勇者の旅立ち

朝日が昇ると共に勇者はベッドから起きだした。


「早いね、まだ寝てていいのに」魔王が驚いて声をかけると

「・・・・・ちょっと・・・楽しみで・・眠れなかった」

と、勇者は恥ずかしそうに笑った。


「出かけるのは昼過ぎになるよ?」

「うん、わかった」


朝食を食べながら勇者は少しだけ残念そうだ。


「転移するまで時間もあるから・・そうだ、シキ君を呼んで

服を作ってもらおうか」

「服?」


勇者は自分の服を掴む。

柔らかい素材で出来た上着と、黒いズボン。

皮を鞣して作られた靴。

魔王が用意した服はどれも着心地が良い。


「これじゃ、駄目なの?」

「えーと、多分今ニホンは寒い季節だからね。

薄くて軽くて暖かい服を作ってもらおう。

でも・・シキ君・・朝は機嫌悪いからなぁ・・・」


最後は呟くような小さな声になって・・・

魔王は勇者に背を向けると、小型の機械を取り出した。


「・・・・・・出ないねぇ・・、まだ寝てるかな・・・寝てるよねぇ・・」

『よし!寝てる!決定!』と通信を終えようとすると。

『・・・あー・・・?誰だよ・・ンな朝っぱらから・・・魔王様じゃ

なけりゃ殺す・・・・・・』

「あ!シキ君??ごめんね、寝てたよね??僕は今、自分が魔王で

本当に良かったと思ってるよ!魔王だよ!・・お、おはよう・・・」

『魔王様でも半分殺す・・』


ブツンと通信は切れた。

「その小さいのは何?今シキ君と話してたの?」

魔王が一人で会話をしいるのかと不思議に思った勇者が食事の手を止めて

魔王の側に駆け寄って来た。

「あぁ・・うん・・これはね「携帯電話」というもので、これで城からでも

村の皆と話ができるんだ。これもシキ君が作ってくれたんだよ?」

「・・・」


興味津々で『触ってみたい』と言いたげな勇者に「使ってみる?」と

携帯を差し出す。


「いいの?!やったぁ!!」勇者は携帯を受け取ると、魔王がしていた

ように二つに折られた機会をそっと開く。

上の板には黒い鑑のようなものが、下には数字の書かれたボタンが

並んでいる。

「開いた・・」

「シキ君の番号は1番だよ」魔王が下の数字の書かれたボタンを差す。

「いち・・」「そうそう、1を押して、ここが通話のボタンを押してみて?」

「・・うん・・」


勇者は言われた通りに操作する。

「そして、耳に近づけてごらん?」「うん・・・」


ぷるる・・と聞いた事もない音がして、その音が途切れる。


『殺す』


と言って通話は切れた。


「・・、ど、どう?シキ君起きてた??」

「殺すって言われた・・、でも面白いからもう一回!」

「あぁ、そんな・・大胆な・・・」

「いち、を押して、通話のボタン・・・」

『・・・・・』

「シキ君?シキ君??おはよう!僕だよ!今日は異世界に行くんだ!」

『・・・・・・・・はぁ・・・・・』

「シキ君??聞こえてるの?しーきーくーん!!!」

『聞こえてるっつーの・・、うえ・・まだ朝の6時じゃねーかよ・・・、まだ2時間しか寝てねーわ・・、何なんだよ・・』

「シキ君もう朝だよ?鶏が鳴いたら朝なんだ!」

『・・・俺は夜型・・・まぁいいか・・、ちと、魔王に代わってくれるか・・』

「え?!・・・・・」

魔王に渡された携帯が気に入ったのだろう勇者は・・・・

それを魔王に返すのが嫌そうな・・・

そんな声色だったのに気づいてシキは溜息をつく。

『・・・わかった・・・・、今から城に行くから・・。じゃ・・後で』


通信は途切れた。


「シキ君?シキ君・・・。もういっかい・・・」

「はい、もうお終い!これ以上は多額の通話料金と言う名のシキ君の怒り

を金貨に計算されて請求されてしまうからね、

また今度遊ぼうね、あ、これは遊び道具ではないんだけどね・・」

「・・・・・・・・・・」


勇者は携帯を後ろ手に隠す。


「おや、相当気に入ったみたいだね」

「あ・・・えと、その・・ごめんなさい・・」


今度は素直に携帯を返す勇者に魔王は「また今度ね?」と繰り返す。

『初めて「もの」に執着したな・・相当興味深いものだったんだろうね。

やっぱり男の子はこういう機械が好きなのかな。

取り上げてしまって可哀想な事をした・・・、さてどうしようか・・』


勇者はテーブルに戻り、途中だった朝食を食べ始めた。


『僕には携帯なんて必要ないんだけど・・・、村人には浸透してるからなぁ・・

これもシキ君にお願いしてもう一台作ってもらうか・・・、

いや、まだ子供には早いだろうか・・』


魔王があれこれ悩んでいる間に食事を終わらせた勇者は

「部屋に戻るね」と言って部屋を出て行った。


「・・・あ、僕もしかして嫌わr」「魔王様」

「今のは完全に携帯を見せつけた上で取り上げた行為ではないのか?」「魔王様」

「あー、どうしよ・・て!シェリー!居たの?!驚いたぁ・・」


シェリーは「何度かノックさせて頂いたのですが・・お返事が無かったので

勝手に入室した所、魔王様が何やら独り言を・・・」

黒髪を肩の辺りで切りそろえ、黒いドレスに白いエプロンドレスを着けた

シェリーは勇者の食事係をしている。

勇者の食事が終わった頃だろうと部屋を訪れたのだろう。


「魔王様は勇者様に、とても甘いのですね」


食器を片付けながらシェリーが笑う。

「そうかい?まぁ、勇者は手厚く看護するのが僕の信念だから・・」

「まるで親子のようで・・・とても微笑ましいです」

「親子?まぁね、歳は親子・・・以上に離れているけど、そう見える?」

「ええ、私がこの村に転移して、勇者が城に来たのも初めての事ですから

そう見えるだけかも知れませんが・・・、村の者も皆そう言ってますよ?」

「村の子達も??」

「ええ、いつもはシキさんやハルト君としか話さない魔王様が、小さな

勇者を連れて歩くのが親子みたいで微笑ましいと・・・、特にあの・・

コントの時の魔王様ったら・・」

「・・・・そうか、微笑ましいか・・・、一応褒め言葉として取っておくよ・・・、

あ、シェリーの料理は勇者の口に合うようだ、とても美味しいと言っていたよ?

紹介も出来なくてごめんよ?」

「いいえ、お構いなく、城で働く私にはモンスターの香りがついているでしょう

から・・、出来れば・・勇者様がもう少し落ち着いた後で・・・」


シェリーは食器を片付けてしまうと、一礼して部屋を出て行った。


魔王は勇者の居る部屋に転移する。

勇者は静かに絵画の本を眺めていた。


勇者はその本が気に入っているらしい。

もっとも、字が読めないので他の本を見ても理解出来ないというのが

理由だろう。


先ほどの事を思いだすと居ても立ってもいられなくなるのだが・・・・

かと言ってどう切り出して良いかもわからない・・

そんな時。


「よぅ」


ノックもせずにシキが部屋に入って来た。


「シキ君!」「シキ君!!!」魔王はシキの手を取り

「良くて来てくれたねぇ!!!」とその腕を振り回した。

「痛ぇよ!もげる!腕が!もげる!!!」

シキは必死に魔王の顔面を遠ざけようとするが、魔王はビクともしない。


「魔王・・」勇者が魔王の裾を掴んでやっと、魔王はシキを解放した。


「まぁ・・、よくわかんねぇが・・、まずは服、だったな。」


シキは魔王に掴まれ振り回された腕をぐるぐる回しながら、勇者の前に来る。

勇者の頭に手を置いて、自分の体で大体の身長を計り、

その前に膝をついて、勇者の肩の上に自分の手を滑らせる。

「130~40ってとこか・・・ガキのサイズじゃねーか・・」

「ガキのサイズって何?」

「気にすんな」「・・うん・・・・」


勇者が瞬きをした、その間に、今まで来ていた服は消え、代わりに見た事もない

服を着ていた。


「え?」


勇者はその服を掴んだり引っ張ったりと忙しい。


「ダウンに裏起毛着きポロシャツに、ジーンズに靴はいつものと同じようなものに

しといた、どうだ?首周りとか、腕とか苦しくないか?」

「首・・ちょっと苦しいかも・・・でも・・この布・・凄く厚くて・・、こんなの見た事

ないよ・・!ズボンも柔らかい。靴も・・歩きやすい!」

「マフラーと手袋も、つけとくか、ニットキャップも・・」


シキが口にした途端、見た事も無い柄の柔らかく細長い布と

手はももこもことした手袋で覆われ、頭から被らされものは

耳までじんわり温めてくれる。


「・・・あ、暑い・・・・」「装備品はこんなもんか」

シキがそれらの装備品を何点が脱がしてくれてソファに投げる。

「魔王様はいつもの恰好で行くんすか?」

「勿論!!見てくれ!勇者!」


魔王は・・濃茶の皮制ロングコートに白いシャツに黒のタイ、

黒の上下のスーツ、肩から白いストールをかけ、

黒光りする靴と、目には黒いメガネを着けている。


「また職質されても俺助けないっすよ・・、それに身長、どうにか

ならないんすか?2m近くはあるでしょう、だから目立つんすよ・・」

「僕の魔力で人間の姿を保つにはこれくらいの器が必要なんだよ。

これでもかなり小型化してるよ?

これ以上圧迫したら中から破裂しちゃうよ。見たい?」

「キモい事いわないで下さいよ・・・

俺も人の人の事は言えないけど・・俺らふたりがこの勇者連れてたら

いつもよりヤバいんじゃ・・・、ぜってー誘拐したと思われるわ・・・」

「そんな事ないさ!シキ君は異世界に行く時だけは慎重だね!ははっ!」


シキは舌打ちをする。

だが勇者は・・・キラキラとした瞳で魔王を見上げていた。


「魔王・・その装備、凄くかっこいいよ!凄く悪い人みたい!!!」

「!!!そうかい?!!そうだろうそうだろう!!ほらシキ君!

分かる子にはわかるんだよ、ちゃんと!」


『思いっきり「不審者」って言われてるだけなんっすけど・・・』

シキは本心をそっと胸に仕舞った。



「さてと、服はこんなもんで、後・・・買い物リストは整理したし

・・まだ出かけるには時間が早いっすけど・・・、どうします?」

「・・・あの・・シキ君」


勇者が言いにくそうに切り出す。


「ごめんね、朝、何回も【通話】して」

「・・ああ、俺は朝が弱いだけだから気にすんな、勇者にも携帯

造らないとな・・・、ええと・・確かまだ基盤が倉庫に・・・

おい魔王様、転移」

「魔王をパシリ扱いとは・・」


だが・・・携帯を貰えると聞いて期待に胸を躍らせる勇者の表情を

見た魔王は、速攻で村人のパシリになったのだった。


道具を持ってすぐに戻って来たシキの手の中で、携帯が製造される。

「ほら、ちなみに1番は魔王に設定しておいたから、2番は俺

3番はドク・・・ハルトな?使い方は大体わかるな?」

「わかる!!!ありがとう!!シキ君!!!」


勇者は携帯を開き、魔王を見て「使っていい?」と尋ねる。

「あぁ、僕になら何度かけても大丈夫さ・・でも」


さっそく電話をかけて魔王を伺う勇者。

『それは遠くに居る相手に使うものなんだけど・・』

とは言えずに電話に出る魔王。


「魔王?僕だよ!勇者!!」「うん・・・わかってる・・・」

「聞こえる?」「うん聞こえてるよ?」「本当?!」「うん・・」


「シキ君!通話!出来た!!!」


勇者のあまりのはしゃぎようにシキもどう対応していいか分からず

「お、おお・・」と答えるしかなかった・・・。


勇者は「通話遊び」を十分に堪能すると、携帯を両手で包んで胸に抱く。

「シキ君ってすごいね!何でも作れるんだね!」

「・・本当は建築物の方が得意なんだが・・、俺の記憶にあるものなら

大体なんでも・・な。携帯は・・携帯って言うよりただの小型の無線機

で・・ハカセが「基盤」を作ってくれなかったら作れなかった。」

「ハカ・・セ・・?」

「転生組の超天才で、超チート持ち、今度紹介してやっから・・、今度な」

「うん!!!でもシキ君も凄いよ!ね!魔王!!」

「あ、うん・・ちなみに僕も凄いんだよ!本当は!!」

「張り合うなや・・」シキに突っ込まれて嘆く魔王。

「あ、これ・・ネタに使えるかな・・」嘆きながらも笑いに貪欲な魔王であった。


「ちっと早いけど、出かけるか」

ソファから立ち上がったシキの服装が変わる。

勇者はまるで見た事のないその出で立ちに驚く。

黒のダウンにグレーのパーカー、下はダメージジーンズと、靴は編み込み式の

ショートブーツだ。そしてシキも魔王と同様黒いメガネ・・サングラスをかける。


「その黒い・・メガネ・・、かっこいいね!・・でもシキ君・・、ズボンたくさん破けてるよ?」

「そういうもんなの、いいんだよこれで・・つか言われると思ったわ。

ほら勇者もダウン着て、マフラーと、手袋とニットキャップな!」


次々と重ね着装備されて「暑いよ~」と勇者は嘆くが

「今の季節は寒いからな、これくらいで丁度いい、少し我慢しろよな」

「・・んー・・・・・・・動きづらい・・・・」

ダウンの着心地が悪いのか、勇者は少し体を動かして・・ベッドの下を探って

剣を取り出した。


「おっと、そういうのは今日は無し、モンスターは出ない安全な所だから!」

シキが咄嗟に剣を奪おうとするが、勇者の動きはそれより早かった。

『マジかよ・・・ガキの動きじゃねぇ・・ガキでも勇者ってか・・』


剣を持って不思議そうにする勇者に

「何かあったら、魔王様が魔法でなんとかするから」

「でも僕・・・これがないと・・、そ、外には・・」

「だから俺たちが居るから大丈夫だってんだろ?な?」


シキが手を差し伸べるが、勇者はその分距離を取る。


「じゃあその剣、僕のコートに入れておいてあげる」

魔王は自分のコートの片方を広げる。

「・・え・・」「はい、ここに入れてみてー」


にこにこと笑顔の魔王と剣を見比べながら・・それでも勇者は剣を離せない。


「今から向かう場所はとても賑やかだけど、とても楽しい場所なんだ。

沢山の品物、美味しいもの、全部キラキラしてて素晴らしい世界だ。

だからモンスターなんて居ないんだよ?」

「・・・・・・・」

「あー。早く勇者に見せてあげたいな!異世界!ニホン、トーキュー」

「東京な」

「電車とか、地下鉄とか、あ、クレープとかも食べさせてあげたい!!」

「・・でん・・しゃ・・?ちか・・てつ??地下・・なら尚更・・」

「地下には便利でとても速い乗り物があって、魔物なんか蹴散らしてしまうんだ」

「・・・・・」

「勇者がその世界に剣を持ち込んでも使いどころもないうちに夢中になってしまう

と、僕は思うよ!ね、だから早く行こうよ!」


勇者は・・魔王とシキ・・・二人を見て、覚悟を決めたように剣を元の場所に仕舞った。


「行こう!」魔王は手を差し伸べる。

「・・うん!!」勇者はその手を取って頷いた。


この世界と、異世界・・ニホンを結ぶのは部屋の真ん中にぽっかりと空いた穴・・・

「この部屋の事、僕たちはゲートって呼んでるよ。

実際この部屋には僕が居ないと入れないし、僕とシキ君が居ないとゲートは

作動しないんだ。一か月に一度くらいは向こうの世界に行って、転移組にお願いされた

品物を買ってきたり、僕の趣味の為にDVDを買ったり、舞台を見たり、映画鑑賞したり

まぁ、「遊び」にね・・行ってるんだ。村の人たちにはナイショだよ?」

「うん・・」


未だ不安そうな勇者の肩をポンポンと叩いて「さぁ、行こうか」と促す。

「転移の感覚には慣れた?」「うん・・転移は魔法使いが使ってたから・・」

「んじゃ、大丈夫そうだ、行くぜ!勇者、魔王様!」


シキが穴のまわりに手を滑らせると、途端に穴は形状を変えて部屋の壁を貫くように

管が伸びる・・穴が通路に変わる・・・しかし、中は真っ暗で、何かが起動するような

音が微かに響いた。


「勇者は魔王様の体のどっか掴んどけ」「う、うん!」

勇者は魔王の腕をしっかりと掴む。

「行くぞ、目は閉じとけ、そしてしっかり立ってな!」「うん!!!」


言われた通りにして臨む転移・・・・

勇者は硬く目を閉じて・・・床が無くなるような転移の浮遊感の中で足に力を入れた。


「もういいよ」背中を叩かれて、そっと目を開ける。


勇者の目の前には・・・・・暗い路地と、そして小さな灯りをともす店らしき扉が一つ・・・

暗闇で思わず身構えたが・・モンスターの気配は無い。


「ここで、お金を換金するんだ。」「・・おかね・・?」

魔王に説明されながら店の扉が開く。


店の中も通路同様薄暗く、狭く・・・

目の前には大きく透明な仕切りがあり、その向こうには雑多に物が溢れていた。

こちらから向こうへは行けないらしく、通路もない。

あるのは中央に空いた小さな隙間と穴だけ・・・


「ちーす、居るかーじじぃ!」シキが声を荒げると、雑多に積まれた物の隙間から

人間の老人が出てくる。

勇者は魔王の腕を強く掴んだ。


「そんなでけぇ声ださなくても聞こえてんだよ・・、シキと魔王様・・・と、なんだ?ガキか?」

「こんにちは、「じじぃ」この子は勇者、金貨を持って来た、換金しておくれ」


勇者はそっと「・・こ、こんにちわ・・じぃじ・・・」と消え入りそうな声で挨拶をする。

老人は、壁の隙間から魔王が出す金貨を受け取り、一枚のカードと数十枚の紙の

束を魔王に渡した。

「おや、こんなにいいのかい?以前より多いとおもうのだが」

「金の相場が上がってね、随分儲けさせてもらった・・。カードの支払分を入れても

相応の額だ。持っていきな・・・あと・・」


老人はジロリと勇者を見る。


「ちっこい勇者にはこれだ」


魔王に背中を促されて老人の前に立つ・・少し背伸びをして衝立の隙間から渡された

それを受け取ろうとしたが・・


「わわ!」色んな色がついた包装紙に包まれた小さな球体が

バラバラと落ちてくる。


「サービスだ、鍵は開いてるぜ。行きな」


勇者はそれを懸命に拾い上げて、「あ、ありがとうじぃじ!」と頭を下げて

シキの後を追う。

両手一杯のキャンディを手に。


薄暗い店を出る。

「あのじじぃ、子供には目がねーのな・・あの見た目で笑えるぜ」

「・・これは・・」「飴だろ?喰ってみろよ」

シキは勇者の手から零れ落ちそうな飴玉をひとつかみで魔王のコートに

放り込むと、残った2粒のうち一つの包みの両端を引いて中身を取り出す。

「ほれ、口あけろ」「あー・・」

シキは勇者の口にキャンディを入れてやる。

そしてもう一粒は自分の口に放り込んだ。


「・・・ん・・・・・!!!!」

初めて食べる菓子の甘さと香りに言葉を失くす勇者を見て

にやりと笑うシキ。

「美味いだろー?初めて食ったなら尚更だよな」

「・・んー・・・・・・・」


ジャムやハチミツとは違う、独特な舌触りと甘さ。

何よりいい香りがして・・勇者は口の中でそれを転がす。


「気に入ったみたいだ、初めての異世界での食べ物が飴とは・・。

店主め・・・・やるな・・」


暫くキャンディの甘さの虜になっていた勇者は、目の前を歩く魔王の

影に遮られて見えなかったその光の先で思わず立ち止まる。


大勢の人間、大きな音が飛び込んできたかと思うと。

大小さまざまな形をしたものが速度を上げて通り過ぎてゆく。


「魔王様は目立つからな・・ほんとは昼過ぎがよかったんだが・・・

まだ朝か・・・、店の開いてねーな・・しゃーねぇなぁ・・

ファミレスにでも行くか」

「おお!ファミレス!勇者!ファミレスだって!未知なる飲み物を

錬金しに行こうじゃないか!」

「つか魔王様にはドリンクバーつけねーから、」

「な、なんで?!」

「機械がブッ壊れるからに決まってんだろ!興奮すると魔力出すの

本当にやめろ下さい。朝からケーサツ沙汰は困るぜ?マジでな!」

「・・・・・・・はい・・・」


シキは大股で、魔王は少し肩を落として・・・

二人は手近な店に向かって歩き出す。


「おい!魔王様!勇者忘れてる!」

「は!いけない!僕とした事が!!」


魔王は慌てて道を戻ると勇者に手を差し出す。

「行こう!勇者!冒険の始まりだ!!」

「・・・・」


勇者は二度目の旅に出る。

最初の記憶は遠く・・時折痛みや悲しみ、そして恐怖を鮮明に思いだす。

出会うのは魔物と、冷たい大人たちばかり。

「ここ」もそうではないかと、体が緊張している。


そして二度目の旅は始まる。

魔王に抱きかかえられて。

「あの「信号」というのが「青」の内に渡らないといけないんだ!」

嬉しそうな魔王の声を側で聞きながら。


勇者の人生二度目の冒険の旅が今、始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る