魔王、家出する。

「もういいよ!こんな魔王城なんか家出してやるーー!!」


魔王はそう言い残して城から姿を消した。

これは、その数日前の出来事・・・



朝に弱いシキが怒涛の連打ピンポンに不機嫌を通り越し

「殺す・・殺す・・」と殺気を放ち、呪詛を呟きながら玄関に行くと

扉が「ミシリ」と音を立てているのに気づき頭を抱えた。

このまま無視を続ければ確実に扉は破壊されるだろう。


「おはようシキ君!朝ごはん持ってきたよ!あのね、聞いてよ!」

「・・・・・・・」


勇者にはシキの殺気などは通じないのであろう・・

勝手知ったると言わんばかりにシキの家に上がり込むと

手にしたバスケットをテーブルに置いた。


「あれ?朝なのにカーテン開けないの??」


勇者はシキ家のリビングが暗い事に気づき、シキが止める間もなく

陽光など一筋も入らないようぴったりと閉ざされたカーテンを思い切り

左右に開いた。


「うおっ!眩しっ・・・!!!」思わず目を押さえて床に転がるシキ。


「今日はいい天気だよ!ほら見て!緑が綺麗だね!」

「う・・うぅ・・・、な、何時だ・・」


シキは腕時計を見て時間を確認する・・「6時・・じゃねーかよ・・、くそ」


「大きな窓だね!ほら部屋が明るくなった!

さ、ご飯食べようよ。顔洗ってきて!」

「嫌だ・・俺は朝は喰わねぇし・・こんな時間に・・いや、基本太陽光なんか

浴びたくねー・・・・、カーテンを閉めてくれ・・頼む・・、今から・・もう一度寝る・・」

「駄目だよ!」


勇者はシキの腕を取ると、その体を軽々と持ち上げて洗面所に運ぶ。


「シキ君はほっとくとご飯食べないからそのうち餓死するって、魔王が言ってたよ?」

「余計な世話なんだよ・・ったく・・」


シキが仕方なく顔を洗って、タオルを取ると

洗面所の硝子越しに複雑そうな表情をした勇者を見た。


リビングのソファに座り、黙々と食事を始める勇者は見たからに元気が無い。

「・・・何かあったのか?紙飛行機は?もう飽きたか?」

「・・・魔王が壊した・・」

「は?」

「魔王が触ったら、無くなっちゃったんだ・・。すぐにハカセの家に行って、もう一度

紙飛行機作ってもらって来る、って言ったのに・・。駄目だったみたいで・・・・」

「・・・・・・・ま、ハカセが素直に魔王様のいう事聞く訳ねーわ・・な・・」


シキはソファに寝転がる。


「シキ君!寝ないで!ほらご飯食べないと死んじゃうよ?!」

「・・・・・・・・・・・・・・夕方まで・・待って・・くれ・・」

「シキ君!ほら!キッシュ、美味しいよ!」

「んむがっ!!」


勇者はシキの口に無理やりキッシュを詰め込む。


「昨日もご飯あんまり食べなかったよね!ご飯食べないと!!」

「んぐ・・っ・・・、やめ・・・、んが!!」

「あったかいミルクもあるよ!」

「ごふっ!!」


シキは身体を起こし、口の中に詰め込まれた食べ物をやっと飲み込んだ。


「こ、殺す・・・気か・・・!」

「美味しいでしょ?沢山食べた方がいいよ!じゃないとシキ君の体が

二つに折られちゃうよ?」

「・・・・・・・・・・わかった・・・、でもマジで・・朝は無理だし、飯はそんなに量

喰えねーんだよ・・・・・、頼む・・二度寝させてくれ・・辛ぇ・・」

「・・・・そうなんだ・・、じゃあ・・・僕、シキ君が起きるまで待ってるね!」

「・・・・それも辛ぇ・・、つか・・うぜぇ・・一度城に戻れよ・・」

「・・・」

「・・・・・・・・はぁ・・・、嫌なの・・かよ」


シキは渋々体を起こした。


「たかが紙飛行機くらいで・・」

「・・・でも、せっかくあんなに凄いマジックアイテムもらったのに・・」

「マジックアイテムと言えば・・そうかもなぁ・・ハカセが紙に細工して、

ハカセ自身が作ったんだもんなぁ・・、でもきっと、魔王様が触ると壊れるよう

細工してあったに違いないぜ・・・」

「・・魔王もそう言ってたけど・・」

「ハカセはああいうやつだから・・二度とは作らないだろうな、諦めろや。

あと、魔王様は許してやれよ・・」

「・・ん・・」


昨日、あんなに喜んでいた勇者の事を思いだすと、それも難しいのか・・

とシキは思う。

だが、どうする事も出来ないのも確かだ。


「紙の材料系・・配合まで計算して紙を作るのは俺は出来ないし・・」

「・・ハカセには凄いものを作ってもらったし、シキ君には紙飛行機たくさん

飛ばしてもらったから・・・、もう、諦めないと・・・」

「おう・・また何か作って貰えるさ・・・多分」

「うん」


勇者は朝食を片付け、シキは二度寝に戻り、勇者はそっと扉を閉めて

城に戻る事にした。


「お、おかえり・・勇者」

「うん・・・」

「シ、シキ君は起きてた?機嫌悪かったでしょ??大丈夫??」

「ううん、大丈夫だった。ご飯も食べてくれたよ?」

「そ!そう・・あ、あのー・・今日は何して遊ぶ??本を読んであげようか!」

「ううん、いいよ。文字の勉強する」

「あ!そうなんだ!!じゃあ新しい文字を教えてあげよう」

「いい」


きっぱりと拒否されて魔王は膝から崩れ落ちる。


「今まで教えて貰ったのも、まだあるから」

「うん・・わかった・・」


魔王は泣きながら転移した。


「頼むよハカセ、キミヒコーキをもう一度勇者に作ってやってくれないか?」

「構わないとも」


魔王の来客を予想していたかのようにハカセは図面を見ながら答えた。

すぐに魔王の前に投げ捨てるように渡されるカミヒコウキ。


「!え!いいのかい??ありが・・」


魔王がそれを手にすると、紙は四散した。


「だから!何で僕が触ると消えるんだい?!」

「その紙に付与した魔力量に対して、それ以上大きな魔力が触れると、紙を保護して

いた魔力の層に穴が空き、紙の繊維が切れる、という単純な仕組みだが?」

「普通のやつ、普通のやつ!!普通のやつをお願いしたい!」

「ただの紙だと飛行能力が落ちるのだ。シキも試みただろう、彼が作るようなただの紙

とは比べ物にならないのだよ」

「じゃ、じゃあ、僕が作るから、作り方を教えておくれよ」

「人に聞く前に、少しはご自身で考え給え。」

「昨日書物庫で調べたけど駄目だったんだよー」

「ふっ・・書物庫か」

「あ!今、僕の事を馬鹿にしたね!?君のおかげで僕は勇者に嫌われて・・っ・・」

「あの犬にラボの扉を壊されかけた当然の報いだと思い給え」

「・・・くっ・・、こ、これで終わったと思うなよ!!」


魔王はお決まりのセリフと供に退散した。


魔王が帰って来てもまだ少し拗ねていた勇者だが、昼が過ぎる頃には

徐々に機嫌が良くなってきていた。

『よ、良かった・・・・少し元気になってくれたみたいだ』

『別に魔王が壊したくて壊した訳じゃないし・・・あ、でも・・ハカセには謝りに行かなくちゃ』


「勇者!DVDでも一緒にみ・・」

「僕ハカセの所に行ってくる」

「え?!」


魔王の顔色が変わる。

「いやいやいや・・、もうハカセには会わない方がいいよ!そ、それに彼のラボの扉は

魔力があるものしか入れないんだ!勇者はハカセに会えないと思うよ?」

「え、そうなんだ・・、もう少しで開けられそうだったけど」

「(勇者が壊した部分は僕の魔法障壁だったから、ハカセから連絡貰ってすぐ直しに行ったけど

ハカセはめっちゃくちゃ機嫌悪かったんだよ。ハカセは仕事の時間を邪魔されるのが一番嫌いなんだ。

そう言う意味も込めて・・頼むよ勇者・・これ以上ハカセを刺激しないでおくれ。

そのツケは全部僕に回ってくるんだから)・・そ、そうなんだ・・でも勇者には魔力が無いからね。

うん、ハカセに会うのは無理だと思う!」


勇者は魔王を見上げる。


「・・どうしても・・無理なの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん・・-?・・・そう、だね。で、ハカセに会って何をするのかな?」

「マジックアイテムを壊してしまってごめん・・すみませんって言いにいかなきゃ・・」

「マジックアイテム?あぁ・・カミヒコーキね・・。大丈夫大丈夫ハカセは全然怒って無かったよ!」

「でも。あのアイテム凄いものだったんでしょ?シキ君でも作れないって・・」

「あーーー。それは・・あれだね。そう・・かもしれないね・・。あ!紙で飛ぶならほら!!」


魔王は手の平を勇者の目の前に広げる。

そこから針金で編まれた鳩が飛び出し、部屋の中を飛び回る。


「こっちの方が凄いだろ?!」

「鳥・・」

「これなら僕だって沢山作れるよ?白いし!飛ぶし!カミヒコーキと同じような」

「違うよ!形もかっこよさも全然違う!」


勇者に否定され、鳩は星屑と共に消え去った・・・。


「鳥なら僕も見た事あるよ!ハトにご飯を取られた事だってあった!鳩は目が怖いよ!

でもカミヒコウキは、違うんだ!見た事も無いかっこいい形をしていて、遠くまで飛ぶんだよ!

翼を動かしている訳じゃないんだ、音も無くすーって・・遠くまで飛ぶんだ!」

「音も無く飛ぶなら僕の飛翔魔法で」

「形が違うんだってば!魔王も見たことないって言ってたでしょ?」

「う・・うん・・・・」


しょげる魔王に気づいて勇者は「ごめんなさい」と小さく謝った。


「もしかしたら、ハカセの気まぐれでまた作ってもらえるかも・・ってシキ君が言ってたから・・

それまで待とうかな・・」

「勇者」


目の前の勇者は、魔王を気遣って我慢をしている・・・

『自分の本当の気持ちを閉じ込めるのが一番体に悪い。

それをさせないよう、魔王様は勇者君を見ていてね』

ハルトから言われた言葉を思い出す・・・


しかし、今回は何が何でも相手が悪い・・・


「・・ごめんよ・・何も出来ない魔王で」

「そ!そんな事ないよ、僕も大きな声だしてごめんね魔王。

そうだ、DVD観ようよ!

お笑いの練習もしなくちゃね!」


無理をして笑う勇者を見るのが辛い魔王は「そ、そうだね」と言いながら

魔王秘蔵のDVDが閉まってあるラックを開く。


「ねぇ、魔王」

「ん?」

「ハカセはあの場所で何をしてるの?僕にはハカセのラボ?にあるものが全部

珍しくて、面白そうで、かっこよく見えたんだけど・・。ハカセが何をしているのかは

教えて貰えなかったし、わからなったんだ・・。禁書もその辺にポンって置いてあったし」

「・・・うーん・・」


画面の向こうでは人気お笑いコンビが言葉を喋る度に客席から笑いが起こっていた。


「僕も彼が何をしたいのかは把握は出来ないな。

ヒトにしては魔族に近いが、魔族にしては未熟だ。そんな彼が昼夜問わず

僕が干渉できないよう、僕自身に契約をさせて作った建物で何を考えているのかは

僕は知らない。」

「でも・・ハカセってこの村では魔王の次に偉いんでしょ?」

「・・うーん・・村に人間が増えてから、僕には掌握できなくなって・・それを引き受けてくれた

のがハカセなんだけど・・特に村人に干渉しているでも無く、ラボに閉じ籠って外の世界だけを

見ている・・。

一度彼に「外の世界に行きたいのかい?」と尋ねたら「十分に力を得たら」と答えた。

もう、ずっと前の話だけど。

でも今はハカセはシキ君やハルト君と協力して村や城を外の世界から守ってくれている。

そういう行動が、僕には理解し難い・・と言うか・・・。

僕は・・元々人間の事はよくわからないけれど、彼がその考えを更にかき乱してくる。


勇者にカミヒコーキを与えたり。

僕にそれを破壊させてみたり。


それを見て笑っているのかと思えばそうでもなくて。

そういうのを「気まぐれ」と言うのだそうだけれど・・うん・・やっぱり僕には人間は難しい。


あ、でも勇者だけは別だよ?!

僕は何故か勇者だけには感化される・・、嫌われるのが嫌だとか。怒らせたくないな・・とか。

一緒に楽しい事がしたいとか。

そういう気持ちが・・長年脈のない心臓みたいな部分に刺さってくるんだよ。」


「・・・・僕にだけ?」


「おかげで村人とも会話する事も出来るようになったし、シキ君やハルト君とも上手く連携が取れて

いると思う。・・と言ってもこの城に脅威などないんだけど。

ハカセだけがいつも城と村の防衛に慎重なんだよね。どうしてか尋ねても答えてくれないからわからない

んだけど」

「・・・・」

「こんな答えしかできなくてごめんよ。きっと勇者の望む答えじゃなかったよね?」

「・・・・・」

「ゆ・・勇者・・??」


急に黙り込んでしまった勇者を魔王が伺う。

陽は落ちて部屋の中も暗くなりつつある。


「魔王は・・何人の、どんな勇者に会って、どんな話をしたの?」

「え?今日は質問攻めだね・・どうしたの?」

「だって、魔王は長い間生きてて・・勇者にも沢山会ったんでしょ?誰の事を覚えてる?」

「・・・うーん・・・、大抵の勇者は僕の前に立つと死んでしまったり、僕がまだ勇者の事を知らなくて

助けが遅れたりと色々あったからねぇ・・、そうだねぇ・・。

でも、こんなに沢山話をしたのは君が一番だよ、勇者」

「そうなんだ」

「・・ん?あれ、これも間違った答えだったかな??」

「ううん」


勇者は頭を振り、魔王に笑顔を見せた。


魔王は勇者が眠りにつくと、城の宝物庫に転移した。

宝石や貨幣が山積みにされた宝物庫には、国中の魔術師が命を賭けてでも欲しがる魔法書や

この国にとって歴史的財産とも呼べるものが乱雑に積み重ねられて埃を被っていた。

魔王はそれらを乱暴に指先で払うと目的の物を探し出す為に身を屈める。


「勇者が何を知りたかったのかはわからないけど・・、満足行く答えをあげられなかったからな。

えぇと。確かこの辺に・・・、指輪だから小さくて見つけられないかなぁ・・・。

でも確か装飾品はこの辺に・・まとめておくと・・言われたよなぁ・・・」


魔王の手が止まる。


「あれ?ここには僕しか入れないはずだけど・・。誰が装飾品を片付けてくれたんだっけ・・。

まぁいいか・・指輪指輪・・。人間にも使える魔力の指輪・・っと・・」


魔王の宝物庫探索は朝まで続いた。


「魔王!おはよう・・、起きたら居なかったから・・びっくりしたよ」


朝、部屋に戻ると早起きな勇者が魔王に飛びついてきた。


「あぁ、ごめんね。少しだけ探し物をしていたんだ・・。」

「探し物?・・ローブ・・埃だらけだね・・」

「あの場所に行く事自体久しぶりだったから・・」


魔王がローブの裾を軽く振ると、ローブは新品のように綺麗になる。


「・・洗濯してあげようと思ったのに、魔法はずるいよ!」

「ああ、ごめんよ・・・。それよりこれを・・」


魔王は勇者に指輪を渡す。

勇者の指につけるには一回り大きいそれには細いシルバーのチェーンがついていた。

魔王は勇者の首にそのチェーンをかけてやる。

丁度勇者の胸あたりに指輪が留まった。


「・・これは?」


勇者は指輪を掌に載せてみる。


中央に赤い宝石。

その周りのリングには古代文字のような紋様のような・・勇者にはわからないものが刻まれていた。


「それの名前は何だったか忘れたけど。魔力の無い者でも魔力を帯びる事が出来る

マジックアイテムだよ。とても弱い魔力だから勇者が使っても問題ないはず」

「・・え、それって」

「そうだよ、これを持っていればハカセのラボに入れるねぇ」

「!!!!」


勇者は嬉しそうに指輪と魔王の顔を見比べる。


「こ、こんな貴重なもの・・僕が貰っていいの??」

「貴重・・??んー・・まぁ埃を被っていたアイテムだからね、問題ないよ。

でも指につけたり、禁書を開くような事には利用しないでね?

危ないから。一応僕が魔法の上書きをして魔力は押さえてあるけど、

それでも黒鍵の禁書を開く事は可能だから」

「やっぱり禁書って・・開けちゃ・・駄目なものなの?」

「人間には少し刺激が強いかな、それに禁書は別名「魂喰い」と言って

人間や魔族の魂を食べて本の中に閉じ込めてしまうんだ。

魂を奪われてしまったら、いくら僕でも蘇生は難しい。だから」

「わかった!魔王の言う通りにする、約束するよ!ありがとう!!」


勇者はもう一度「ありがとう」と言うと、魔王に抱き着いた。


「さぁ・・お腹が空いたろう?朝食にしようか?」

「うん!僕、これをシキ君に見せてくる!!シキ君の分の朝ごはんもお願い!」

「・・・え、またシキ君の所に行くの??最近僕とご飯食べてないんじゃ・・」

「魔王はご飯食べなくても大丈夫でしょ?でもシキ君は食べないと死んじゃうから!」

「えぇ・・・まぁ・・そうなんだけど・・」

「でしょ!顔洗って着替えてくるね!!」


勇者は一度洗面所に消えると、すぐに顔だけ出して


「お昼前には戻るよ!」と満面の笑顔で告げた。


そしてシキ家の「呼び鈴」はとうとう破壊されてしまった・・・


「マジで勘弁・・しろし・・。ドアの次は・・呼び鈴まで・・・・、お前・・ほんっとに!」

「シキ君いますか!!?朝ごはんを持って来たよ!」


勇者はバスケットを差し出す。

シキは全てを諦める事にした。


「・・へー・・魔王様にマジック・・アイテム・・貰ったのか・・良かったな・・」

「うん!どう?これ!かっこいいでしょ!これでハカセの家の扉も開くんだ!」

「・・・ハァー・・・・・・、何を好き好んで・・あんな性悪に・・・会いに行くの・・・か」


うとうとしかけたシキの口に卵とベーコンのサンドイッチが突っ込まれる。


「んが!」

「今日はミルクティーだよ!このすてんれすぼとる・・?に入れて置くと飲み物も

いつまでもあったかいんだ!飲んでみてよ!」


勇者はサンドイッチの要領でシキの口にステンレスボトルを押し付ける。

中身は淹れたてだ。


「熱ぃ!!!あつ!!!!バッ!止めろお前!!!」

「あれ熱かった??変だなぁ・・・」

「・・もぅ・・本当に・・勘弁しろや・・・、俺に構うなよ・・」

「そうはいかないよ!シキ君は僕の・・お兄さんみたいな人なんだから!

お兄さんが食べるものが無くて困ってたら助けないと!!」

「別に食べ物がねー訳じゃ・・」

「お酒ばっかりも良くないと思うんだよ?ハルト君がシキ君のかんぞう?が心配って

言ってたよ??」

「・・・・」

「人間の基本は衣食住なんだって!シキ君は服も持ってるし、家もあるから、後は食だよね!」

「・・・・・・・」

「シキ君・・ねちゃった?あ、昨日観たDVDにね、わざと熱いものを食べる・・リアクション芸って

いうのがあってね」

「起きてるから。起きるからもー・・勘弁してくれよ・・・」

「それでね、このマジックアイテムなんだけど!!」

「・・おぅ・・」

「魔王が探してくれたんだよ!」

「・・おぅ・・」

「これでハカセの家に」

「・・それはさっき聞いた・・」

「一緒に行く?」

「行かねーよ!!」


勇者は声をあげて笑った。

シキは後日ハルトに「低血圧」についても勇者に説明するようきつく進言したと言う・・。



ハカセの家の扉は簡単に開いた。

勇者がハカセの部屋に行くと、ハカセは勇者が見た事のない驚いた顔で勇者を迎えた。


「何故入って来られた。いや、魔王が居るのか・・」

「違うよ!これ!魔王に貰ったんだ!!マジックアイテム!」


勇者はシルバーの鎖を持ち上げて指輪をハカセに見せる。


「それを・・どこで・・」

「魔王が探してきてくれたんだ」

「宝物庫か・・。仔犬、君はそれがどれだけ重要なアイテムかわかって持っているのか?」


こちらに近づいてくるハカセからアイテムを隠すようにして

勇者は「これは・・ハカセの家の鍵だよ」と答えた。


「馬鹿な事を・・・、それは「ルーンの玉座」という・・人間が持つには過ぎたものだ。

さ、こちらへ渡したまえ」

「駄目だよ!これが無いとハカセに会えないじゃないか!!」


ハカセは深く溜息をつく。


「一体私に何の用向きがある?貴様の固有名詞の件か?それとも王国の機密情報かね」

「あの・・・、カミヒコウキ・・あれも凄いアイテムだったでしょう?

それを壊してしまったから・・謝りに来たんだ・・。すみません・・でした・・。」

「は?」


ハカセは暫く固まり・・気を取り直すように咳払いをした。


「そんな事はどうでも良い、気にも留めて居ない。何なら同じものをもう一度作って

やっても」

「魔王が触っても壊れないやつ?」

「・・・・」


『この駄犬が・・、魔王様より魔力が劣る私が作るものは、魔王様の魔力には耐えられない。

まさかこの駄犬・・それに気づいてわざと・・挑発のつもりか?』

ハカセは考えを巡らせるが・・


「・・魔王にもカミヒコウキが飛ぶところ見せてあげたいんだ!

でも・・無理だったら、僕がカミヒコウキを上手に飛ばせるように、やり方を教えてよ!

シキ君に教えて貰ったんだけど、僕、やっぱり上手にできなくて・・」


勇者の答えは純粋無垢・・そのもので、ハカセは再度考えを巡らせる。

『・・何故この私が、この駄犬に時間を割かねばならないのだ。

しかしあのアイテムがある限りこの駄犬は毎日・・いや、日に何度でもここへ来るに違いない。

全く持って鬱陶しい。私の貴重な時間をなんと心得るのだこの駄犬め!』


ハカセは、足元の本や紙束を避け、角だけ姿を見せているソファに座る。

ソファに積み重なっていた本が音を立てて床にばら撒かれた。


「ハカセ??怒ってる?」

「怒る?私が、何故に?根拠は?」


「え、だって・・いつもと違うから」

「ふん。貴様如き駄犬に私の何がわかると?」

「いやみ?とか言って来ないし、いつもよりずっと早口だよ?」

「そうかそうか、聡明な勇者君だから勘も鋭いと」

「そんなにこのアイテムが欲しいの?魔王に頼んでみようか・・」


目の前にぶら下げられた餌は大きい。しかも貴重なものだ。

ハカセは何度も魔王城に足を運んではいるが入れる部屋は限られている。

魔王をあれこれ言いくるめて地下の宝物庫に入れるよう画策したが

魔王は涼しい顔で


「僕以下の魔力じゃ扉が開かないようになってるんだよね。何故かは知らないけど。

扉の封印を解除するのも面倒だし、特に何か貴重なものがある訳じゃないし

何か高価なものを隠している訳でもないよ?」


そう言った。


『あるではないか、しかも駄犬にぽいと渡せるような、魔王様にとってはそれほどの価値しか

感じないとそう言うのか。ならばもっと貴重なアイテムがあの城にはあるに違いない。

ルーンの玉座は魔力増幅アイテムの代表格と言えるレア中のレアアイテムだぞ。

あれを手に入れれば私も宝物庫に入れるやも知れん・・それは無理でも封印の解除くらいは』


頭の中で考えをまとめたハカセが立ち上がる。


「よかろう、駄犬。

紙飛行機の制作、飛ばし方のコツを伝授しよう。

代価はそのアイテムだ」

「あ、やっぱりこれが欲しかったんだ・・」

「駄犬には過ぎたもの。指に通すな、と言われたのではないかね」

「う、うん・・。言われた・・・」

「まぁ、とにかく、これだな」


ハカセの手には白い紙が一枚握られていた。

それを散らかった机の上に置き、何度かその紙を折る作業をすると

あっと言う間に白い紙飛行機の完成だ。


「・・すごい・・、ハカセが自分で作ってくれたんだ」

「折り紙とはそういうものだ」

「おり・・ガミ・・」

「この持ち手を指で挟むように持ち、前方に放る。それだけだ」


ハカセの手を離れた紙飛行機はあの日のように軽く遠くに飛んで行く。


「わあ!!やつぱり凄いや!!」


勇者は大はしゃぎで紙飛行機を追いかける。


「私が今言った事を念頭に置き、こちらに放ってみろ」

「・・う、うん・・」


勇者は紙飛行機の持ち手をそっと掴むとハカセの方に軽く放った・・が

矢張り垂直に落下してしまう。


「力の入れすぎだ、手首と肘を使え」

「えい!」


「えい、ではない。力を入れるな、と言っている。理解できないのかね」

「こ、これでも・・力を抜いて・・えい!」


「どうやら駄犬には耳がついていないようだ。いや、その頭の中は空なのではないか?」

「もう少し・・丈夫なやつは作れないの?」

「痴れ者が、重力が増せばその分空気抵抗が強くなるだろうが、そんな事も理解出来んのか」

「わ、わかったよ・・、もう一回・・えい!」

「・・・・なんだこの地獄は・・、ここまで頭が悪い人間は初めて見たぞ。ある意味いいものを

見せてもらっているのかな?ははっ、私の貴重な時間をこんな事に割けるとは。

駄犬、貴様の脳みそはシキより劣るが、存分に私を驚かせているぞ。」

「そ、そんな事・・言わないでよー!!これでも・・頑張って・・えい!」

「せいぜい頑張るが良い。頑張る事で何かが変わるのなら存分にそうしたまえ・・・」


ハカセは作業に戻る事にした。

背中で勇者の無用な掛け声を聞きながら図面と向き直る。

あまりに時間が経過しすぎてその掛け声もハカセの耳に届かなくなった頃。


「お昼過ぎても帰ってこないから・・迎えにきたよ」


魔王が勇者を迎えに来た。

勇者が紙飛行機を咄嗟に隠し、ハカセの元に駆け寄ると

小声で「また後で来るから」と、ハカセが一番聞きたくなかった言葉を囁いて

勇者は魔王と供に城に戻って行った。


「それもこれも私の計画の為、ふん・・あんな駄犬が一匹紛れ込もうが問題あるまい」


ハカセにしては、深く考える事もなく・・・

いや、それ以上は何も考えたくなくて作業に没頭する事にした。


それから勇者は毎日のようにハカセのラボに入り浸り。

魔王が「ハカセの所で何をしてるの?」と聞いても「ちょっとね」と誤魔化すばかりだ。


そしてとうとう丸一日。

勇者が城に戻って来なかったその夜。


「勇者が僕に構ってくれない!毎日毎日シキ君やハカセの所に遊びに行ってしまう!

本も読んであげたいし、DVDも一緒にみたいのに!


勇者は僕と遊ぶよりシキ君やハカセと居る方が楽しいんだ!


もういいよ!僕が必要ないなら・・僕なんか・・魔王城なんか家出してやるーー!!」


魔王はそう言い残して城から姿を消した。

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