魔王のギフト …マリカのギフト…
気が付けば、そこは闇の中だった。
私は意識を取り戻し、周りを見た。
いや、正確に言うなら、意識をまだ取り戻してはいないのだろう。
ここは、どこからどう見ても現実じゃないから。
ファンタジー小説でいうなら、異世界の入り口か、インナースペース。
そんな感じだ。
思い返す。
ミルカに触れた時、何かが私の中で動いた。
あの感覚は覚えがある。最初にミルカのギフトに『触れた』時。
身体が感じた違和感だ。
あの時も自分の中で、何かが変わった気がした。
思い返せば自分のギフトが急に成長し出したのもあの時からだ。
今までできなかったことが出来るようになって、どんどん欲も出て来た。
それを間違っているとも思わないし、悔やんでもいないけれど。
「その結果がこれかな…」
目の前に蠢くものに顔が引きつるのを止められない。
熱く、強い『何か』がいる。
純粋な、力の塊。
金と黒に輝く獣が二匹。
絡みあって、多分戦っている。
喉が笛のような音を立てた。
解る。あれは私の「
どちらかが、…多分、金の光の方が…私が今まで使っていた『物の形を変える力』
では、もう一つの黒い方は一体?
『あれが、貴方が本来持つはずだった力ですよ。マリカ』
「誰?」
この不可思議空間で、私に声をかけられる者がいる筈はない。
いるとしたら、転生テンプレートの確認女神様。
もしくは…
『やっと、出会う事ができましたね。私』
私自身だけ、なのか。
目の前に立っているのはとても、美しい人だった。
身長こそ小柄だけど、それでも150以上はあるちゃんとした大人の女性だ。
流れるさらさらストレートの金髪。鮮やかに澄んだ緑の瞳は、春の大地を彩る新緑と同じ色。
ほっそりとした顎、桜色の唇、真っ直ぐでしなやかな鼻梁。
華奢だけど出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるスタイル。
着ているドレスにも見覚えがある。
こんな美人に『私』と呼びかけられても実感は湧かないけれど。でも見た瞬間、理解はできた。
彼女が、かつての魔王城。
ううん、精霊国エルトゥリアの女王にして、リオンの…大切な人。
「マリカ様?」
『貴方の名前も、マリカでしょう? なんだか紛らわしいのでエルトリンデとでも呼んで下さいな。
それも、今は貴方の名前ですけれど』
精霊の
リオンが精霊の
コロコロと、鈴が鳴るように彼女は明るく笑う。
見かけによらず、豪快な女性だとリオンは言っていたっけ。
『本来なら、私は役目を貴女に譲って溶けていた筈なのです。
ごめんなさいね。でしゃばってしまって…』
「エルトリンデ…」
私は呑みこんだ。
何を、と言われるとうまく言えないのだけれど、たくさんの聞きたいこと。
神々との戦いの真実、エルトゥリアのこと。エルフィリーネのこと、そして…リオンのこと。
全てを知っているであろう過去の自分を問い詰めたくて仕方なかったけれど、私はそれを全て呑みこんでたった一つの事だけ口にする。
「どうしたら、みんなの所に帰れるの?」
『あの子達を、貴女の中にちゃんと取り込んであげて下さい』
「あの子達?」
絡みあい争う二匹の獣。彼らは私の
一つは物の形を変える能力、そしてもう一つは…
『あの子は貴女、マリカが本来、持って生まれた力。自分の傷を癒し、高め、守る力です』
エルトリンデは柔らかくそう告げた。
『物の形を変える、他者を作り変える能力はマリカの力ではなく『精霊の
人と精霊の狭間の者の能力で、本来なら唯人には扱いきれない力なのです。
でも、貴女が選んだ道には、そちらが必要だった。
だから、本来のギフトは…封じられ眠っていたのです。
いずれ、成長し、二つの力を扱い、支え切れる身体になるまで…』
「その封印を、私が壊しちゃったんだ…」
『ええ、貴女が早く、強くなりたい、皆を助ける力が欲しいと望んだから…』
心当たりはありまくり。
ミルカのギフトに触れた時、私は考えた。
感じた細胞の動き、筋肉の変化。
私のギフトを使えば、自分も大人になれるんじゃないかって。
エルフィリーネの魔法を見た時にも思った。
この力を物の形を変える力で真似れば、傷を癒せるんじゃないか、と。
最後のきっかけは、あの時、ナイフで腕を切った時。
私の中で封じられていた力が、本来の自分を癒す力が私を助けてくれた。
変化の力が働いたのだと思ったけれど、そうでは無かったのだ。
そして自分を傷つけても、無理をしてでも目的を叶えようとする私には、自分こそが必要なのだと暴れはじめたのだろう。
「迷惑な話だけど…一番悪いのは私だね。
我慢できなかった。一刻も早く、皆を助ける力が欲しくて焦ってた」
『正しい分析ができていますね。流石、私』
「茶化さないで。それじゃあ、あの子達を両方、ちゃんと取り込んであげれば、私は私としてみんなの所に戻れる?」
『ええ、貴女がそう望むなら。でも制御できないと、力に押しつぶされてしまいますよ』
「解った。やる」
私は争う獣たちの前に進み出た。
このまま、いつまでもここでおしゃべりしている暇はない。
私は、皆の所に帰るのだ。
「止めなさい!」
ふざけて、ケンカを始めた子どもを止める時のように、私はお腹から渾身の思いを込めて言葉をかけた。
ピタリと二匹は動きを止める。
金の獣はライオンに、黒い獣は狼にどこか似ていた。
自分の遙か数倍の大きさの獣に睨まれて、口の中が緊張に乾くけれど、引くわけにはいかない。
絶対に。
この小さな身体ではやっぱり支えきれないかもしれないけれど、そこは精神力で…って、あれ?
今更ながらに気付いた。
視点が高い、身体がマリカより大きい。指が伸びてる、足も長くなってる。
向こうで保育士やっていた時の視点と同じだから気付かなかった。
私、大きくなってる?
っていうか、裸!
ふ、服!!
慌てた私にいつものエプロンとワンピが現れた。
誰が見ているわけでもないのにホッとする。
『力を取り込むために、一時的に貴女の身体を大きくしました。
あの少女のギフトを真似て変化の能力で。
本来の使い方ではないので、苦しめてしまったとは思いますが、そうしなければ貴女の心はここに辿り着く前に力に押しつぶされてしまいましたから…許して下さいね』
「それは、いいんだけれど…」
確かに死んだほうがマシな苦痛だったけれど、予防注射のようなものだと思えば納得できる。
「うん、後でいい」
顔を上げる。今は、とにかくこっちが優先だ。
『頑張って下さいな、私』
他人事のような私の激励を背に私は獣達の方に向かい合う。
「来て! 私の大事な力達」
瞬間、私は飛びかかって来た、大きな獣達に、力に熱に、頭から喰われるように呑みこまれてしまった。
熱い、熱い。
燃え上がるように、火柱が立つ様に熱い空気が私を包んでいる。
でも、獣達は私を食べたのではない。
むしろ守ってくれているのだと、いたのだと、解る。
幻が見えた。
台所で、美味しいハンバーグが作りたいと悪戦苦闘する私。
みんなの為に、この非力な身体を補う力が欲しいという思いに応えてくれた、優しい力。
貴方がいなかったら、私はこの異世界で、子ども達を今まで、守り育てることはできなかったろう。
手首が熱い。
皆が心配で、何度怒られても注意されても猪突猛進が直らない私の為に、封印を砕いて出てきてくれた暖かい力。
多分、私の性格はこれからも治らないから、貴方は確かに私に必要だ。
受け止める、抱きしめる。
私の力を。
星が預けてくれた、未来を掴むための力を。
「お願い。一緒に来て。私の力。
そして、私を、リオンを、子ども達を助けて…」
ぐるぐると、二つの力が渦を巻き、一つになって私の中に入って来る。
重いけれど、苦しいけれど、両方とも私のもの。
強欲だと言われようと、手放すつもりなんかない。
強く抱きしめて言い聞かせる。
「少しだけ、窮屈かもしれないけれど、我慢して…。
私、ゆっくりだけと、ちゃんと学んで、大きくなるから…。
心も、身体も…貴方達を使いこなせるように育てていくから」
スーッと。
まるで乾いた土に水が染み込む様に、彼らは私の中に溶けていった。
「ありがとう。これからも、よろしくね」
胸の中に、ほうっ、っと応える様に暖かい明かりが灯る。
きっと、彼らの返事だろう。
『お疲れさまです。私。
これで、貴女は貴女の望む道を進むことができるでしょう。
身体は、戻してよろしいですね。一度ちゃんと認めて取り込んだのですから、もう子どもの身体でも暴走はしないと思いますから』
「うん、お願い」
全てを終えて戻って来た私に、エルトリンデは微笑む。
その笑顔に、私はチクリと心が痛んだ。
「貴女は一緒に行かなくていいの? …エルトリンデ」
『あら? 一緒に行ってもいいんですの?
私に城や、エルフィリーネや、あの子を返して下さると?』
「いや、それはダメ」
思った以上にはっきりときっぱりと、答えが出た。
目の前の私が例え、全ての秘密を知るどんなに優れた私であろうと、リオンの隣は、魔王城は、子ども達は譲れない。
寂しげに、でも満足そうにエルトリンデは頷く。
『それで良いのです。私。
…私は一度、間違えた。その果てにあの子を永劫の地獄に閉じ込めてしまった。
あの子の隣に立つ資格はありません』
「リオンは…貴女の方を求めているかもしれないけど…。だから、中で寝てるくらいなら…」
『やれやれ、あの子も報われませんわね。ご心配なく。消える訳ではなく貴女の中にまた溶けるだけですし。
何よりも…ほら…』
俯く私の顔をくいっと持ち上げて、エルトリンデは私と視線を合わせる。
その瞳の奥に見えた。
現実世界。
私を心配そうに見つめる皆の顔。
「マリカ姉、早く帰って来て」「ねえね。はやくおっきして」
心配してくれる声が聞こえる。
そして、何より
横たわる私の側で、拳を握りしめるリオンの姿が…。
必死の思いが、祈りが伝わってきた。
「頼む。マリカ様。どうか…俺達にマリカを返してくれ…」
「リオン…」
『今のアルフィリーガの『マリカ』は貴女でしょう?
どうか、あの子の隣に立ち、あの子を支え、あの子を救ってやって下さいませ』
「うん、約束する。私、頑張るから」
『ありがとうございます。
あ、でも命や身体を粗末にしてはいけませんよ。
いらないと無理をするのなら、私、遠慮なく頂きますので』
「粗末になんかしない、もうしないから…!!」
私は自分の身体を、ギュウっと抱きしめた。
そんな私を見て、エルトリンデはクスと笑い深々とお辞儀をする。
『アルフィリーガを、世界をお願いします。マリカ。
保育士兼魔王、頑張って下さいね』
「エルトリンデ!」
遠ざかる、
真っ暗な空間に光が爆ぜる。
溢れるような光の奔流に、私は呑みこまれながらも最後に見た。
『マリカ様! 俺は、必ず、人も精霊も皆を守って幸せにする戦士になりますから!』
何よりも美しく輝く、エルトリンデの光を…。
そうして私は帰る。
「マリカ!」「マリカ姉!」
みんなの声を道標にして………。
瞼が、重い。
そんなことを考えながら目を開いた。
あ、見慣れた大広間の天井、いつものベッドじゃない。
ゆっくりと軋む身体を動かしていく。
まずは目、それから頭と手。
あ、大人じゃない。いつもの私だ。
「あ…、うん……、わっっ!!!」
気が付けば、そこには魔王城の住人、全員の顔。
ジャックや、リュウ、リグを抱いたティーナまでいる。
「マリカ姉!!」「姉様!?」
「エ、エリセ。ミルカ? みんなも?」
「マリカ、ですね? 聞きたいことはたくさんありますが、説明は後で良いです。とにかく、君が帰って来てくれて、良かった…」
縋りつき、泣き出す二人を宥めながら身体を起こす。
深く、深く息を吐き出し安堵の笑みを浮かべるフェイの横に、本当に、泣き出しそうな顔の二人がいた。
「リオン…、エルフィリーネ…」
「マリカ様、でいらっしゃいますか?」
「うん…私。帰って来たの、帰って来れた…。リオンの『マリカ様』のおかげだけど…。
ごめんね。マリカ様は連れてこれな…」
ぎゅう、と
無言で抱きしめられた。
「リオン」
「お前が…マリカが、戻ってきてくれて…本当に良かった」
「うん。私も戻って来れて、良かった…。
みんなの所に。帰って来れて良かった」
リオンの腕の中にすっぽりと納まる小さな体に、私は、マリカであることを実感する。
ああ、本当に帰って来れて良かった。
胸の奥がトクンと音をたてる。
「ただいま。みんな」
「おかえりなさい。マリカ様」
私は、ここで、生きていくのだ。
みんなと一緒に、力と一緒に、保育士兼魔王として。
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