皇国の女騎士
ライオット皇子の従卒として、王都を離れたリオンとフェイの代わりに私についてくれる事になった護衛の女騎士さんはミーティラさん。
普段は皇族の護衛に付く女騎士で、今、戦で皇族が何人も王都を離れているので、休暇中。
私の護衛を引き受ける事になった。ということらしい。
表向きは。
「これは、どういうことなんですか? 奥様?」
「奥様、って誰かしら? 私はティラ、そう呼んで頂戴、と言ったでしょう?」
むー、しらばっくれて。
っていうか有りえないんですけど。
この方は王都の第三皇子 ライオット様の奥方ティラトリーツェ様だ。
間違いなく。
なんで、貴族の、しかも皇族の一員がなんでこんなところに。
「ミーティラは第三皇子付きの護衛兵なの。
今は戦で男皇族が外出中、その分の護衛兵が余っているから休暇中なのよ」
楽し気に片目を閉じて見せる奥様。
はいはい。
そういう設定なんですね。
本物のミーティラさんは多分いて、家で奥様の代わりに影武者してるんだ。きっと。
皇子の副官さんが言ってたけど本当に、普通じゃないんだとため息が出る。
このご夫婦は…。
「さて、今日は打ち合わせがてら一緒に家までの道を覚えさせて欲しいのだけれど。
そしたら翌朝からは迎えに行くわ」
「解りました。アル、ガルフ…様。
私、ちょっと外出してきます」
「解り…解った。もう営業そのものは終わってる。ゆっくり行ってくるといい」
「こっちの勉強の手伝いは俺がしておくから」
「ありがとう。では、ミーティラ様。お願いいたします」
「ティラと呼んでくれると嬉しいわ」
微笑んだ奥様、じゃなくってティラ様は、私に向かってスッと手を差しだす。
それが、手を繋ぎましょう。という意味だと解釈して私は頷いた。
「解りました。ティラ様」
握られた手のひらは思ったより大きくて、固くて優しくて、そして暖かい。
誰かと手を繋いで歩くなんて。どのくらいぶりだろう。
少しドキドキする。
「行ってきます」
私は外に出た。
護衛騎士、ティラ様と一緒に。
「私はね、プラーミァ王国出身なの」
道すがら、ティラ様は、そんな話をしてくれた。
プラーミァ王国は、炎国と呼ばれるアルケディウスよりかなり南の国だ。
世界を、大聖都を中心とした雛菊の花に例えるなら、一番上の花びらがアルケディウス。
そこから正反対の真下にあるのがプラーミァ王国なのだそうだ。
世界の一番南に位置する為、かなり暑い南国らしい
「一年間を通じて、雪もほとんど降らないわ。
だから、というわけではないけれど、鍛錬、武術に力を入れた騎士の国なのよ。
王族も全員、騎士の資格をもっているの」
隣国同士は毎年戦争をしているので別に仲が悪い、というわけではないけれど関係はあまり良好とはいえない。
けれどアルケディウスとプラーミァくらい離れていると、逆に経済その他全く違い過ぎて、敵対する理由がない。
なのでアルケディウスにとっては一番の友好国、ということらしかった。
「ライオット皇子のお母様…不老不死発生前に亡くなっておられるのだけれど、フィエラロート様もプラーミァの出身。
その縁で私…や奥様もこの国に嫁いできた、というわけ」
「ティラ様も、この国でご結婚を?」
「ティラトリーツェ様の護衛として一緒に来てね、今は皇子の護衛騎士の一人と結婚しているわ」
なるほど。
ティラトリーツェ様にとっては故郷から一緒の親友兼腹心というコトか。
さぞかし、苦労させられているのだろう。
心の中で、手を合わせる。
元々、店から家まではそんなに遠いわけではない。
「ここが、貴方の家ね」
そんな雑談をしているうちに、家までついてしまった。
おしゃべりをしながら歩いて半刻くらいだろうか。
日中という事もあるのか、それとも護衛騎士がいるせいか、ゴロツキは顔を出さなかった。
「それじゃあ、店に戻りましょうか」
「はい」
家や周囲の様子を確認する様子は、正しく騎士の目で少しの隙も無い。
皇族で皇子の奥様だけれど、故郷で騎士としての訓練を受けているというのは事実なのだろう。
私は、また彼女と手を繋いで歩き出す。
「ティラ様のおかげで、久しぶりに安心して歩けました」
「それは良かった。
そもそもね、騎士団に依頼が出た時点で、ちゃんと考える頭がある人間なら手を引くのよ。
自分の悪事はバレている。捕まったら身の破滅だ、って解るから」
「なるほど。それでも仕掛けてくる、ということは…」
「…ええ、よっぽどのバカってことよ」
「姉ちゃんよ。バカっていうのは俺達の事か?」
私達の話に聞き耳をたてていたのだろう。
明らかに顔を不機嫌に歪めた男達が六人、私達の前に姿を現した。
仕事をする人が多いのか、人影まばらな事を考えても日中に襲撃をかけるなんてバカとしか考えられないのだけれど。
「あら、自覚があるなら手を引きなさい。
今なら未遂ということで見逃してあげてもいいわよ」
「あん? 女が一人でこの人数に勝てるとでも思ってんのか?」
男達は逆に肩をいからせて凄んで見せる。
うわー、凄い。絵に描いたようなチンピラだ。
「少なくとも、負けるとは思わないわね。っていうか、貴方達は勝てると思ってるの?」
「なにを!」
ワザとらしく、挑発するように肩を竦めて見せるティラ様に、男達はどうやら、完全に激昂したようだ。
顔が真っ赤。湯気が出そうだ。
ティラ様は、私を
トン
軽く押して近くの家の壁に背を付けさせると背中に庇う様にして剣を抜いた。
白銀の剣が陽光に煌めく。
「やっちまえ!」
本当に、絵に描いたようなテンプレ悪役たちが、三人纏めてまずはティラ様に襲い掛かって来た。
でも、ティラ様はそのうちの一人の攻撃をひらりと躱すと、すれ違いざま、その首筋に向けて剣を入れた。
不老不死でなかったら、首切断コースの怖い攻撃は幸い、意識だけを刈り取って
「ぐっ…」
男は地面に沈む。
「なに?」
「ほら、よそ見している時間は無いわよ」
呆然と足を止める後続の男を、ティラ様は足払い。
バランスを崩してそのまま地面にダイブした男の首に後方からの一撃を入れた。
これで二人目。
そのままの勢いで三人目もティラ様は、あっという間に倒してしまった。
この世界に来て、何度かバトルというものを見る事になった。
魔性との戦いだったり、人同士の戦いもあったけれど、戦う相手は変わろうと戦うのはリオン。
だから、私の強さの基準はリオンで、相当にレベルが高いということは解っている。
そのリオンと対等に戦うライオット皇子は、人外レベルで強いけれど、この奥様もかなり強い部類に入るのではないだろうか。
と私は素直に思った。
剣の使い方も身のこなしもしっかりと訓練された的確なものだ。
子どもの拉致と侮ってナイフ程度の武器しか持っていないチンピラは、能力の差、剣のリーチ、使い方、場を見る判断力。
何をとってもティラ様に敵うところがないように思う。
加えて実力の差をまったく理解できていない。
「こ、この女、強ぇ…」
「騎士だもの。当然でしょ? まだやるの?」
あっという間に残り三人も二人まで蹴散らして、ティラ様は、残った一人に向けて溜息を吐きだした。
ぐるると、獣のような唸り声を上げていた最後の一人は、ちらりと私の方をみやると、一気に方向を変えて私の方に駆け寄って来る。
「! しまった。逃げて!」
戦っているうちに、少し私との間が空いて今、場を見れば男の方が数歩、私に近い。
気付いた瞬間、ティラ様が地面を蹴っても、私が別方向に逃げても、男の方が先に私を掴むだろう。
でも、それは私が何もしなければ、の話。
「…エア・シュトルデル」
「「えっ?」」
今、まさに私の肩を掴もうとする男の眼前に、強い風が吹きぬけた。
「くっ!」
男が足を止めたのは、ほんの一瞬。
でも、その一瞬で十分だった。
「マリカ!」
「はい!」
私がティラ様の方に身を寄せ、ティラ様が私の前に立ち、男を打ち据えるには。
「ぐあああっ!」
男は意識を失い地面に崩れる。
六人のチンピラ全員、気が付けば、石畳の上に転がっていた。
「とりあえず、武器を奪って、縛って路地裏に転がしておきましょう。
店に帰る途中で城門に回って、警備兵に拾って貰うわ」
「解りました」
私はティラ様を手伝って、男達のナイフを集めて籠に入れる。
その間にティラ様は、ちゃんと用意していたらしいロープで手慣れた様にゴロツキをしばり上げていく。
「こいつらは、きっちり絞って裏を吐かせるから安心してね」
「ありがとうございます」
「でも、初日からこれとは、…本当に楽しい仕事になりそう」
腰をかがめて男を縛っていたティラ様と、視線が合った。
その蒼い眼差しは本当に、楽しい、まるでおもちゃを見つけたような期待に輝いていて
ゾクッ、と私は背筋に何か寒気が走った。
えっと、この方は私の護衛だよね。
守ってくれる人の筈なんだけど。
ゴロツキ相手の時にも感じた事の無かった、イヤな予感だ。これは。
「改めて、よろしく。
空き時間にでもお話ししましょう?
いろいろ聞かせて欲しいわ。アナタのコトとか、イロイロ…ね」
「は、はい。よろしくお願いします」
えーん、どうしよう。
これはヤバイ。間違いなく確信犯。
なんだか、私、とんでもない相手に護衛を頼んでしまったのかもしれない。
リオン! フェイ!
早く帰って来て!!
私は心の中で叫んでいた。
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