ミルカのギフト

 早く、大きくなりたい。

 早く、大人になりたい。

 早く、大きくなって、彼を助けたい。

 

 私を地獄から救ってくれた人。

 見返りなく、微笑みかけてくれた人。

 私に、暖かさを教えてくれた人。


 あの人の側に行けるように…。

 あの人の、隣に立てるように…。




 その日、魔王城の朝は


「キャアアアアア!!!」


 甲高い悲鳴から始まった。


「エリセ?」

 私は子ども達の着替えの手を止めて顔上げる。


「エルフィリーネ!」

「はい。我が主」

「今の悲鳴、聞こえた? ちょっとエリセの所に行ってきたいの。

 子ども達のこと、お願い」

「解りました」


 大広間を出て、住居棟の方に全力ダッシュ。

 エリセとミルカの部屋はそれほど遠くはない。

 直ぐに辿り着いたのだけれども…。


「リオン兄? フェイ兄? アル兄達も…どうしたの?」


 扉の前で皆が困ったように立っている。


「いや、俺達もエリセの悲鳴が聞こえたから来たんだが…」

「エリセの奴、とびら押さえて中に入れてくれねえんだ。

 おーい! エリセ。何があったんだ! 入れろよ!!」


 ドンドンと扉をアーサーが叩くが、扉が開く様子はない。


「入っちゃダメ! マリカ姉が来るまではお願い。入らないで!!」

「エリセ? 私、来たよ。何があったの? 入れてくれる?」 


 私の声が聞こえたのだろう。扉を押さえる力が少し緩み

「マリカ…姉?」

 

 細く、細く、伺う様に開く。


「うん、私。何があったの? エリセ一人? ミルカは? 中に入れて説明して」

「…わかった。マリカ姉だけ…中に入って。

 リオン兄たちは、おねがい、ちょっとだけ…まってて」


 エリセの表情は本当に真剣で、必死だ。


「解った。俺達はここにいるから、何かあったら呼べばいい。

 マリカ。エリセ達を頼む」

「うん。助けが欲しい時はすぐに知らせるから…」

 

 私は一人で、そっと扉を開けて二人の部屋に入った。

 中は薄暗い。個室にはエルフィリーネがスイッチのようなものを付けてくれてあるので、それを押すと灯りが付くという。


「灯り、つけてくれる?」

「うん…でも、おどろかないで…」


 エリセの言葉に、私は大きく深呼吸して覚悟を決めた、つもりだった。


 微かな音共に光が部屋に溢れる。

 うす暗さに慣れた私は、一瞬目を閉じて目を開いて…うん、驚いた。


 固まった。

 悲鳴を上げなかったことは褒めて欲しい。


 灯りの着いた女の子部屋。

 そこの住人はエリセとミルカ。


 そして、私の隣にエリセがいる以上、そこのベッドにいるのはミルカの筈だ。



 けれど、ベッドの上にいる人物は、私より確実に大きい。

 完全な成人、というわけではないけれど、少女かと言われれば悩むくらい。

 15~16歳くらいに見える。

 中学生から、高校生くらいだろうか? 



「ミルカ?」

「はい…マリカお姉様」

 

 声も子どものそれとは少し変わっている。

 落ち着きのある静かでキレイな声だ。


 すんなりと伸びた腕、丸みを帯びた胸、くびれた腰。

 向こうの世界の私より、スタイルはいい。

 じゃなくって。


 呼吸が荒い。かなり苦しそうなのは多分、服のせいだろう。

 寝巻として用意したネグリジェの腕部分がパンパンで二の腕にキツく食い込んでいる。。

 成長期だから大きくなっても着れるように首の部分も紐で調節できるようにしてあったのに、もうギリギリだ。


「服、苦しいよね。ちょっと待って、今、なんとかするから…」


 私がギフトで服の形を変える。

 首元と服の腕の所に切り込みを入れると、ふう…と安堵にも似た声が聞こえた。

 やっぱりかなり苦しかったようだ。


「ありがとう…ございます。

 私も…なにがなんだか…。朝、苦しくて目がさめたら、ああなっていて…」

「ミルカお姉ちゃんの苦しそうな声で起きたんだけど、私、びっくりしちゃって…」

 

 8歳の子ども用ネグリジェを15歳が着るのは無理だ。仕方ない。


 でも、服に切り込みを入れたせいで、胸元がはだけて見えてしまうようになった。

 ダメだ。このままでは外に出せない。

 エリセが必死に男の子たちを止めていた理由も納得だ


「今、着替えを持ってくるから、エリセとミルカはここで待ってて。

 リオン兄たちにも相談して来る」


「うん」「解りました」


 いい返事の二人を置いて、私は部屋を出た。


「どうしたんだ?」「何があったんです?」


 外で待っていてくれたみんなに大よその事情を説明した。



「マリカ…それは」

「うん、私もそう思う。多分、ミルカの能力ギフト




 朝の食事を簡単に終え、大広間の一角で私達はミルカと向かい合っていた。


 魔王城に残っていた古着の一枚を着てもらったけれど、大きすぎて私達には着れなかったドレスがピッタリだ。


「キツい所はない?」

「はい、大丈夫です。こんな豪華な服を着せて頂いて申し訳ないですが…」


 すまなそうに俯くミルカの声は子どもの頃の高いそれより落ちついて聞こえるけれども、確かに同一人物だと思える。

 温かみのある赤毛も、茶色の穏やかな色合いの瞳も、紛れもなくミルカのものだ。



「何も、前兆はありませんでしたか? 寝る前に何かしたとか、思ったとか…」


 フェイの問いにいいえ、とミルカは首を横に振る。


「いつものように食事とお風呂を頂き、床に入りました。

 ただ、昨日はいろいろあったので、少しそのことを考えて目をとじて…、どのくらい経ったか、あまりにも身体が苦しくて…自分の身体の変化に…気が付きました」

「ミルカ…」

「はい、フェイ兄様…」

「戻りたい、と願って下さい。元の自分に戻りたい、と。

 念の為、マリカ。手を握ってあげていて貰えますか?」

「解った」

 

 フェイの言葉に頷き、手を握った私の感覚を確かめて後、ミルカは大きく深呼吸して目を閉じた。

 手の中に、彼女の身体の細胞の動き、鼓動が伝わって来るような感覚がした。

 と、同時まるで風船の空気が抜ける様な静かな音と共に、身体が縮んでいく。


「わああっ!」

 見ている誰もが思わず声を上げる。

 

 時間にして多分1分も経っていない。

 ミルカは元の、8歳の女の子の身体に戻っていた。

 ドレスがぶかぶかになっているけれど、これは予想できていた事。

 用意しておいたマントでリオンがミルカを包んでくれた。  


「ありがとうございます。リオン兄様…」


「身体に痛みとか、苦痛は有りませんか? ミルカ?」

「いえ、特には…。これは、一体…」

 状況が理解できずに首を傾げるミルカに、フェイは告げる。


「間違いありませんね、ミルカの能力ギフトです。

 身体を変化させる能力、ということでしょう」

「私の…能力ギフト…ですか?」


「ええ、予想の範囲内です。

 ギフトの存在を知った、願望があった。

 そしてギフトが欲しいと強く願った。身体も育っていましたし条件は揃っていたと思いますよ」

「願望…」

「ギフト、ってね。自分がなりたい。やりたい…ってことを助けてくれるみたいなの。

 ミルカは、早く大きくなりたかった。ガルフのところに帰りたかった。だから、大人になるギフトが目覚めたのかなって思ってるの」

「…あ…」


 私の言葉に思い当たることがあったのだろう。

 ミルカがマントを首の前で押さえる手に力が籠る。


「いいですか? ミルカ?

 君がガルフを慕う気持ち、早く側に戻りたいという思いは理解します。

 でも、能力ギフトに目覚めても、いいえ、目覚めたからこそ直ぐには戻れない事は理解して下さい」

「!」

 

 キュッとミルカの唇が引き結ばれる。

 どうして、という言葉と思いを噛みしめているのが解った。


「おそらくその能力は君が思う以上に危険です。

 検証も必要ですが、もしかしたら、自分が大人になる、戻る。だけではなく他者に変わる可能性も秘めている。

 ギフトを目当てに子どもを集める者がいる、という噂もあります。

 ちゃんと能力を理解し、コントロールできないと逆にガルフを危険に巻き込むかもしれませんよ」


 フェイの言葉は一つの間違いも無く正論で、だからこそ、ミルカは悔しい思いをしているだろう。


「ミルカ。焦っちゃダメ。

 ここで、ミルカはちゃんと勉強してガルフの役に立つって決めたんだよね。

 だったら、皮だけ育ってもダメ。心もちゃんと成長しなくっちゃ…」

「はい…」

「大丈夫。焦らなくてもガルフは待っててくれるから。ゆっくり、しっかりと歩いて行こう」

「…はい」


 涙を必死で堪えるミルカを私は、そっと胸に抱いて抱きしめた。

 涙が零れても、見えないように…。



 その後、何度かミルカの能力を検証した。

 今のところは、自分の成長コントロールしかはっきりと成功せず、他の人物をイメージしても姿を変える事は、できない。

 ただ、ただ一度だけ…ガルフの姿を少しだけ映すことが出来…ミルカの能力の可能性は確かに限定されたものではないと私達は知ったのだった





 ふと、私は自分の手を見る。

 手のひらに、何かが残っているような気がした。

 別に目に見える何かがあるわけではない。

 


 ミルカの能力ギフトを間近で見て、この手で触れて…

 その日、私は、私の中で何かが変わったのを感じていた。


 …例えるならば私を包んでいた風船が破裂して壊れたような。


 言葉にできない…不思議な感覚だった。

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