皇国のマネージャー

 魔王城の中にいる子ども達は、殆ど全員が皇国の出身の筈だ。

 ライオット皇子が集めてきた子どもだから、多分外国の子はいないだろう。

 多分、故郷になるけれど、記憶がある子は殆どいないのではないかと思う。


「私達が住んでいるのはね、皇国 アルケディウスっていうんだって」

「ケディア、というのは木とか森を意味します。

 木の国、という意味ですね」

「うん、世界全体は七王国と、その中心の大聖都の八国で、神様や暦や時間と同じ意味がそれぞれあるみたい」



 一度だけライオット皇子に世界地図を見せて貰ったけれど、大きな大陸が八つに区切られ、大聖都を中心に七国が取り巻く様子はどこか、雛菊の花のようだった。


 

「他の国はまだ良く知らないけど、アルケディウスは皇王って呼ばれてる、王様が治めてるの。

 私達がいる王都は王様の住んでいる城下町。

 王様は、リオンのお友達の皇子様のお父さんでね。

 街並みはとっても綺麗。赤い屋根と白い壁。で、街を城壁がぐるって、取り囲んでるの。

街の中心に広場があって裏通りもたくさんあるけど、ひたすら歩けば城壁か広場に出るって聞いた。

 税金や物価は他所より高い…、あ。わかんないか。

 んーっと、ちょっと大変な事もあるけど、住みよくって良い街だってみんな言ってるよ」


 子ども達に、税金とかの説明をするのはけっこう大変だ。

 まだ、お店とかお金、流通などについても教えていない。

 今後の課題、かな。


「で、私達が働いているのはガルフのお店。

 王都でまだ他にやっている人がいない食事を出すお店、でね」


 正確に言うと、市などで野菜のスープや肉の串焼きを出すお店などは出てきている。

 まだ原材料の入手がおぼつかないのか不定期だけれど。


「みんなも知ってるガルフが店長。

 リードさん、って言ってね。背の高くて物静かな男の人が副店長なの」



 副店長、というかリードさんは、ガルフの片腕。

 多分番頭さんのような立場なのだと思う。

 子ども達に言っても通じないけれど、執事とか、家令いう言葉がいちばんしっくりくる人だ。

 薄いハシバミ色の髪と瞳をしている。

 知的で物静か、口調も態度も優しい。でも怒らせると怖い感じ。

 声を荒げはしないけれども、静かに、表情を変えずにきっと、フェイのように氷の冷気で怒る。



「旦那様」


 とガルフに仕える様子は正しく番頭。正しく執事。

 500年前、ガルフが店を出していた時代からの付き合いなのだという。

 ガルフと一緒に同じ家に住み、留守を任されるほどに信頼が厚い。

 貴族対応とかもバッチリで、高級店の店員の指導もしている人だ。


 私達が一緒に住むにあたり、魔王城の住人、であることは話していないけれど、家に転移陣を作ってあること。

 週末は実家に帰る事までは話してある。

 多分、私達はリードさんの中で他国の大富豪の子弟、ということになっているのだと思う。 

 


「で、私はガルフのお店の一号店で、お手伝いしているの。

 お店の人達に色々教えたり、給仕とかもしてるけど」



 実は一号店の運営を任されている。

 リードさんが今までやっていた立場だけれど、店が増えた事で手が回らなくなってきたので、私が来た事で入ることになったのだ。 

 ファーストフードとかで例えるならゼネラルマネージャーとかだろうか?

 いきなり支店の店長である。覚悟はしてたけど最初はやっぱり白い目で見られた。

 そもそも子どもが何かをするということが殆どない世界だ。

 ポッとやって来た子どもが、自分達の指揮をするなんて言われれば、誰だっていい顔はしないだろう。



 店員たちの信頼の厚いガルフが


「この子は俺とリードが教育した子だ。色々教わって、また教えてやってくれ」

 

 と言ってくれたから、しぶしぶ言う事を聞いてくれた感じ。最初は態度が本当に冷たかった。



 でもそんな中、最初に、心を開いて、親しく接してくれたのは厨房のスタッフだった。


 私がちゃんと料理ができたこと、そして新しい料理法を教えたことで料理をする仲間として、そして知識を持つ者として尊重してくれるようになったのだ。

 

 そしてホールスタッフも。

 元々、ガルフの店は高級店である四号店以外は、食券購入のセルフサービス方式だからそんなに接客にテクニックは必要じゃないけれど、厨房との連携とか。お客に対する言葉遣いや対応は大事なので先頭に立つ様にしてやっている。それからこまめに、一人ひとりに声をかけて、励まして、感謝して。

 向こうでの学生時代、ファーストフードでアルバイトした経験がこんなところで役立とうとは。


 とりあえず、言葉で命令しても聞いてくれないので行動あるのみ。

 そうしてやっと二週間、なんとか表向きだけでも、言う事を聞いてくれるようになったのだ。

 ガルフがちゃんと、従業員の心を掴んでいなかったらもっと時間がかかったと思う。

  


 ………まあ、全員では勿論ないのだけれどね。



「まだお店と家の往復でね。あんまり街の中とか見てないんだ。そういうのはフェイ兄の方が詳しいかも」

「オレも店の奥で、基本計算とか、発注業務だからな。

 たまに納品された品物の、品質チェックとかしてるけど」

「僕も狩人とかの交渉とか、畑の育成状況をガルフと見回ってるだけなので、詳しい事は全然、ですね。

 魔王城に来る前は貴族仕えの魔術師に、いいように使われていただけなので詳しくは覚えていませんし。

 でも、魔王城とかと気候はかなり違う様に感じます。

 寒さはこちらより、断然穏やかなのですが、作物の実りはあまり良くない感じですね」


 魔術師として雇われ、農地や森の視察とかを担当しているフェイはため息をつく。

  

 やはり魔王城、エルトゥリアは精霊の恵みと力が豊かなのだと実感したと。

 畑を守る大地の精霊や、果樹を司る木の精霊が、長く使われなかったことで力を失っていたのでそれをこっそり補いながら、夏からの収穫に備えているという。


「木や大地が力を取り戻せば少しずつ、収穫が望めると思います。

 食が受け入れられるようになってきた今、原料確保が唯一の懸念点、ですからね」


 そう、今、一番勢いのあるガルフの店に唯一問題があるとすれば、それは原材料の確保。



 アルケディウスの王都の住人は多分数万人。

 1000万都市の東京とかと比べてはいけないけれど、それだけの住人に食を取り戻させるには、ありとあらゆる食材が今はまだ足りない。

 

 今年の収穫が終わったら、次年度は本気で周辺領主とかに働きかけた方がいいと思う。


 広場には飾り物や服などを売る店が出ているけれど、食料品は無いので私の印象からすると、けっこう静かだ。

 仕事が休みの安息日には、射的や賭け事っぽい店も出てもう少し賑やからしいけれど、私達はこっちに来ているので見たことが無い。


「夏の始まりと秋の終わりに戦があって、それが終わると祭りがあるんだって。

 戦に勝つととっても賑やからしいよ」

「戦が祭りというか、娯楽なのは趣味が悪い、とは思いますけどね」


 本当に。

 でも、その戦と祭りが食料品という消費の無い世界の、数少ない経済循環だと言われると何も言えない。

 今のところは。


「あとは、私達もまだ、よく解ってないところも多いから。

 もっとちゃんとお話しできるようによく見てみるね」


 どんな動物がいるかとか、周辺がどうなっているかとか。工業はどんなのが盛んなのか。

 鉄とか錫とかの金属加工は盛んのようだけれど…。




 ひとしきり話が終わった後

    

「ねえ、このオランジュ、魔王城の島でもみのるかな?」


 ケーキに使った残りのオランジュを手で転がしながらヨハンが眇め聞いた。


「気にいったの?」

「ちょっと酸っぱいけど、美味しかった。種まいたら育つ?」

「やってみたら?」

「うん」


 気候の問題もあるし、種から育てるのは難しそうだが、何事もチャレンジ。

 挑戦は応援する。

 皮は砂糖漬けにしたら美味しそうなので仕込んであるし。

 

 

「随分楽しそうだな」

「あ、リオン兄!」「お帰り」「おかえり!」



 私達がそんな話をしているとリオンが戻って来た。

 子ども達も駆け寄っていく。まるで仕事帰りのお父さんを出迎える子どものようだ。


「お疲れさま。ご飯は食べた?」

「いや、まだだ。こっちの方が美味いしな」

「のこしてあるから、温めてきてあげる」


 エリセが台所に駆け出していくと、リオンは子ども達に一人ひとりに声をかけながら食卓の椅子に座って私達を見た。



「ライオのところに呼ばれて、この間の事情聴取と夏からの訓練の話に行ってきた。

 …で、帰りにあいつらに絡まれたんだ」

「はあ、また、ですか? 本当に身の程を知らないというか、怖いものを知らない、というか…」

「本気、出してないよね? リオン」

「俺が本気出したら唯じゃすまないだろ? ちょっと捻ったあとは逃げて来た。

 でも、あいつらは本当になんとかしないと、この先困るぞ」

「うん、考えるから」


 眉をあげたリオンに私は頷く。

 この件については真剣に考えている。

『彼ら』との対応は外の世界における私の活動の、基幹に位置する重要案件だと認識しているから。


「ごはん持ってきたよ~」

「ありがとな。エリセ。お、オランジュ。今日の食事はマリカが作ったのか?」

「うん、お土産のワインもたっぷり。お肉柔らかくておいしいよ~」

「いただきます。お、本当だ。美味い」

 

 穏やかで優しい時間を楽しむ一方で私は、今後の問題をどう対処するか、本気で真剣に、考えていた。




 そして、翌々日。

 楽しい週末を過ごした後の、憂鬱な月曜、じゃなくって木の日。


「おはよう」「おはようございます」

 掃除をしながら次々、やってくる従業員たちと私は『彼ら』を出迎えた。


 顔と目を合わせず、顔を背ける、五人の『子ども達』を。

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