狂戦士

「シキ君大丈夫?!」


家の扉が突然2つに割れ

その衝撃は見えない刃となってソファと

家の壁を切り裂いた。


ソファで雑誌を読んでいたシキが少しでも

身体を倒していたら斬り裂かれたのは自分だろう・・

シキは部屋に入ってきた勇者と無事に対面した。


「・・・・・お、おぅ」

「外からモンスターの声がして・・村にもモンスターの

匂いがするんだ!だから僕・・」


『ウゾの事か・・、魔王様は今ハカセんとこで仕事中だからな』


「シキ君の家が村の入り口に一番近いから心配で!」


勇者の手には剣が握られている。

この村で2番目の強度を誇るシキの家の玄関や、家具や壁を

簡単に切り裂いたのは城に転がっていた只の剣で

伝説の剣などではないだろう。

それは単純に勇者の力だ。


勇者の眼は鋭く辺りを見渡す。

シキの心配をしている・・と言うよりは「敵」を探している・・

その殺気はシキでさえ感じた。


「俺は大丈夫だし、ここにはモンスターは居ない。

それに、この村には外から侵入出来ない仕掛けがある。

ただの壁にしか見えないが、村や城は外から見えないようにも

なっている・・から・・大丈夫だ・・・」

「・・・・・」


シキはそっと腰を浮かす。


『やべーな・・これが狂戦士化ってやつか・・・、それとも勇者の力か・・

真の勇者の血筋はとっくの昔に滅んでいる・・

じゃあ・・これはあのガキ・・本来の力ってか・・・・』


「なぁ、剣を離せよ・・ここには敵はいねぇよ」


『くっそ!俺がビビってどうすんだよ!!でも俺ただの人間だぜ・・・

あんな力で斬られたら・・』


シキは震える足に力を込めて勇者の方へゆっくり歩き出す。


「俺の家で、あんまし暴れるなよな・・、なぁ勇者」

「シキ君は僕が怖い?」


ふと、殺気が収まる。

シキは大きく息を吐いた。

それは安堵の溜息だ。


「・・ごめんね・・、僕・・本当に村の事が心配で・・

でも、剣を掴んだら・・、暫く離せなくて・・」

「・・・・構わねぇよ・・それより・・・」


シキは斬れたソファーに手を滑らせる。

ソファーは一瞬で元の姿に戻った。


「俺の家の改修をさせてくれよ・・いくら何でも・・玄関の扉まで

開け放してちゃ・・いい見世物だろ?」

「あ!・・ごめんなさい・・」

「構わねぇって!」


シキは出来るだけ足に力を込めて、勇者の側を通り抜けて玄関を

修繕する。

『俺の体にウゾの匂いが残ってたら・・・即ブッた斬られるだろうな・・

それはそれで仕方ねぇ・・玄関だって壁だってあの様だからな。

俺も真っ二つになるのか・・?魔王様・・早く戻って来てくれよマジで!!』

シキは無意識に自分の後頭部に触れる。


「魔王にね、魔王は大事な仕事があるって沢山張り切って出かけて行ったんだ。

僕はその間・・眠っているようにって、魔法をかけてもらった」


『嘘だろ魔王様!ぜんっぜん効いてねーじゃねーか!!!』

「でも・・駄目みたい。モンスターの気配を感じると僕の体は勝手に動いてしまう・・

・・・・ごめんね・・シキ君・・こわ・・かったでしょ?」


俯く勇者の手には、まだ剣が握られている。

シキは手を伸ばす。

自分の手が震えている事に気づいたが気づかないフリをした。

そしてその手で勇者の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


「てめーみてーなガキ、怖い事あるかよ。

でもそろそろ慣れねーとな。この村にはお前が怖がる事なんか何も起こらない。

モンスターもいねーし、平和そのものだ」

「・・う、うん・・、そうだね・・わかってる・・」

「それに俺もバカじゃねー。「護る」にかけちゃチート持ちだからよ。

俺やドクターや魔王様を信頼しろって」


カラン・・と軽い音がして、勇者の手から剣が落ちる。


「・・うん・・僕・・本当に・・・・・・みんな・・の事・・」


倒れそうになる勇者をシキが受け止める。

勇者は魔王の魔法で眠ってしまったようだ。


「はー・・マジヤバかったな・・。肝が冷えるのは死んだとき以来だぜ・・・。」


シキは勇者の体を担いでソファに横にする。

「こんなトコ、ハカセにみられたら・・また魔王様が色々言われるんだろうな・・」

「そうだとも、私は進言させてもらうとも」


いつの間にかシキの部屋にはハカセが居た。


「げ!」

「良い頃合い・・それに良いサンプルを見せて貰った」


そう言い残し、ハカセは姿を消す。


「うわ、魔王様マジでボコボコに言われんぞ・・・・・あいつの嫌味地獄はパねぇからな・・。

それにしてもいつもより数倍機嫌が悪かったような・・・・・

魔王様・・他にも何か・・?仕事、しくじったか?」


シキはハカセの不機嫌の理由を会合で知る事になる。



「本当にハカセのとこに勇者をつれていくのか?」


ハカセが去った後、シキが魔王に尋ねる。

「嫌だよ、何言われるかわかんないもん・・・。僕に対しては何を言っても構わないけど

勇者にあれこれ言われては困る・・せっかく良くなって来たと思ったら・・・また僕の魔法を

狂戦士化で消すなんて・・・、そんな時に、特にハカセに会わせたくない・・けど」


「けど?」ハルトが魔王を見上げる。


「・・・連れて行かなきゃ・・・向こうが来るんだろうなぁ・・・・・、シキ君の家で暴れた事もそうだけど・・

僕があの娘を助けた事・・めっっちゃくちゃ・・怒ってたもんなぁ・・・・。

ヤだなぁ・・・行きたくないなぁ・・。ハカセ相手には魔法も効かないし、誤魔化せないし・・

そんな事したらまた・・あぁあああ・・どうしよう・・・」


頭を抱える魔王に「でもよ・・」とシキが切りだす。


「魔力では魔王様の方が上なんだろ?勇者に何か言うようなら、力で押さえつけるって手も」

「そんな事したら村が崩壊しちゃうよ・・・」

「ハカセ・・・そんなに強くなってんのか・・」

「人間なのに・・人間だからかなぁ・・、彼の魔法って僕の魔法との相性が悪いんだよね。

反発して反響して爆発するんだ。あれには驚いたなぁ・・・

少し前に手合わせした時、それが原因でこの村周辺が平地になったんだよね・・。

僕も少し手加減出来なくて・・、僅差で僕が「勝ち」って事になった時も

暫く嫌味以外口もきいてくれなくてさ・・、あ、それは今も同じか・・・ははっ・・はぁ・・・」


文字通り頭をかかえる魔王。


「ドクターからハカセに言ってもらうって言うのは」

ハルトは諦めたように頭を振る。

「僕があの毒舌に勝てるとは思えない・・悔しいけど、ハカセの知識は

僕の医学の知識を遥かに上回っているしね・・。

それに僕の体は今5歳で、一応5歳の感覚も持ち合わせている。

もしかしたらハカセの前で泣いて・・しかも号泣してしまうかもしれない・・・・・。それは嫌だ。」

「全員・・お手上げか・・・」

「シキ君もお手上げなのかい?」

ハルトが意外そうにシキを見上げると、シキは半笑いで

「あいつは俺の事、サル以下だと思ってるし、実際何度も言われて来たし・・・・。

俺のチート能力だって、ハカセには『不勉強』だと言われて・・数か月アイツの講義を

受けさせられたんだぜ・・?胸糞悪ぃが・・そのおかげで俺の「建造」の力は強度を増した。

力も口も頭も敵わねーよ・・。つか思いださせるなよな」


シキがこの世界に転移して来た数日後、得意げに能力を発揮するシキの首根っこを

掴み、ハカセのラボに強制的に連れて行かれ暫くその姿を見るものは無かった・・。

まさかマンツーマンで講義を受けさせられていたとは・・ハルトは初めて知る真実だった。


しん・・と沈黙が場を支配する。


「でも彼が1日で勇者君のトラウマを失くしてくれると言うのは少し興味深いかな?

何も手段がなくてあんな事を宣言するような人じゃないし・・手段はどういうものか

わからないけど・・ハカセも魔王様の前で勇者君に何かする程馬鹿じゃないさ

多分。頑張って、魔王様!」

「そこに期待するしかないか・・」

「もし駄目な時は、一発ブン殴ってやれや!頑張れよ!魔王様!」


シキとハルトも居なくなり・・魔王は深く深く溜息をついた。

「殴ったら倍返しされちゃうようよぅうう・・・土下座もさせられちゃう・・・嫌だなぁ・・」


魔王が部屋に戻ると、勇者がベットの上で魔王の帰りを待っていた。


「・・まだ起きていたのかい?もう夜も深いよ?」

「・・・あ、あの・・その、」

「うん?シキ君の家の事?」


勇者は頷く。


「シキ君の家は大丈夫、シキ君も少しも怒ってないよ」

「・・・でも・・怖がらせちゃったし・・」

「シキ君は人間だ。勇者の剣に斬られたら傷つきもするだろう。

それでも、君の前に立って「ここは安全だ」と、そう教えてくれたんだろう?」

「うん」

「シキ君は強いよ。勇者が急に尋ねてきたからびっくりしただけさ。

彼は今も君の心配をしていたよ。シキ君は優しくて、強いね」

「うん・・」


勇者は少しだけ笑った。


「さぁ、もう寝なさい。明日も漫才の練習しなくちゃね!」

「わかった・・おやすみなさい魔王」

「おやすみ」


魔王が手を振ると部屋が暗くなる。

『明日なんか、来なければいい・・。でも未来がないと新しいDVDも発売されないしなぁ・・。

最近はあまりネタも書けていないなぁ・・


ハカセは僕が村人をほったらかしにして1年たつと言うけど・・

実際はそれ程時間は経過していないはず。

あれはいつからの事を指すのだろうか・・勇者が王国を出立してからか・・。

確かに彼からの情報で新しい勇者が城を目指してる事を知ったんだよな・・

ハカセの遠目は良く利くなぁ・・、はぁ・・明日なんか来なければいのに・・』


魔王は朝が来るまでずっと同じ言葉を繰り返し頭の中で考えていた。

それでも明日はやってくる。

それは魔王でも止められない事だ。


「・・・おはよ・・魔王・・」

「え!もう朝?!」


勇者は目を擦りながら「うん・・外はもう明るいよ?」

まだ少し眠たそうな勇者に

「まだ寝てていいよ?まだ・・早いよ?!」

「・・・ん、でも」


きゅーっと、勇者の腹が鳴いて、勇者は照れ笑いしながら自分の

お腹を押さえる。

「お腹空いた・・・」

「!!そ、そうだね、では朝食にしよう、顔を洗っておいで」

「うん」

「ゆっくりでいいよー、ゆっくりで・・」

「?わかった・・・・」


勇者は同じ部屋にある洗面所に消えた。

魔王の部屋をシキが勇者用に改築したものだ。

広い風呂場もついているし、洗濯機に乾燥機までついている。

勇者のお気に入りの場所でもあった。


懸命に朝食を口に運ぶ勇者に「ゆっくりでいいよ・・ゆっくりで・・」

と魔王は出来るだけにこやかな表情を作りながら訴える。


「ん、なんでさっきからゆっくりって言うの?」

「それは

『あなたは今から地獄に向かいます、その時間を少しでも

引き伸ばしたいのです・・とは言えない・・・』

ん、ほら、スローライフって

やつ?体にもいいらしいからね。

勇者はこの城でゆっくりと過ごして欲しいんだ」


勇者は恥ずかしそうに笑う。

魔王はこのまま時が止まればいいと・・未だにあがいていた。


しかし無残にも時間は流れてゆく。


「・・・はぁ・・・、勇者・・、はぁ・・本当は・・はぁ・・嫌なんだけどさ・・・はぁ・・、

今日は・・・村に行こうか・・」

「うん!わかった!着替えてくる!」


勇者は文字の勉強を途中でやめて、小走りにクローゼットに走る。


「シキ君の所にいくの?それともハルト君?」


着替えながら勇者に尋ねられ、魔王は深い深いため息をついた。


「・・いや・・、今日はハカセの所に・・・」

「ハカセ・・」

「うん・・僕ね・・、ちょっと彼を怒らせてしまって・・、彼は今とても不機嫌なんだ。

だから本当は会わせたくないんだ。

だからね、ハカセが勇者に何を言っても、それは僕の責任だから・・

あまり真面目に受け止めないで欲しいんだよね。

彼と初対面の人間は、大体ボコ・・。いやこう・・・強い言葉を聞く羽目になって

落ち込んでしまうから。」

「うん、わかった」

「本当にいいの?嫌じゃないの??」

「叱られたりするのは別に怖くないし、何を言われても僕は大丈夫だよ?」

「でも本当に、結構キツい事言ってくるよ??大丈夫??」

「うん!」


勇者は着替え終わると、心底心配そうな顔をしている魔王を見上げる。


「それより僕は、魔王の方が心配だよ?大丈夫??」

「・・・う、うん・・・。君がそう言ってくれるなら・・僕も頑張ろう・・・」



「やぁ、お早いお着きだ。驚いたよ、あまりに早くてね」


ハカセのラボ兼自宅はシキの家のより少し奥、木々に隠れるように

ひっそりと建っていた。他の家屋と違い鉄で出来たドーム状の形をしている。

その扉は自動で開き、勇者は驚いた様だが魔王は早速の嫌味に辟易する。


『もー・・・早速嫌味とか言う?子供の前なのに!!』

「・・はじめまして・・『ハカ・・セ』、こにんちわ・・僕は」

「知っているとも、昨日シキの家で暴れた仔熊だろう?見ていたからね」

「・・・あ、はい・・ごめんなさ」

「目上に謝罪するときは「すみません」だ。言葉はきちんと選びたまえ。

まぁサルの家などどうでも良い。入り給え。」


勇者の言葉も聞かず、広いい鉄製の廊下を歩き出すハカセ。

勇者は臆せずその後を追った。

魔王は少し迷ったが、ハカセが途中で少し振り向いたのが怖くて

慌てて勇者の後を追う。


「こちらへ」と通された部屋は天井が高く、そこから太陽光を取り入れて

いて明るかったが、部屋は沢山の本や、何かが書かれた紙が散乱していた。

壁には計算式が至る所に落書きのように残されている。


ハカセが試験管や本が積み重なった場所を手で払うようにすると

今までそこにあったものは消え、代わりにテーブルが出て来た。

白衣やシャツがかけられた場所もハカセが手を振るとたちまち消え失せ

ソファが出てくる。


「どうぞ」と言われ勇者と魔王はソファに座った。

その二人の目の前にハカセが座る。


「コーヒーはお好きかね」

「・・いえ・・、飲んだ事ないです」

「生憎だがうちにはミルクは無いのでね、我慢したまえ」

「・・・はい・・」


博士が空中に円を描き、指を鳴らすと3人の前にはホットコーヒーが

出て来た。


「・・魔法・・使いなんですか?」

「質問は私が許可した時のみにしたまえ、さて、本題に入ろうか勇者君」

「・・・はい・・」


魔王はハカセが何を言いだすのか気が気ではない。


「私は君が王国を出立しからずっと観察して来たのだが」

「え?!」


話を妨げられたのが不服なのかハカセに睨まれて勇者は大人しくなる。


「人間は愚かだ。その中でも勇者君、君は愚鈍中の愚鈍。むしろ褒めてやりたいくらいに

考えなしだ。何故君が勇者の血筋を引くものだと言われた時何も考えなかった?

勇者の血などとっくの昔に途絶えている。

国は何か起こると魔王城に勇者を「生贄」をして捧げているのだよ。

そして選ばれたのは君。何故選ばれたと思う?それは君の立派な母上が父親に

捨てられ母児家庭だったからだ。君には兄弟も多かった。家は貧しく、君は幼い頃から

働く事を強要されていた。そんな君を勇者として差し出す事で得をするのは国と

君の母上だ。君の立派な母上は君を国に売り、僅かな金を受け取った。

そんなはした金、すぐに使い果たしてしまっただろうがね。

聡明な君はわかっていたはず、理解していないにしてもある日突然着の身着のまま

ひのきの棒1本とわずかなアイテムを渡され国から追い出される事を何故享受した?

何故国王に謁見を求めなかった?勇者は国の誇りなのだろう?

王に謁見し、自分の身を護る騎士団、騎馬数頭、食料、水、十分な装備をそろえられる金

その他もろもろを要求する事も出来たはずだ、何故要求しなかった、答えよ」


すっと手を差し出され、勇者は言われた事を考えながら


「そ・・そんな事」

「そんな事出来なかった、か。勿論そうだろう。そして勇者君はあの生活から抜け

出したいと思っていた事もあり『己が勇者ならばなんとかなるだろう』いや、『何とかせねば』

と思い、勇ましく出立した。だが結果はその日のうちに死にかけ教会に施しを

受ける始末。仲間を募ったがついて来たのは使えないものばかり。

君が最前線で闘うその後ろで彼らだけが高価な回復アイテムを使い、敵からも死からも免れていた。

君が死ねば文句を言いながらその棺桶を引きずる「係」でしかなかった。

君は愚かなのだよ。愚かだったのだ。

自ら望んで死を繰り返して来たにも関わらず、魔王様やモンスター達を憎み恨む。

未だにその妄執に憑りつかれている。


君は心をすり減らして来たのではない。

責任転嫁する事でいつしかモンスターを殺す事にのみ快楽を得るようになった。

魔王様を、モンスターを殺したくて仕方がない。勇者君の心はすり減るどころか、その快楽に

酔いしれ増幅している。今も。それが君という勇者の本当の姿だ。」


『いくらなんでも言い過ぎだ』と魔王が言うより先に、勇者が立ち上がる。

握られた両の拳は震えていた。


「違う、そんなのデタラメだ!僕は・・、敵だからモンスターを殺して来た!

殺したくもないし・・・死にたくて死んだんじゃない!」

「そう、子供に見える君がそういえば、魔王様はもう君を守る事しか考えられない。

幼い君が、辛く苦しい旅を続け、何度も倒れながら城を目指してきた君は

保護の対象にしか映らない。中身はただの考えなしの狂戦士だと言うのに。」


「それ以上、口を開いたら。僕、本当に怒るよ?ハカセ」


魔王も立ち上がる。


「怒る?何故魔王様が?人間のフリをして感情を見せても意味は無い。

貴様様が一番おわかりではないのかね?」

「スカーズ・・・ペイン」


魔王が低く呟くと、ハカセの体は家具と共に巨大な爪に斬り裂かれた。

3枚に切り分けられたハカセがニタリと笑う。


「見たかね?勇者君、魔王様は君の為ならこの村の大幹部である私を殺す事も

厭わない。それ程君にご執心だ。だから、今日は勇者君に来てもらった」


ハカセは自らの手で斬り裂かれた体を両方から押さえて元通り繋ぎ合わせた。


「私が先ほど言ったように、君はただの狂戦士だ。

君がそうなったのは自分自身の考えの至らなさにあり、哀れなモンスター共に

殺意を向けるのはお門違い。八つ当たりである。即刻やめるよう。

でなければ、昨日はシキを殺しかけた君ならもう存分に理解しているだろうが。

次は確実に誰かを、人間を殺す事になるだろう。」

「そんな事しない!!僕は・・・村が危ないと思って」

「私の村だぞ?私が管理している村に万が一の危険が訪れる事はないし。

もしその危険が訪れたとしてもだ、君の出番ではないのだよ。」

「・・・・」

「君はモンスターに恐れをなして夜を恐れている訳ではない。

ただの殺害衝動に駆られているだけさ。

あれだけ馬鹿のように自ら死んだのに、その教訓は全く生かされていない。」


勇者は腰に隠し持っていた小型のナイフ引き抜くと音より早く

ハカセの額を目がけ突き刺した。

コーヒーカップが倒れ、床に落ちて派手な音をたてた。

だが刃は届かない。

勇者の手は怒りか哀しみかに震えて、だがハカセを傷つける事はしなかった。


「し・・・死んだのは僕のせい・・・、僕の考えが足りなかったのも認めるよ・・

でも・・、僕は望んで死を繰り返した訳じゃない!!死んでも蘇生させられ続けたんだ!

死んだ事もない人が、あの恐怖をわかるもんか!!」

「分かるさ。私も現世で死んでいる。轢死だ。わかるかね」

「・・え・・・」

「混みあった駅のホームで騒ぐ馬鹿学生に突き飛ばされて、電車に轢かれて死んだ。

ホームに入って来て減速中とはいえ60キロを超えるスピードの電車の車輪に

巻き込まれ、体中を切断されて死んだ。

私にはまだ研究したい事が多く存在していたので死にたくなかった。

本来なら電車にぶつかった衝撃でショック死してもおかしくはない。

だが私は意識を保とうとした、なんとか生きるために必要な臓器だけでも守ろうとした。

しかし車体に引きずられた私の腹は開き、内臓は零れ落ち。

四肢は切断され・・・最後に首が胴体から離れた。

周りの人間の声も覚えている。最初は悲鳴、次に携帯で私の死体を撮影するもの

電車が停まって迷惑だと言われながら、私は駅員にゴミ掃除用のポリバケツに入れられ

運ばれた。現世で蘇生魔術があれば私はそれを求めただろう。」

「・・・だから・・・って」

「そして私はこの村に転移した。二度と死なぬようチートも複数持ち合わせている。

これが、この村こそ私の死の結果だ。

私の死は勇者君のように軽くはない」

「黙れぇ!!!!」


勇者は荒く息を吐く。

あと数十センチでハカセの「人間」の額に剣先が届く。


「どうした?殺してみるがいい。君はまだ人間を手に掛けた事はないだろう?

私がその第一号になってやろう。

そうして、君はまた新たな快楽を得るのだ。快楽とは恐ろしいものでね。

一度味わうとなかなか手放せないの・・だよ!」


ハカセが自ら顔を突き出す。

勇者は思わず剣を引いたが、ハカセの額から血が滴り落ちていた。


「いいかね、この村周辺、城には勇者君の八つ当たりの対象は1匹たりと居ない。

モンスターは皆、魔王様に服従している。

どこにも危険はない。今のところ君という狂戦士だけが唯一の危険人物だ。」

「・・僕・・・が・・・・」

「誰も彼もが勘違いしているからこうやってはっきりと言ってやった方が飲み込みも

早いと思ってね。君が私に剣を向け、殺意をあらわにした事を忘れるのではないよ?

それも君の一部、現実なのだから。

あと村の転生・転移組は全員一度は死を味わってこの世界に来ている。

現世での記憶を持っているので、自分がいつどこでどのように死んだか克明に記憶し

その古傷に無意識に手を当てている。今度注意深く見てみると良い。」

「そんな・・・皆も・・・・・・あ・・」


勇者は握りしめたままのナイフを手から離そうとするが上手く行かない。

刃先にはハカセの血がついていた。


「あ、・・・・あ・・・」

「そのままで良い」


魔王は勇者の左手をナイフごと手で包み込むようにすると、ナイフはやっと勇者の手から離れた。


「何故刃物を持って来た」ハカセの質問に、勇者は口を噤む。

「獲物探しかね」

「違う!違うよ・・・・!!何かあったら・・と思って・・」

「もういいだろうハカセ、君も早くその傷を治しなさい」


ハカセは自分の額に手をやると、血痕も傷も瞬時に消えた。


「なんで僕の術をまともにうけたの、死んだかと思って少し焦ったよ」

「そんな事より私の話を理解したかね?」

「理解したくもない。やっぱり君と勇者を会わせるべきじゃなかった」

「あれだけわかりやすく解説したというのに困った御方だ、マイ・ロード」

「黙りなさい。いくら僕でもね、怒る時は・・」


勇者が魔王のローブの裾を引く。


「もう、大丈夫・・帰ろう?魔王」

「わかった・・」


魔王は転移しようとして

「・・ハカセの家では転移が使えないんだったね。こういう細かい嫌がらせは本当に

やめてほしいいよ」

「嫌がらせなど・・ただの「仕様」さ、さぁ、玄関までお見送りはしないが、とっとと歩いて

帰りたまえ!」


魔王は「本当にもうっ!この村一番の困った子だよ」と文句を言いながら歩き出す。

勇者は魔王の後について歩き出したが、ハカセを振向くと。


「・・・また来ます」


と言って頭を下げた。

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