするためだ。それだけは避けなければならなかった。
「よかったら、私のお弁当食べない? たくさん作りすぎちゃって」
琴美は首を少し傾けてこっちを見ていた。
昨日、言っていたのはこれのことなのだろうか。正直、迷惑だった。もしも、ここで学校一の超絶美少女のお弁当を食べて、それを誰かに見られてきたとしたら、その噂は一気に広まって、きっとこの先、穏やかな学校生活を送ることができなくなるに違いない。
「昨日も言ったけど、あの時のお礼はしなくてもいいよ」
「そ、そんなんじゃないよ」
「それに、お昼をたくさん食べすぎると午後の授業で眠くなるんだ。だから、学校での昼食はあんまり食べないようにしてる」
「……」
琴美は何も言わずにこちらをジッと見ている。その大きな瞳には、また水溜まりを作っていた。
はぁ~。俺はため息をついた。
これじゃあ、俺が琴美をいじめているみたいじゃないか。
「わかったよ。食べればいいんだろ」
「え、いいの?」
「そんな顔されて、断れるわけないだろ」
「……ごめん。そういうつもりじゃ」
「分かってるよ」
俺は琴美のお弁当箱の中から卵焼きを一つ手に取って食べて美味しいと言えば、琴美は嬉しそうに泣き笑いを浮かべていた。
ほんと、分かりやすいやつだな。
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