逆襲の始まり4 獅子の約束
こんなに、興奮に胸が熱くなるのはどのくらいぶりだろう。
溢れてくる喜びと熱を、そのまま剣に乗せて、振り下ろす。
カチン
と。
あの懐かしい青い短剣で、思いの乗った剣を受け止め、流し。
そして今度は目の前の男は自分と同じように攻撃をぶつけてくる。
逃げる選択肢はない。
腕一本と気合で受け止めた俺の答えは、確かに伝わったようだ。
理由は解らない。
何が起きているのか見当もつかない。
けれど、間違いようもない「あいつ」が目の前にいる。
全く違うのに、同じ瞳が俺を見て、間違いのないあいつの笑みを浮かべた男がそこにいる。
それで、十分だ。
神という存在は、俺から大切なものを全て奪った憎むべき存在でしかないがああ、それでも今、この時だけは感謝しよう。
俺に500年の時を超えさせてくれたことを。
苦しみも、孤独も、全ては、この一瞬の為に。
大聖都で、俺は正直、退屈しきっていた。
予想外の足止め、予想内の『勇者』
日々の鍛錬の他には寝るくらいしかやることのない退屈な日々に、せめてもの慰めが欲しかった。
無理を承知で王都に菓子の注文の手紙を出したのは、そんな理由で、深い事情があった訳でもなかったのだ。
店舗経営に忙しいであろうガルフを配達に指名したのも、少し愚痴を聞いて欲しかったことと、俺の呼び出しなら王都を出やすいだろうという思いから。
だから、正直、驚いた。
「お初にお目にかかります。皇子。
その節は、大変お世話になりました」
ガルフの名代、と名乗ってやってきた少年が、俺の前でそんな矛盾した挨拶をしたことと、その意味に…。
「お前は…まさか?」
柔らかい銀の髪、意志の強さを宿した蒼い瞳。
覚えがある。
この、数百年。
子どもにとっては生きにくい世界において、自分の意志で『誰か』を救おうとする子どもを見たのは後にも先にも彼らが初めてだった。
「商人ガルフの名代。フェイと申します。
この度は所要の為、ガルフが王都を外せず、僕がご注文の品を届けに参りました。
ご確認頂ければ幸いです」
丁寧で、礼節を守った挨拶。
多少荒さは残るが、落ち着いた動き、受け答えはしっかりとした教育を受けたものだと俺に知らせる。
無人の魔王城に、置いてくる事しかできなかった子どもが何故、ここに?
「…解った。手間をかけさせたな」
驚きと気になる思いを顔に隠して、俺は差し出された品物と納品書を受けとった。
品数は注文した物と合っている。
「ん?」
俺は、その時、渡された羊皮紙が2枚重ねになっていることに気付いた。
慎重に上の紙を外し、下に書かれた文字を見た瞬間、俺は息が止まった。
「こ、これは…」
頭は、冷水を浴びせかけられたように冷えているのに、胸は逆に驚くような熱を帯びている。
有りえない。
この言葉を紡げる存在を、俺にかけられる存在を俺は一人しか知らない。
でも…。
そこで、俺は目の前の少年に、顔を向けた。
彼は静かに微笑んでいる。こちらを見つめて。
この仕掛けをしたのはこの少年であることは間違いない。
と、同時にこの手紙を与えた人物がいる筈なのだ。
本当は、直ぐにでも詰め寄って問いかけたかった。
この手紙は、誰が書いたのか? と。
そいつはどこにいるのか? と。
だが、ここは大聖都。
いわば敵地だ。こうしている自分の姿も、どこかできっと誰かに見られている。
年甲斐もなく興奮に戦慄く心臓を、大きな呼吸で沈めると俺は手の中の羊皮紙を握りつぶした。
「解った、と伝えてくれ」
まずは一言、大事なそれだけは伝えなくてはならない。
「受け渡しには、俺自身で赴く。刻限までには必ず向かうので待っていてくれ、ともな」
「承知いたしました。必ず伝えます」
少年は深々と頭を下げ。腰を折る。
頭の良さそうな子だ。これで、最低必要な事は伝わるだろう。
彼の退室を見届け、荷物を持ち、俺は部屋へと戻る。
意図は解らない。
意味は解らない。
でも、あいつがいるのなら。そう望むのなら。
後は、やるべきことをやるだけだ。
「…思い出した、思い出したんだ!!」
「これで、良かったんだな。アルフィリーガ」
バタンと大きな音を立て、勢いよく飛び出していく『勇者』を見送りながら俺はそう呟いた。
手のひらの中に握り込んで。
しわくちゃになった紙にはこう書かれてあった。
『約束の報酬の支払いを。
場所を伝え、彼らと共に始まりの門へ。
その前で、魔王と共に待つ』
俺の記憶を読心の能力で読んだのだろう。
魔王城の入り口を探しに出立した『勇者』達を俺が追って大聖都を出たのは1日遅れてのことだ。
行動を封じる神の呪いは切れていた。
もう場所を聞き出せれば、俺は用無し、ということなのかもしれない。
最高速で奴らを追い抜き、装備を整え、門に辿り着いたのは奴らとほぼ同時だった。
状況を確かめるために、様子を窺う。
その瞬間、息が止まった。
あいつがいた。
一目で、それが解ったのだ。
形は違う。全くと言っていいほどに、記憶の中にある少年。
最後に別れたのはあいつが十六歳に、自分が二十歳になったばかりの春の事だ。
永遠に追いつけないと悔し気なあいつに、諦めろとみんなで笑ったことを覚えている。
500年を経ても消えない、輝かしい思い出だ。
髪の色も、長さも、手足の伸び具合も、顔立ちも全て違う。
同じなのは、色の違う左右の瞳。その片目の碧と、手に携えた青い短剣のみ。
でも、それだけで十分だった。
たった一人で場を蹂躙するあの動きを、太刀筋を、誰が見間違うだろう。
戦場を奔る風。夜空を流れる彗星。
人が決して掴むことのできない駆け抜ける光。
それがあいつ。
『
頬が熱い雫で濡れた。
みっともないと、自分で解っているので手で拭う。
幸い、誰も見てはいない筈だ。
遠い、遠い約束を思い出す。
我ながら子どもっぽいことを言った。
あいつを救い、共に旅してきた報酬など、もう十二分に受け取っていたのに。
それでも甘えた自分に、あいつは誠実に応えてくれた。
大事で、でも守られなかったあの日の約束。
無慈悲な神の手によって、奪われた親友と信じていたもの全て。
一人残されたことを恨み、呪い、それでもみっともなく命にしがみ付いてきた500年が、今、この瞬間に報われた気分だった。
いや、報われるのはこれからだ。
呼吸を整え、大剣を手に取る。
タイミングを見計らう。
あいつが、あの日の約束を憶えていて、支払いを果たすというのなら。
俺はそれを受け取る義務がある。
そして、それを受け取ったのなら、約束を守らなければ。
あの頃のように。
あいつが望む、一番のタイミングを狙い、感じ取り
「エリクス!!」
俺は場に踏み込んで行った。
鋼と刃が白い火花を放つ。
打ち合わされる、一合一合に思いが伝わって来た。
こいつが、500年の間、何を思い生きて来たのかなど解らない。
けれどこうして向かい合うだけで、何も変わってはいないのだと、それだけは『解る』
命の煌めきが消えた、不老不死の世界。
本気で剣を振るうのさえ500年ぶりだ。
しかも相手は、星が生み出した最高の戦士。
一切の手加減など必要ない、唯一人の親友。
いい気分だった。
持てる全てを曝け出すこの時間を、ずっと求めていたのだと理解する。
手加減などしない。必要ない。
命を奪う為ではない。
互いの全てをぶつけ、語り合う時間は正しく500年、自分が渇望し続けたものだった。
いつまでも戦っていたい。
いつまででも戦っていられる。
あいつの顔を見る。
俺以外には見えないであろう笑顔が、あいつも同じ気持ちだと教えてくれた。
今、報われた。
500年の苦悩も、孤独も、全てはただ、この一瞬の為に。
どのくらいの時間が流れたのだろうか。
一瞬のような気もするし、とてつもなく長かったようにも感じる。
「?」
微かに、変わったあいつの纏う空気に、俺は眼を瞬かせた。
その次の瞬間だ。
「戻りなさい! もう十分です!!」
女の声が響く。
と同時、奴は俺が彼女の声に気を取られた刹那。
場から逃れ彼女の側に、退いてしまった。
「おい!」
唐突に終わった至福の時間。
肩透かしを食らった気分は否めなかったが、あいつを庇う様に立ち塞がる女性には覚えがある。
「お久しぶりですね。戦士ライオット。貴方まで私を忘れたとは、言わないでしょう?」
黒髪、紫の瞳。
色こそ記憶と違うが、その美しい姿は遠い昔、憧れたそれと変わりはしない。
マリカ様、と名前を呼ぼうとして気付く。
あいつの俺を見る眼差しと、手紙。
俺の今までの状況と、戻って来たあいつの立ち位置、そして願い、求めるもの。
この場の設定と、配役を考えるなら呼びかけるべき名は…多分、これじゃない。
微笑みながらも微かな緊張を顔に貼りつける女性に、俺は呼びかけた。
「勿論。麗しの魔王陛下。あんたも、お戻りか…」
彼女の顔にパッと輝きが咲いたのが解った。
どうやら正解だったようだ。
「ええ、戻りました。勇者も戻って来たと聞きましたが、期待外れでしたね。
貴方が元気そうで良かったですわ」
「それは光栄。で、今回は何用で?
情報を奪われた俺を殺しに?」
背後で聞き耳を立てる連中に緊張が走ったのが解った。
でも、彼女は首を横に振り、悠然と微笑む。
「いいえ。貴方を、呪いから解放して差し上げようと思いまして」
ドウン!
彼女の背後、転移の門が炎に包まれ燃え上がった。
それを為したであろうローブの術者に気付かず、おれは炎を見つめる。
500年、ありとあらゆる国が求めた、魔王城への入り口。
俺が護り続けて来たものが、炎と共に消えていく。
「私達は、こうして蘇りました。もう古い魔王城は必要ありません。
世界を闇に染める必要もないのです。
新たなる拠点で、私達は神々への逆襲を始めます。今日は、その宣戦布告に参りましたの」
転移門が消えれば、俺が生かされていた理由が消える。
それは、俺の自由と開放を同時に意味している。
微かな焦燥感と共に俺は理解した。
この場、この戦いが用意された意味を。
全ては俺を、救う為に…。
「ライオット。もう口を閉ざさずとも結構。
この先に魔王城は無く、また入り口も閉じましたから。
かの地は、我が民達の墓場。その眠りを妨げる事は許しません」
俺は自由になった。
解放された。
ようやく、自分の思い通りに生きて良くなったのだ。
「かつてのように、私を探して御覧なさい。
見つけ出して、倒して御覧なさい。
国同士で遊んでいる暇もありませんよ。
さもなくば、私達はいつか神を倒し人々から不老不死を奪い取って見せましょう」
世界に聞かせるように朗々と彼女が語った宣戦布告は、日を置かずして神に、世界に伝わっていくだろう。
魔王城の、いや俺達の宣戦布告が。
そして、俺達は再会する。
まったく、俺の目は節穴だったとしか思えない。
あの時、どうして気付けなかったのか。
「私達を助けて下さって、ありがとうございました」
黒髪の少女は真摯に頭を下げ、
「皇子が助けて下さったからこそ、今の僕達があるんです」
銀の髪の少年は、杖を掲げ自信に満ちた眼差しで笑う。
「もう解るだろ? おれじゃなかったんだ。
でも、あんたのおかげで、おれも、兄貴も生き延びられた」
金の髪の少年は輝かしいものを見るように、俺と『兄』を見つめ
「ああ、俺達が今あるのは、お前のおかげだ。ライオ。心から感謝している」
あいつはかつてともあの時とも違う、子どもの身体で、けれども確かに同じ眼差しで俺を見つめていた。
『魔王城は住まう子ども達と共に健在で、新たな主と、守護する戦士、魔術師を戴き、子ども達は皆、元気に、未来を見据えて生きております』
俺が救った希望。
魔王城の子ども達は、かつてガルフが言ったように、未来を見据え、俺と並び立つ程に大きく成長して目の前に立っている。
約束は果たされた。支払いは為された。
十二分に。
なら、俺も約束を果たそう。
こいつらの力になり、未来を守って見せると俺は心に誓ったのだった。
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