魔王城の希望

 春は美しい花の季節。

 見る者の心を奪わずにはいられない。

 魔王城の森は、豊かな森。

 あちらこちらに花が群生していてとてもキレイだ。

 タンポポに似た花が終わり、薄紅色の桜によく似た花も、ガルフを迎えてドタバタしているうちに散ってしまった。

 今はスズランやカタクリによく似た花が草の影から顔を覗かせている。

 

 魔王城の中庭も、なかなか綺麗だ。

 もとは手入れされた庭園だったのだろうと思う。

 生垣のようなアーチにはツルが生い茂り、薔薇によく似たキレイな花が咲き始めている。


「でも、花は食べられないんだよね」

 私は伸び始めた麦の穂を見ながら身も蓋も無い事を思う。



 もちろん、花は大好き。

 気持ちが暖かくなる。

 でも、まあ今は花より団子、かもしれない。



 魔王城の中庭のアーチとか植えられた花に手は付けなかったけれど、広い中央スペースはもう見る影も無く見事な麦畑になっていた。

 今年の魔王城の食生活。

 その期待を一身に背負う、麦畑はもうかなり育ってきている。



「ねえねえ、みてみて、ほがでてきたよ~」

「ホントだ。もうすぐ小麦ができるかもね」



 中庭の麦畑の世話を任せている年中組の子ども達が嬉しそうに知らせに来てくれた。


 葉の中に守られていた緑の穂が顔を見せ見るからに麦畑っぽくなっている。


「マリカ姉。このちっこいのなあに?」

 子ども達が麦の穂から出た、薄い黄色いものを指さす。

「ん~、麦の花、かな?」


 日本はあんまり麦畑が身近ではないから自信はないけれど、お米のと少し似た感じもするし、多分花で間違いないと思う。

 おしべやめしべの大きいもののような感じであんまり「花」らしくはない。

 ほんの少しの間だけ外に出てきて、そして消えてしまった。

 

 紙とかが豊富な向こうだったら子ども達と一緒に観察記録でもつけたいところだけれども、今は素直に諦めよう。

 大事なのは小麦の成長と、収穫。

 

「はやく、こむぎとれるといいねえ~」


 ヨハンはうっとりとした顔で小麦畑を眺めている。

 もしかしたら、畑がパンケーキにでも見えているのかもしれない。

 みんな、この畑の小麦から美味しいパンやおかしやケーキができることを知っているので真剣に世話をしてくれている。


 魔王城の中庭は、エルフィリーネの魔法がかかっているので、害虫や鳥も来ない。

 まあ、病気は止められないのでウドンコ病や、去年出た麦角菌みたいなのには気を付けないといけないけれど…。




 だがしかし…


「問題は、こっちかな…」

 

 魔王城から出た城下町の外れ。

 一番大きな麦畑を見て、私はため息をつく。

 周囲の木にはたくさんの鳥たちが止まり、麦畑の様子をじっと伺っていた。


 日本でも水田などで収穫時期、小鳥たちが米を狙う姿はよく見かけた。

 かかしや、カイトなどは結構必須だった。

 小鳥も美味しい果実や食べ物ががあると分かれば狙ってくるのは当然と言える。

 今まで、私達のいない時は小鳥たち食べ放題だったんだろうし…。


 でも、流石に今年は譲るわけにはいかない。

 特にこの一番大きな麦畑は、みんなで一生懸命がんばって作ったのだ。

 ここでの収穫が今後の私達の食生活を大きく左右する。


「うーん、かかしでも作るかな? それともカイト?」

「何それ? マリカ姉?」


 私の独り言を聞きつけたのだろう。

 麦畑の草むしりをしていたエリセとミルカが首を傾げる。


「あ、鳥よけの仕掛けの事。鳥が来ないように人間の形をした人形を作って畑に立てておくの」

「それで、鳥が来なくなりますか?」

「やってみないと解らない。やりすぎると小鳥も学習して平気になるって、聞いたこともあるし…」


 とりあえず、できることは何でもやってみようかな?

 と思っていた時。


「エリセ。空を見て下さい」

「? フェイ兄??」


 狩りの帰りか。

 振り向けば、そこにリオンとフェイとアルが立っていた。

 

 言われるままに空を見上げればそこには優雅に跳ぶトンビ…に似た鳥が一匹。

 くるり、くるりと畑の上を旋回している。


 トントンと耳たぶを叩く仕草をするフェイに小首をかしげていたエリセは、ハッと気づいてイヤリングに指を当てた。

 目を閉じてそっと何かを感じていたエリセは、にっこり笑うと


「少し待ってて!! 今、連れて来るから!!」

「? 連れて来るって、なあに??」


 

 どうやら、私に言ったのではないらしい。

 大きく手を振って走って行ってしまった。

 あの方向からして魔王城?


「なんだ?」

「誰かを呼びに行ったのでしょうか?」

「さあ?」


 意味が解らず首を捻る私と、ミルカ&アーサー。


「大したもんだな」

「ええ、本当に」


 フェイとリオンはどうやら理由が解っているようだ。




「ほら、アレク。早く早く」

「ちょ、ちょっとまってよ。エリセ…」


 エリセに急かされながらこっちにやってくるのはなんとアレクだった。

 手にはしっかりリュートを抱えて。


「エリセ。アレクに無理させないで。でも…どうしてアレクを連れてきたの?」

 

 私の質問に答えるより早く、エリセはピッと指を立てた。空に向けて。


「アレク、リュートを弾いて。今すぐ、ここで」

「なんで?」


 アレクの疑問はもっとだ。

 私も訳が分からない。


「いいから早く! アレクのリュートに、私達のパンケーキがかかってるの!!」

「? ?? まあ、いいよ。何の歌でもいい?」

「できれば鳥っぽい曲」



 頭に疑問符をいっぱいに浮かべながらもアレクは地面にペタンと腰を下ろしリュートに手をかけた。

 指先で軽く和音を弾いて音を確かめると、滑らかに指が動き、小さな手が柔らかく物悲しいフレーズを奏で始めた。


 私が教えた音楽で、鳥っぽいのと言えば小鳥の歌、とフォルクローレのコンドルの歌くらいだ。

 あ、フォルクローレの方は、ギターの初級練習曲だったから。

 

 空のトンビに聞かせる? のならコンドルの方がふさわしいかな?

 と思っていたらアレクもそう思ったのだろう。


 原曲には歌詞はついていなかったけれど、



「これ、なんの曲?」

「大きな鳥が飛んでいく、って曲」



 と話したからだろうか。


「空を行く~ 偉大なる~ 高き~ 鳥よ~~」


 アレクなりの歌詞がついていた。


 空を行く鳥に憧れて、いつか自分も鳥のように羽ばたきたい。

 広い世界に飛び立ちたい。


 そう夢見る歌だ。


 澄み切った歌声が、願いの籠ったメロディーが、朗々と青い空に響いていく。



「すごい…キレイ…」

 

 うっとりとミルカが聞きほれている。

 胸の前で祈るように手を組んで息を呑む。目が微かに潤んでいるようにさえ見えた。


 ああ、ミルカはアレクの歌を聞くの始めてか。

 

 聞く者を、動物や鳥さえも魅了させるアレクのギフトだという歌声は聞きなれた私でさえ、胸がドキドキしてくるのだ。

 初めての女の子には刺激が強いかもしれない。




 そうして、アレクが一曲を弾き終えると同時


 キーン!!

 

 いや、


 ケーン!!


 だろうか?

 甲高い音が轟いた。


 そして


 バサバサバサッ!!


 羽音がいくつも周囲の木々から飛び立っていく。

 麦を狙っていた、鳥たちが…いなくなっていく?



「な、なに?」

「あの鳥さんがね。

 アレクがまいにち歌ってくれるなら、小鳥たちが麦を食べないようにしてくれるって。

 小鳥さんたちも、アレクの歌がきけるなら、がまんするって。

 だから、麦のしゅうかくまで毎日ここに来てリュートをひいて!」

「そういうことならいいよ」


 意味が分からず目を瞬かせていたアレクだったが、エリセの説明で納得できたらしい。

 ニッコリと笑顔で頷いた。


「アレクのおかげで、麦がぶじにしゅうかくできるね」

「エリセのおかげだと思うよ。エリセがおしえてくれなかったら、解らなかったもん」


「あの…どういうことなんですか?」


 楽しそうに話す二人の会話の意味が解らなかったのだろう。

 そういえばミルカにはまだギフトのことも話してなかった。


「あのね。エリセには動物や精霊の声が聞こえる能力があるの。

 アレクは歌で、人や動物を気持ちよくさせる能力がね。

 ギフト、っていうんだけど」


 子どもには一人一つ特別な能力があることを、ざっと話してあげる。

 正直、私もどういう仕組みか良くは解っていないのだけれど。


「おれはね、おれはね。何でも持ち上げられるんだよ。

 ほら、ミルカ姉ちゃんだって、ひょいっ!」

 二人に対抗したつもりなのか。アーサーはミルカの腰に手を回し、ひょいと持ち上げる。


「きゃあ!」

「もう! アーサー。女の子になにしてんの!」


 エリセに怒られてミルカをパッと放すアーサーだったけれど、ミルカは目を驚きに見開いている。

 多分、突然持ち上げられた、以外の理由で。


「あの…子どもなら、ですか…。この城の皆様が…特別なのではなく?」

「うん、そうだって聞いてるよ」

「では…」


 震える声で、手を祈りに象ったまま、空を見つめミルカは呟く。

 それは、小さな小さな声だったけれど、私には聞こえた。

  

「私にも…あるのでしょうか? 特別な…能力が…??」

「必ずあるから、焦らないで探して行こうね」

「はい…」


 後ろに続く思いも、一緒に。


「それがあれば…ガルフの役に…」




 余談だけれど、鳥たちは本当に約束を守ってくれて、麦は一粒も食べられずに収穫の時を迎えることが出来た。

 毎日アレクのコンサートが聞けてまさに一石二鳥!


 あ、もちろん歌を聞きに来た鳥は捕ってないけどね。


 

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