魔王城の収穫(小麦編)

 初秋。

 カレンダーでいうと火の二月の終わり。


 麦畑を見て、頬が緩むのを押さえられなかった。

 一面の金褐色。輝くようだ。

 日本の稲穂もそうだけど、どうして穀物の熟した姿というのはこうも美しいのか?

 見とれてしまう。


「そろそろ、いいかな? いいよね」


 待ち望んでいた小麦の収穫である。



 晴天の日を選んで、私達は一番大きな、城下町の側の畑の収穫を始める事にした。

 魔王城の中庭のは後で。

 道具や刈り取った麦穂を運んだりする手間がいらない分、こっちよりは楽だろうから。

 今回も、魔王城の住人総出でかかる。

 悪いけれど、ティーナにも手伝ってもらう。

 前回の果物収穫と同じく、道具管理と監督役をお願いしたのだけれど、エプロン姿で現れた私を見て、ティーナは実に楽しそうに笑っている。


「本当に、マリカ様は働き者でいらっしゃいますね」

「えっと、それって褒め言葉?」

「勿論」


 もう、すっかりお姫様猫を投げ捨ててしまっているので、気にするのは止めにする。

 とにもかくにもまずは収穫だ。

 コンバインとか、稲刈り機とかそんな便利なものはないので収穫作業は基本、私のギフトとフェイの魔術を使う。

 細かい所はリオンにフォローして貰うけれど。


 まずは私が麦の穂に触れながら畑を歩く。

 根元から切るイメージで、進んでいくとパタパタパタ。

 麦が倒れて行く。


「まあ!」

  

 ティーナが驚いた声を上げたのが聞こえた。

 ガルフにも料理を教えた時に見せたし、ここは気にしない。


 一辺100m近い畑を何度も何度も往復しているうちに、倒れた麦が絨毯のように広がっていく。

 それを


「シュルーストラム!」


 フェイが魔術で一か所に集めて行くのだ。

 杖から突風が吹いたかと思うと、あっという間に散らばっていた麦の穂が一か所に集まった。 

 シュルーストラムは風を司る精霊で、ものを運んだりするのが得意と聞く。

 麦の穂を運ばせてしまうのは申し訳ないとも思うのだけれど、キレイに根本を揃えて運びやすくしてくれているのはホント、優しいしスゴイ。


 集めた麦は子ども達が小さな束に纏めてソリに乗せ城に運ぶ。

 天日干しにしてもう少し乾かす為だ。

 でも、そっちはみんなとティーナに任せて私はとにかくコンバイン係。

 本来、鎌で一束ごとに刈り取らなければならないのに比べれば楽だけど、ひたすらに行って戻って、行って戻って小麦を刈り取った。


「ふう、つかれた~~」

 なんとか昼前には二枚分の畑の刈り取りが終わって、やっと一安心。

 歩きすぎて、足がパンパンになりそうだ。


「お疲れさまでございました。

 魔術というのは素晴らしいですね」


 ペタンとあぜ道に腰を落とした私にティーナが水をくれた。


「ありがとう。でも、私のは魔術じゃないよ。

 ギフト。フェイのは魔術だけど」


 冷たい水を喉に通しながら答えた私に、ティーナは首をかしげている。

「ギフト…ですか? 私はマリカ様もてっきり魔術師なのか、と…」

「あれ? ティーナも成人するまで無かった? 自分を助けてくれる不思議な力…」

 

 と、言ってああ、と私は思い返す。

 誰も教えてくれなければ、自分に力があるとか、その呼び名や意味なんて解らないか…。


「…言われてみれば、それらしいものはあったかもしれません。

 私、人の感情の動きがなんとなく解りましたの。

 この方は怒っている。この人は今、困っている。

 それに合わせて動く事で他の方達より、場の読み取りができ、気が利く。と気に入って頂けましたので。

 成人後は解らなくなってしまいましたが…」


 

 やっぱり、成人後は消えるんだ。

 ギフトって。

 ? 待てよ。じゃあ、不老不死じゃなくなったら戻ってくるのかな?



 ふとそんなことを思ったけど、今は言わずにおく。

 ティーナは魔王城に入るつもりだと言ったけれど、気持ちが変わることもあるかもしれないし。

 本当にそうなったら、その時改めて聞いてみよう。



「今日、収穫した麦で小麦粉を作るとね、色々とステキなものがたくさんできるの。

 楽しみにしてて」

「はい。今からとても楽しみです」


 みんな小麦から、美味しいものができると解っているから、すごく真剣。

 一日で、麦の収穫は魔王城も含めて全部終わった。 

 凄い。


 魔王城のバルコニー一面に麦が干されて一週間。

 完全に乾いたら、その後は脱穀と選別。

 穂から身を落とすのは、私とフェイでできるんだけど、その後の実のより分けは人手がいるので大変だった。

 みんなで何回も実をふるっていい実を選別して。

 頑張ったかいがあって120~130kg近い小麦が採れた。


 秋に撒く用の種を少し残して粉にする。

 これも私とフェイの合わせ技。私が実を砕いて粉にして、ゴミの部分をフェイに吹き飛ばして貰った。

 ホント、ギフトと魔術が使えなかったらとんでも大変で子どもだけではできなかったと思う。

 私はこのギフトがあることを感謝した。

 心からありがとう。


 畑三枚分から最終的に取れた小麦粉は100kg弱。

 子どもだけでがんばったにしては採れた方じゃないかな。

 これでも十五人が毎日食べるには、少し心もとないのだけれど、でも、これで去年よりは皆に美味しいものを振舞ってあげられると思うととても嬉しい。




 早速、収穫を頑張ってくれたみんなへのご褒美にパンケーキを焼いた。 

 今年は砂糖、ミルク、卵にバターが入ったスペシャル(ノーマル)パンケーキだ。

 しかも、新鮮できたてヤギバターとメイプルシロップ付き。

 向こうの世界でもなかなか味わえないくらいの美味だと自負している。


「おおおお!! うまあああい!!」

 これは、アーサーの雄たけび。


「がんばったかいがありましたね。こんなに美味しいものがこの世にあったとは」

 フェイには魔術でがんばってくれた分、一枚多めに。


「おいし、おいし!」

 ジャックやリュウも一生懸命食べていたし


「ああ! すごく、おいしい…。しあわせ~~」

 ヨハンは本当にうっとりした顔で味わっていた。

 

「…このように美味しいものを頂いてしまうと、二度とこの島から出たいなどと思えなくなりますわ」

 ティーナの絶賛は嬉しい半面、複雑な思いもあったけれど。



 でも、自分達で作った穀物で、食事を作って食べる。

 一欠けらの残菜も残らない魔王城の食卓を見て、これ以上の食育は無いなあ、と思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る