魔王城の聖典

 子ども達が寝静まった夜。

 大広間の一角で本を読むのが私の日課になっている。


 書庫から借りてきた画集。

 精霊術の基礎知識。

 その他にもいろいろ。

 この世界の文字や考え方を学ぶ為にも、できる限り時間がある限り本は読もうと決めていた。





 今日、読むのは

 『聖典』だ。

 ガルフが持ってきてくれた世界を支配する神々の本。

 私達の世界で言うならキリスト教の聖書やイスラム教のコーランのようなものだろう。


 フェイは、

「神々の都合の良いように書かれたくだらない本です」


 とパラパラと捲ったあと、投げ捨て、シュルーストラムは


『よくぞこれだけ、嘘が並べられる!』

 と怒りを顕わにしていた。

 私が止めなければ粉々にされていたかもしれない。



「とりあえず読ませて!

 神様が敵だとしても相手の事をしらなくっちゃ、会話も判断もできない」


 そういう私に二人は本を返してくれたけれど、明らかに『聖典』に気分を害していたようだった。



 だから、勉強時間ではなくこうして、夜遅く、一人で読むことにしたのだった。



『星に、大神は降り立ちました。


 何もない、夜の世界。

 大神は光となり、夜と手を取りました。

 

 夜と光は風と、空を生み出し、火によって星を温めました。


 大地に降り立ち、水が流れ、木が芽生えました。

 そして、星に命が生まれ、精霊とそれを統べる神が生まれたのです」

 

 木、水、地、火、風、空、夜


 曜日と月を司る神々の上に、光を表す大神がいて星を支えている。

 ということらしい。


 精霊達は眷族神の配下で、彼らの命令には忠実に従う。

 神々の力があるからこそ、人は平和に生きられるのだ。

 とある。


「木の神」「夜の神」としか表現されていなくて名前はどこにも見えない。

 名前は重要だと前にシュルーストラムが言っていたから、その辺の理由なのだろうか?

 


 その後は、長々と神々とそれに従う人々の伝説が語られている。

 神に逆らう者には容赦なく天罰が下るところも、聖書にそっくりだ。

 神の教えを守らず堕落した町が、一夜にして滅んだという記述もあった。


 神々同士も、仲がいい、訳では無いようだ。

 領土争いをしたり、信者を取りあったりの話もある。

 また、ギリシャ神話のように神が人間を手込めに…もとい愛して、結果、破滅させてしまう話がいくつもあった。

 人の命のはかなさと、それを悲しむ神々の『愛』がいくつも見た目美しい文章でつづられている。


 いつの世界でも神様、マジ勝手…。

 

 そして、

「あ、これ…」


 聖典の後半の方に、その伝説は綴られてあった。



『世界は強大な力を持つ魔王によって闇に包まれました。

 光の大神さえも封じる大いなる力。世界の在り方を変える大きな力。

 異世界からやってきたという魔王は、その世界を作った神々より強く、世界の秩序は崩れ、精霊達は支配され、闇に呑まれる一歩手前まで進んだのです』


 いわゆる勇者伝説だ、



『それを救ったのは貧民生まれの一人の勇者でした。

 精霊と神々に愛されたかの少年は

 仲間達と共に苦悩の果て、魔王を倒した勇者は神に、一つだけ願いを叶えると約束されこう願いました。


『世界中の人々が死の苦痛から解放され、永遠に幸せに暮らせますように』


 それは、大きすぎるねがい。

 自らの命と引き換えならそれを叶えると言われた勇者は、躊躇わず神に命を捧げました。

 神々はその命と身体を使い、大地に大いなる祝福をかけました。 

 彼の命だけでは叶わず、勇者の仲間達も彼と運命を共にしました。


 そして世界は死の訪れない平和な世界になったのです』



 はあ、と息を吐き出す。



 勇者はきっと、心から人間達を思って、神様に不老不死を願ったのだろう。

 神様の勝手や、魔王の訪れで人々は凄く苦しんでいた描写もあるし。


 でも結果がこれではきっと彼も、彼の仲間も浮かばれない。

 今、私達は『魔王』がそういう存在では無かったと知っているけれど、神が都合よく捻じ曲げた話だと解っているけれど。

 でも、ホントに人々の幸せの為に命を投げ出したのだったら、本気で後悔しているだろう。

 きっと。間違いなく。




 勇者伝説の後は、神々は力を使い過ぎ世に姿を現すことはしなくなった。

 けれどもいつも我々を見ているので、悪い事をしてはいけませんよ。


 的な形で本は終わっている。




「あれ?」




 でも私は二つの事が気になった。

 

 一つは星の精霊についての記述がまったくなかったこと。

 シュルーストラムや、エルストラーシェ。


 星の精霊は確かに目の前にいるのだから、存在する。

 でも、分類的には多分大神の眷族にあたるであろう彼らについては聖典にまったく記述が無かった。

 他の精霊については眷族神に従う様子が描写されているところがあるのに。


 でも、これについては


『よくも、これだけ嘘が!』

 

 と怒るくらいなのだから精霊側から見れば神々に都合のいいでっちあげなのだろう。と思える。

 外の世界で精霊術士、そして神に仕える者の術はどんな風に使われているのだろう。 

 機会があれば調べてみたいと思った。




 そして


 もう一つは、聖典の中のどこにも、勇者伝説にもパーティや勇者の名前、もちろん魔王の名前も綴られていなかったことだ。


 正確には勇者は名前らしきものが書かれている。

 でも、それは古語なのかそれとも何か別の理由があるのか。

 勇者■■■■というような基本文字とは違う文字で書かれていて読めなかったのだ。

 もしかしたら、フェイやシュルーストラムは読めるかもしれないけれど、もう一度見せたが最後、本当に取られて粉々にされてしまいそうで怖い。


「でも、リオンは勇者パーティの仲間の名前、知ってたんだよね?」


『名前がないなら、マリカってのはどうだ? 世界を救った勇者の仲間の一人だって聞いたことがあるぜ』


 そう呼ばれたことで、私が目覚めたのだ。

 元の世界の名前と同じ音だったから、かもしれないけれど。

 聖典にも書かれていない名前をリオンはどこから知ったのだろうか。



 リオンは転生者で、精霊の意志を受けて神の世界をなんとかする為に何度も転生している。

 と言っていたから精霊から聞いた、ということもあるのかもしれない。


 もしかしたら、勇者と同じか、近い時代を生きた事もあるから知っているのかもしれない。

 勇者のパーティでは無く、違う、けれども忘れられない人がいたのかもしれない。


 だから、その名を私にくれたのかもしれない。



 本を閉じる。

 しおり代わりに木の板に張り付けた白い花が、私を見ていた。


 問い詰めれば、もしかしたらリオンは応えてくれるかもしれない。

 …けれど、聞きたいとはどうしても思えなかった。




 チクリと何かが胸を刺す。


 リオンがくれた「マリカ」の名前はもう、私のものだけども。

 彼の心には、今も遠い別の「マリカ」がいるのだろうか?



 生まれてしまったその思いは忘れようとしても、どんなに頭の奥から振り払っても、ふとした時に思い出しては、胸を、心を刺す棘となって残り続けていた。

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