第二部 保育士魔王兼商人 始めました。
皇国の保育士魔王
二の木月 四の週、空の日 水の刻。
客が引けた店内を、皆で掃除する。
丁寧に、清潔に。
どんなに食事が美味くても、汚い店は格を低く見せる。
それはガルフの店が、最初から店員たちに厳しく伝えている事だった。
ましてやここは一号、本店。
他の店の規範にならないといけない。
私も一緒に古布を水で濡らして固く絞り、テーブルを拭く。
「お疲れさま」
やがて厨房から人が出てきた。調理担当者達だ。
「マリカちゃん。お疲れ。
来週の仕込み終わったよ。氷室に入れておいた」
「あと、これは余りのオランジュです。これも氷室に入れておきますか?」
「あ、では、こちらで引き取ります。貰っていいですか?」
「解りました。どうぞ」
「ありがとうございます。皆さんも、そろそろ終わりましょうか?」
私が彼らとの対応を終えて、ホール担当者達に声をかけると、皆それぞれ掃除道具を片付け、集まって来る。
テーブル横の籠から、預かりものの袋を取り出して私はみんなの前に立った。
「今日もお疲れさまでした。
お給料をお渡ししますね」
並んだ彼らの名前を一人一人確認しながら一週間分の給料を渡す。
ホール担当者は一週間分、小額銀貨二枚ずつ。
年長者も、子どもも同じ仕事をする人は同じ額。
調理場の主任はさらにもう一枚。
間違えないように。
「明日はお休みですので、ゆっくり体を休めてまた来週から、よろしくお願いします」
多くの従業員たちは嬉しそうな顔で挨拶をして、三々五々、店を後にしていった。
給料日。
給料を支給するマネージャーに悪い態度を見せる者はあまりいない。
そのマネージャーが例え、私のような子どもであっても。
まあ、今だけ、表向きは…ね。
従業員を見送った私が最後の店内の片づけをしていると
「マリカ、フェイ兄が戻って来たぜ」
店の奥から声がした。
出てきたのは店の奥で売り上げ計算をしていたアルとフェイ。
「アル。お疲れさま。
フェイもおかえりなさい。仕入れ交渉の方はどうだった?」
「ただいま戻りました。交渉の方は上手く行きました。明後日の朝には追加分が届きます。
あ、あとリオンは今日、騎士団の方に呼ばれているから少し遅くなるそうです。
先に行っていてくれ、ということです」
「了解。じゃあ、そろそろ、私達も帰ろうか?」
店の戸締りを確認し、鍵を閉め歩き出す。
赤い屋根、白い壁。細かく敷き詰められた石畳。
日本では見られない。童話の中のような街並みだ。
所々で見られる、店を表す鉄の看板も、昔、童話、アンデルセンとかグリム絵本で見たような雰囲気で美しい。
道を歩く人たちの衣装も、中世ヨーロッパ。
皮鎧に剣を帯びた剣士や騎士、長い足首までのドレスの女性。
貴族の人達と比べると、まだシンプルだけれども、それでも日本で見たらコスプレかと疑われるレベルなのは間違いない。
時々闊歩する荷馬車。
広場に並ぶ、祭り屋台のような生活雑貨を売るお店。所々にある中世風の井戸。
街をぐるりと囲む城壁。
遠くに見える中世風のお城。
皇国 王都 アルケディウス
こうして世界を歩いていると、改めてここが日本ではない。
異世界であることを思い出す…。
「マリカ」
ふと、アルの声に、足を止めた、とほぼ同時。
路地の影からヒュッと音がした。
黒い、何かが私達の方に飛んでくる。
コントロールは、割と正確。
そのままのコースなら、私の頭か背中にぶつかっていたであろうそれは
パシン!
その直前で破裂して、粉々に砕けていた。
泥団子。
また、あの子たち、かな?
「やれやれ、いつもながら可愛らしいアプローチですね。
本気で来てくれれば、本気で返してあげられるのに」
「ありがと。フェイ。気にしない気にしない」
杖を瞬時に出し、術で砕いてくれたフェイにお礼を言いつつ私は彼を宥める。
彼が本気を出せば、とんでもないことになる。
子ども相手にそれは大人げない。
「行こう」
幸い、今日は夕焼けいい天気。
それ以上は泥の団子は降って来なかった。
教会の尖塔を横目に見ながら、静かになってきた大通りを歩いていくとほどなく小さな館が見えて来る。
私達の今の家。
まだ灯りはついていないから、ガルフもリードさんも帰ってはいないのだと思う。
「うーん、いつ帰って来るか解らないし、リードさんとガルフも空の日は泊まりに行くって知ってるから、もう行っちゃおうか」
「了解。フェイ兄がいるから、今日は任せていいよな」
「いいですよ。その方が楽ですからね」
「この余りオランジュもお土産にしちゃってもいいかな?」
「いいんじゃね? 今の季節ならオランジュはまた手に入るし。気になるなら後で買い取り手続きしとけば?」
「そうする」
一階を抜け、二階、そして三階に上がる。
「あ、忘れてた。お土産、部屋に置いてあったんだ。
フェイ、準備してて、すぐ戻ってくるから」
「焦らなくていいですよ。転ばないように」
同じ階の私の部屋から、荷物を入れたバックを持ち出し、二人を追いかける。
資料室、図書室に入ると、もう魔方陣は絨毯の下から青い光を放っている。
「おまたせ。ごめんね」
「いいえ。さて、じゃあ、帰りましょうか」
フェイが手に持った杖でトンと床を叩くと青い光が強く輝いて、私達を包み込む。
ふわり、浮遊感覚。
頭の中が酔っぱらったようにクラクラする。
これにはいつもながらなかなか慣れない。
けれど、そんなことを考えている間に、私達の足は地面をとんと踏む。
顔を上げたそこには、夕日を受けて輝くなつかしい魔王城の大きな扉が聳えていた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま、エルフィリーネ」
「マリカ姉、フェイ兄、アル兄、おかえり!」
「おかえり!」
私達が門を使ったことに気付いたのだろう。
中に入り、エントランスでエルフィリーネと話しているとすぐ子ども達が、転がるように走り集まり、私達を出向かてくれた。
「ただいま! みんな、お土産持ってきたよ。
美味しい果物。ほら!」
私は膝を折って、子ども達に視線を合わせた。
籠から包みを取り出して開くと、床に爽やかな香りの果物がコロン、コロンと転がっていく。
「うわあっ!」
「キレイ!」「まんまる!」
「オランジュっていうの。少し酸っぱいけど美味しいからね」
王都名産だというオレンジ色の果物は、私の知るオレンジにそっくり。
目を輝かせて子猫のようにコロコロ、オレンジ、じゃなくってオランジュにじゃれ付く子ども達を見ながら
「今日の夕食の準備は?」
私はエリセとミルカに聞いた。
「まだ。明日、夜の日だからマリカ姉たち帰って来るかなあ、って思って」
「了解。じゃあ、今日は任せて。
このオレン、じゃなくってオランジュで美味しい物作るから」
腕まくりする私の周りで、幸せで、大好きな、子ども達の歓声が弾けていた。
みんなで囲む魔王城の夕食は、賑やかで楽しい。
ちなみに今日のメニューは鶏肉とワインとオランジュの煮込み。
お酒は、流石に食事が絶滅しても消えなかったようだ。
ニンジンによく似たキャロの根っことオランジュのラペ。
デザートはオランジュのケーキ。
薄切りにしてタタン風にしてみた。これは、向こうの料理人さんに教えて貰ったやりかただ。
「おいしー」
みんな夢中になって食べている。
その笑顔を見ているだけで、私も幸せな気分になる。
「向こうだと多くても6人だからね。
やっぱり、みんなで食べるのが美味しいな」
「マリカ姉のごはんがやっぱりさいこう♪」
「エリセとミルカも頑張ってくれてるよ。ありがとう」
ティーナと交代だとしても、小学校低学年の子が毎日ご飯を作ってくれているのだ。
本当に頑張っている。
私が精いっぱいの気持ちで褒めると、二人は照れくさそうに笑ってくれた。
「…ったく、もう、かんたんには会えないと思ってかくごしたおれの涙をかえせ」
「僕らがいないと思って好き勝手できると思ったら大間違いだと言っておいたでしょう」
「いてっ!」
フェイが隣に座っていたアーサーの頭を小突く。
脹れていたアーサーはワザとらしく手で頭を押さえて見せるけれど、その顔は嬉しいと言っている。
それを見て、楽しそうに笑う皆の声。
私の家は、ここなんだな。と実感する。
私はマリカ。今年で10歳。
魔王城で、保育士魔王をしています。
「ねえ、マリカ姉。お外ってどんなかんじ?」
食後、大広間で、みんなで寛ぐ優しい時間。
エリセがそんなことを聞いてきた。
私の左右にはジャックとリュウがピタリと貼りつき、ギルやジョイも、留守中のことを色々話してくれる。
やっぱり、少し寂しい思いさせちゃったよね。
話を聞きながら、膝に乗せたり頭を撫でたりしていた。
年長、年中組は私の持ってきたもう一つのお土産。
錫の飾り物を面白そうに見ている。
色々な動物や騎士が象ってあって面白いから、ついつい買って集めているのだ。
お値段も中額銅貨二枚から五枚でお手ごろだし。
エリセはフェイに出された課題…精霊術の勉強書き取りを見て貰っていたようだけれど、無事合格を貰ったのか、私達の方に近寄って来た。
「興味ある?」
「うん、ある。お話して」
エリセの言葉に私は、頷いた。
外の世界に出るようになって、まだ二週間だけれども、私もまだあまり慣れていない事が多い。
王都のこと、皇国のこと。
そこに住む人々のこと。
戸惑う事がいっぱいだ。
明日は安息日。
時計は火の刻を少し過ぎた所。少し夜更かししてもいいだろう。
「じゃあ、少し話すね」
私はゆっくりと話し始めた。
魔王城の子ども達に、外の世界のことを。
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