閑話 新しい風

 私はヴィクス。

 皇王国 アルケディウスの第三皇子 ライオット様に仕える副官だ。


「ライオット皇子、こちらの書類の確認をお願いします」

「今、処理している案件が終わったら見る。

 そこに置いておけ」

「配置計画の方は持っていっていいでしょうか?」

「そちらは何点か修正してある、小隊長を集めて点呼確認、しっかりと情報共有を忘れるな」

「了解しました」


 山為す書類、溜まった案件。

 それを大聖都から戻られたライオット皇子は精力的に処理しておられる。

 内政関連の確認、承認、決裁、治安維持関連の報告、提案など二か月分の仕事。

 なかなか片付きはしない。


 不老不死の世界。

 何も変わらない世界であろうとも人が生きている限り、モノは壊れるし、人は諍うし、トラブルも起きるもの。

 誰も死なないから、傷つかないからと放置しておけば待つのは荒廃した世界。

 死という救いの無い永劫の地獄だ。


 それを阻止したいとライオット様は皇族の中で、ただ一人と言って良い程に誠実に対処しておられる。

 皇王陛下は名君で在らせられるが、最終決定が主なお仕事。

 素案を作り、下準備をし、決定されたことを実行に移すのはライオット皇子だから。


 本来であるのなら、それをするべきは第一皇子ケントニス様、第二皇子トレランツ様なのだが、お二人が公務に携わることはほぼない。

 日々を宴や、詩作、芸術、快楽に興じておられる。


 まあ、お二人の気持ちは解らなくもないが。

 全ての人間が不老不死を持つ世界。

 王権を与えられた王が永遠に、王。

 例え継承権一位であろうと、王がある限りは王になることはできないのだから。



「ん? これは?」


 ふと、皇子が一枚の書類に目が留められた。

 隣国、アーヴェントルクからの親書だ。

「もう、そんな時期か」


 皇子が大きくため息をついておられる。

 そういえば、皇子たちがもう一つだけ、積極的にやりたがることがあった。

 数少ない退屈しのぎだと、いつも喜んでおられるが騎士団や兵士は嫌がるあれ、だ。


「これを兄上に。…ああ、一の兄上の方にだ。

 あと、兄上からの要請があったら、連絡を。

 気は進まないが、派遣部隊を編成しなければならない。

 まったく、何も生み出さない。ただ、消費するだけの遊びの戦に兵を出したくはないのだが」

 

 この世界では、定期的に隣国との戦が行われる。

 時間と日時を指定し戦う陣取りゲームのようなもの。

 領地を一定数ずつ出し合い、兵士と土地を奪い合う。

 買った方がその土地を得る。得た兵士も自国のものになる。

 負けたら戦場分の土地と、奪われた兵が失われる。

 

 お遊びのように見え、実際そういう側面も大きいが、戦争が行われる事で、衣料、武器その他の消費が動くので、税収を得るために経済を動かすにはどうしても必要な事でもある。


 この戦には皇子の参加は禁止されている。

 皇子が参加されると、皇王国の勝利が続きすぎると隣国からクレームが来たからだ。

 本当の遊び。人を使ったゲームを皇子はとても嫌っておられる。

 当然の話だ。だが…。



「皇子、何か良い事がお有りでしたか?」


 私は、ふとそんな言葉を口にしていた。

 私の言葉が意外だったのか、皇子が私の方をまじまじと見つめている。


「そう、思うか?」

「はい」


 明確な根拠があるわけではない。

 ただ… 


「大聖都から戻られてから随分と雰囲気が変わられたように思います。

 どこか…重い荷物を降ろされたような印象を受けるのは、気のせいでしょうか?」

 何の根拠もない、それはただの印象だった。


「いや」


 だが、書類を捌く手を止め、皇子は顔を上げると笑みを見せられた。

 それは、まるでよくぞ、見破った、と言いたげな、楽しそうな笑みで。


「気のせいではない。

 流石、ヴィクス。幼なじみだけある。俺の変化に良く気付くのだな」


 薄く目を閉じ皇子は呟いた。

「やっと、見つけたのだ。500年来待ち続けていたものを…な」


 本当に穏やかで優しい声。

 私はあることに気付き、ハッとした。


「では、本当に大聖都に現れた少年、というのは勇者アルフィリーガの転生、だったのですか?」

「さてな…」


 含む様に笑った声は否定に聞こえる。

 皇子が500年待ち続けていたものというのは、勇者アルフィリーガの転生以外には思い浮かばないのだが。


「風が吹くぞ。ヴィクス」


 首を傾げた私に眼を開いた皇子は腕を組み、そうおっしゃった。

 窓の外に視線を送られているが、皇子のいう「風」が、その言葉通りのものではないことくらいは、私にも解る。


「500年、滞り澱んだこの世界の滓を払う風が、これから王都に、そして世界に吹く」

 

 外を鋭い、獅子のような双眸で眇める皇子は、ここにはない、何を見ておられるのか?

 子どもの頃から側に仕える私でも、解らない事だ。


「暇つぶしの戦も、もしかしたら今年限りにできるかもしれん。

 新しい消費、新しい産業、新しい需要が生まれれば、国も活性化する。

 少なくとも、永遠に続く今日と同じ明日ではない、新しい何かが見られるだろう。

 それを、俺はあいつらに期待している…」


「あいつら…とは?」

「いずれ、解る。その日を楽しみにしているがいい」


 私の質問に、皇子は答えては下さらなかった。

 ただ、楽し気にお笑いになるだけで。



「さて、仕事を片付けたら、食事に行きたいのだがいいか?」

「また、ガルフの店、ですか? 仕事が片付いてからでしたら、問題ございませんがそもそも、食事など…」

「ヴィクス。お前、まだあの店に行ったことが無かったのか?

 よし、今度、連れて行ってやる。…世界が変わるぞ」

「いえ、私は…。ところで、皇子。

 こちらの書類の『少年兵雇用訓練計画』 というのは何ですか?」

「ああ、それは…」



 今まで、頑なな程に気に入りの店に、我々を連れて行ったことのなかった皇子の変わりように驚いたが、やはり少しの興味が湧いた私は、その日、いつもよりもやや真剣に仕事に取り組んだ。

 いつも真剣でないとは騎士の名誉にかけて言わないが。


 そして後日、連れていって頂いたかの店に私は、皇子のおっしゃった通り、新しい風、を感じたのだ。

 

 店が、そして店で働く子ども達が。

 王都を、アルケディウスを、世界を大きく変える『最初の風』であることを、この時、私はまだ知るよしもない。

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