願い

村はまだ陽がかげる頃だったので

シキと魔王の宴は続いていた。


「魔王様は飲みもしねーのにワインセラーなんか持って

やがるからよー、たまにはこうやって、開けてやらないとな」

「はは・・・」

「どうしたんだよ魔王様、呑まねーの?」


ワインの空き瓶は1本で止まり、その殆どはシキが空けた。


「んだよシケてんなー、なぁ勇者」

「・・ん」


城に戻ってから勇者はシキの側を離れない。

魔王は困惑していた。


「・・んだよ、どしたよ、ふたりとも」

「僕シキ君の家に遊びに行きたいな」

「俺ん家??今からぁ?いーけどよ・・汚ねーし、

城みてーな飯は出て来ねーぞ?」

「いい」

「・・・本は?魔王様に読んでもらうんじゃなかったのか?」

「シキ君が読んでよ!」

「・・・・・・・・・・・は・・・」


ただ一言・・その一言だけが魔王の口から洩れた。


『嫌われた。

明らかに嫌われた。』


魔王はがっくりと肩を落とす。


『何故かはわからない・・だが僕の軽率な発言が勇者を怒らせてしまった・・。

本を読んであげる権利も奪われた・・、もうお終いだ・・・・』


「じゃあ、僕シキ君の家に行くから・・」

「勇者借りてくぜー」


『・・・・なんだろう・・この気持ち・・、はは・・魔王辞めたい・・・』


勇者もシキも居なくなって静かになった部屋。

つい最近までこの静けさが当然だったのに。


「・・・つい口が滑って重複魔法の事を話してしまったからだろうか・・

人間の魔法の技術を馬鹿にしたからだろうか・・。

拙い魔法をかけられて心も体も傷ついた勇者をさらに傷つけてしまったの

だろうか・・・、僕は・・もう・・一生酒は飲まないよ!シキ君!!」


床に伏せてむせび泣く魔王の元に、飲みかけのワインの瓶が映る。

魔王はそれを掴むとラッパ飲みした。


「うわーん!!僕のばかぁーー!!

僕の大切な相方がーー!!

折角新しいDVD一緒に観ようと思ったのにーーー!!!

わぁああーーん!!」


魔王の泣き声が部屋に響く。



「魔王様の転移がないと、村まで意外と歩く事になるぞ?大丈夫か?」

「・・うん・・」


城から村人専用の通路を抜けて道なりに歩く。

勇者は何度か城を振り返り・・・だがシキはどんどん歩いていって

しまうので急いで追いかけた。


シキの家は村の入り口の近くにある。

以前見た時より、他の家より大きく豪勢に見えた。


「シキ君の家・・大きくなってない?」

「おうよ、試しに増改築を繰り返してたら3階建てになってた。」

「凄ーい・・」


シキの家は近代的で、魔王の城とは全く異なっていた。

勇者の見た事のない家具や部屋の間取り・・・床は木張りだと思ったが

感触は柔らかい。


「あー・・疲っれたなぁ・・今日は」

「・・ごめ・・んなさい」

「いや・・俺もよ・・」


シキは変わった形のソファに着ていた上着を投げると「座れや」と

勇者を促した。


「ま、俺も散々恰好悪かったしな、キレて色々言っちまった・・悪かったな」

「そんな事は・・・うわぁ!」


思っていたよりソファは柔らかくて、体が沈み込みそうで勇者は声を

上げた。


「お前のおかげで、現世の奴に最期の別れをする事ができた。

サンキュな」

「・・・・ん、そう思ってくれたなら良かった・・。僕も嬉しい」

「それで、アレ・・その・・」


シキは歯切れ悪く言葉を選ぶと


「やっぱ、魔王様とは・・今は一緒に居づらいか?」

「・・・・・うん・・少しだけ・・、僕が悪いんだけど・・・・」

「ん、言ってみ?聞いてやっから」


勇者はぽつりぽつりと話し出した。


「初めて、違う世界を見て、沢山失敗して、魔王とシキ君には迷惑かけた僕が

言うのも・・あれなんだけど・・ね、魔王が・・・「蘇生」の話したでしょ・・・?


「蘇生」魔法「リライフ」の前に呪文があって・・魔王は人間の魔法使いは呪文を

唱えるんだ・・・・・。


その文言にね・・「一度失くした魂を捨て去り仮初の器を与えん」て言葉があって。

僕はそれを何度も聞くうちに・・、あぁ、僕は死んだんだなって思った事が一度だけ・・・

最初の一度だけあったのを思いだしたんだ・・次にはもう何も感じなくなって忘れてたけど・・


僕は2個目の・・ううん、もっと沢山の仮初の器で、本当の僕じゃないって・・

今日の魔王の話で確信した。


僕は、僕の大切な人が死んでしまった時、それを受け入れられないかもしれないけど

勿論ぎりぎりで、その命を繋ぎとめる事が出来たらそれが一番良い事なんだけど。

魂が天に召されてしまった後「蘇生」するなんて、しちゃいけないんじゃないかって・・

思ったんだ・・。

でも魔王は簡単に「蘇生」って言葉を口にした。

魔王って、本当に魔王なんだなって・・思っちゃったんだ、僕。


こんなに・・大事にされてるのに・・。

やっぱり魔王は人から恐れられる存在なんだなって・・・少しだけ思っちゃったんだよ。」


「魔王様が怖くなったか」

「少しだけ・・でも、本当に怖いのは夜で・・・!また僕は自分を止められなくて・・・

魔王に怪我させちゃうんじゃないかって・・、怖いのは・・嫌なんだよ・・・

僕は・・少し前まで散々モンスターに殺されて来たから・・モンスターが怖いし

多分・・今モンスターを見たら・・・殺してしまうと思う・・・・。

それと同じ事を・・優しい魔王にしてしまうかもしれなくて・・怖いんだ・・・

僕は僕自身も怖いんだ・・。なんでこんな・・これじゃまるで、僕がモンスターだ・・・」


立てた膝に顔を埋めて泣く勇者に、シキは返す言葉もない。

しかしふと、あの頃を思いだす。


「・・・・お前が初めて城に来た時は・・・・・、何も喰わないし飲まないし眠らないし・・・

ただガリガリにやせ細って行くのを・・見るのがキツかったな」


「・・え?」


「魔王様はさ、アホだから・・そんなお前の側でお笑いの本を読んでやったり、DVD観せて

みたり、寒いネタを披露したり・・・してたな・・ずっと。

スープを一口飲んだってだけで、村中に報告して回って大騒ぎしてたよ。」

「魔王が優しいのは僕も」

「いや、そうじゃなくて・・、魔王様の「蘇生」宣言は許してやれよ・・、魔王様は人間じゃねぇ。

人間の理なんて知らなくてもいい「存在」なんだ。


それに魔王様の魔法は本当にケタ違いに凄ぇ。どんな大怪我でも病気でも一瞬で治しちまう。

でも老衰で死んだ奴に蘇生をした事は一度もないんだぜ?

今回はたまたま・・「俺の知り合いが死んだ」としか聞いてなかったから、思わず口にしただけさ。


でも、本当なら魔王様はそんな事しなくていいんだ。

転生者や転移者の為に村を作ったり、俺やハカセ、ドクターと話し合って村の強化なんて

しなくていいんだ。


何をしても、俺たちは寿命が尽きたら勝手に死んじまうんだからな。


意味ねぇじゃねーか・・、俺たちを守っても、勇者の真実を知って瀕死の勇者の治療をしても。

人間は死ぬ、そして魔王は一人になる。また勇者を救って、村を救って、また一人になる。

俺だったらアタマがおかしくなりそうな時間を魔王様は飄々と当然のように受け入れて生きてる。

生きてるのか死んでるのかはよくわからねーけど・・


そんなアホ魔王様が勇者を救いたい、元気にして喜ばせてあげたいって、自分で言いまくって

んだからさ、いいんじゃねーの?モンスターでも勇者でも。


魔王様がコンビ組んでお笑いやりたいのは、今の勇者、お前なんだからさ」


「・・なんで・・僕なの・・?」

「そりゃ、お前がゲラだからさ!!あんなクソつまんねー魔王様のネタ見て笑うのは

お前くらいだぜ!」

「たまに何が面白いかわからない事もあるよ、それにゲラって何??」

「いーからいーから、ウケようと思って必死な魔王様を見て笑ってやれ」

「・・・でも、本当に面白い時もあるよ、パン屋さんのネタとか」

「そういう時は思いっきり笑ってやればいいって!きっと調子に乗るだろうけどな!

魔王様は毎晩毎晩ネタ考えて、ニホンの笑いを勉強してあのレベルだからな

マジでないわ」

「ふ・・」


勇者は膝に顔を伏せて笑う。


「それより勇者、ニホンでしつこく絡んできた二人組」

「あ、・・うん」

「あれは「警察」って言う「職業」の人間で、城の門番みたいな・・感じかな。

魔王様の恰好は悪者のボスみたいだったろ?酔ってたし。

そういうのを取り締まるのが警察の仕事。

ちなみに魔王様は毎回、警察にあれを・・「職務質問」って奴をされてる、

皆勤賞だぜ。でも、一応じじぃが作った身分証も持ってるし、魔王様の記憶操作の

魔法で「無かった事」になるから問題なし。」

「・・・・・そう、だね、悪者のボスが・・お城に来たら・・、あははっ・・・、

ああ、なるよね・・。牢屋に入れられちゃうかも・・・!

でも・・そっか大丈夫なんだ・・。っ・・く・・ふふ・・」


笑うのが悪いと思っているのか・・・勇者は膝で笑いを誤魔化す。


「また転移して、色んな所に遊びに行こうぜ。」

「・・・え、いいの?僕・・あんなに失敗したのに・・」

「魔王様も最初に転移した時はお前と同じ、

それ以上に厄介だったから安心しろ。

慣れればどうって事はない。魔王様だってまだまだお前を

甘やかせて、楽しませたいだろうしな」

「・・僕はそんなに子供じゃないよー・・・」

「魔王様からしたら、村の人間は全員子供だ。あ、でも一番子供なのは

魔王様自身かもなー、今ごろ城でいじけてんだろうなー

俺に勇者・・相方取られたって泣いてるぜ?きっと。」

「そんな事ないよ・・ちょっとほっとしてるかも・・」

「じゃ!電話してみよーぜー」


シキが意地悪く言って舌を出す。

勇者は携帯を取り出して、1番を押してみた。


『びゃーーーん!!ゆうしゃあああーー!!お願いらからー!!

コンビ解散だけはやめてーーーー、ごめんよーー、僕が悪かったからー

帰ってきてよぉおおおおーー!!!』


勇者はその声の大きさに驚いて携帯を耳から離す。

漏れて来た予想通りの泣き声にシキは声を上げて笑った。


「・・・・城に帰るよ」

『ふぇ?!本当に?!迎えに行くすぐに!!!!』


宣言通り、魔王は秒速て転移してきた。

ワインを2本持って・・・


「んだよ、結局飲んでんじゃねーか・・・」

「シキ君のせいじゃらいか!ワイン飲みかけておいとくから!」

「はいはい、じゃ、そのワインは取りあえず俺が頂くとして・・・・

勇者どうする?城に帰るか??こんな酔っ払いと」

「酔ってなんかないし」


魔王は一瞬で素に戻った。

そんな魔王が見たのは・・ソファに横になって肩を振るわせている

勇者・・・・


「勇者!どうしたんだい!どこか痛いのか?!!」

魔王がその肩を掴んで向きを変えようとするが、勇者は中々

動かない。

「まさか・・泣いて・・」


「・・・・っく・・は!!あははは!もうダメ!!!笑っちゃうよ!!!

なんでワイン、2本持ってきたの??なんで・・にほっ・・、あはははは!!」

「それなは・・気付いたらセラーでワインを漁ってたから・・・」

「なんっで・・置いてくれば・・いいのに!!!け、剣みたいに!!あはははは!

剣みたいに二本持っ・・・・・もう駄目!お腹痛いよーー!!」

「え?!お腹痛いのかい?!!ヒール要る??」

「ま、魔法じゃ・・無理・・っ!!ほんっと・・、おかし・・っ!!

ま、魔王に・・・会ったら、謝ろうって思ってたのにっ・・・!!こんな・・・」


「良かったな魔王様、そのモノボケがツボに入ったらしいぞ」

「え?!そうなの??あの難しいモノボケが僕にも出来た??」


「よ、酔って・・泣いてた・・のにっ・・、スンッて・・酔ってないしって・・・!!!

あはははは!!ほんと・・くるしっ・・・」

「・・・そんなに笑わなくても・・・、僕は本気で解散の危機を感じていたんだよ?」

「これ、ネタにしよ・・、ねぇ魔王、ネタ帳にさっきの書いておいてよ!」

「わ、わかった!!任せてよ!!!」

「魔王・・」

「ん?」

「・・バカって言って・・ごめんね・・」

「・・・・・・勇者・・・、またそんな事・・うぇ、気にして・・ふぇ・・っ」

「泣かないでよ・・・・・僕が悪いと思って謝ってるんだから・・・・、それにしても・・

さっきの魔王は・・!!ふっ・・あはははは!!!」


魔王は泣き続け、勇者は笑い、シキは魔王を見て笑い。

夜が更けるまでシキの家からは楽しそうな笑い声が響いていた。


『このままずっと、こんな毎日が続けばいい。

勇者はどんどん元気になって、大人になる。

そのうち大好きな異性と恋に落ちて結婚して子供を沢山つくって、


勇者が居なくなってしまうのは、少し・・寂しい・・・


でも僕は、勇者の子供に、勇者の事を沢山話して聞かせるのさ・・

それが僕の・・・』


「連れて帰んのかよ」シキの声に我に戻った魔王が見たのは

笑い過ぎて疲れたのか、シキの家のソファで眠る勇者の姿。


「・・いや、動かすと・・起きてしまうかもしれない。今日はここに泊めて欲しい。

勿論僕も」

「まぁ、いいっすけど・・、あぁ、そういえば・・」


階段を使って二階の部屋に行きかけていたシキが続ける。


「ハカセが、魔王様が暇な時に来て欲しいって言ってたっすよ・・」

「・・・・・王国兵の事か?」

「多分ね、そういう難しいのは俺はわかんねーし・・、暇が出来たら・・・って

ハカセが言うんだから、本当に魔王様が暇な時でいいんじゃないんすか?

じゃ、俺は二階で寝るんで、後は好きなようにどぞ」

「・・あぁ、ありがとう、シキ君」


魔王はシキを見送り、再び勇者に視線を戻す。


魔王城

そう呼ばれる城には魔王とその配下のモンスター達が居て

人間が住む世界に悪害をもたらす・・と伝承されている。


魔王は、その城に住まう事を決めた時から「魔王」だった。

しかし、人間界に住まうもの達に害悪を与えた事は一度もない。

モンスターを従えた覚えもない。

何故か。

魔王は人間になど興味を持たないからだ。


始めの数百年は興味もなかった。

だがこうも何度も自らの城に、しかも悪意を持った「勇者」が侵入してくるなら

話は別だ。


とりあえず、なぜ我が城に侵入してくるのかその理由を尋ね

理解し、勇者の過酷な背景を確認するにはまた数百年後になる。



もう初代の勇者の血筋など存在していないというのに、

父親のいない子供に「勇者の子孫」という枷をつけ、魔王の城に向かわせる国。

その名を「レド」と言った。


レド王国は、魔王城に一番近い国、勇者を持つ国として長年栄えてきた。

それだけが、レドの強みだった。


しかし、数百年もすれば人間の人口は増え、歴史は変わる。

今やレド王国に攻め入らんとする国も多くなって来た。

何故なら、レド王国から魔王城までの土地は未だ手つかずで

土地からの資源も、山脈から採れる資源も豊富だ。

しかし、魔王の城、そして強力なモンスターが生息している場所でもある。


勇者が魔王を討伐し、国中からファンファーレと供に迎え入れられ

世界は平和になりました・・これからは幸せな未来が訪れる・・という時代はもう


とうの昔に終わりを告げていたのだ。


数百年かけて隣国は力をつけ、レド王国も負けじと戦の準備を密かに初めていた。


そのレド王国や近隣の国が、魔王城に斥候を放つ事が最近多くなった。

理由はもう、誰にも分らない。


魔王がいくら「魔王は勇者に討伐された」と書簡を送っても、もう誰も信じない。


魔王は城のまわりに幻想を見せる魔法をかけ、斥候を森に迷わせる。

転移、転生者の暮らす村は、ハカセとシキの作った「アイテム」でその存在を隠して

いた。


数年はそれで良かったのだ。

そして勇者が再び現れ、魔王を討伐した書簡が国に届いても

勇者がどれだけ体や心を痛め旅をしようと。


人間は人間同士の闘いを始めようとしていた。



魔王のかけた迷いの魔法の森のなか、懸命に走る少女がいた。

これまでに何度も幻影に惑わされた騎士を見て来た少女は、

この場所がただの森ではない事に気付いていた。


「誰か・・誰か!!!!」


少女は叫ぶ。


「誰か!!幻影に惑わされず、正気を保った騎士様はいらっしゃいませんか!!!」


大声で叫び、脚を止め・・息を整える。


「誰か!!誰か助けて!!!!」


少女に近づく騎馬が一頭・・・少女は涙に濡れた瞳でその姿を確認する。



「幻影、そう言ったな」


馬を駆る騎士が低い声で尋ねる。


「そうです!この森は迷いの森なんかじゃない!!私にはわかるんです!!」

「・・何故だ」

「転生者だからです!私は『嘘を見破る力』を持っています!本当です!!!」


騎士は少女を値踏みするように睨んだ。

『転生者・・だと?あの・・神の加護を受けたという異世界の人間・・』

村から着の身着のまま、助けを求め走って来た・・それは嘘ではないだろう。

そして、騎士が迷いに迷っているこの森で少女は臆することなく、この森を

進んできた。


「お願い!私の村で疫病が発生して・・!領主さまにお医者様をお願いしたのだけれど・・

領主さまは一番に逃げ出して・・誰も来てはくれなくて・・・

このままでは村が滅んでしまいます!!どうかお医者様を!!」

「・・風土病の村の娘だと?!」


騎士は少女をあからさまに避けるように後退した。


「私は大丈夫です!本当です!免疫があるんです!!!

村もまだ数人しか被害は出ていません!

でも・・このままだと確実に感染は拡大します!!

お願いです騎士様!お医者様を!!どうか!!!」


「・・・・私にその権限はない・・、だが、この森から抜け出す手助けをすると言うなら

国王に掛け合ってもやってもかまわん」

「・・本当ですか!!ありがとうございます!!!私はアンジュと申します・・森の抜け道・・

王国への道はこちらです!!」



魔王の村から、その姿を見つめる人影がひとつ・・

「ほぅ・・アンジュと騎士の出会いか・・、愚かな娘よ・・その騎士は・・・・」


騎士はアンジュを自分の馬に乗せると

「王国はへの報告はもう少し後になる。

アンジュ、この迷宮の向こう・・魔王城へ私を案内するのだ!」

「・・・え・・、でも・・」


『そうでなければ、国王への執り成しは・・難しい・・否、無し』

「そうでなけれな国王への執り成しも難しい」


影と騎士の声は一致する。


「ハッ!愚かな・・・。人間とは本当に愚かだ・・、そしてすぐ目の前のものに縋る

この娘も愚かだ。

愚か愚か愚か愚か・・・・なーぜ、自分の頭で考えようとしない?

愚の骨頂とは正にこの事!


ふ。


まぁいい・・」


影は月に照らされたオールバックの白髪を撫で上げる。

鋭く吊り上がった細い眼には寝不足の隈が縁取り。眼鏡がキラリと光る。

細身の体はシャツとネクタイ・・黒いパンツ姿に白衣を羽織っている。


「魔王様があの「小熊」に構っている間、それは魔王様にとっては瞬きをするのと

同じ時間だろうさ。

そしてその間、人間の脳はあらゆる可能性を考えるものだよ。

こうして各国からの斥候を幻影で惑わす役目を承ったが・・・

あのクソ魔王様はいつまであの小熊と戯れているつもりなのだ。


この村が危機に瀕しているという事実を、そろそろ直に伝えなければなるまいな。」


影は木製の階段を降り、頭をふる。


「・・風土病は「彼」の領知だが、他の村を助けてやる訳にも行くまい。

それに・・」


影は月明かりの元手を広げくるりと回った。


「さぁ、あの騎士様が哀れな少女の頼みを聞いて国に連れ帰るか!

はたまた少女の村が火で焼かれて終わるか!

ふ。

もう結果はわかっているのだがね。」


喜劇のように言葉を吐いて、影は白衣を翻し歩き出した。

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