閑話 宝石の子ども達

 ガルフに隠し子がいるらしい。

 そんな噂が商人達の間で、広がり始めたのは木月も終わろうとする頃だった。



「詳しい話を知らないか? ザック?」

 

 俺は商業ギルドに顔を出すたび、そんな声をかけられるようになった。


「ガルフに隠し子? 有りえないだろう。誰がそんなことを言いだしたんだ?」

 

 ガルフがそういう器用な真似ができる男ではないことを俺は良く知っている。

 だから一笑に付したのだが、どうやら他の連中は納得しないらしい。


「家にガルフが、女の子を住まわせている。

 表向きは使用人としているが、どうやら違うんじゃないか、ってみんな言ってるんだ」

「正確には女の子一人と、男の子が三人、だがな。

 子どもを自分の家に住まわせて、リードに教育させていると聞けば、特別な子どもなんじゃないかって思うだろう?」

「女の子一人なら、別の用途も考えられるが、男の子も一緒だからな」

「女の子がそうなのか。それとも男の子がそうなのか?」

「本当に知らないか?」


 明らかに情報に飢えているのが感じられた。

 まるで飢えに目を血走らせるハイエナのようだ。


 まあ、今まで変わらぬ世界に胡坐をかき、安穏としていた連中が焦るのも無理はない。


 今、王都で一番の注目は新しい産業である『食』

 そしてその先駆者であるガルフなのだから。




 ガルフが王都に飲食店を開店させたのは去年の地月の始めだった。

 考えてみればまだ一年経ってはいない。


 けれど、その人気は留まるところを知らない。

 すでに王都に直営店を四店舗。屋台の店を二軒。

 そして協力店を二店舗出して、その全てが大人気というのだから驚きだ。


 屋台の店二軒は肉の串焼き料理とソーセージの店。

 どちらもどこに現れるか解らず、現れたが最後二刻を待たずに完売するという驚異の実績を今なお誇っている。

 

 本店の一号店はプレートのセットメニューのみ。

 季節と日によってメニューが変わるのでリピーターも多い。

 一番人気はパンケーキだ。開店後こちらも完売まで、三刻持ったためしがないらしい。

 第三皇子ライオットの贔屓の店で、皇子がよく貴賓室に足を運ぶと話題になっている。


 二号店は肉料理メイン。

 ベーコン、ソーセージなどガルフの店の得意メニューに加えてハンバーグ、サイコロステーキ、チキンソテーと工夫のあるメニューを次々に出している。

 最近は協力店という形でレシピを学んだ店が出て客が分散されてきてはいるが、それでも特に男性客に強い人気を誇っている。


 三号店は小麦粉を使った焼き物の店

 驚く事に、この店で提供されるものは「甘い」のだ。

 砂糖が使われているのは確かなのだが、まだ王都にも貴族用にしか卸されていない高級品をどうやって入手しているのか、とみんな驚いている。

 ジャムを使ったクレープが大人気。

 パンケーキ、クレープ、そして最近発売されたクッキーはこの店でしか味わえない。


 そして第四号店は高級店だ。

 一日 最大十組の完全予約制。

 料理は最低少額銀貨五枚から、という高級店だが、富豪や商人、そしてお忍びの貴族からかなりの人気で、なかなか予約がとれないと聞いている。


 

 揃いの服を着せた店は高級感と清潔感があり、庶民向けであっても貴族向けであっても接客態度が厳しく教育されているのか人気が高い。

 とにかく、今一番勢いがある商いなのは確かで目端の利く者はなんとか、一枚噛もうと懸命に情報を集めている。


 だが…




「よう! ザック。丁度良かった」

「ガルフ?」

 

 ガルフの姿を見るや、奴らは蜘蛛の子を散らす様にその場を離れて行った。

 一時期を零落していた奴の事、復活しても食料を扱うなどと、さんざんバカにして下に見ていた負い目があるのだろう。


「何か、用事か?」

「頼みたいことがある。服を仕立てて欲しい。

 どこに出してもおかしくないしっかりした仕立ての服を数着。数種類。なるべく早くだ」

「店のお仕着せではなく、普通の服、ということか?」

「お仕着せも着替え用に二着いるが、急ぎは普通の服だ。

 人数は四人。

 全員に街で歩いても目立たない服と、貴族の館に出入りしても恥ずかしくない服を急ぎ用意してほしいんだが」

 

 ガルフの話に俺は店の予定を考える。

 特に今は急ぎの仕事があるわけではない。

 何人か手の空いているものに任せれば問題は無いだろう。


「解った。採寸にはいつ来る?」

「明日以降なら、いつでも大丈夫だ」

「解った。では明後日の二の水の刻でいいか? 本店の者に伝えて待たせておく」

「頼んだ。ああ、言っておくが四人とも子どもだからな」

「子ども?」


 俺はさっきの会話を思い出す。

 ガルフが路地で店の従業員にすると、子どもを引き取っている、という話は聞いていたが、そいつらには服を設える等していない。

 まさか、本気で隠し子なのか?


「身体に合わせつつ、成長しても多少調整が効くようにしてくれ。

 支払いは俺がする。さっきも言った通り、貴族の館に出入りしたり、貴族の給仕をしたりもする。布もしっかりとした良い物でな」

「解った。だがそれだけの数を急ぎで、となれば一人に付き金貨1枚にはなるぞ」

「問題ない。なるべく早く仕上げてくれ」


 それだけ言うと、奴は用は済んだと云わんばかりに背を向ける。


「待て、ガルフ。

 その子どもらはお前のなんだ? なんでそんなに金をかける?」

「金をかける価値と必要のある子ども達だから、以上の理由をお前に話す必要がどこにある?」


 俺が呼び止めても奴は素知らぬ顔で頼んだぞ、と行ってしまった。



 昔の好と、ガルフに早くから声をかけていたから、その手腕を比較的間近で見る機会の多い俺だが、それでもガルフの商いの秘密も何も教えては貰っていない。

 その子ども達がもしかしたら、秘密の一端を知ってはいないか、と俺は俄然興味が湧いたのだった。




 約束の日。

 ガルフの店の番頭。

 リードに連れられて店にやってきたのはガルフが言った通り、四人の子どもだった。

 女一人に男が三人。

 これが噂の子ども達か、と俺は受付ける女の後ろから様子を見ていた。


「はじめまして。今回はお世話になります」」


 子ども達を代表するように、女の子が丁寧なあいさつをした。

 後ろから男三人もお辞儀をする。

 どうやら四人の中で一番身分、もしくは立場があるのは女の子のようだ。



「随分としっかりとした挨拶だな。はじめまして。ザックという。

 ガルフとは長い付き合いだ」


 俺は挨拶を返しながら、子ども達を見た。

 全員、比較的身ぎれいにしているし、服もさほど酷いわけではない。

 いやむしろ女の子は肌もキレイだが、長い髪が驚くほどに艶やかで、光が浮かび上がるように美しい。


「失礼、ちょっと髪を見せて貰ってもいいか?」

「は、はい。何か?」

「いや、服飾を扱う店だからな。君の髪と髪留めが少し気になったんだ。

 失礼する」


 俺は女の子の横から一つに結ばれた髪の結び目を見た。

 本当にサラサラと艶やかな髪をしている。

 漆黒の髪に光が弾いて夜の星空のようだ。


 

「? これは?」

 髪を結ぶ紐に綺麗な石が飾られていた。

「あっ!」

 思わず、端を引くとするりと髪が流れるように落ちる。

 紐を眇め見る。紐自体は両端が裂かれてふち飾りのようになっているが普通の品。

 けれど石は初めて見るものだった。

 不思議な白い石。いや、白というのは正確ではない。

 複雑なカットを施されたその透明な石は、光を身の内に溜めては跳ね返し虹のような煌めきを放っている。

 金属の台に小さな爪で固定された石はそのまま指輪やネックレスにして貴婦人を飾ってもおかしくないほど美しいのに、こんなに無造作に髪紐に?


「…あの、その髪紐は、家族から贈られた大切なものなので返して頂きたいんですけれど」 

「すまない。見た事の無い品物だったから、つい、な」


 リードの手前もある。

 俺は髪紐を女の子に返して、後ろに下がった。

 受付や採寸は、店の針子達に任せるものだからだ。



 今回作るのはガルフの店の給仕服と、外出用の服と、貴族の家にも入れる服という注文だった。


「どんな形がいいかしら。色は何色にする?」

「あんまり派手な色合いでは無く、シンプルにお願いします。

 私達の服は基本的に仕事着なので」


 針子の質問に答えたのはリードでは無く女の子だった。


「私の服は蒼を基調にして頂けると嬉しいです。

 それからこれと同じ感じのエプロンと、ブラウスを…」

 

 針子の説明を聞き、それに自分の意見を伝えていく様子は、始めて服を注文する貧民の子どもとは思えない、堂々としたものだった。

 色の選び方も、自分に合うものを理解していると感じられる。


 それは女の子だけのことではない。黒髪の少年は

「俺のは、動きやすさを中心にして欲しい。ベースは黒で。

 フェイは…」

 同行の子どもの分も、本人達の意見を聞きながら淀みなく発注している。

 自分の中で欲しい服のイメージが確固としてあるようだ。



 少し、驚く。


 俺が子どもと接する事は殆どない。

 生活圏に子どももいないし、子どものいる家庭も無いからだ。



 だから、子どもというのは下町でやることもなく転がっているか、下働きの下働きに働かされているイメージしかない。

 しかし、この子達は違う。

 女の子は勿論、少年達も姿勢はしゃんと伸び、言葉遣いも、礼儀もしっかりしている。

 目には知性が感じられて、数字の読み書きもできるようだ。

 さらには、はっきりと自分の意見を述べられる自信。

 俺が今まで知っていた子どもとは明らかにちがっていた。


(こんな、子どもがいたのか…)


 他の子ども達。いや、下級の大人と比べても輝いて見える。

 まるで、少女の髪紐の宝石のように。



 採寸が始まったのを確かめて、俺は部屋を出た。

 やりたいことを思い出したのだ。






「よう、ザック」


 数日後、ガルフが俺の店にやってきた。

 それを俺が知ったのは、外出から戻ってすぐの事だ。


「ちょっと呼び出された帰りでな」

 待ち構えていたらしい奴は、俺を見ている。

 面白がるような目で。 

 まるでお見通しだという目で。


「なんだ? 注文の品はまだだ。出来上がったら連絡するから急ぎの用事でなければ…」

「随分、不機嫌だな。何か嫌な事でもあったのか?」


 腕組みをしてにやりと面白がる様に笑う。

 そういうところが嫌らしい。

 そういうところが500年前から嫌いだったのだ。

 全てお見通しという顔で、こちらを見下げるその態度が。


「知っているか?

 先日街でゴロツキ集団が捕えられて、警備兵に突き出された。

 そいつらは、不相応にも下町じゃなく表通りを歩いていた子ども達に因縁をかけてきたんだ。

 お前の店に行った帰り道、リードがいるのにな」

「そうか。王都も随分と治安が悪くなったものだ」


 我ながら棒読みだとは解っているが、そう返答するしかない。


「まったくだ。こっちは大人一人に子ども四人、相手は十人近い男で肝を冷やしたとリードは言っていた。

 まあ、お前には言ってなかったが、実は子どもの一人は魔術師でな、残り二人も戦士の訓練を受けていたんだ。

 だから、少し苦労はしたものの10人全員を伸して、警備兵につき出せた」


 …知っているとも。

 その場を見ていた。


 少女を裏路地に一人が引きずり込み、人質にして他の子ども達を制圧する予定だったのに、まさかその子ども達に瞬く間に制圧されるなどと、誰が思うだろう。

 自分で見ても驚いた。

 何もない手の中に杖を出して、瞬時に風呪文を放つ銀の髪の少年も、驚くような動きでゴロツキ達を無力化した黒髪の少年も。

 伏兵を見抜いて仲間に告げた金髪の少年も。

 彼らの勝利を確信しているかのように、拘束されても、身動きもせず、叫びもあげずに立っていた少女も驚くべき胆力だった。


「ザック。…しらばっくれていたが知っていただろう? 今の事件を、奴らの事を」


 一歩、ガルフは俺との間を詰める。


「ああ、通りがかったからな」


 俺は顔を背けた。

 そうだ。俺はたまたま通りがかっただけだ。

 あいつらと俺は無関係。そう自分に言い聞かせる。


「そうらしいな。子ども達が言っていた。お前が駈けつけてくれたと。

 まあ、その時には奴らは全員、伸されていたわけだが」


 視線は逸らさない。

 証拠はない筈なのだ。何も。


「今日、出かけたのは報告を聞きに行ったからだ。

 警備兵に突き出されたゴロツキ共は、雇われて子ども達を襲ったと自供した。

 誰かは知らないが、子ども達を適当に追い詰め、痛めつけて、誰かが助けに来たら逃げ出せと、命令されていたそうだ。

 …お前の得意手口だよな。

 自らの手で追い詰めておきながら、それを助けることで相手に恩を着せるのは。

 今回の目的は、子ども達か? 子ども達に恩を売り、手に入れようとしたのか?」


 俺を野太い声で睨む奴の瞳には明らかな怒りと蔑みが宿っているのが解る。


「身に覚えはないな…」


 俺は白を切りとおす。

 ここで言質を取られるわけにはいかない。


「………そうか、なら、まあいい。

 俺の勘違いだったのかもしれん」


 スッと奴は身を下げた。

 別に俺の無実を信じた訳ではないことは解っている。

 というか逆だ。奴は俺がやったと確信したからこそ引いたのだ。



 その証拠に、奴は全力で俺を睨んでいる。

 アデラの時でさえ見られなかった、奴の本気の…殺意さえ籠った眼差しで。


「一つ、言っておく。

 あの子達は、大事な預かり物だ。手を出したら只じゃおかない。

 全力で潰す。

 それに、あの子達はアデラのように甘くはない。

 下手に手を出したら噛みつかれることを覚悟しておくことだ」


 俺の返事を待たず奴は店を出た。

 奴が部屋を、店を出た事を確かめて、俺は息を吐き出す。


 完全な敗北だ。

 あの子達とガルフを甘く見て、珠玉の宝石に目がくらんで、手を出してはいけないところに手を出した愚かさを俺は自覚する。



 そう、あの子達は宝石だ。

 子どもという、泥にまみれた石しか無いと思っていた中に輝く虹色の宝石。

 彼らが外に出れば、きっと世界中が彼らに魅了されるだろう。



 いつか聞いた奴の言葉が脳裏をよぎる。


『俺達が世界を変えるのを黙って見ていろ』

 と。


『俺達』というのは、もしかしたらあの子達をさすのかもしれない。

 隠し子ではないだろう。

 預かり物、と言った。

 おそらくもっと上の何か。

 奴のスポンサーとか、そういう所から預かった子なのかもしれない。


 本当に欲しかった。

 あの娘の髪や、飾り。

 戦士の少年、魔術師の少年。金髪の少年の観察眼も、手に入れて生かせばきっと巨万の富を築けただろう。



 俺はそう思いながらも、大きな商売のチャンスを。

 世界が変わる様を見る最前列を、自らの手で手放してしまったことも感じていた。




 子ども達への衣装の納品後、ガルフから我が商会への発注がなされることは、二度となかったから。     

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