皇国の子ども達
この世界には今、三種類の人間がいる。
勇者による魔王討伐とその後の変革時点で大人。神により不老不死を得た者。
その時点では子どもだったけれど、成人して間もなく不老不死を得た者。
最初の100年より後に生まれ、子ども時代を経て大人になり、神に祈りと誓いを立てて不老不死を得た者。
彼らは『子ども上がり』と呼ばれ一段低く扱われる。
そして『不老不死を得ていない』子どもだ。
不老不死を得るまでは、基本的に神殿や国に、住民として扱われることは無い。
成人し、神に認められて不老不死を得て初めて国民としての数に数えられるようになるのだ。
それはまあ、税金の対象になるという、あんまり良くないことしかないのだけれど、税を収める人間は自由権が保障されている。
自由に生きる事を妨げられず、国民は盗みや脅迫、監禁などをされない権利。
それらの対象になった時に、それをした相手を罪に問える。というものだ。
一種の人権と言えるだろう。
不老不死世界だからあんまりないけど傷害とかも罪に問える。
身体が傷つかず、衰えないだけで、殴られれば痛みはあるし、意識を失う事もあるらしいから。
『子どもあがり』でも不老不死者は同じ人権を与えられる。
子どもにはそれがない。
だから、売買されるし、監禁放置されても罪にはならない。
最悪死んでも、無かった事、になるだけだ。
だから子どもは一刻も早く不老不死になりたがる。
でも、不老不死を授けて貰う為には教会に寄付をしなくてはならない。
その額は金貨1枚だそうだ。
日本円のイメージだと100万円くらいだろうか?
そんな金額を普通の子どもが貯めるのは難しい。
運よく魔術の道に進めた子や、裕福な大人に気に入られお金を出して貰えた者以外は、お金を溜められず不老不死を得られないまま、死に至る子も少なくないとか。
ガルフの店は、元貧民を何人も雇っている。
志はあって、でも浮かび上がれなかった人にチャンスをあげたいと、ガルフは言っていた。
特に食料品関係の仕事をしていた人が多い。
500年のブランクがあっても、経験がある人はやはり強いからだ。
「おはようございます」
「おはよう」
そんな彼らはどん底を体験しているので割と、割り切りが早い。
子どもに指揮されるのも、それが仕事だと思えば、納得してくれる。
彼らは『子どもあがり』でも人権を持つ大人だし。
けれど、店には他に別枠で五人の『子ども』が雇われている。
リオンやフェイと同じか年上。
魔王城に連れて来るにはどうか、とガルフが判断して店で保護している『不老不死を得ていない』子どもだ。
「おはようございます。セリーナさん」
私はやってきた子ども達に声をかける。
「…あ、おはよう…ございます」
一応返事をしてくれたのは子ども達の中で、唯一人の女の子。
セリーナだ。まだ12歳、この冬を超えて13歳になったところだという。
彼女は女の子だから、男の子達とは違う、従業員住居にガルフが買い上げた建物の女性棟に住んでいる。
接客は苦手というので、厨房の調理見習いだ。
一方で
「おはようございます。イアンさん、ニムルさん、グランさん、ジェイドさん」
後からやってきた男子四人はとりつく島もない。
私の言葉は完全スルーで着替えに行ってしまう。
それでも男の子の中で最年少。
イアンは軽く会釈をしてくれた。けれど…
「イアン!」
気付いたジェイドに怒鳴られて肩を竦めると慌てて追いかけていく。
最年長のジェイドに小突かれているようだ。
いじめられていないか、ちょっと心配。
「ん~、どうしようかな?」
私は改めて、シフトの木札を見ながら本気で、深く、考えた。
開店の時間。
「いらっしゃいませ」
私は列を作り、入って来た大人達に頭を下げて迎え入れる。
本店は定食、ワンプレートランチ形式だ。
今日、用意してあるメニューは二種類、春サーシュラのサラダと、パータトのミルクスープ。それに焼きベーコンとスコーン。
キャロとオランジュのラペと、塩味のサーシュラスープ、それにソーセージと同じスコーンだ。
入り口で食券代わりの木札を買い、奥で木札と料理を交換する。
中額銅貨五枚。
一食日本の相場でいうなら2500円から3000円の豪華な食事ではあるが、飛ぶように売れていく。
この調子だと、用意してある各100食は直ぐに捌けてしまいそうだ。
人数を数えた私は、外で列の整備にあたっている子ども達に声をかける。
「これ以上はお断りして下さい。もう完売です」
でも、最後の確認ロープを持っていたグランは動こうとしはしない。
ジェイドも完全無視だ。
そうこうしている隙に、空いた列の最後尾に一人、するりと入ってしまった。
「!」
私は入り口から離れ、最後尾に向かうと最後の客に謝罪する。
「申し訳ありません。
本日はここまでで完売となっております。お許し下さい」
「えー、そんな! 楽しみに来たのに」
若い男性は、幸い物わかりが良かった。
私が何度も頭を下げて謝り、次回の優先木札を渡すと
「解った。諦めるよ」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
そう言って、引いてくれた。
良かった。ごねられたらどうしようかと思った。
「私の声が聞こえなかったみたいですね。ごめんなさい。
もう完売なので片付けて上がって下さい」
人員整理係の男の子達は、そっちの言葉は聞こえた様子で素早く片づけを始める。
そのあまりにもゲンキンな様子に、私は思わずはあっ、と大きく息を吐き出してしまった。
『子ども組』男の子の最年長はジェイド16歳。最年少がイアンの13歳だと聞いた。
ガルフに拾われるまでは面識も無かったらしい彼らであるが、ガルフに拾われてからはなんだかんだと行動を共にすることが多いようだ。
一番最年長で、最初に拾われたジェイドが子ども達のリーダーっぽい存在になっている。
別に、仕事をやらない、わけではないのだ。
むしろ一生懸命にやっていたらしい。
どん底をから拾いあげてくれたガルフに感謝して、早く不老不死を得る金を貯めようと頑張っていた。
リードさんのことも尊敬していて、手伝おうと努力もしていた。
そこに、私達がやってきた。
まあ、思春期男の子が苛立つのは無理もないんだよね。
自分より年下の子どもが、尊敬するガルフの片腕だと言われて自分達に指図するようになれば。
でも、年下だと思って力で押そうとすればリオンにけちょんけちょんに伸されて、裏から嫌がらせしようと思えばフェイに跳ね返される。
仕掛けたイタズラは全部アルに見破られる。
面白くないよね。うん。
その気持ちは理解できるのだ。
だから、現状私達はスルーしているのだけれど、このままではお店の為にも、彼等の為にもならない。
彼らも子ども。
私にとっては守るべき存在だ。
本当に、どうしたものだろうか?
「私が彼らに話をしましょうか?」
夜、館での夕食後、リードさんやガルフと店の報告などをしながら相談をした。
彼等の話を聞いて、リードさんはそう言ってくれたけれど
「それは止めた方がいいと思います。
リードさんやガルフに言いつけられた、と思って彼らがさらに頑なになる可能性があるんです」
私はその好意には首を横に振る。
思春期の子ども達、特に男の子は難しい。
自分を認めて欲しい、という承認欲求は強いけれど、一方で自分達を理解してくれないと思う相手に対しては壁を作ったり攻撃したりする。
ギザギザハートのお年頃だ。
自分を認めて、理解してくれる相手には心を開いてくれると思うけれど、そう思って貰えるまでがなかなか…。
私達と彼らが差はあるのは当然なのだ。
悪いけれど。
積み重ねてきたものが違う。
でも、彼らにはそれを埋めるチャンスがある。
やる気さえあれば埋めてあげたいと思う。
そのやる気を持ってもらうには…さて、どうしたものか?
「そういえばさ、イアンはちょっと数字が読めるみたいなんだ。この間、他の三人がいない時に荷物運び手伝ってくれたから少しだけ話したんだけど」
アルがそう話してくれる。
アルは今、本店の売り上げ、在庫計算担当。
「ニムルは精霊術に興味があるようですよ。僕の作業を時々覗いています。こっそりですが」
フェイは魔術師として、各店に氷室を作ったり、材料の仕入れ管理を担当している。
…ちなみに外の世界には本当の意味での魔術師…精霊と心を通わせて一緒に術を行う…は、いないらしい。少なくとも表舞台には。
だから外の世界での『魔術師』は精霊術士…精霊に術で命令していうコトを聞かせる…のこと。
子どものうちに運よく精霊に好かれ、運よく石や杖を手に入れられた者が『魔術師』と呼ばれる。
子どもの方が一般的に力は強くて重宝される。子どもが成り上がれる数少ない手段だ、
成人して不老不死を得るとぐっと力が下がるのがデフォだとか。
シュルーストラム曰く
『せっかく気にいって力を貸してやろうと思ったのに、神の手先になるなんぞ詐欺だ!
見捨てるのも哀れだが、神の手先に力を貸したくはない…。まったくしょうがないな』
というのが精霊の心境らしい。
ちなみに完全に見捨てられると杖を使っても術がほぼ使えなくなる。それを新しい子どもが使うようになるとか。
それはさておき。
リオンは主に屋台店舗の護衛。
ゴロツキがたまに絡んでくることがある。売上金額も半端じゃないし、食べ物を寄越せということのあるらしかった。
不老不死世界でも路地裏はあるし、裏で生きる者達もいる。それは、仕方のない事だ。
収入の手段が少ない状況で、仕事は飽和状態。
働きたくても仕事は無く税も払えない人は現実世界でもいたのだし。
時々、ライオット皇子に頼まれて下町の治安の様子を報告に行っている。
皇子は下町の子ども達を兵士として教育する代わりに保護を与える、というシステムを作ろうとしているらしい。リオンはそのテストケースで、下町の情報を集める代わりに給料を与えている、という名目だ。
…多分にリオンを騎士団に入れ、上に上げる為の方策なのだろうけれど。
「グレンは逆に、護衛業務の方に興味があるっぽい。ジェイドがいない時は俺に仕事内容を聞きに来ることがある」
「それホント?」
「ああ…」
うーん、みんな、やる気はあるのだ。ただ、言い出せないだけで。
ジェイドの手前、怖くて言えないけど。
いや、ジェイドだって、やる気はあるに違いない。
私は考える。
彼等にやりたいことがあり、特性があるのならそれを伸ばしてあげたい。
彼らのプライドを守りつつやりたいことを、やらせてあげるには…。
「ガルフ…様、リードさん、ちょっとお店のシステムについて相談があるんですが、聞いて頂けますか?」
「なんでしょ…なんだ?」
くすっ、とフェイとリオンが笑う声がした。
お互いに主従が今までと逆転しているのでちょっとぎこちないのは仕方ない。
でもリードさんの前で呼び捨てなんかできないもん。
「彼等もせっかく下から抜け出すチャンスを逃したくはないと思うんです。
ですから、勉強する、やりたいことを始める、その口実をあげたいと思うのです」
「具体的にはどのような案なのか、伺ってもいいですか?」
私の提案に二人は
「面白いですね」
「やってみる価値はありそうだ」
納得してくれて、少しの手直しで導入を約束してくれた。
「これが上手く行けば、子どもだけではなく大人も接客態度や、能力向上につながると思いますよ」
何せ現代の大型チェーン店の人材育成方法だ。
中世にはまだ早いかもしれないけれど、これから飲食店を広げていくのなら最初からちゃんとしたシステムを作っていた方が、これから増える飲食店関係者の立場を守ることにもなると思う。
「こんなことを考え付くとは、マリカさんは一体、どのような教育を受けて来られたのですか?」
「リード」
問いかけるリードさんをガルフが諌める目で見る。
「ああ、失礼。貴方達を疑ったり、素性を追及している訳ではありません。
ただ、気になっただけなのです。
これほどまでの高い知識と見識、調理の技術。
どうすれば身に付けられるのだろう。と。
旦那様と店の為になるなら、私はどこの誰でも構いません。それが例え魔王であろうとも」
ギクッ。
私達が硬直したのを見て、リードさんは冗談ですよ、と微笑む。
最近、一般の人たちの間にも魔王復活が話題になっているようなので、本当に冗談というかたとえ話だったのだろうけれど、私達の心臓には悪い。
本当に。
とりあえず、システム作りの具体案をみんなで意見を出し合い、纏めてみる。
明日から導入開始だ。
これが、良いきっかけになってくれると良いのだけれど…。
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