皇国の護衛

「次の木の曜日から、俺とフェイはちょっと出かけて来る」


 リオンがそう言ったのは水の二月も、あと一週間で終わろうか、という頃だった。

 安息日の前日、空の日。

 いつも通り、魔王城に戻り、みんなで食事をしていた時、突然切り出されたのでちょっとビックリする。


「え? どこに行くの?」

「アーヴェントルクとアルケディウスの国境。

 ほら、もうすぐ夏の戦があるって、ライオが言ってただろ?

 それに興味があるなら連れて行ってやるって」



 この世界では夏の始まりと秋の終わりに、国々同士の戦争があるという。

 隣国と、土地、人、武器を出し合い、争い、取りあう遊びの戦。


 不老不死者同士なので、死者は出ない。

 兵士を捕えたり、守護する軍から土地を奪いあう。


「今週、城で戦勝を願う宴があって、編成も終わって来週初めに国境に向かうのだと聞いた。

 ライオ曰く。


『あれこそ、この不老不死世界の最悪の歪みだと、俺は思う。

 お前も、一度でいい。あの醜さを見ておけ』


 ってさ」


 ちなみにリオンがライオと呼ぶ、アルケディウスきっての戦士にして騎士団長。

 第三皇子ライオットはこの戦には参加が禁止されているのだ、と以前聞いた。


「一度、なるべく早く終わらせようと思って、一日でカタを付けたら国からも、隣国からもクレームが来た。

 この戦は、経済を回す為のもの。できる限り長引かせることが必要なのだ。

 と言われた日にはもう、やる気が完全に失せて、愛想が尽きた」


 確かに酷い話だと思う。

 そんなままごとのような戦い。本物の戦士にはやる気が失せるに違いない。


「リオンは見てみたいんだよね」

「ああ、世界の現状をこの目で見て来たい」

「戦には参加しない?」

「しない。立場上は立会人であるライオの小姓扱いだ。純粋に見て来るだけのつもりでいる」

「フェイも?」

「ええ、一緒に見て来たいと思います。魔術師なら子どもが戦場にいても不審がられることはないそうですから」

 

 フェイのことだから、ちゃんと自分の仕事は片付けていくだろう。

「護衛の仕事にはオレがつく。これでもリオン兄にしごかれてるからな」

 とアルがいうなら反対する理由は殆どない。


「気を付けてね」


 私はそう声をかけた。

 遊びのようなものとはいえ、戦場は戦場だ。

 不老不死者と違って子どもは傷つきもするし、死にもする。

 二人が簡単に傷つけられるとは思ってはいないけれど、気を付けて欲しいとは思う。

 私の思いを読み取ってくれたのだろう。


「ああ、大丈夫だ」「気を付けます」

 そう笑って応えてくれた。


「戦の間は戦力が大きく持っていかれるから、街の治安維持の為の警備は通常よりも厳しめになるそうです。

 屋台にも護衛がついている事が知れていますし、大きなトラブルは無いと思いますが、マリカ達の方こそ気を付けて」

「ライオは必要なら、兵を出してやると言っていたが…」

「皇子が下町のお店の為に、特別扱いなんてダメだと思う。私は基本、本店と家の往復だから、心配しないで」


 戦の期間は最短一週間、最長二週間。

 移動の期間を含めて約一カ月二人と離れ離れになるのは、ちょっと不安だけれど我慢しなくっちゃ。


「オレもついてるから、心配すんなって。

 ちゃんと見て来て、戻ってきたら教えてくれよな。世界の様子」

「解っています」

「ああ、マリカとこっちを頼んだ」


 アルとリオンが拳を合わせる。

 心配そうな二人が少しでも安心して出かけられるように、後、私が出来るのは笑顔でいることだけだろう。


「いってらっしゃい。気を付けてね」


 私はだから、精一杯の笑顔で微笑みかけた。




 戦の為、多くの兵士が華やかに並んで門から出て行ったのは一週間前の事。

 もう、そろそろ国境に着くころだろうか。

 と、そんな事を考えながら、私達は仕事を終えて夕焼け空を仰ぐ。

 店の従業員たちが頑張って、技能向上に努めているので、監督役の私は、仕事は減ったが帰るのは遅くなる。

 でも、それはきっと良い事だ。

 

 徐々に薄紫に変わりつつある空をクロトリの群れが寝床へと帰って行く。

 こういう風景、朝、夜の巡りは変わらない。

 例え異世界であろうとも、魔王城の城であっても、王都でも。


 そして思わず息が零れる。


「マリカ…」

「また来た?」


 逢魔が時を見計らってやってくるゴロツキもまた変わらずに。




「大人しくついて来てもらおうか?」

「黙ってついてくれば、悪い様にはしねえよ」


 こういう悪党の言動にはマニュアルでもあるのだろうか?

 この一週間で三回目。

 殆ど代わり映えのしない脅し文句はいい加減飽きる。


「アル?」

「五人、だな。伏兵はいないみたいだ」

「ちょっと多いね。逃げよう」

「了解」  


「何をごちゃごちゃと…」

「エア・シュトルデル」

「うわっ!!」


 風の精霊が、男達の目を塞ぐ一瞬の隙を狙って、私達は駆け出す。

 何日も通ううちに、そしてこんな襲撃が続くうち、この周辺の路地の構造は覚えてきた。

 ただ、撒くだけならなんとかなる。


「マリカ、こっちだ!」

 待ち伏せがいない方の道を選んで、私達は逃げていく。


 多分、戦ってなんとかならないことも無いけれど

 無理はしない。敵を倒そうと思わない。

 それがリオンとの約束だから。

 

 最高速で路地裏を駆け抜け、家に辿り着き


 バン!


 私達は扉を閉めた。

 無事、帰還成功だ。

 

「ふう、助かった」

「でも、正直うざいよな。なんだか最近、本気で回数と人数、増えてないか?」

「うん、なんだろね。ホント」


 玄関で私達は顔を見合わせた。

 リオンがいれば、捕まえて裏を聞き出すとかもできそうだけれど、私達には無理だ。

 これがリオンとフェイが戻ってくるまで毎日続くとなると、いろいろキツイ。


「帰ってきたら、ガルフに相談しようね」

「だな」




 

 そして夜、

「騎士団に、護衛を要請しま…しよう」


 ガルフは私とアルの報告を聞いて、そう言ってくれた。


「一個人が騎士団に護衛を頼む、なんてできるんですか?」

「別に、珍しい事ではありません。

 国や王都の治安維持が彼らの仕事、ですからね。大金の運搬や、王侯貴族への納品などに大店が依頼する事はままありますよ」


 と説明してくれるリードさん。

 なるほど、警備サービスみたないものかな? と納得する。


「基本、非番の騎士の小遣い稼ぎになってるらしい。

 何かあったら依頼していい、とライオット皇子もおっしゃっていたので早速、手配しておこう。

 リード、頼めるか?」

「解りました。行きは私達と一緒に出勤すればいいので主には帰りですね。

 狙われているのはマリカですから」

「え、私?」


 眼を瞬かせる私に、アルが息を吐く。

 解ってなかったのか、というように。


「当然だろ? 女で、子ども。しかも料理知識と技能持ちなんだぞ。

 オレなんかおまけだ。おまけ」

「夏の戦の前の晩餐会で、ライオット皇子と奥方が用意したパウンドケーキが大好評だった、という噂が店に届いています。

 貴族や、豪商からのレシピの問い合わせが増えました。

 レシピを知りたいなら、金貨三枚と言ってあるのでまだ、決心して支払ってきた者はいないのですが」


 さらりというリードさんに、私は目を丸くする。


「金貨三枚? 一枚じゃなくって?」

「新技術、しかも流行の最先端となる『菓子』です。

 料理人も派遣しなければなりませんのでお世話になっているライオット皇子ならともかく、他の方には妥当な金額かと」


 貴族とかの交渉についてはガルフとリードさんに任せていたので知らなかった。

 随分、強気の値段設定だ。


「だから、その値段を出すのを惜しみ、マリカを攫って知識を奪おうと思う者が増えたのだと思います。

 捕えてしまえば、監禁して知識を引きだして、その後処分すればいい、と考えておいでなのでしょう。

 貴族の方々のプライドを読み損ねた。そこは私のミスでした」

「ライオット皇子のように、孤児のしかも女を大切に扱ってくれる者など、ほぼ皆無だと思っていい。

 皇子は不在。

 もし気付かれて圧力をかけられても、俺達が所有権を主張しても、処分してそんな者知らない、と言い張ればそれで済むことだからな」


 ガルフの言葉に心底、ゾッとした。

 背筋から冷汗が溢れて止まらない。


 思った以上にここは怖い世界なのだ。

 女、とガルフが言ったように、捕まえて強引に情報を手に入れる事を良しとするような連中に囚われたら…。

 どういう目に遭わされるか、みんなは言葉を濁してくれているけれど私にだって理解できる。


 ギフトもあるし簡単に捕まるつもりは無いけれど、どんな不慮の事故が起きるかは解らない。

 護衛なんて大げさとか、言ってられない。

 絶対に死ぬわけにはいかないのだから。

 

「解りました。よろしくお願いします」

「期間は夏の戦が終わって、リオン達が戻ってくるまででよろしいですね。時間は朝の出勤前から、帰宅まで」

「女性騎士の方がいいかもな。店の護衛も兼ねて、ということで給料は弾もう」


 話し合い、色々と条件を決めると、その日のうちにリードさんは申請を出してきてくれたらしい。

 早ければ明日から護衛が来てくれる、と翌朝、教えてくれた。


 この世界の騎士は、準貴族扱いになるけれど、一般人でも実力があればなることが可能で、女騎士も少なからずいるのだそうだ。


 どんな人が来てくれるのかな?

 と少しワクワクする。



 まさか、その日のうちに護衛が挨拶に来るとは思わなかったけれど。

 そして、それが…


「はじめまして。可愛い料理人さん。

 私はティラよ。よろしくね」


 あの方とは、本当に、思わなかったのだけれど。


 思いっきり同様に引きつる顔を私は必死で隠す。

 うわー、有りえない。

 本当に普通じゃないんだ。このご夫婦。


「あ、あの…その…」


 茶色の長い髪を後ろに動きやすく纏め、剣を佩き、颯爽と立つ女騎士。

 彼女は指を口の前にそっと立て、楽しそうに片目を閉じ、笑っていた。

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