魔王城のビーストテイマー
魔王城の城は白亜の美しいお城。
ファンタジーの世界に出てくるような、見事に美しいお城なのだけれど。
中に入ると、最近はもう、牧場のようになっている。
外壁に囲まれた中庭にはもう収穫は終わったけれど、麦畑。
のんびりと中庭を散策するヤギの親子に、最近はクロトリがあちこちに巣をかけて卵を産んでいる。
どうやら、ここが安全地帯だと伝わり始めているらしい。
その卵を朝一番に回収するのはヨハンの役目だ。
ヨハン以外の人間が行くと、威嚇するクロトリもヨハンには大人しく卵を採らせてくれる。
「マリカ姉、きょうのたまごもってきたよ~」
「ありがとう。そこに置いておいて。
ヨハンのおかげで、みんな美味しいものが食べられるね」
台所に新鮮たまごの籠を置くと、ヨハンはてへり、と嬉しそうに笑う。
マヨネーズも大分ストックできてきている。
今日の分は卵焼きにしてみようかな?
私は。コンコンと卵を割ってボウルに入れる。
ヨハンの
この世界において、大人は神の力によって不老不死を得る。
まあ、ティーナの話を聞くに、子どもに生まれた後に大人として不老不死を得るためには纏まった額のお金を神殿に寄付する必要があるらしく。
身体が育っても、不老不死を得られない者や、不老不死を得るために借金をして、それを返す為に主に飼い殺される例も珍しくないという。
一方で子どもが生き抜くために、星は一人一つ力を与えるという。
『まあ、より正確に言うなら我々が与える訳ではない。
人間は本来、皆、優れた力、未来を掴む為の力を持って生まれてくる。
その力を引き出した者を人が『贈り物』を持って生まれたと呼んだのだ。
今は、もう少し精霊が積極的に子どもらを助けているがな』
と教えてくれたのはフェイの杖、シュルーストラム。
星の精霊だ。
彼曰く、不老不死が世界に広がる前は全員ではないにしろけっこうな人間がギフトを使えたらしい。
力持ちだったり、声が綺麗だったり、耳が良かったり。
多分、生まれ持っての才能をそう呼んだのだろう。
人は不老不死を得たことで未来を掴む力を失う。
永遠に変わらぬ未来を手に入れる代わりに、新しい未来を掴むことができなくなる。
不老不死者がギフトを失うというのはそういうことなのだという。
話は逸れたけど、ヨハンにもギフトが芽生えてきているのかなあ、と私は感じている。
自分の気持ち、思いを他の…動物に伝える能力。
「マリカ姉。このたまごやきおいしー」
食べるのが何より大好きで、畑仕事や動物の世話を進んでしてくれるヨハンだから、その為にギフトが生まれたのではないかと素直に思える。
でも、それがヨハンにとっていいことなのか。
悪い事なのか。
ちゃんと確かめた方がいいと、私は思ったのだった。
食事の後、私はヨハンと外庭に向かった。
クロトリ達の多くが巣をかけているところ。だ。
リオンと、フェイにもついてきてもらう。
手に持った籠には野菜くずや、麦のふすまなど。
「ヨハン。クロトリたちにごはんだよー、ってこえをかけてみて」
「はーい! みんな、ごはんだよー」
ヨハンが大きな声で呼ぶと、あちらこちらに散らばっていたクロトリ達がみんな顔をこちらに向けて集まって来る。
「ふたつに分かれて、って言って、籠を離しておいてあげて」
「うん。こっちと、こっちにあるから分かれて。けんかしちゃダメだよ~」
二つに離して置かれた籠にヨハンが言う通り、クロトリは分かれて争うことなくエサをついばみ始める。
「どうやら、間違いないようですが…。ヨハン」
「なあに? フェイ兄?」
大きく息を吐き出したフェイが杖を出し軽くかざした。
「うわあっ!」
フェイの杖の先から小さな精霊が姿を現す。
前にも見た、空気の精霊だ。
「この子に話しかけてみて下さい。
挨拶でも、お願いでもかまいません」
「え? おねがい? …こんにちわ。ボクとあそぼう!」
ヨハンが話しかけると嬉しそうに精霊は微笑んでヨハンの周りをくるくると回り始める。
「すごーい。きれー。かわいい!!」
満面の笑顔を浮かべて、ヨハンは精霊をおいかける。
まるで一緒にダンスを踊っているようだ。
「間違いありませんね。ヨハンの声は動物だけではなく精霊にも通じる」
「石持たなくても相手に思いを伝えられる術者か」
二人の声と楽しそうなヨハン、微かに胸に生まれた心配を私は気のせいだと思いたかった。
「ヨハン、そろそろ戻ろうか。ちょっとお話もあるんだ」
「うん」
精霊が消え、クロトリ達もエサを食べ終わった。
それを見計らって、私はヨハンを促す。
と、その時
「クケケッ!」
「なあに?」
クロトリの一羽が声を上げた。
最初に魔王城に巣をかけた大きなクロトリだ。
何かを促す様な声にヨハンと、私達が顔を向けるとクロトリはまるで、巣を指し示す様に羽と身体を動かして見せる。
促されるままに、私たちがそちらを見ると
「あ、ヒナ!」
見れば巣の中には本当に生まればかりのヒナが、母鳥の腹の下から顔を覗かせていた。
親のように真っ黒では無く、灰色の産毛がとても可愛い。
まだ、身体に卵の殻が残っていて、母鳥がそれを取ってやっている。
「雛が生まれたのですね。でもクロトリがそれを見せるとは。
ヨハンは随分と信頼されていると見える」
感心するフェイと反対に、なんだかヨハンは泣きそうな顔だ。
肩と身体をガクガクと震えさせている。
「どうしたの? ヨハン」
「ボクが、たべたたまごやきも、ヒナになるはずだった?
ボクがたべたおにくも、ヒナを生むはずだった?」
やっぱり。と思った。
こういうことにならないかな? と心配だった。
小さい子にはたまにある。
動物とかが大好きな子だと特に、そのお肉や卵。
命を奪って食べる事に抵抗を見せる事が。
「こんなにかわいのに。いきてるのに。ボクがたべた?」
ボロボロと、大粒の涙を溢し始めたヨハンを、私はしっかりと抱きしめる。
「うん、そう。
卵も、お肉も。野菜や小麦だって、私達は生きているものの命を貰って生きてるの」
ここは、誤魔化しちゃいけないところだ。
辛くてもちゃんと理解して貰わないといけない。
不老不死の世界で、何も殺さなくてもよくなって、食べなくても生きていけるとしても。
私達の心と身体の為にはやっぱり食物は必要なのだから。
命を貰って生きている。ということは知っていかないといけない。
「動物や、植物だって多分、食べられるのはイヤ。
でも、ちゃんと食べる事で命が生かされて、私達が元気に生きて、大きくなれば、許してくれると思う」
「ホントに、ゆるしてくれる?」
「クロトリは、ヨハンがクロトリを食べても、卵を食べても仲良くしてくれるでしょ?
こうして、ヒナを見せてくれたでしょ?
大切に食べて、大切に思ってくれるヨハンのことが、大好きなんだよ」
目元を涙で濡らしながらも、ヨハンはクロトリの巣と雛を見る。
「ヨハンは、もう卵焼き食べたくない? パンケーキやお肉食べたくない」
「たべたい。かわいいけど、だいじだけど、たべたい…。いいかな? いいかな? ゆるしてくれる…かな?」
クロトリのメスが雛をくいと、ヨハンの方に押し出した。
灰色の毛玉の黒い瞳が真っ直ぐにヨハンを見る。
普通なら有りえない事だ。
ヨハンはそっと、それを手の中に包んだ。
向こうの世界では孵ったばかりの鳥の雛を他者が触れると世話をしなくなることだってあるのに。
「ごめんね。だいじにするから。だいじにたべるから…ごめんね」
クロトリのヒナに、ヨハンの言葉が通じたかどうかは解らない。
けれど、その黒い円らな瞳は、なんの躊躇いも無く、ただ真っ直ぐにヨハンを見つめていた。
その後、ヨハンのギフト『動物や精霊に思いが伝わる声』は動物のテイムに特化したものになりそうだと、検証したフェイが教えてくれた。
精霊にも通じるけど、ヨハン自身が「動物と仲良くする」ことを望んでいるから、そういう形になっていくだろう、と。
「ぼくは、もう、ぜったいにごはん、のこさない!」
そう誓った通り、食事を一欠けらも残さず食べ、動物たちの世話も前にもまして一生懸命取り組むようになった。
ヨハンは、クロトリも食べるし、卵も食べる。
けれど城のクロトリ達みんな、ヨハンが来るとエサが無くても甘えるように取り巻くのは、ヨハンの事が好きだからなんだろうな。と思う。
本人には自分の声が、動物たちを手なづけるとか、ビーストテイマーになる、とかの自覚はまだないようだけれど。
純粋に、動物たちと仲良くなれる事を喜んでいる。
そういえば、最初に巣をかけてヨハンに雛を見せてくれたクロトリは、雛が巣立った後も城によく顔を見せるようになった。
最初の雛に至っては親を超える大きなクロトリに育ったけれども、ヨハンに懐いてか城から離れようとしない。
外に出ても夜には必ず戻って来る。
「ヨハン。…それは任せたって言ってるよ」
「ホント? エリセ姉? いいの? 友達になってくれる?」
後でフェイから聞いた話だけれと、クロトリたちの間では魔王城は、競争率が激しいマンション扱いになっているらしい。
強いクロトリしか入居できなくて、さらに強いクロトリが生まれて育つから、年を経る事にクロトリの中でもトップエリートしか入れないようになりそうだ。と。
あ、じゃあ、最初のクロトリはクロトリ達の長だったのかな。
あの子はクロトリの王子様?
ヨハンの声に応える様に、クロトリはヨハンの伸ばした手に止まって頭を摺り寄せていた。
きっと、いい友達に、なってくれるだろう。
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