魔王のギフト…再会

 冬の午後。小さい子達の昼寝中、勉強の時間


「今日は、少し僕に時間を貰えますか」


 そう声をかけてきたのはフェイだった。

 ギフトの検証研究をしたいのだという、

 ここにいるのは年長、年中組と私達。

 全員ギフトに目覚めているメンバーだ。



「今迄、ギフトというのは殆ど研究されていないし、知られていないのです。

 どういうものかも、どういう仕組みで働くものかも解りません。

 本人の生まれ持つ才能、能力を精霊が後押ししていると言われていますが。

 これだけ多くのギフトを持つ人間が、一か所にそれもギフトが目覚めた健全な状態でいることは他に例を見ない位珍しい事でしょう。

 今後の為にも、研究したいと思うのです」


 そもそも、自分のギフトについても解っていないことが多い。

 冷静な第三者を踏まえて検証できる機会は重要だ。

 全員が否も無く了承する。  


「勉強、お休み? やった!」


 素直すぎる思いを、本当に素直に表したアーサーは


「そんな筈はないでしょう? 聞き取りと確認が終わったら勉強、当然です」

「うへぇ」


 厳しすぎるフェイの言葉に首を竦めているけれど。



 ギフト、と言われて心臓がトクンと大きな音を立てたのが聞こえた。

 昨日、エルフィリーネを泣かせたあの検証実験は、正直、自分でもけっこう無茶だったとは思っているのだ。

 とっさに手首を見る。

 大丈夫、傷は無い、消えている。完全に治ってる。

 気付かれていない筈。気付かれていないよね?

 

「マリカ様? どうなさったのですか?」


 ティーナが心配そうに私の顔を覗き込む。


「どう、って? 別に何でもないよ」

「いえ、なんだか随分と動揺なさっておいでのようなので…」

「大丈夫、大丈夫。別に動揺なんてしてないし…」


 私の不安と隠し事を見透かされたようで、私は慌てて手を振る。

 と、その過程で気付いた。


「ティーナ。もしかしてギフト戻った?」


 以前、彼女は人の感情の動きが解ると言っていた。

 怒っている、困っている。

 そういう人の感情の動きが解った、と。


「ええ。

 これが皆さまの言うギフト、というものなのかは解りませんが。

 リグの授乳タイミングや、眠い、疲れた…がなんとなく解るな、と思ったのが始まりで、今は皆様の喜怒哀楽くらいなら感じ取れる様になりました。

 …何を考えておられるか、までは解りませんが」


 ニッコリと、私を見るティーナから私は目を逸らす。


「リオン様はマリカ様の事をとても心配なさっておいでですよ」

「それは、今? それともあの時?」

「あの時も、それから今も、でございます」


 実に楽しそうな笑顔。

 あー、つまりティーナには私のあの時のドキドキ、バレバレだったってことですね。



 そんな話をしているうちに、フェイの面談は始まったようだ。

 最初は年中組


 シュウは機械構造の理解と再現。

 同系統の能力ということで、フェイが指導というかコツのようなものを教えている。

 炎の精霊を呼び出す呪文を教えて貰い、バーナー代わり使って金属加工もどきも始めた。

 フェイが一番良く理解している相手なので、面談もあっさりだ。


「今度はこれを作ってみませんか?」

「やってみる!」


 嬉しそうに何やら設計図を貰って抱えて終った。


「なにこれ?」


 ちょっと見せて貰ったけれど私の知る「設計図」とは違うルールで描かれた羊皮紙は、何が何だかさっぱりわけわかめ。

 タイヤとかがあるので、車系かな? と思うのだけれど。


「それは完成してのお楽しみという事で、次はヨハン」

「あれ? 俺は?」

「クリスの走力は、室内では検証し辛いので春になってからですね。どのくらい早く走れるか。

 どのくらいの距離を走れるか。外に出られるようになったら確認してみましょう」

「なーんだ」

「次、ぼくだって。おいでカイト」

 気が抜けた様に勉強に戻ったクリスと引き換えにヨハンがフェイの前に行く。

 地下に住み着いているクロトリと一緒だ。


 城に巣をかけていたクロトリたちの多くは冬になって、森に戻ったようだけれどヨハンがカイトと名付けたクロトリは城につがいと一緒に住み着いている。

 地下に移動させたヤギと一緒に、ヨハンが面倒を見ているらしい。


「ヨハンはカイトの言っていることが解りますか?」

「はっきりとはわかんない。でも、外に行きたいとか。ごはん欲しい、とかはわかる、かな?」

「それはクロトリだけでなくヤギとかも?」

「うん!」

「彼らはヨハンのいうことを聞いてくれますか?」

「あつまって、とかならきいてくれるよ。他はやったことないからわかんない」

「…リオン、トランプの板を一枚、持っていてもらえますか?」

「こうか?」

「ヨハン、カイトにあの板を持ってきて、と頼んで貰えますか?」

「わかった。カイト!」

 

 ヨハンがカイトに囁くとカイトは、すーっとヨハンの腕から飛び立ち、リオンが掲げたトランプを取って戻って来た。


「ちゃんと、命令を理解して従うようですね。

 これも春になったら他の動物たちにも通じるか、検証してみましょうか」

「解った。ありがとう。カイト」


「ギフトとは、不思議なものですわね」

「うん、そうだね」


 ヨハンは本当に自分の能力に頓着していない。

 ただ、純粋に動物たちと意志の疎通ができることを喜んでいるだけだ。



 本当に、ギフトとはなんだろう、と時々思う。

 子ども達に厳しい世界で、生きるのを助けてくれる力。

 なりたい自分になる為の力。

 私のギフトも、確かに私のやりたいことを助けてくれている。


 でも、それだけではないようで…。



「次はミルカ。来てもらってもいいですか?

 その次はマリカで…」  

「え? もう? って年長組は?」


「もう終わったぜ。なんだか最近、ぼんやりしてねえか? マリカ姉?」


 慌てる私をアーサーが呆れたように見ている。

「アーサーのギフトは訓練の時、エリセのギフトは術の練習の時、ボクのギフトも春になってから、ってほとんんどとばしだったじゃないか。

 そんなに、長くぼんやりしてないよ。マリカ姉」

「ハハハ、それでもゴメンね。ありがとうアレク」


 慰めてくれたらしい、アレクにお礼を言って、私はミルカを見た。

「あ、いけない」


 ミルカの能力は、成長、変化だから実験するなら着替えて来ないと大惨事になる。


「フェイ、待って。ミルカの能力検証するなら着替えてからでないと」

 私は駆け寄って、能力を発動しようとしたミルカの肩を叩く。




 その瞬間だった。

 パン!

 私の中で何かが弾けた。



「ああ、そうですね。すみません。ミルカ。先に着替えてから…! マリカ!?」

「しっかりして下さい! お姉様!!」

「何があった? どうした? しっかりしろ!!」


「う…ああっ!!」


 わたしは、全身から力が抜けてその場に崩れ落ちた。

 この間のブラックアウトとは違う。

 意識ははっきりとしている。

 でも、正直、意識を失いたかった。

 音を立てていた私の中の熱い何かが、身体の中で殻を割って、暴れだした感覚に意識が朦朧としている。


 身体が熱い。苦しい。

 大きくて、熱を放つそれに、このまま呑みこまれてしまいそうだ。

 そう思った次の瞬間


「ああああっ!!」


 全身を奔りぬけたものに声を上げる。

 それはとてつもない激痛だったから。


「マリカ姉?」「どうしたの? どうしたの?」

「エルフィリーネ!!! 来い!!」

「マリカ様! どうか、お気を確かに!!」


 みんなが心配してくれているのは解るけれど、私には返事をする余裕がない。

 喉から出たのは、悲鳴だけだ。


「う、うあああっ! 痛い、痛い! 痛い!!」

「マリカ!!!」


 痛い、痛い、痛い、痛い!

 身体が痛くてたまらない。

 比喩でなく頭が割れる。

 ミシミシ、と全身が、引き裂かれるような、筋肉が雑巾のように、引き絞られるような…。

 細胞の一個一個が潰されて、また再生されるような、激痛なんて言葉が生易しい痛みが続く。

 と、同時、今度は違う苦痛が、身体を襲い始めた。


「く、くるしい。息…できないよ…」


 私はのたうち回る。

 身体を誰かが支えてくれているのを感じるけれど、誰なのかさえ見えない。

 目の前が、真っ白で、真っ黒で、頭の中に激しい光が点滅する。


 昨日、自分で腕を切った時とは比較にならない程に痛い!

 フッと呼吸が楽になったと、思って気を抜いた瞬間


 私は、それに呑みこまれた。



「あっ、あ、ああああっ!!」


 そして、私は意識を失う。

 失うことが出来た。


 自分の変化に、気づく事も無く。

 





 …誰もが、その様子を言葉なく、見つめている。

 何かが、終わったのだろう。容体は落ち着いた。

 苦し気な呼吸は、穏やかなものに変わっている。


 ほんの一瞬前まで悲鳴を上げ続けていた『少女』の姿は、そこにはない。


「これは…まさか…」

「マリカ…様?」


 白い肌、整った鼻梁、紅色の唇。

 紫水晶の瞳は今は閉じられているが、それ故に完璧な技量の彫刻家が天恵を得て彫り上げた女神のような、完成された美しさを際立たせている。

 腰まで伸びた闇色の髪は、成長した手足の血流と、呼吸を守る為に裂かれた服の代わりに膨らんだ双丘を隠し、微かに揺れていた。


 そう、成長。


「こんな…ことが…」

「マリカ様…」


 少年は吐息を溢し、精霊は跪き祈りを捧げる。

 他の者達は言葉なく、ただ彼女を見つめている。



 苦痛にのたうち回っていた少女は、今、成長した美しい女性の姿でそこに横たわっていた。

  

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