魔王城 あの日とこれから

「さて、今日こそは洗いざらい説明して貰おうか」

 

 私が、倒れて二日目の夜、年少組と未満児組を早めに寝かせた私は、絶対逃がさないとリオンとフェイに拉致られて今、ここにいる。

 夕食用のテーブルにいるのは、私、リオン、フェイ、アル。

 エルフィリーネとティーナ。

 アーサー、アレク、エリセ、ミルカにクリス、ヨハン、シュウの年長、年中組、までだ。


 倒れたその日は、勿論の事、次の日まで私は、全身凄い筋肉痛と疲労で起き上がれなかった。

 それでもなんとか起きようとしたら


「無理するな」

「寝てろ。話は後でゆっくり聞く」


 とアルとリオンに怒られてベッドに監視エルフィリーネつきで放り投げられたのだ。


「少しはマシになったんだろ?

 もうちょっと休ませた方がいいかな、っては思うけど正直オレ達も落ちつかないんだ」


 アルが言う。

 凄いな。体調の良、不良まで解るようになってるんだ。


 ここにいるのは全員、あの場で私が倒れた瞬間を見ていた者達。

 心配かけたし、話すことはやぶさかではないのだけれど…。



「ここで? みんなに? 話してもいいの?」


 私はティーナや小さい子の顔を見る。

 全部を話そうとすると、どうしても最低でも私の前世の前世、エルトゥリア女王『精霊の貴人エルトリンデ』の話はしなくてはならなくなる。

 =リオンの正体『精霊のアルフィリーガ』についてもだ。


「構わない。

 ここにいる皆には、昨日、お前がエルトゥリア女王の転生であることと…俺の話はした」

「勇者伝説についても、お話させて頂きました。

 伝説が歪められていることも、皆さん理解しておいでです」

「リオン、ティーナ…」



 少し、驚く。

 私が寝ている間に、リオンもそこまで覚悟を決めていたのか…。

 あと、本当に私が女王の転生だって確信してたのか。

 夢の中で会うまで私は半信半疑だったのに。



「すげえよな。

 魔王城の王子と女王の生まれかわりがおれ達の兄貴と姉貴なんてさ!」


 勇者伝説を知らず、先入観が無いだけに子ども達は抵抗が無いようだ。 

 明るく笑うアーサーに子ども達が頷く。キラキラ輝く目がちょっと重い。


「異世界転生の話はしていませんから、そこは安心して下さい。

 今回の件は多分、関係ないでしょう?」


 隣に座っているフェイの囁きに私は頷く。

 ちなみにリオンは私の、真正面に座って私を睨んでいる。

 これは、簡単なごまかしで許してくれそうにはない。


 私も覚悟を決める。

 話すなら、真実をみんなに全て。

 これから先の事、外の世界に出る事を考えるなら、確かにそれは必要だ。



「解った。それなら話すね…。

 まずは最初に謝る。心配かけてごめんなさい」


 みんなに一生懸命頭を下げた後、伝えた。


「倒れた後、…私は自分の心の中にいたみたい。

 私には、能力が二つあったんだって…」


 あの闇の中、出会ったこと、その全てを…





「…そういう訳で心の中で出会ったマリカ様…『エルトリンデ』の力を借りて、二匹というか二つの力を取り込んだの」

 私の話を


「なるほど…それが、あの時の、ということですか?」

「しかし、あんなに無理をして成長させなくても…。相変わらず無茶苦茶な方だ」

 二人は頷きながら聞いている。

 


「小さな身体のままでは、力を取り込めない、ってことだったみたい。

 本当に取り込んだ時、大人の身体でも、熱くて重くて大変だったから…って」


 ?

 あの時アレって私の心の中だけのことだと思ってたけれど…。


「凄かったよな。あの時!」

「うん、ぶわーって! そしてびゅいーんって!!」


 なんだか子ども達が興奮気味。

 そういえば、フェイもあの時がどうのって…。


「ねえ、ティーナ? …もしかして、私って目が醒めるまで、ただ寝てただけじゃなく?」

「はい。現実世界でも成長されたマリカ様は、美しい姿でお力を顕わされておりました。

 凛と立ち、風と光を纏い…現れた二匹の獣を従え、取り込む姿は、それはもう神々しく…」

「ええっ!!」


 ちょ、ちょっと待って!

 あの時、全員大広間にいたよね?

 それも、私、ほぼほぼ裸で。

 我に返ってから恥ずかしくって、男の子たちに出て貰って必死で着替えたもの。


 皆が見た? 

 私が、大人になった姿を? 

 それだけでなく、なんかやらかした?

 がああっ!!

 はずい! はずかしい!!



「マリカ姉、すごく、キレイだったんだよ。ティーナお姉ちゃんみたいに!」

「本当に、精霊のようにお美しくて…」

「私などとは比べものになりませんわ。エリセ様。ミルカ様?

 黒曜石を糸にしたような艶やかな髪に星が輝く様、紫水晶よりも美しく輝く瞳の持つ力。

 人ならぬ美しさ。

 女神、いえ、精霊とはあのようなものなのだと、私、本当に感動したのですもの」

 


 女の子たちがきゃわきゃわと興奮したように話す横で男の子たちも


「大きくなったマリカ姉、美人だったぜ。ホントに」

「うん、リオン兄が女王様の生まれ変わり、って言ったのああ、そうかーって思ったもん」


 なんだか頷いてるし。



「ほめ過ぎ! 言い過ぎ! 何かの間違い! だって私だよ。そんな綺麗になるはずないもん」

 大きくなった私の顔を、ほぼ見ていない私はぶんぶんと首を振るけれど


「マリカ…」

「なに、リオン?」

 呆れたように肩を竦めてリオンは言う。


「お前、夢の中(?)でマリカ様と会ったんだろ? 顔を見たか?」

「あ、うん。美人だった。スタイルも良くって。

『精霊の貴人エルトリンデ』って納得って」

「それの黒髪、紫目バージョンが大人のお前だ」


 ぐはっ!

 それはプレッシャーが重すぎる。


「マリカが大人になるのが楽しみですね」


 フェイまでニコニコ笑って揶揄う。

 ため息が零れる。

 これは当分ネタにされそうだ。




 私の変身の話題が少し落ち着いたころ


「それで? 取り込んだ二つの力は使えそうなのか?」

 リオンが私を見る。


「あ、うん。それは大丈夫そう。

 まだ起きてからは、いつも通りお料理にしか使っていないけれど、多分両方使えるようになったと思う」

「随分な自信ですね」

 

 あれだけ大事になって失敗しました、じゃ目もあてられないけれど、そこはなんとなく確信が持てるのだ。


「あ、アーサー、ちょっとナイフ貸して?」

「いいけど?」


 アーサーから肌身離さず持ち歩いているらしいナイフをちょっと借りた。

 切れ味のいいナイフでスーッと薄く手の甲を切る。

 赤い線がツーッっと走った。


「うわっ! 何すんだマリカ姉!」

 慌てて私の手からナイフを取り上げるアーサー。

「!」「マリカ!」「マリカ様は、また、そういうことをなさる!」

 みんなも蒼い顔で私を見ているけど、薄皮一枚だからそんなに痛くはない。


「大丈夫大丈夫、見てて…」


 私は私の中の力、黒い狼に頼むイメージで目を閉じた。

 手に力を集中。

 すると傷はあっと言う間に跡形も無く消えた。

「うわあっ」「凄い。治った」

 子ども達は治った怪我に目を輝かせている。

 そう、子ども達は。




「こっちが、私のマリカの本来の力なんだって。

 自分のケガを治したり、身体の強化が短い時間だとできるって聞いた。

 変化の能力と合わせて、皆のケガも治せるようになればいいんだけど、こればっかりは試すわけにはいかないから…、ってリオン?」


 感情を完全に消した顔で、いきなり私の手を掴んで、引き寄せたリオンは何も言わず、テーブルの前に私の身体を押しやる。

 その時、私は年長、年中組以外の皆の蒼白な顔色にやっと気付いた。

 私の動揺など気にも留めず、リオンは


「えっ?」

 目の前のテーブルに自分の左手を置くと、



 ダン!!

「ひっ!」

 

 自分の短剣をその甲に迷いなく突き刺した。

 テーブルが流れた血でクロスを敷いたように真っ赤になる。


「リオン!」「リオン兄!」

 皆の顔がさらに色を失くする。

 全員、蒼白を通り越して真っ白だ。


「リオン、何を!」「アルフィリーガ!」

「来るな!」

 駆け寄ろうとした子ども達、フェイやエルフィリーネをリオンの声が制する。


「フェイも、エルフィリーネも来なくていい…マリカ」

「…リオン」

 唸り声の一つも上げることなくリオンは私の前に手を、ぐっと突き出した。


「試せ。ギフトで俺の傷を治してみろ」

「で、でも…」

「お前と、同じことをしただけだ。さあ、早くやれ」


 相当に痛い筈なのに、リオンはそれをまったく顔に移さない。 

 ただ、私を見る黒い瞳が完全に目が怒りを宿し、据わっているのが解り…。


「あ…」


 バカな私は、その時、エルフィリーネに、リオンに、フェイに言われていたことをやっと思い出した。


『自分を傷つけるな』『もっと大切にしろ』 

 本当に、何度も何度も言われていたのに。



 唇がキュッと小さな音を立てる。リオンの手を取った私は、全身全霊を集中させた。

 骨は傷ついてはいないけれど、神経は多分切れている。

 手は戦士の命だ。一本たりとも繋ぎ間違える訳にはいかない。 

 大きく深呼吸しリオンの手を見つめた。


 固くて、強いけれど、まだ育ちきっていない少年の手。

 それを変化と治癒。二つのギフトで包み込む。

 素直に従ってくれる私の力。時間はそうかからなかった。

 私からリオンへ、流れていく光はリオンの傷口で泡立ち塞いでいく。

 

「すげえ、治った」



 感心する子ども達の声を横に聴きながら、傷口の血をハンカチで拭った私は声をかける。


「リオン。動かしてみて」

「ああ…」


 手をグーパーと動かすリオン。

 痛そうだったり、動きが不自然になることはとりあえずなさそうだ。


「大丈夫?」

「大丈夫だ。…解って、くれたか?」


 私を見ながらため息をつくリオンの眼差しは、でも、まだ怒りに尖っているように見えた。



「うん、…本当にごめんなさい」

「本当に、どうしてマリカはそうなんですか?

 自分が傷ついたら他者がどう思うか、考えられないのですか?」

 

 シュンと下げた首にフェイの容赦ない追い打ちが降る。


 子ども達の前で怒られるのは恥ずかしいけれど、甘んじて受けなくては。

 私はどこかに大事なネジを落として来たのかもしれない。


 でも不思議に、

 死んではいけない。死ぬことはできないと思っていても。

 自分が大切な存在なのだ、とは。何故か…。


 守るべきは子ども達。最優先は子どもの安全と未来。

 身体に染みつく意識もしない自己犠牲を、保育士の職業病とは考えたくはないけれど。



「頼むからもう少し、自分を大事にしてくれ。

 子ども達を、誰かを守る為だとしても自分から、敵や危険の前に身を晒されたら…俺だって助けられない時はあるんだ…」




 遠い何かを見つめて、寂しそうにリオンは目を伏せた。

 ふと、心の中で


『私は、一度間違えた…』『あの子の隣に立つ資格はない』


 哀しい目で笑ったエルトリンデを思いだす…。




「まだまだ、マリカは子どもですね。

 身体と一緒に心を育てなければ『精霊の貴人エルトリンデ』への道は遠いですよ」

「うん。精進します」


 多分、昏くなった空気の流れを変える為、明るく言ってくれたフェイに乗っかって、私も冗談のように明るく振舞った。

 場の空気が、くすくす、という笑顔と共に、光を帯びていく。


「とりあえず、話も解ったし、今日は終わりにしましょう。

 まだマリカも本調子ではないでしょうしね。

 ただ…皆」



 フェイの言葉に、キュッと、音を立てるように場の空気が引き締まった。



「もう一度、これを機に考えたほうがいいでしょう。

 勇者アルフィリーガと精霊の貴人エルトリンデを戴く僕達は、いつまでもこの城と島で、安穏と過ごしていていていいのか。

 何をするべきなのか。何ができるかをよく…」



 私は、手と思いを握る。

 フェイは決して子ども達だけにそれを言った訳ではない。

 私に、リオンに、アルに、ティーナに、そしてきっと自分自身にも。

 本当に、皆に、告げたのだ。



 ここは世界にとっては魔王の城。

 いつまでもほのぼの楽しい生活は続かないのだ。と。




 私も考えよう。

 新しい力、エルトリンデが託してくれた命と時間を無駄にはできない。

 何がしたいのか。何をするべきなのか…を。

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