魔王城の交渉人
魔王城の島にティーナという来訪者が増えたことで、私達の生活スケジュールは大幅に変化した。
午前中は畑仕事や採集、というのは変わらないけれど午後の昼寝の時間はまだまだ休憩が必要な未満児のジャックとリュウ、年少のギルとジョイだけにして、他の子達は希望があればそれぞれに自分のやりたいことを行う様にしたのだ。
それに伴い、年中組、ヨハン、クリス、シュウにやりたいことがないか聞いてみた。
「ぼくは、はたけのせわがいい。それから、ヤギのせわ!」
そう言ったのはヨハンだ。食べる事が大好きで、食べ物を育てる事にずっと前から一番興味を持っていた。
「あとね、あとね。クロトリがね。さいきん、よくおしろにくるんだよ。もしかしたら、もしかしたら、たまごうんでくれないかなあ?」
うっとりとした顔を浮かべるヨハンには、食材と料理が直結しているのかもしれない。
でも、それだけに草むしりも、水やりも真剣に取り組んでくれている。
中庭の麦畑と移植したエナとパータトはヨハンに任せる事にした。
「ぼくはね。はしるの、だいすきなんだ。アーサー兄よりもはやいんだよ」
クリスは自慢げに胸を張る。
そう言えば、冬の鬼ごっこを一番大喜びでやっていた。
動きも素早い。行動がテキパキしている。
「だから、ゆうびんやさんやりたい。みんなのところ回ってにもつはこんだり、おとどけしたり」
そういえば、大縄とびをしたときに
「ゆうびんやさんってなあに?」
「お手紙やおにもつのお届けとかする人」
と話した時もあったっけ。
なら、というわけでティーナの家に食事を届けたり荷物を運んだりの伝言係を任せる事にした。
その為に、午前中はリオン達と一緒に狩りに行って周囲の地理を覚えている。
シュウは二人に比べるとインドア派だ。
絵が好きな他、工作に最近興味を持っている。
私がギフトで作った燻製機を、余り材料でほぼ再現した時には驚いた。
釘やトンカチは5歳には危ないかなと思ったのだけれど、丁寧に使っている。
だから、
「僕は工作やりたい。何かマリカ姉、作るのなあい?」
というシュウには今、日用品作りを頼んでいる。
最初はバッグ作りから始めて今は木の皮で作る籠作りに挑戦中だ。
これから麦の収穫にたくさん使うので欲しいのだけれど木の皮が別れてしまうとギフトでは動かせないのでどうしようかと思っていた。
とても熱心で2日に1個ペースで作ってくれている。
正直、教えた私より上手だ。
それぞれのやりたいことを進めば、そのうち彼らにもギフトが芽生えてくるかもしれない。
そんなことを考えながら、とりあえず私は、今、一番やりたい事。
「余所見をせず、胸はまっすぐ。
遜るのと、卑下するのは違います。
相手を立てるのは当然ですが、おどおどした物言いや自信の無い仕草は相手も不快にさせるようです」
「はい」
外で通じる礼儀作法の勉強の真っ最中である。
私は姿勢を矯正してくれるティーナの手に合わせて顔を上げた。
ティーナは貴族に買われた子どもあがりの側仕えだったという話だけれども、主人に気に入られて愛人になっていたというだけあって所作の一つ一つに品がある。
見ていて、ため息が出る程だ。
「お褒め頂き、光栄ですが、私などまだまだですわ」
そう言って笑うけれど、本当に『まだまだ』だとしても私達にはそのまだまだの、知識も技術も無い。
だから、こうして教えて貰えるのは、とてもありがたかった。
なんとか、ティーナが確定でいる秋までに最低限でも身に付けられる事は身に付けておきたいと思っている。
「ドアの開け方、閉め方、お辞儀の仕方、手を添える角度まで決まっているのですね」
「長年伝えられる中、研究させた美しいと思われる動きなんだろうな」
最初はぎこちなかったリオンやフェイも、その一つ一つの動きの法則と意味を理解すると呑み込みが早かった。
元々、運動神経もいい。
フェイは特に一度見たことを忘れない。
みるみるうちに動きが洗練されて行くのが解った。
「皆さま、本当に驚く程、呑み込みが早くていらっしゃいますね。
私の教えられる事など、あっという間に無くなってしまいそう」
ティーナの褒め言葉は勇気づけだとしても、そこに確かな手ごたえを感じつつ、私達は毎日の練習に励むのだった。
「マリカ姉! ご飯持ってきたよ~」
「ありがとう。クリス。お疲れさま。
ティーナも疲れたでしょう。教えられる側が言う事ではないけど休憩して下さいな」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますわ。
クリス様もありがとうございます。
いつも美味しいお料理を運んで下さり、とても楽しみですわ」
「あ、こちらこそ…」
最上級の美人にお辞儀されて、照れるクリスは明らかに私達のそれとは態度が違う。
まあ、男の子だもんね。
思わず、にやにやと頬が緩むのを感じる。
「じゃあ、ぼ…おれは、これで…」
「あ、待ってクリス。この空皿もってってくれる?」
「解った!」
空皿の入った籠を持ち、脱兎のようにクリスは走り去る。
ホントに早い。
クリスが走り去ったのを見送って、リオンとフェイも立ち上がる。
「マリカ。俺達は先に戻ってる。
ティーナが嫌でなければ、食事の食べ方とかも教えて貰ってくるといい」
「一人で食べるのも寂しいでしょうが、あまり大人数で見ていられると気づまりでしょう。
マリカだけでもお願いできますか? ティーナ」
「はい。構いませんわ。私もお伺いしたいことがございましたし」
「お伺いしたいこと?」
首を傾げながらも、私はとりあえず二人を見送るとテーブルのセッティングすることにした。
食事の所作を教えて貰うなら、先生にそれくらいはしなくては。
「こちらで頂く食事はどれも驚くほどに美味しくて、ビックリ致します。
このような美味、貴族でさえ味わう事はできませんわ」
「そう、ですか? 貴族は娯楽で飲食をたしなんでいる、と聞きますけれど。
もっと豪華なものを召し上がっているのでは?」
今日のお昼のメニューは、ミルクスープとささ身肉のゆで鳥サラダ。セフィーレビネガーのドレッシングかけ。
それにピアンのコンポートとジュース。
パンは小麦粉が切れたので収穫まで残念ながらお預け。
だいぶ畑が茶色くなっているので、あと少しの辛抱だと思う。
ちなみにティーナのご飯は今、エリセとミルカに担当して貰っている。
まだ大量調理が必要な魔王城のご飯は二人には難しいので、少人数用で練習中、ということで。
「私などがご相伴に預かることは殆どありませんでしたが、香辛料が強かったり、味が濃かったり、ただ煮るだけ、焼くだけだったり。
このように、またガルフ様の店のように工夫され、洗練されたものではありませんでした」
ミルクのスープを静かに口に運ぶティーナの動きを見ながら、貴族の食事もその程度のものであるのかと私は思っていた。
材料が少ない苦心の作であるのにそう言って貰えるという事は、けっこう現代風料理は価値は高いのかもしれない。
ティーナは本当に幸せそうに食べている。
あ、でも食事の仕方そのもののマナーは、向こうとそんなに変わり無さそうかな?
「ありがとうございます。今日の食事も本当においしゅうございました」
「それは良かった。例え身体は不老不死でも胎内の子には栄養が行った方が良いと思います。子どもは食事をした方が身体の成長が高まるようですし」
「本当にお心配り頂き、感謝の言葉もありません…マリカ様…」
「なんでしょう」
「このようなことを、お伺いするのは失礼かと思うのですが…」
食器を片付けながら、私はティーナの顔を見る。
言うか、言うまいか。迷うようなしぐさを見せた後、
「マリカ様は、おいくつでいらっしゃいますか?」
そう聞いてきた。直球だ。
バクン、と心臓が大きな音を立てる。
「私はこの春で9歳になったところです。
そう見えませんか?」
作り笑顔と外見でこの場を乗り切ろうとするが、ティーナの私を見る眼差しは私が思う以上に鋭く、厳しかった。
「外見は、確かにそう見えます。
ですが、内面はとても9歳とは思えません。
そのお歳で魔王城と、この島を統べてあらせられる。
加えて妊娠についての深い知識。子ども達への優しく思いやりのある対応。
ガルフ様に与えたという調理の知識と技術。
数字、計算、文字も修めておられると聞きました。
今の世、貴族でさえも永遠の時間に溺れ、勉学を疎かにする方も少なくありません。
そして知らぬ知識を学ぶ為に、身分卑しき者にも頭を下げる。
深く優しい眼差しは、私と同年代か、それ以上のような気さえ…」
冷汗が背筋を流れるが、本当の事を外の人間に言える筈は無い。
異世界から来た転生者だ、などと。
「仮に私に秘密があるとして、それを知ってどうするというのです? それこそ魔王城の島から出る事を許されなくなりますよ」
精一杯の虚勢と脅迫。
でも、それを受け止める様にティーナは微笑んだ。
「…それでも良いと、今は思っております」
スッと立ち上がったティーナは、私に跪く。
今までのどの仕草よりも、心の籠った美しい礼を捧げて、彼女は私を見た。
「マリカ様。
どうか星への帰依と、マリカ様への忠誠をお許し頂けないでしょうか?
そして叶うなら、どうか私にもそのお知恵をお授け下さいませ」
「えっ?」
まだ、ティーナが魔王城の島に来て数日だ。
出産までの間によく考えて、と提示したのに、彼女の中でもう結論が出たのかとビックリする。
「そんなに簡単に決めてはいけません。貴女の一生を左右する事ですよ」
私は言うが、ティーナの首は横に強く揺れる。
「私は、王都に他に家族もございません。
ただ買われ、従い、流されるままに生きてまいりました。
この先も私は不老不死を得た対価として、主に永遠に使われる身。
選択を許されたのも初めて。力を求め、頭を下げられたのも初めて。
誰かに笑いかけられたのも、暖かく声をかけられたのも、気遣われたのも…初めての事でございます」
嬉しかった、と。
本当にここでの生活が嬉しく、幸せなのだと彼女は言う。
「永遠に納得できない主に仕えるより、短くても心から敬愛する主にお仕えしたいと思いました。
私自身の意志で初めての選択。
マリカ様に、そして魔王城の皆様にこの命を捧げます」
真摯で、真っ直ぐな思いが、願いが伝わって来る。
不安になるほどだ。
私には、本当にこの強い思いを、信頼を捧げて貰う価値があるのだろうか。
「まだ、結論を出すのは、早いと思いますよ」
「私などがマリカ様にお仕えしたいというのはご無礼でしたでしょうか?」
「いいえ」
少し寂しそうな目を見せたティーナの前に膝を折り、視線を合わせた。
そして、その手を握りしめる。
「貴女が、私達と、魔王城の島の生活を、慈しんで下さっている事を、心から嬉しく、誇りに思います。
出産まで、あと数か月、私達と共にこの島で生きましょう。
そして…出産を終え、その時まだ、同じ思いを持って下さるなら、私は貴女を城の一員として迎えることをお約束します」
「そのお言葉だけでも、私は自分の選択を後悔など致しませんのに…」
「できるなら、私は貴女と貴女の子の未来をこの島に縛りたくはないのです。
私達は魔王城の住人。この星の神々に…敵対するものですから…」
「マリカ様」
「だから、まずは友達から始めませんか?
お互いに知識を教え合い、一緒に料理をして、一緒に笑い合って。
忠誠よりも実は私、同年代の友達が欲しかったりするのです」
「わたし…誰かに、友達などと呼んでもらうのも初めてです」
手を取り立たせた私は、ティーナに笑いかける。
ティーナも、また私に笑みを返してくれた。
「私は、大事な友達の為に、全力を尽くします。
だから、本当に今は、赤ちゃんを元気に生むことだけ考えて下さい」
「ありがとう…ございます」
私は夢を見る。
リオン達にも、エルフィリーネにも、子ども達にも話せない。これは夢だ。
いつか、彼女に私の本当のことを話せたら。
本当の私を知って貰えたら。
そしたら、女同士、いろいろな思いを分かち合えるかもしれない。
友達として。
ああ、それはどんなに楽しい事だろう…。
その後、ティーナの家に小さなキッチンを作り、私とエリセ、ミルカとティーナで料理の勉強会をするようになった。
女の子達も、だんだんティーナと仲良くなり、今では姉のように慕っている。
ティーナから私は礼儀作法を学び、私はティーナに母親としての予備知識や、子育てについてなどを教える。
そんな緩やかな日々を、幸せを、ティーナも、私達も大事に噛みしめていた。
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