魔王城の料理教室

 王都からガルフが戻ってきて数日。

 私達は忙しい日々を過ごしていた。

 まずは、新しい調理法の伝授からだ。


「パンケーキと、それの派生であるクレープはしっかりと覚えて下さい。

 このバリエーションだけで、一年くらい持たせることはできると思います。

 だから小麦粉の確保と、次年度に向けた生産は最優先で。

 どれだけあっても余りません。絶対に足りなくなります。

 お金を惜しまず、とにかく全力で行って下さい」

「解りました」


 ガルフはもと食料商人だったから、穀物の重要性は十分に理解してくれているのが助かる。


 作り方も簡単だ。

 材料を混ぜて、フライパンや鉄板で焼くだけ。

 所々混ぜ方や入れる順番にコツは有るけれども、完全に食べられない、失敗作は少ないだろう。

 幼稚園や保育園の子どもでもできるのだ。


「砂糖を控えめにして、ハムや目玉焼き、ベーコンを添える。

 ハチミツを入れる。果物を入れる。など色々できます。

 薄くして食べ物を巻くようにすると、屋台販売などもしやすいでしょう」

「なるほど…」

「逆に、砂糖や牛乳、バターやクリームなどを使えば豪華なお菓子にもなります」



 そこまで言って、ふと思い出した。


「ガルフ、外の世界でカエラの木はどのくらいあるか解りますか?」

「カエラの木…ですか?」

 

 解らない、とガルフが首を横に振った。

 無理もないか。

 私だって、町に住んでいた頃、カエデの木がどこにあるかなんて聞かれても困ったろう。


「森などは貴族が所有していますか?」

「王都から近い所などはそういうところもありますが、大体は放置ですかね。

 薪拾いや木材を取るにしても、近い所の方がいいですから…」

「そういうことなら…ガルフ。一年間の課題で構いません。

 王都近郊で、カエラの木がある森を極秘で調べて貰えませんか? 次の冬は無理でも、来年以降確保できればと思うのです」

「何故?」

「この砂糖はカエラの木の樹液から採れるからです」

「!」


 私の告白にガルフは目を丸くする。

 ガルフにならもう、言っても構わない。

 最終的には外で採取できないと困るし。



「王都で貴族と謁見した時も、この砂糖は絶大な威力を発揮しました。今では砂糖は南国のごく一部でしか取れないのだそうです。

 胡椒よりも入手困難だと。

 それがまさか木から採れるとは…」

「簡単に入手できるものでは無いし、入手できる期間も限られています。

 魔王城の森にはカエラの木がかなりあって、纏まった量を入手できましたが、外に出すとなると多分この森だけからでは足りません。

 なんとか外でも確保できるようにしたいのですが」

「解りました。ただ、俺自身が確保に動くと怪しまれて足元を見られる可能性もあります」

「焦る必要はありません。とりあえずは、どの辺の森にカエラの木があるか。その把握に勤めて下さい」


 そう言っているうちにパンケーキが焼けた。

 卵、牛乳、バター、砂糖全部入りのパンケーキが最高なのは勿論だけれども。


 卵なし、牛乳なしでも、お酢を使ったり薄く焼いて具材を入れたりと工夫すればかなり美味しくできる。

 私はクレープタイプに薄く焼いたパンケーキを四つ折りにしてバターを乗せ、砂糖を少しとハチミツをかけた。

 これが一番シンプルで美味しいクレープの食べ方だ。


「牛乳があるなら、クリームやバターを塗って挟む。

 セフィーレやピアンなどを甘く煮たものを挟むのも良いと思います」


 私の話にガルフはなるほど、と頷く。


「こういうものなら、飾り付けを工夫すれば貴族の食卓に出てもおかしくありませんな」

「貴族の食卓にさえ、こんな美味しい菓子が並ぶことなど滅多にありませんわ」

 

 調理の助手をしてくれていたティーナが微笑む。

 もう完全に臨月で、多分いつ生まれてもおかしくないのだが、自分も料理を覚えたいからと助手を買って出てくれている。

 貴族の知識を持つ彼女がそう言ってくれるなら、かなり強気で行けるだろう。



 後は肉料理のバリエーションを。

 燻製技術は極力守りつつ、端切れ肉余り肉なども無駄にしないようにハンバーグを教える。

 ハンバーグも応用が色々効く。

 焼く、煮込む、スープに入れる、パンや焼き物に挟む、などで目先を変える事ができるだろう。

 小さく丸めて肉団子風にしてもいい。

 

「ひき肉を作るのが大変かもしれませんが、内臓や塊肉を切り出した半端肉などを無駄にしないで済むのでやってみて下さい」

「こういうのは若い奴らにやらせるのがいいかもしれませんな」


 私はギフトが使えるから楽にできるけど、実際に作るとなると大変だと思う。

 でもひき肉の用意さえできれば絶対に美味しいから頑張ってほしい。




「そういえば、今回は子どもを連れて来なかったのですね? ガルフ」


 若い奴ら、とガルフが言ったので私は思い出して問う。


「下町で、まだ不老不死を得ていない奴らは何人か見つけて雇っています。

 ただ、殆どが金が無くて儀式を受けられない十代後半の連中で、リオン様や、フェイ様より年上なので連れて来るのは控えました」

「そうですね。そういうことなら正しい判断だと思います」


 この城で色々な意味で先頭に立ってくれている二人を立てて、従えないような大きい子が何の準備も無しに入ってくるとせっかく上手く行っている島の環境が狂う可能性が大きい。

 彼らにも教育を与えたいけれども、ガルフが保護してくれているならその辺はおいおいでもいい。


「元々、子どもの総数は多くありませんが、最近本当に子どもを集めている者がいるようです。

 今、どういう事情か調べています」

「お願いします。集められてちゃんと育てられているのならいいのですが放置や苦しめられているのならなんとか助け出したいので」

「解りました」



 今回は調理法を書いて渡すので、とにかくいろいろなことをやって見せることを優先した。

 パンケーキ、クレープ、パウンドケーキ。

 天然酵母の作り方とそれを使ったパン。セフィーレビネガーの作り方。

 葡萄酒はあるそうなので、それを使ったワインビネガーの作り方も書き留めておく。


 あとはハンバーグや肉団子とそれを使ったバリエーション。

 チキンブイヨンや豚骨スープを使ったスープや料理のバリエーションもいろいろ。


 いつか、小麦粉が安定して作られるようになったらラーメンも食べたいなあ。

 パスタとかマカロニも。

 作り方や分量が解らないので、失敗が怖い今は作れないのだけれど。

 ただ、おソバだけは手打ちの作り方を見たことあるんだよね。

 あれの応用でなんとかできないかな?



 とにかく思いつく限り作ったので、台所ははっきりいって凄い事になった。

 テーブルに料理が溢れかえっている。


「まるで晩餐会のようですわね」

「こいつは凄い」


 二人とも目を丸くしている。

 ちょっとやり過ぎたかも。


「とにかく、こんな感じで少しずつ味のバリエーションを広げて行って客を取り込んで行って下さい。

 これで、とりあえず来年の春までは十分持つはずです」

「解りました。でも…これはとても我々だけでは食べきれませんな」

「私もお腹がはっていて、とても興味があるのですがそんなには食べられないので…」


 どうしよう、と思っていたところに


「マリカ姉。しょくじ、もってきたけど~」

 

 クリスがやってきた。ナイス。丁度いい。



「クリス。皆を呼んできて。今日はご馳走があるから、ガルフの家でご飯食べようって」

「ジャック達も?」

「うん、みんなで。 良いですか? 二人とも」

「はい」

「勿論、喜んで」



 その日の夜はガルフの家で、大パーティになった。

 まだ魔王城でも作ったことのない料理もけっこうあったから子ども達の目も輝いている。


「いただきまーす!!」



 満開の笑顔で食事を頬張る子ども達を、


「ほら、ミルカ。

 こっちも食べてみろ。凄く美味いぞ」

「ギル様、ほら、こぼれておりますよ」


 二人の大人は優しい微笑みで見守ってくれていた。





 そんな楽しい夜が明けた朝のことだった。

 ティーナのお産が始まったのは。

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