魔王城のおいしい一日

 初夏 魔王城の朝は早い。



 私は大広間に日が差して来たら、子ども達を起こさないように台所に行って食事の準備。

 朝はしっかり食べた方がいいので、スープと野菜のサラダの他にできるだけお肉も付けている。

 今日はゆでイノシシ肉のしゃぶしゃぶ風。

 それにセフィーレビネガーのドレッシングをかけた。

 早く小麦が採れてパンが作れる様になるといいのだけれど。



「みんな、おはよう! 朝だよ。起きて!」


 ご飯の準備が大よそできたら、みんなを起こして着替えて、顔を洗う。

 今は、朝の散歩もかねて中庭の井戸まで行って洗う。

 冷たい水で顔を洗うと、改めて気持ちがしゃっきりする。


 小部屋組も起き出してきて、その後が朝食だ。

 みんなで大広間で食べた後、今日の予定を話す。


「私とエリセとミルカは麦畑の方の草とりに行ってくるね。

 帰りにそろそろエナの実が赤くなってから取って来る」

「マリカ姉、パータトの実もとって来てよ。マヨネーズかけたサラダたべたい」

「いいよ。解った。あ、でも卵が捕れたらね」


 ヨハンのリクエストで今日の夕ご飯はポテトならぬパータトサラダに決まる。

 クロトリの巣にうまく卵があればいいんだけど。


「俺達も見とくから」

「お願い。リオン兄」


「じゃあ、中庭の方の畑はオレがみんなで見とく。

 アレクは昼前にはそっちに行かせるよ」

「みんな、待ってるから。よろしくね。アレク」

「はーい」

「クリスもヨハンも、シュウも、ギルも、ジョイもアル兄の言う事よく聞いてね」

「ぼくは?」「ぼくも…」

「うん、ジャックとリュウも」


 小さい子達は今は、中庭まで自由に出て良いことになっている。

 お城の中ならエルフィリーネの守護が効いているし、獣とかも出ない。

 安心だ。


「アーサーはリオン達と一緒ね。

 ちゃんと言うコト聞いてね」

「解ってるって。今度は絶対に負けない!」

「イノシシと力比べしてどうするんです。もう少し頭を使う事を覚えなさい」

「頭をつかうのはフェイ兄にまかせる!

「だーかーらー!」


 二人の兄弟漫才をケラケラと笑ってリオンは見ている。

 私もついつい楽しくなる。


「今日には新しいベーコンの漬け込みが終わるから、古いベーコンは夕ご飯に食べちゃおう。

 みんな頑張ってね!」

「はーい」


 

 朝ごはんを食べ終わったら、台所に食器を運ぶ。

 洗うのと片づけはエルフィリーネが手伝ってくれる。


「こちらはお任せ下さい」

「ありがとう。エルフィリーネ。じゃあ、お願い」


 私はエリセとミルカを連れて外に出る。

 

「わあ、おひさまがまぶしい!」

「今日も、いい天気になりそうですね。姉様」

「うん。二人とも熱射病にならないように気を付けて」


 水辺の向こう。

 城下町まで三人で歩く。

 もう城下町近辺はリオンやフェイと一緒に何度も点検し、片付けたので危険はあまりない。

 ガルフが来た時に整えた家を休憩と荷物置きに使って、麦畑の草とり、森での野菜、木の実集めをする。


「セフィーレの花、キレイですね。真っ白」

「ピアンはもう花が落ちて小さな実が付いてる。あと少しかな?」

「ピアンもセフィーレも色々使えるから早く実が付くといいね。

 今年はお砂糖があるから、ジャムもコンポートも去年よりずっと美味しくなるよ」


 わあ、と二人の女の子の笑顔が咲いた。

 甘いものを嫌いな女の子はそんなにいません。


「よし、美味しいパンの為にも畑の世話頑張ろうね」

「はーい」「はい」


 もう麦畑の穂もすっかり大きくなっている。今は、まだ緑が強いけれどあと少しで金色に色づくだろう。

 草むしりも、もうあと少しの辛抱だ。

 アレクのおかげで鳥害も殆ど無いし幸い、病気にもやられずにすんでいる。

 今年は去年よりもお菓子やパン、作ってあげられるといいな。

 みんなの美味しそうな笑顔を見るのが今から楽しみだ。



 昼少し前、アレクが畑にやって来た。城に残っていたみんなも一緒。


「あ、みんなで来たんだね」

「アレクのリュート聞きたがってたからな。

 ちゃんと約束守って歩いてこれたぜ」


 アルがそう言って、ちゃんと連れて来たなら否は無い。


「じゃあ、そこに座って。

 アレクの邪魔をしないようにね」


 麦畑の縁にみんなで並んで座る。

 アレクが音を合わせ始めると、待っていたかのように鳥たちが集まって来た。


「本当にすごいですね」

「うん、鳥さんたち、ホントにたのしみにしてるみたい」


 アレクの歌が始まると、鳥たちもみんな木の上に止まって身動き一つしないで聞いているのが解る。

 大きな猛禽も隣の鳥を襲わない。

 目を閉じて音に集中すると、ふんわりと甘い夢に誘われるような気分になる。

 …本当に気持ちがいい。


 鳥たちも同じ気分になるのなら、エサを諦めても聞きたいという気持ちはよく解る。

 うん。




 アレクの定例ミニコンサートが終わって、鳥たちが空へと帰って行った頃。


 ガササッ!

 草むらで音がした。まだ鳥が残っていたのかな?

 って思ったのだけれど?

 顔を出したものは違っていた。


「や、ヤギ??」

 

「ヤギ?」 


 それは、白…というにはかなり薄汚れているけれど、の毛並みをしたまごうことなきヤギだった。

 頭に角が生えているから、大人、だと思う。 


 子ども達が首を捻っている。

 あ、そっか。ヤギなんてみたことないか?

 私もこっちで見るの始めてだし。

 

「みんな、ちょっと下がって…」

「あ、ちがでてる…。いたい?」

「え?」


 私は子ども達が突っかかられないように、手を広げたけれど…動きは鈍い。

 ヨハンが指さした先を見ると、大きなヤギの前足の一本から確かに赤いモノが滲んでいた。

 

「みて! マリカ姉。こっちには小さいのがいる。子ども?」

 

 エリセが草の影を見て声を出す。

 見てみると、確かに小さなヤギもいる。

 …母ヤギだったの?


「ん? こっちに来てたのか?」

「あ、リオン兄!」

 

 その後を追う様に草むらから出てきたのはリオン達。

 子ども達はみんな笑顔になった。


「この子、怪我してるんだけどリオン兄たちが?」

「違う違う。ヤギは肉、それほど美味くはないから積極的には狩らないさ」

「さっき、イノシシとやりあってた時に巻き込まれたようです。こっちに逃げたので畑を荒らされないか様子を見に来たんですが…」


 ふむふむ。

 ヤギは肉があまり美味しくない。

 私は向こうではまったく食べたことなかったけど、マトンやラムのノリなのかな?


「じゃあ、この子達、お城に連れて帰ってもいい?」

「? 何にするんだ」

「ミルクが、とれないかな? って思って…。って、ヨハンなにしてるの?」


「いたくない。いたくないよ…」


 見れば、ヨハンがポケットの中のハンカチでヤギの血を拭いて傷口を結んでいたのだ。

 誰が、こんなことを教えたのだろう…。

 あ、私か。

 リオンの怪我の時のことを見て、覚えていたのかもしれない。


「おいで、おいで…」

 ヨハンが手招きすると、親ヤギが自分から、足を進め始めた。


「行ってもいい、って」

 エリセの言葉に他の子達もパッと嬉しそうな顔になる。


「よかった。アーサー。その子ヤギ、嫌がらないなら抱っこして連れてきてくれる」

「りょーかい!」

「とりあえず、みんなお城に戻ろう。いいものが飲めるかもしれないよ」



 ヤギの親子と一緒に城に戻ると、私はまず子ヤギに乳を含ませた。

 ある程度飲むとお腹いっぱいになったようで、母ヤギから離れて行ったので手を洗い持ってきた鍋を母ヤギのお腹の下に置く。


「何をするんですか?」

「ミルクを絞るの」


 昔、子ども達と牧場に行って、搾乳体験をした時の事を思い出す。

 そおっと、上から下に指の輪を縮める様に…。


 ぐめえええっ!!

 ヤギが、大きく身体をくねらせた。

 そうだよね。ビックリするよね。


「うわっ! ごめんごめん。

 でも、余ったミルクは採った方が気持ちいいと思うんだ…」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、トントン、トントン」

「ヨハン、危ないから近づくな? 突っかかられるぞ」

 

 リオンがヤギから離そうとしてくれるけれど、逆にヤギはヨハンに撫でられると落ち着くのか静かになった。

 乳房に触っても、少し身体を震わせる程度で、搾乳させてくれそうだ。


「ありがと。ヨハン。待ってて…」


 私は注意深く、慎重にそして、なるべく優しくヤギの乳房を絞る。

 牛の時ほどではないけれど、シュー、シャッーという勢いの良い音と共に白いミルクが出てくる。


「うわああっ」


 昔の子ども達と同じように目を輝かせて、みんな鍋に溜まっていくミルクを見る。


「これ、なんだ?」

「ヤギのミルク。子ヤギが育つ栄養の元、みたいなものかな。すごく栄養があって美味しいんだよ」


 大体2リットルより少し多め、ってくらいのミルクが採れた。  

 私はカップで少しすくうと


「飲んでみる?」 


 リオンに渡した。

 初めてのヤギミルクにおそるおそるといった風情のリオンだったけれど

「美味いな。これ!」

 一度口にしてからは驚いたように喉に通す。


「僕にも味見させてください」

「ボクも」「ぼくも…」


 あっという間に奪い合いになった。

 果物のジュースのような解りやすい甘さではないけれど、ミルクは滋養強壮。栄養豊富。

 とっても美味しいんです。


「マリカ姉! おかわり!!」

 鍋に遠慮なくまたコップを入れようとするアーサーを、私は断固として阻止する。


「ストップ。これは待って。これが有ったらスゴイものができるんだから!」

「すごい…もの?」「マリカ姉の作る…スゴイ…もの」


 みんなの手がピタリと止まった。

「私の作る、スゴイもの」

 の信用はだいぶ出てきたようだ。


「そうだね~。明日の昼まで待って!」

 それに、異論、反論を唱えた子は誰もいなかった。


 ちなみにヤギの親子は、麦畑から離れた緑の残る一角にご案内しました。

 雑草を食べて貰えるし、一石二鳥かなって。

 お城の中なら逃げる心配はないかな、と思って紐もつけなかったけれど、今のところは逃げるつもりも無いようだった。




 そして翌日。

「あ、いい感じに分離してる」


 保冷庫に入れておいたヤギのミルクを見てみると上の方にとろりとした脂肪分が集まっていた。

 これが生クリームだ。

 それをガラス瓶、はここには無いので素焼きの小瓶に入れて振る。

 一生懸命に振る…のだけれど、ふと、私は気が付いた。

 ギフト、使えないかな~~。


 目を閉じて、イメージ。

 必要なのは遠心分離。

 中の脂肪分だけ分離させるように、ぐるぐるぐるぐる。

 生クリームの形を変えてそれを維持させ続けると…


「やあった! できた!!」


 そんなに手間もかからず中の脂肪分を取り出すことが出来た。

 これで、バター完成!!


 我慢できずにちょっと一口。


「うわああっ! 凄い!!」


 牛乳のそれとはまた一味違う。

 しかもしつこくなくて、ふんわりトロッとしていて昔、牧場で食べて感動した出来立てバターを思い出させてくれた。



 このままパンケーキに乗せて出しても最高なのだけれど…。

 まあ、今日は必殺技で。


 


 砂糖と、小麦粉と、バターを同じ重さに図る。

 卵もなるべく同じくらいに。クロトリの卵、入手できて良かった。


 それから、バターを混ぜる。砂糖も入れてクリーム状になるまで混ぜる。

 そのクリームにゆっくりと少しずつ、卵を混ぜる。

 最後に粉を入れてさっくり、さっくり切るように。


 ギフトのおかげで、こういう混ぜ方は力がいらなくて助かります。


 そしてできた生地をオーブンに入れて焼く。

 パウンドケーキ型は無いので鉄のお鍋で。


 余った脱脂乳は、スープに入れてミルク風味にすることに。

 捨てるなんてもったいないもったいない。 


 そーっと、オーブンを覗いてみる。

「よしっ!」

 ふんわり香る良い匂いに、私は思わず頬がほころんだ。

 一回出して、真ん中に切れ目を入れて…っと。





「はーい。みんな、今日は特別におやつだよ~~」

 

 外での仕事が終わって、お昼寝も終わった午後は、みんなお部屋で勉強の時間。

 頑張っているみんなに、私はそれを持って行った。


 今はもう、年長組は全部の文字の読み書きができるようになって、今は簡単な本で読みとりの勉強中。

 リオンも、自分のペースで本を読んでいる。

 ミルカはまだ基本文字をおぼえているところだけれど。

 算数はまだ一ケタが数えられるようになったところかな?

 これからの課題ってことで。


 その辺はさておき、焼きたて菓子のふんわり甘い匂いに、勝てる子どももあんまりいません。

 中には甘いの苦手って子もいるけど、魔王城にはいないのが解ってる。


 私が部屋に入ったとたん、全員の動きがピタッと止まった。

 全員の視線が一極集中。

 痛いけど、ちょっと嬉しい。


「これが、昨日、マリカが言ってたスゴイもの…ですか?」

 見つめるフェイの喉がごくりと音を立てている。

「そう、カエラ糖とミルクの入手に成功してバターができたからやっとできるようになったの。

 まずは食べてみて!」


 人数分に切ってあるので、一切れずつ渡す。

 黄色く、ふんわりと、まるでタンポポかお日様のように輝くしっとりとした生地。

 我ながらほれぼれする。


 私がどうぞ、という前に待ちきれずにぱくりと食べてしまう子もいた。

 うん、まあいいよ。

 だって、笑みが止まらない。



「おいしい!!!」



 この笑顔が見たかったんだもん。


「これ! スゴイ! おいしい!」

「ふわって! サクッって…えっと、それから、それから!!」


 言わなくてもいいって。

 食レポみたいな感想なんかより、その美味しそうな表情が本当に何より嬉しい。


「シロップやカエラ糖よりも優しい甘さですね。でも、しっかりとした口当たりがよくてずっと食べていたくなります」

 一方でしっかりとしたレポート感想をくれるフェイ。流石甘党。目が真剣だ。


「これは、なんていう料理なんだ?」 

「パウンドケーキ。簡単で、多少アバウトでもなんとかなるの」


 お菓子作りは正確な分量計測が基本だけれど、パウンドケーキはある程度基本の所を守って同じくらいの材料をやり方を守って混ぜればそんなに大きな失敗は無い。

 あ、砂糖なしとかはダメなんだけど。

 砂糖は甘みを付けるというよりも生地を安定させるために必要な物だから。

 バターも同じ、膨らませるのに重要。お料理は計算と科学です。

 だから、材料が揃っている事がまず大事。

 故にバター入手まで製作に踏み切れなかったのだけれど。

 ちなみに材料がいいせいか、味は私が昔作ったのよりも断然良い。


 ベーキングパウダーがあるともっとふんわりいくんだけど、無しでもしっとりおいしい。

  

「スゴイでしょ。ミルクがあると他にもいろいろ美味しいものができるんだよ!」

 

 思わずドヤ顔になってしまったけれど、ヤギでもミルクがあれば本当にいろいろと美味しいものができる。

 ポテトグラタンとかも美味しいと思う。

 ミルクスープに、シチュー。パンケーキも、クッキーも、パンももっと美味しくなる。


「あのヤギ親子は賓客として寓さないといけないですね」

「賓客って…、でもヤギのミルクは子どものものを分けて貰うものだから、大事にしないといけないのはホントだよ。だから、飼ってもいい?」

「勿論」「また見つけたら連れて来るか…」


 というわけで、お城の外れでヤギを飼う事になりました。

 ヤギは木の枝とか野菜くずとかなんでも食べてくれるので手間もないし。



 でも、なんだか、白亜のお城がますます庶民的になっていくなあ。

 魔王城。


 ま、いいか。

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