魔王城 世界の攻略法
夜更けの大広間。
灯りがまだ点いているのを見つけたのだろうか?
私がテーブルで書き物をしていると
「ん? こんな夜遅くまで何をしているんだ?」
リオンとフェイの顔が覗いていた。
「あ、二人とも書庫の帰り? それともお風呂?」
「ええ、書庫での調べ物の帰りですが…どうしたんです? 随分と難しい計算をしているようですね?」
私のテーブルの上の板に目をやり、フェイが首を傾げる。
「うん、ちょっとね。気になってたことがあって…」
「マリカが言ってたずっと考えていたこと。ですか?」
「うん、これもその一つ。小麦の収穫が終わったでしょ? その収穫量の計算…。
でも、ちょうど良かった。二人に相談したかったの。後で、アルにも話すけど」
「ん? 何がだ?」
二人が聞く姿勢になってくれたので、私は話し始める。
けっこう重要な事だと思うのだ。
「今年、魔王城の島で一番力を入れて栽培したのは麦。
みんなでがんばって昨年の秋から時間をかけ育てて、無事収穫までこぎつけたでしょ?」
「ええ、かなりな量が取れたと思うのですが、あれでもまだ足りませんか?」
「うん、一年分、と思うとね」
1辺100m近い畑2枚と50mくらいの魔王城内庭の畑。
それ全部から約100kgの小麦粉が採れた。
収穫量としては肥料も無い、知識も最低しかない状態で子どもだけで育てたとしてはかなりなものだったと思う。
ただ、この量も15人の人間の一年分と考えるとかなり心もとないのだ。
「1年間が28日かける16カ月で約450日。それを100kgで割ると一日使えるのは200gくらいになるの。
食パン一個、パウンドケーキ一つ作ったら終わりなんだよね」
「そんなものなのですか? あれだけの量があっても?」
「この倍作れればかなり余裕は出てくると思うんだけど」
だから当面は去年と同じ、粉物は特別な時のスペシャルメニューになる。
去年よりは多めに出してあげられると思うけど。
「でも、確かに今の魔王城ほどしっかりと三食出てくることは、呪い前でも無かったんじゃないかな?
一日二食とか、スープだけとか。
パンもマリカがつくるような柔らかいのはそんなに見なかったんじゃないかと思うぞ?」
「ああ、やっぱりそんな感じ? パンも天然酵母が無いとバケットタイプの固い雑穀パンになるよね。
ティーナも柔らかいパン初めてとか、三食食べるなんて贅沢とか言ってたけど」
イーストとか、何か膨らませるものはあったんじゃないかとは思う。
でないとバケットにもならない。固いナンのようなものになるだろう。
あったとしても500年経っている今は絶滅している可能性が高いけど。
「一日にパンを食べるのは一回で、一切れ二切れと考えて一日一人、50g
使うと考えると1年で一人20kgくらい小麦粉を使う。
魔王城の城の庭の小さな畑、全部使って大人二人分くらいかな。
おやつなし。食パン一つを三~四日かけて食べる。くらいの大雑把な計算でね」
「なるほど、マリカがいいたいことが解りましたよ」
フェイが大きなため息をついた。
さすが天才。一を聞いて十を知る。
「何がだ?」
「つまり、仮に、本当に仮にですが、今すぐ神をなんとかして不老不死を解除できるとしても、それをすることはできないということです」
「どうして?」
「世界中の人間が死ぬんですよ。食物の奪い合い。もしくは食物不足で」
「あ…」
リオンが、息を呑みこんだのが解った。
そう、今は物を食べなくても生きていられるから、極端な話食べ物にお金を使わずにすむ。
けれど、生きるのに食べ物が必要になれば、それなりの量が無いとみんなに行きわたらない。
中世どころか現代だって、貧富の差、貧困、飽食と飢えの問題はあった。
ある程度の食料が作られ、流通が確保されないと不老不死の解除、という大混乱の中大量の死者が出るのは目に見えている。
「不老不死の無い私達でも飢え死にはしないから、大丈夫の可能性もあるけど、大丈夫じゃなかったら困るでしょ?
だから、リオンの提案は凄く、正しかったの。
まずは外の世界に食事をする習慣を取り戻さないと」
「小麦を初めとする作物の栽培と流通経路を確保して、人々が食事をすることが当たり前になって…そうして初めて不老不死を解除できる状態になる、ということですね」
「他にも自棄になるなるかもしれない、人の心のケアとか、病気や怪我で傷ついた時の医療体制とか、考えれば色々あるけど、最低でも不老不死が無くなっても生きられる環境整備は必要だと思う」
不老不死が無くなった後の世界が今以上の地獄では、意味がない。
生きるに厳しい世界で割を一番に食うのは子どもだ。
子どもが笑顔で生きられる世界を作るためには、やっぱりちゃんと環境を整えないと。
「俺は…本当にダメだな…」
大きなため息と肩を落とし自嘲を溢すリオン。
「神をなんとかして、不老不死の呪いを解除する。
それしか考えてなかった。その後、どうなるかとか考えてなかった…」
「その辺は無理もありませんよ。僕でさえ言われるまで思いもしなかった。
結果的に、本当にリオンがガルフに与えた作戦が最適であったということです」
「うん。世界に食事をする習慣と流通を取り戻す。
そして人の心を変える。不老不死に飽きてる人達も少なくないみたいだから。
みんなが、不老不死よりももっと大事なものがある。っと思い出してもらって、神様をなんとかするのはそれから、かな?」
リオンが落ち込んでいるのが解るけどそういうのを考えるのは戦士職の仕事じゃない。
気付かなくても無理はない。
私だって、料理をして食材の計算をして気付いて、収穫を体験してやっと理解したことだ。
「これで解ったんじゃないですか? リオン。一人で突っ走っても失敗する。
それもある意味、精霊の導きだったのかもしれないと今は思えませんか?」
「フェイ…」
フェイが浮かべる笑みはどこか嬉しげでさえある。
「ゆっくりいろいろな力を蓄え、環境を整え準備をしてそれから挑んでも遅くはない。
環境を整えるのに十年かかったとしても僕達はまだ十代~二十代。最盛期ですよ」
「うん、まずはガルフを足掛かりに、王都を動かす。
そして世界の在り方とかも学んで、世界にも変化を広げる。焦らず、ゆっくりいこうよ」
「マリカ」
「なあに?」
真剣なリオンの眼が私を射抜く。
私達の言葉を噛みしめ、何かを決意した眼差しだ。
「もう、冬もそう遠くない。
冬になったら本気で俺に色々教えてくれないか?
世界を変えていくにはどうしたらいいか、環境を整える為には何をすればいいか。
内政とかそういうのも含めて」
「私は、政治とかそういうのは詳しくないよ?」
「でも僕達では持てない、全体を俯瞰する視点を持っている。その視点からどうすれば混乱少なく世界を変えられるか気付けませんか?」
フェイの眼差しも真剣だ。
私の視点は結局、保育士のものでしかないけれど。
子ども達の安全を守り、トラブルが無いように配慮し、他者との関係を最善に保てるように環境を整えるということは、もしかしたら世界にも応用できるのではなかろうか?
「うん。アルも含めてみんなで勉強しよう。
フェイ。二階や三階の魔王城の資料見てみたいから教えてくれる?」
「解りました。専門用語などは解らない所もあるかもしれませんが」
「ただ、敵を倒して終わりじゃダメだ。その先を、考えて行かないといけないんだな」
「そう。ガルフとも相談して、問題を一つずつ攻略していこう。
みんなで教え合って、考えていけばきっといい方法が見つかると思う」
改めて思う。
この世界はゲームじゃない。
攻略法が用意されている訳じゃない。
人が生きている現実なのだ。
世界を変える魔王と呼ばれるのは上等だけど。
変えても前の世界の方が良かったと思われたら、私達の負け。
みんなの夢である不老不死を無くすなら、それに代わる何かを用意しなくては。
みんなで、考えて行こう。
この世界を良く変えていく為の攻略法を。
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