魔王からのプレゼンテーション

 準備は着々と進んでいる。

 何の準備かと問われれば、それは勿論、私達が外で動く準備。


 先に壊した古い転移門に代わり、新しく魔王城の島と王都を繋ぐ転移門は既に完成している。

 古い転移門はある程度の人間を一度に移動できるだけのポテンシャルを持っていたが、今回の転移門はごく小規模なもの。

 一度に移動できるのは四人まで。

 そして、精霊の力を込めないと動かない鍵付きだ。


 私、リオン、フェイ。そしてカレドナイトで鍵を開ける事ができるアルは自由に使用できる。

 他の人間は私達の誰かと一緒でないと使えない。


「まさか、こんなところに設置するとは…」


 ガルフがどこか呆れたように言っていたけれど、私としては考えたつもりなのだ。



 転移門の設置場所はガルフの自宅の書庫にある。

 ガルフに魔王城に持ってくるつもりで集めて貰っていた本に、魔王城から持ってきた本を少し足して、書庫の体裁を整えた。

 加えて、料理レシピを書いた木の板や、素材の収穫関係のデータ。

 などを置く棚も置いて、誰でも入れるようになっている。

 転移門はその部屋の床に設置して、じゅうたんを敷いてあるので普通に書庫で本を読む分には解らないし起動しない。

 部屋の中央に立って魔方陣に魔力を通して初めて門として起動するのだ。


「従業員も自由に入れる場所に設置するのは危険では?」

「鍵もかかっているし、大丈夫。

 それに識字率があんまり高くないから、自分から本を読みに来る人ってまずいないでしょ?」

 

 ガルフの家に、私達は従業員として住みこませてもらうことになっている。

 既にリードさん、というガルフの片腕が住んでいて、料理人や掃除婦なども通っているという。


 私はガルフの雇い主の娘。

 フェイは私の家のお抱え魔術師。

 リオンとアルは私の護衛、とリードさんには紹介して貰った。


 ただ、表向き、一般職員にはガルフが拾ってきた、身寄りのない子ども。

 家が無いし、従業員寮に住まわせるにはまだ小さいので、ガルフが自分の家で教育がてら家の仕事をさせている。

 という設定だ。 

 実際、リードさんに色々教えてもらう予定だし、掃除や料理もするから問題は無い。





 私達の正体、魔王城の住人ということをリードさんは知らない。

 王都で知っているのはガルフと


「何をするつもりなんだ?

 力を貸してやるから、最初にちゃんと説明しろ」


 そういって自ら共犯者をかって出てくれた王都の第三皇子 ライオットだけだ。




「筋肉バカに見えるが、こう見えて頭はいいんだ。

 自分から巻き込まれてくれるというのなら、遠慮する必要はない。せいぜいこき使ってやればいい」

「筋肉バカ…まあ、否定はせんがな。とりあえずできることなら手伝ってやるさ。

 俺も正直、神の支配する不老不死の世界は飽き飽きしているからな。この店の料理のように新しい風を吹き込んでくれるなら望むところだ」


 リオンは最初、ライオット皇子を巻き込むことにあんまり乗り気ではなかったようだが、転移門を壊し魔王と戦ったことで、とりあえず危険な立場から脱したことから、もう開き直って巻き込むと決めたようだった。

 どうやら、あの滝裏での戦いで、何か吹っ切れたらしい。

 親友との再会以降、リオンの纏う空気が明るくなったことは喜ばしい。

 うん。



 という訳で、プレゼンテーションを始める。


「では、皇子。

 私達の計画をお話します。まず、大目標が神を倒し、不老不死世界を解除すること。そして、各地で不遇の目にあっている子ども達を救出し、保護を与える事、です」

「まて、その二つが同列なのか?」


 皇子は目を丸くしたけれど、当然の事。

 私は迷わず頷いて見せる。


「はい。私達の中での優先順位は同格。むしろ、子ども達の保護の方が優先です」


 最悪、不老不死世界の解除はゆっくりでもいい。

 苦しんでいる人こそいるけど、いきなり不老不死が無くなったらそれはそれで、大混乱になる。

 考え方や、生活習慣、食生活などを考えて変えてからでないといけない。


 けれど、子ども達の保護はそうはいかない。

 苦しんでいる子ども達の救出は一刻も早く行わないと、命に関わるのだ。


「まずは、王都の路地や養育放棄されている子どもを探して救出します。

 既にガルフが動き出してくれているようです」


 今の時点で、仕事も無く路地で困っていた12歳~15歳の子どもが5人ガルフによって救出され、店で働いている。

 家は従業員用の共同住宅が与えられているので、とりあえず命の危険はない。


「ただ、家の中に囲われて放置されていたりする子は把握できていないところがあるので、調査を続け、見つけ次第買い取るなどして保護する予定です」

「買い取る、保護する、と軽く言うが資金はどうする? 世話は誰がする?」

「資金は、店の収益や魔王城の資産から出します。

 その為の食料品店を開設して貰ったのですから」

「ああ、そう言えば君はマリカ様、の転生、だったな?」

「私にはその記憶は無いので実感はありませんが」

「その割には大した指導者ぶりだ。魔王城に置いてきた子ども達の教育も君が?」

「はい。最初は色々大変で、もう少し環境を整えてくれれば良かったのに、とお恨みもしたんですけれど…」


 くすっと互いに顔を見合わせて笑う。

 いろいろと大変だったけれど、でも命を助けて貰った事には感謝している。

 心から。



「確かに、俺も魔王城の子達は特に命の危険のある子を誘拐まがいで集めたからな。

 少し、強引にやることも必要な時はあるだろう」

「見つけた子どもは小さい場合は、魔王城に連れて行きます。

 向こうの方が安全に育てられる環境と、人材が揃っていますから。

 ある程度…、私達より大きい子はこちらで仕事を与えながら、読み書きや計算を教えていきたいと思っています。

 やり方は解っているので最初は私が教えて、後は子どもとの対応ができる大人を雇って。

 そして当面の目標は、社会において子どもの価値を高める事、です」

「子どもの価値を高める?」

「はい。子どもが捨て置かれるのは、子どもには育てる価値はない、と思われている事が大きな原因だと思います。

 だから、子どもにしっかり教育を与えて社会の一員として認められるようにしたいんです。

 その為には私達が、積極的に前に出ていく事も考えたいと思っています」


 リオンは最高の戦士だし、フェイは現時点で多分トップに近い魔術師だ。

 アルの予知眼は占いのような形でなら無理なく使える筈。

 魔王城の子ども達だって、アレクの歌、シュウの工作技術。アーサーの力、クリスの足。役に立てる能力を持っている。

 魔王城の島で育てば、精霊術士などの術も学びやすくなる。


「一歩間違えれば、子ども達が道具のように扱われてしまう危険もありますが、なるべく子ども達を私達が保護し守ることでリスクを減らせると思うのです。

 まずは子ども達に生きる場所と、役割と知識。

 暖かい食事と寝床を与えるのが今、第一の目的です。

 誰かと生きる喜びと暖かさを伝えたい。

 その過程で、王都に新しい産業「食」を用意する事で、大人にも雇用や収入、そして生きがいを与えられると思うのです」


 子どもと「食」。

 今まで捨てられていたそれらが、収入源となれば国にとっても新しい財源になる。

 悪いことにはならないと思うのだ。


「どうでしょうか? 貴族、皇族の皆さまの視点から考えて考察の余地はおありになりますか?」

「ふむ、十分にあると思うが…。…マリカ様」

「マリカ。とお呼び下さい。私はかつてのエルトゥリア女王とは別物、なので」



 プレゼンを聞き終え、完全に真顔になっているライオット皇子に私は告げた。

 皇子はエルトゥリア女王を知っているからそう言ってくれたのだろうけれど、



「ふむ、そうか…。では、マリカ。

 君は俺の養女になる気はないか?」

「へ? 養女?」

 脈絡なく振って来た提案に私はびっくりした。

 本気で目が丸くなった、と思う。


「ライオ!? いきなり何を言い出す!」

「落ちつけ、アルフィリーガ。俺はそこそこ本気だ」


 驚きを顔に浮かべ、くってかかるリオンに比べ、皇子の顔はいたって真面目だ。



「この計画を聞かせて貰ったが、なかなか良くできていて、実現性も高い。

 特に食生活の新しい産業化と、子どもの価値を高める。ということの可能性は俺自身が体感している。

 十分にこの国、ひいてはこの世界の益になるだろう」

「ありがとうございます」

「ただ、神を倒すこと、世界に食文化を取り戻し、意識を変える事、子どもを保護し守ること。まあ、神を倒すことは口外しない方がいいと思うが。

 どれも、一個人、一商人がやることとしての域を超えているように思う。

 それに、下からの発信では、上…貴族には届きにくい」

「…そうでしょうね。それは理解します」


 木札を見ながらこの国の、皇子として、トップの一人として彼は冷静に判断し、助言してくれていると解るから、私も真剣に聞く。

 フェイやアルも同じ顔で聞いているし、リオンも反論の口を閉じた。


「であるなら、君が貴族の一員となり、上から命じる形で実行した方がスムーズに拡がっていくし、流れ浸透するのではないか、と思うのだが…」

「しかし、だとして、一人の孤児を皇子がいきなり養子にするなんて、できるのか? ライオ」  

「いや、無理だな。

 今、貴族社会に子どもは0だ。養子、養女などというシステムそのものが無くなっているからな。

 俺の隠し子、という設定にしてもいきなり、上に連れて来るのは難しい」



 皇子の隠し子…。

 私は皇子の顔と外見を見比べる。

 うん、無理だね。

 誰も納得しない。



「だから、一年。

 ガルフの店で、手腕を発揮してみるといい。

 既にガルフが素地を作っている。

 食の発信と拡大、それに付随して子どもの地位向上。

 俺は資金援助はしないが、なじみの店ということで、申請や細かい事に関しては融通を利かせてやれる。

 一年間で、貴族も無視できない影響を王都に生み出せたら。

 この国に君や子ども達に価値があると認識させることができたら、父上…皇王も説得できるだろう」

「皇子はよろしいんですか? 私のような者を抱えて?」


 皇子は私が魔王であることを知っている。

 いわばこの国が魔王を抱えるに等しいのだけれど。



「君を抱えれば、一緒に強大な力とアルフィリーガと魔術師と、予知士がついてきて、美味しい料理も収入も手に入る。

 いろいろ恩もあるし、神や、他国や外の貴族にみすみすくれてやる気はないな。

 君が魔王の力を軽々に使うとも思わないが、バレないように監視する意味でも側にいてくれた方がありがたい」


 あ、なるほど。

 そういう考えなら納得。

 私達を神や、上の圧力から守って下さるおつもりなんだ。

 こっちもありがたいかも…。




「みんな、どう思う?」


 私は、リオン、フェイ、アル。そしてガルフを見る。

 良い話、だけれど一人で決めちゃいけないことだ、と思う。




「店の方針についての、判断はマリカ様にお任せ致します。

 元より、マリカ様のご指示で、お力になる為に作ったものですから」

 ガルフは跪き、頭を下げる。



「僕は、十分にありだと思います。

 下から上に水を流すのは難しい、でも上から流せば水は一気に下全体に広がるでしょう」

 フェイの言葉は実に魔術師らしい。

「魔術師は城でも引く手あまただからな。

 実力者は子どもであれ重宝されるだろう」

 とは皇子の談。



「おれは、貴族社会には顔を出したくないから、店の裏方がいい。

 でも、反対はしないぜ。貴族社会にも俺や、ティーナみたいに飼われている連中がいるだろうから、そいつらを救い出す為には貴族社会の中に入ることも必要かな、って思う」

「あ、ちなみに皇子。アルの元主人って皇王国の貴族、なんですか?」

「地方領主の一人、ドルガスタ伯爵だ。

 アルを失ってから、前ほどの力は無くなったが、今もそれなりに有力な貴族の一人。確かにアルは外に顔を出さない方がいいかもしれん」



 それぞれの意見を聞いた上で、私はリオンを見た。

「リオン…」

「俺は、マリカについていく。マリカが上に上がるつもりなら俺も上に行く。

 ライオ。一年あれば城で俺が上に上がることは可能だな?」

「…ああ、騎士団は俺が基本、指揮している。実力主義だからな。

 お前が本気でやるのなら、同年代の皇族の護衛くらいまで上がらせてやれるぞ」



 にやりと、意地の悪い笑みを皇子が浮かべたのが見えた。

 アルフィリーガを手の中に入れられる、というのも目的の一つか。


「なら…こっちからの反対は無いね。

 一年間頑張って、魔王城と王都下町の環境を整える。そして上からこの国全体を変えていければ…三~四年かな?」


 その間に私も、世界の事とか色々勉強しないといけないと思う。

 貴族社会の事とかも…、ん?


「皇子。養子とあっさりおっしゃいましたが、奥様はいらっしゃるんですか?」

「ああ、妻が一人。子どもは………いないがな」

「はあ? ライオ。お前結婚してたのか? それなのにあんなに好き放題やってるのか?」

「あれから、何年経ってると思ってるんだ? 俺だって男だぞ」


 呆れ顔のリオン程じゃないけど、私も驚く。

 妻帯者だったんだ。皇子。

 まあ、皇族が一人身なんて許されないだろうから、当然だろうけど。

 こんな自由奔放な旦那を持って留守を守る奥さんは、さぞ大変だろう。


「ガルフ。ケーキの持ち帰りの手配、今からでもできるかな?

 奥様に手土産でもお渡ししたほうがいいかも」

「解りました」

「いや、変な気を回すな。そんな気にするほどの相手でもな…」

「女性を敵に回さない方がいいですよ。皇子。留守を守って下さっている奥様にたまには労いも必要ですって。

 それにいつかお母様とお呼びするかも知れない相手なら、私も仲良くしたいです」 




 目標ができた。

 一年。

 一年でできる限り、成果を出して魔王城の方も考えて、世界を変える基本を作る。


 その間にいろいろなことを学ばなくては。

 私は何も知らないのだ。

 皇王国のことも、そこに住む人のことも、神の事も何も。



 

「一年間、精一杯頑張ります。

 どうか結果をお楽しみになさってください」


 私はティーナに教わった礼儀作法で跪き礼を皇子に捧げる。

 リオン、フェイ、アルもそれに続いた。

 私達の行動に、少し面白がる様に目を輝かせながら、唇に間違いのない笑みを浮かべながら皇子は鷹揚に腕を組み、頷いて見せた。


「うむ。楽しみにしているぞ」



 こうして、皇子との会見が終わり、ガルフの家の準備も終わり、従業員たちとの顔合わせも済んで、王都の準備は整った。




 後、やるべきことは、唯一つ。


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