カミヒコウキ

時間は昼過ぎ、シキは相変わらず部屋で怠惰な時を

過ごしていた。

朝から何も口にしていない・・腹は減っているが動くのが面倒。

食事を作るのが面倒。食べるのも面倒・・・・

この繰り返しで毎日を怠惰に過ごすシキの体はその長身の割りに

線が細い。

以前魔王が『シキ君の体は素手でペキッとへし折れそうだね』と真顔で言ってきた事が

あった。そしてハカセが興味深そうにシキを見て来て・・

圧力の話に発展した時、シキはその部屋から逃げ出した。

空腹になるといつもその光景を思い出して寒気がする・・・・


「・・しゃーねーな・・パンでも貰いに行くか・・」

やっとの事でシキがソファから体を起こすと。

「シキ君・・・」


そこには玄関のドアを持った勇者が立っていた。


「いいか?勇者・・これ、見えるか?これ」


シキが指さすそれを見て、勇者は首を傾げる。

場所はシキの家の前、扉が付いていた場所の隣の柱だ。

四角い箱に、ボタンがついている。


「俺に用がある時はな、これをこう・・」シキが指先でボタンを押すと

部屋の中で「ピンポーン」と軽い音が響いた。


「これを押すと、俺が気づいて玄関の鍵を開けるから。

そうしたら入ってきていい、って事だ」

「そうなんだ・・、シキ君の家のドア開かなかったから、何か挟まって

るのかなって、力入れたら・・・取れた・・・」


『取れたじゃねーわ、これでも鍵は3つついてんだぞ、しかも

こないだ真っ二つにされてから倍の強度にしたのに・・。

そういうのは・・取れた、じゃなくて壊したって言うんだぜ、勇者』


シキは色々と言いたいこともあったが、一応胸に閉まって、

勇者からドアを受け取り元通りに直した・・。


『今日は別にバーサクモードじゃねーみたいだが・・・。

それでも俺の家を破戒するか・・素手で・・・・。

ふっ・・いいじゃねーか、勇者の腕力と俺のチート

どちらが上か勝負してやろうじゃねーか!』

「シキ君・・」

「おう、今日はどうした」


シキは言いかけて

『あぁ・・そういえばハカセに会いに行ったんだったな。

ボッコボコに言われて落ち込んでるのか・・?』


そう思い勇者を伺うが、勇者はただすまなそうにしているだけだ。


「まぁ、入れよ。昼飯はもう済んだか?喰ってねーなら・・」

「あ、そうだこれ・・!魔王がシキ君と食べなさいって」


勇者は手にしたバスケットをシキに手渡す。

中身は少し・・大分重いように感じた。

勇者がこれを持って片手でドアを破戒した事に気づいたシキは

勇者との勝負を諦めることにした。


「悪ぃな俺の分まで」

「ううん!一緒に食べよ!」


勇者の持って来た差し入れは、具だくさんのサンドイッチにドリア

チキンのサラダにフライドポテト、デザート、ワインまでついていた。


「・・持ってくるの大変だっただろう・・」

「ううん!全然。重くないよって言ったら魔王も驚いてた!」

「はは、そう・・」


シキは取りあえずバスケットの中身をテーブルに広げた。

こんなに豪勢な「食事」は何か月ぶりだろう・・・


「折角なんで、ゴチになります!」シキが手を合わせると。

勇者は「ご・・ち?」と首を傾げた。

シキはワインを主食にサンドイッチを軽くつまむだけだったので

食べ物は殆ど勇者が片付ける事になった。


デザートのクリームブリュレも2人分食べていい、と言った時の

勇者の喜び様もアテにして、シキはワイングラスを傾ける。


「・・で?どうだったよ、ハカセんとこ行ったんだろ?嫌味な奴

だったろ・・なんか言われたか?」


勇者は木製の小さなスプーンでデザートを食べながら

少し考えるようなそぶりを見せる。


「魔王も同じ事言って・・少し怒ってた。

ハカセはこの村で一番の害悪は僕だって言ってた」

「!!はぁ?!んな事言ったのかよ、あんのクソジジィ!!」


シキがテーブルにグラスを叩き付ける。

勇者はそれを見て「やっぱり・・なんだ」と、何かを納得したようだ。


「あ?どうしたよ」

「シキ君に言ったら怒るよ、って魔王が言ってたんだ・・。

それでね・・ハカセに会いに行ったその日の夜にね、

僕、魔王と話をしたんだよ。」


勇者はその内容を語り始めた。


ハカセの家から城に戻ると、魔王が真っ先に

「ハカセの言った事は気にしなくていいから」と告げた。

勇者は何も答えずにソファに座る。

それを「落ち込んでいる」と思った魔王は焦った様子で勇者の事を

心配したが、勇者は「少し考える」と言って目を閉じた。


僕は・・あの国から、自分の家族から逃げだしたかったのか。

死ぬのも厭わず。

でもいざ死にそうになって怖くなって国に戻ろうとしたけど、もうどこにも

戻れなくて・・・、戻る場所が無かった・・だから、そのまま旅を続けた。

いつまでたっても装備が新調されなかったり、渡されるアイテムが「薬草」

だけだったのは・・彼らがお金を使っていたからなんだ・・

そうか、僕はそれをわかって受け入れたんだろう。

死んだら蘇生してもらえるんだからと、格上のモンスターに挑むようになって。

経験値を積んで、自分自身が強くなるしかないって考えて。


死ぬことにも殺す事にも何も感じなくなっていった。

その時にはもう、獲物を求める狂戦士になっていたんだ。


「勇者?」


魔王の心配そうな声がする。

勇者は目を開けた。


「魔王もシキ君もハルト君も、僕が辛い経験をした子供だからいつも優しくして

くれてたんだ。

だから僕も僕の事を「可哀想」で「傷ついてる」って思ってた。

そう考えれば安心出来た。

こんなに・・・誰かに優しくされるなんて初めてで、とても居心地がよかったんだよ。


でも魔王、僕は、自分の何を犠牲にしても構わないから死と蘇生を繰り返した。

あと、力や行動能力を上げる魔法も何度も受けた。

望んだんだ、僕自身が。

その代償が、記憶の一部欠如・・特に忘れたい事から「消費」されていった。

いくら僕が年齢的には子供でも、それはわかっていたんだと思うんだ。

でも、そうするしかなかったんだ。

僕は馬鹿だから、そうする事しか考えつかなかった。

そんな代償なんてたいした事無いって思っていたのかもしれない。


ハカセに言われて・・ハカセが言った事って全部本当の事だって、今、実感した。

ううん、本当は・・最初から気づいていたのかも。


それでも、皆が優しくしてくれるからさ、嬉しくて、甘えていたかった。

ハカセはそれを怒っていたのかも」


「どうしてそれがいけないんだい?」

「魔王・・」


魔王は勇者の肩に手をかけ、その体を自分に近づける。


「僕や皆が君を助ける事がいけない事なのか?何が真実でも構わないよ、

でも君が城に来たあの日。本当に身も心もぼろぼろで、その心は空っぽで・・

酷く辛い経験をしてきたのは確かなんだ。

僕たちが守って何が悪い」

「僕は、もう大丈夫なんだよ、魔王」


勇者は魔王の胸に額を当てる。


「見てよ・・体もこんなに元気になったんだ。

毎日綺麗な布団で眠って、朝になったら当然のように食事が用意されていて。

シキ君が作ってくれたお風呂からは温かくて綺麗なお湯が出て

僕の服は毎日綺麗に洗濯されて用意されている。

こんな毎日・・考えられないくらい幸せだよ。


僕は魔王の教えてくれた「お笑い」とか、文字や計算の勉強をして

泣いたり笑ったりして毎日を楽しく過ごしてるよ?

もうそんなに心配しなくても、僕は元気なんだよ、魔王」

「そんな事は・・」

「魔王はこの城に住むモンスター達と、村の人たちの事を考えないといけないよ」

「考えてるさ!それとこれとは話が・・」

「今までありがとう。」

「え?」

「本当に・・ありがとう・・。魔王・・」

「え?!え!!まさか!城を出るつもりじゃ・・」

「・・そう思っていたけど・・」

「そそそそそ!そんなの駄目だよ!絶対!!せめて記憶が戻るまでは」


勇者は顔を上げず、魔王のローブをそっと掴んだ。


「・・・僕はもう剣を持つこと辞める。誰かを傷つけるくらいならそんな剣は

もういらない。それに・・僕は・・」

「勇者??」

「僕も・・魔王とお笑いコンビ続けたいし、また異世界にも遊びに行きたいし

遊園地・・?にも行ってみたいんだよ・・・。本当に僕・・いつからこんな・・・・・・・

我儘ばっかり言って、魔王を困らせて、本当にダメ勇者なんだけど。

いつか、魔王に・・僕の本当の名前を呼んで欲しいから・・その時まで・・」

「・・・ゆ・・・、ゆうしゃーーーーー!!!!!!」


魔王は感動のあまり勇者の腰を掴んで抱き上げた。


「わぁ!!!ちょっ・・と・・」

「・・・・」

「降ろしてよ!魔王!!!!」


じたばたと暴れる勇者の蹴りが魔王の体のあちこちに当たり

その蹴りは僅かばかり魔王の体力を削った・・。

魔王は勇者の顔をじっと見て、そしてその体を床に降ろした。

その途端、ソファに座り込んで顔を覆う勇者の耳は真っ赤になっていて・・


「どうしたの?熱でもあるの?顔があか・・・」

「・・・・・て・・・・・れてるんだよ!!魔王の馬鹿!!」

「照れる・・?どうして?僕も勇者とコンビ続けたいし、一緒に遊びに行きたいし

君の名前を」

「わーーーー!!!!!わーーー!!!もういいから!わかってもらえたなら

もういから!!!!!」

「・・・・・どうして照れるの??」

「魔王には感情が無いってハカセが言ってたけど・・魔王は・・人間の考えに

鈍感なだけだよ!!」

「ごめんよ?何か・・怒って・・」

「怒ってないから!!違うってーーもーーー!!」

「もー・・・?・・とは・・」


噛みあわない勇者と魔王の言い合いは小一時間続いた。


「・・笑わないでよね・・」

シキは横になっていたソファに突っ伏して、体を震わせている。

「・・わ!笑わないでよ!!」

「・・ちょ・・それは・・ム・・ムリ・・・、くっはっ・・、いや・・勇者の・・気持ちは・・わか・・・っ・・

わかるけど・・っ!!魔王様・・・、超天然・・・だかっ・・、そういう・・恥ずかしい事言うと・・

あと300年は語り継がれる・・ぜ・・あははは!!もう無理だ!!

もう、その光景が浮かんじまって!!!あははは!悪ぃ!べ、別にバカにしてる訳じゃ・・

あははははは!!!!」

「・・・・もぅ・・いいよ・・」


勇者は拗ねて、シキが笑い終わるのを待つことにした。


「いやー笑ったわ・・・。マジで。いやすまん、前半の話もちゃんと聞いてたぜ?

ま、勇者がてめーで納得して落ち着いたならそれが一番いい話だぜ。」


シキが自分の頭の後ろを撫でる。


「でもあんまり無理はすんなよ?」

「シキ君には・・謝らないといけない事もあるんだ」

「あ?ドアの事か?」


勇者は頭を振ると、ハカセから聞いた事を思いだす。

『村の転生・転移組は全員一度は死を味わってこの世界に来ている。

前世での記憶を持っているので自分がいつどこでどのように死んだか克明に記憶し

その古傷に無意識にてを当てている。今度注意深く見てみると良い。』


「・・ドアも・・毎回壊してごめんなさい・・。でもその僕、知らなくて・・」


勇者は言いにくそうに視線を泳がせて、手を合わせてはもじもじしている。


「んだよ、怒らねーから言ってみろよ」

「村の転生とか転移してきた人たちが・・一度・・死んでしまっているって」

「そら、そうだろう。じゃなきゃこんな異世界来れねーよ」

「・・・・あ、うん・・・。あの・・・僕はその・・・、死んだのは僕だけだって思っていたから。

だから皆に甘えて」

「はーん・・、それもハカセに言われたのか。あのゲス野郎・・その話は子供にはまだ

早いってーの」


シキはグラスに残ったワインを一気に飲み干した。


「シキ君は・・その・・・、頭を・・怪我したの?」

「ああ、現場の足場が崩れてな。俺は頭から地面に落ちて、腹に鉄骨がブッ刺さって死んだ」

「・・・・そんな・・・」

「ま、自業自得ってのが一番笑えるぜ、なにせ、その足場を組んだのは俺だし。

他に誰も巻き込まなかったのだけがラッキーちゃあラッキーだった。」

「その時の・・怖かったとか、痛かった事とか、思いだす事がある?」

「たまにな。・・今でも腹には傷が残ってるし、夢にみて飛び起きたりする。

アタマは常に痛ぇ気がする。でもこうして生きてっしな・・俺も、お前も。

今はそれで十分さ。腹がよじれる程面白ぇ話も聞かせてもらえるし、よ」


シキはニヤニヤ笑いながら勇者を見る。


「勇者が死んだのは勇者のせいで、理由は考えなしだったからだって、ハカセに言われたろ?」

「え?!どうして知ってるの?」

「アイツ俺にも散々同じ事言ってきたからな」

「・・僕・・怒っちゃって・・ハカセの額をナイフで貫こうとしたんだ」

「・・は?」

「え?」


驚いて見てくるシキに勇者も驚いてシキを見る・・


「ハカセの額を貫こうとした?攻撃・・したのか」

「・・うん・・つい、カッとなって・・・しまって・・」

「お前・・・体は大丈夫か?何かされなかったか??頭の上から沸騰したコーヒー

ブッかけられたり、でけぇコンパスのハリで目玉狙われたり、角材の角で殴られたり・・」

「そ、そんな事はされなかったよ・・。シキ君はそんな目にあったの??」

「あいつ、てめぇが回復魔法かけられるからって滅茶苦茶やってくるからな・・

口で言い返せば500倍になって言い返されるし、攻撃すれば死にかける程報復してくるし

・・しかも傷口を治して、また同じ場所を同じやり方で攻撃してくるんだ。

どんだけ性格悪いんだよアイツ!!

つか、マジで大丈夫だったか?勇者の我慢耐性みたいなので耐えたとかじゃねーのか??」


シキは勇者の髪を上げて額を心配そうに点検している。


「ハカセは魔王を怒らせて、体が3つに斬り裂かれたけど・・、魔王にも何もしなかったよ?」

「はぁ?!魔王様の攻撃魔法喰らっても生きてんのかよアイツ」

「僕も魔王も少しビックリした、ハカセって凄い魔法使いなの?」

「・・・あいつはもう、半分は魔族だ。この村に100年前からあの姿のまま居るらしいしな・・」

「え!人間じゃないの??」

「魔王様の話によると、そういうチート持ちらしい、でも・・何だっけなぁ・・、人間が魔族に

転職すんのは「土台」が違いすぎて無理らしいんだ。でもハカセは自分で自分の体を改造して

やっと魔王様のように魔法を使えるようになった、らしい。

「そう」なってしまったらもう奴の独壇場で・・魔法に改良を重ねに重ねて

オリジナル魔法なんかもバンバン編み出して、魔王様ともガチでやり合った事もあるらしい・・」

「魔王の方が少しだけ勝ったって・・聞いたよ?」

「ま、でも所詮奴はまだ人間で、魔王様程の力は無いらしいが。本人は魔王様を超えるつもりで

いる・・らしい」

「魔王を超える・・・。凄いね・・ハカセ」

「あいつのおかげで村や城が守られてるのは本当の事だけどよ、あいつ人間の頃から

魔族の素質があったんだぜきっと、じゃなきゃ、あんな性悪にはなかなかなれたもんじゃねーよ。

もう絶対に近づくなよ?」

「・・はは・・」


勇者は曖昧に笑って誤魔化して・・持ってきたバスケットを手にシキの家を後にした。


向かう先は城・・ではなく。


「やっぱりもう一度会わなきゃ・・」


勇者はハカセの家に向かった。


ハカセの家の入り口にバスケットを置き、家の入り口の前に立つ。

以前来た時は自動で扉が開いた。

だが今日は、透明な扉は少しも動かない。


「壊れたのかな?」


勇者がガラスに手をかけて横にスライドさせる。

「開かない・・!まさか本当に壊れてる??ハカセは大丈夫かな!」

思わず腕に力が籠る・・その途端「ミシッ」と音がして、ガラスにヒビが走った。

だがその扉は形を保ったまま、相変わらず動く気配もない。


「何だろうこの扉・・シキ君の家のとは全然違う・・。でも・・」


勇者は今度は両手でガラスの扉に手をかけた。


「何をしているのかね」

扉は声とともに開いた。

ミシミシと何かを巻き込むような音がして、勇者の前に現れたハカセの眉間には

深い皺が刻まれていた。


「あ、こ、こんにちわ。ハカセの家の扉が壊れていると思って・・」

「君が、たった今、壊したものが私のラボの扉だ。訂正したまえ」

「・・・ごめ・・・」

「目上に謝罪する時は」

「す、すみません・・・?」


ハカセは眼鏡を指先で上げると部屋の奥に歩いて行く。

勇者はその後を追った。


「何故入ってくる」

「あの、僕、ハカセとお話したい事が」

「君の本名など知らん、興味がない事は忘れる事にしている。他に質問は」

「凄い!どうして僕が名前を聞きに来たってわかったんですか??」


ハカセは勇者を無視し、足元の本や紙の束をすり抜けて部屋の奥へ進む。

勇者もその後を追った。

「君が私に自分の名前を尋ねに来るのは当然だ。それが君の唯一の人間である証

なのだからな。」

「うわーーー!」


目の前に突然現れた巨大な設計図を前に勇者は感嘆の声をあげる。


「凄ーい!これ何ですか?線が沢山引いてある!ハカセは絵を描くんですか?」

「・・・・」

「うわ、この本!魔王の部屋にあるのと同じだ!大きな黒い鍵がついてる本・・・

近づいてはいけないち言われてるんだ!

『禁書』だ!この本には何が書いてあるの??やっぱり魔法の事??

あ!この沢山落ちてる紙にもたくさん絵が描いてある!!

何か全然わからないけど!!凄いかっこいい!!この紋章は何だろう??

魔法陣に書いてあるのと似てる!!あ!もしかして『おりじなる魔法』ってこうやって

作っていくの??あ、この紙の絵もかっこいい!!!」

「・・・・・・」


ハカセのラボには少年心をくすぐる品が多く存在する事をハカセは初めて学んだ。

そして・・設計図や計算式、呪文の書物の山に徐々に埋もれてゆく勇者を止めなければ

この部屋に積み上げられた本は一気に崩れ出し、唯一の通路さえ塞がれてしまうだろう。

『部屋の片づけなどに時間を取られるのは好ましくない』


博士は近くにあった紙を手にすると、それを自らの手で折り始める。


「君、勇者君」

「はい」


勇者は本に埋もれながら顔だけ出して返事をした。

その前をすーっと流れるように滑ってゆく白い・・・・


「!!!!」


白い何かは部屋の隅まで飛んでゆくと、速度を落とし積み重なった本の上に着地した。


「!!!!!!!!!」


勇者は埋もれた本から飛び出し、その白いものを拾い上げ、

満面の笑みでハカセの元に戻って来て、それを差し出す。


「君はいつから熊から犬に転生した」

「なっなっ・・何ですか?!これは魔法??」

「詳細はサル・・・シキに聞くといい。」

「僕まだここにいたい!!」

「居たいではない。勝手な事を言うな。もう暫くは会う事もなかろう。」

「え?!どうしてですか??」

「用が、ないからだ」

「えー・・僕、まだ色んなもの見たいよ!これも、もう一回!やって!」

「もう一度見せてやったら、このラボから出て行く事。いいな。」

「え・・」


勇者が答える前にハカセはそれを持つと、もう一度空中に放った。

すぅーっと・・流れるように飛んでいくそれに勇者は目を奪われる。

そして

無表情なハカセの目が、それを見て懐かしんでいるかのように揺れたのを見た。


「・・・」

「約束は呪詛だ。私が本気で呪いをかける前に出て行くがいい」

「・・・・・はい!」


勇者は元気に答えて、白いものをそっと掴むと

「また遊びに来ます!!」と言い残し出て行った。


「また。とは・・・・・。」


ハカセは破戒されかけた扉を遠隔魔法で元通りの姿にすると目の前の設計図に

向き直った。


「また来るというのか。ここにか。私のラボに・・。

扉を毎回破壊されるのはシキの家だけで十分だ。何か対策を練らねばな。」



酒と食べ物に満足して眠気を感じたシキがソファでうとうとしていると。

「シキ君!!!」の声とともに、本日2度目の「シキ家の扉破壊」が行われた。


「あ!いけない!!」

勇者は慌ててもう一度外に出ると、シキに教えて貰った通りボタンを押す。

ピンポーンという軽い音に、シキは無意識に後頭部を摩りながら体を起こした。

「シキ君いますか?」

「見えてんだろーが!!いいか、今度扉ブッ壊したらタダじゃおかねーからな!」

「ごめんなさい!でもほら!!これ!!見て!!ハカセに貰ったんだ!!!」


扉を修繕するシキに、勇者はそれを押し付ける。


「ハカセに?貰った??爆弾とか毒薬とかじゃねーだろうな・・その紙飛行機」

「カミ、ヒコウキって言うの?これ?ね!これ鳥みたいに飛ぶんだ!!どうやったら

出来るの!!」

「顔に押し付けんな!痛ぇわ!つか、丈夫な紙だな・・でも軽い・・・」


シキが紙飛行機を手に手首を曲げて角度を合わせるのを

勇者が期待に満ちた瞳でそれを見て居る。


「んな難しいもんじゃねーから、ほら、持ってみ?」

「え!!いいの??」


勇者の手に持ちてを握らせて


「強く握るなよ?そっとでいいから・・手首使って軽く投げてみな」

「うん!」


勇者の投げた紙飛行機は秒速で足元に落下した。

勇者は今にも泣き出しそうな顔でシキを見上げる。

「いや、だから力入れるなって、ほらこうやるんだよ」


シキは拾い上げた紙飛行機をハカセがやって見せたように遠くへ飛ばす。


「うわーーー!!!」


勇者はそれを追いかけて、紙飛行機が着地するまで見守って、それを両手に

包むようにしてシキの元に戻ってきた。


「もう1回見せて!!」

「・・・・もう1回だけだぞ・・?」

「うん!!」


シキはその時知らなかった・・・

このやりとりが数時間続く事に。


陽が暮れ始めるころ「・・も・・もう・・、カンベンしろや・・」と項垂れるシキを前に

勇者は元気一杯だ。


「あとは・・魔王様に・・やってもらえ・・」

「そうだね!じゃあ魔王にやってもらおうっと!シキ君ありがとう!!バイバイ!!」


勇者は、今度こそ扉のノブに優しく手をかけて外に出ると

シキにもう一度「また明日ね!」と言い残し扉を閉めた。


「・・は?明日・・・って・・・、明日も来るつもりかよ・・・」


シキは今度こそ床に転がった。

「・・ま、あんな顔見れるなら・・それもいいか、俺の手首は死んだけどな・・・・」

苦笑いしながらシキが思う。

「魔王様・・後は頼んだぜ・・」



城に帰った勇者が魔王に紙飛行機を渡すと

その紙は魔法で固められた紙で、魔王が触れる事によりただの紙に戻り

今まで受けた衝撃を受け止められなかった紙は四散した・・・・。

これがハカセの計算だったのかは誰も知らないが・・


その夜、城では勇者に必死に謝る魔王の声がいつまでも響いていた。

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