魔王城の新しい家族

 魔王城に新しい家族がやってきた。

 ミルカ。

 この春で8歳になったという少女である。


「よ、よろしくお願いします」

 みんなの前で深々と頭を下げたミルカは勿論、


「わーい。新しいおねえちゃんだ!」

 みんなに笑顔で迎えられた。

 ふんわりとした赤毛。茶色い瞳。 

 茶髪で金茶の瞳をしたエリセと並ぶと本当に姉妹のようだ。

 

 柔らかい印象だが、まだ瞳には戸惑いが浮かぶ。

 それは、まあ仕方ない。

 今までとはまったく違う環境にやってきたのだから。



「よろしくな。ミルカ」

「は、はい。リオン様、フェイ様」

「この城の住人になったのですから、様付けは必要ありませんよ。

 できれば兄、と呼んでくれると嬉しいのですが…」

「私の事は、エリセ、だよ!」

「え、あ、…でも…」


 あ、固まってる。

 でもこれも仕方ないな。

 ガルフは私達のことを様付けで呼んでた。

 リオンやフェイの事も私の配下、として、多少は気安く付き合っても、ちゃんと名前を呼ぶ時は様付けしてくれていた。

 それを見ていたミルカが素直に兄と呼べないのも解る。

 ガルフに、私達は『ガルフの主人だ』って言い聞かせられていたから、敬語を使おうと頑張っているのも解る。

 う~ん。


「じゃあ、間を取って兄様、っていうのはどう?」


 私の提案にリオンが顔を赤くする。


「…なんだか、凄く恥ずかしいんだが…」

「気にしない、気にしない。どう…ミルカ?」

「あ、はい…。そう呼ばせていたけると…。マリカ様のことも…姉様と、お呼びしてもいいのでしょうか?」

「うん、もちろん」

「はい…。あらためて、よろしくお願いします。マリカ姉様、リオン兄様、フェイ兄様…」


 あ、やっぱり素で言われると「姉様」は恥ずかしいかも。

 フェイ達もなんか照れてる。頬が紅い。


「俺達は、ミルカ姉でいい?」

「あ、姉だなんて…そんな、どうぞ、ミルカと…」

「えー、でも私達より、年上だし~」

「じゃあ、姉ちゃんだ。ミルカ姉ちゃん」 

 

 子ども達的には兄、姉の後に付ける呼び名は親しみや敬意を表すのかもしれない。

 私達は有無を言わさず、兄、姉だけど、ミルカは少し親しみやすい。

 ということかな?

 うん。よきよき。


「じゃあ、よろしくね。ミルカお姉ちゃん?」


 ぺたりと、エリセがミルカに抱き付いた。

 今まで、私が魔王城で、唯一の同性だったからプレッシャーが大きかったらしいエリセにとってミルカは甘えやすい「お姉ちゃん」のようだ。

 これも良い傾向。

 まあ、少し寂しい気もするけれど…。


「あ、そうだ。エリセ。

 相談なんだけれど、ミルカと一緒に個室に行く気はない?」

「え? 個室?」

「そう。リオンとフェイが使っているみたいに自分達の部屋で寝て起きるの」


 前々から思ってはいたのだ。

 子ども達を、ちゃんと寝室で寝かせてあげたいなあ。と。

 特にエリセは女の子だし。


 部屋数は一応、それなりにある。

 ただ、いきなり一人に部屋を与えるのも不安だったので踏み切れずにいたのだけれど、ミルカが一緒なら大丈夫かな? と思ったのだ。

 ミルカは逆にいきなり大部屋で、知らない子と寝るのは不安だろうし。

 エリセとならガルフ滞在中に一緒に過ごすことが多くて、気も合っているだろうから。


「いいの?」

「ミルカはお姉ちゃんだけれど、エリセの方がお城には慣れているから、二人で仲良く協力してくれるとうれしいな」

「うん! うれしい!!」


「ミルカはどう?」

「個室をいただけるなど…、もったいないことですが…」

「部屋は余っているから、大丈夫。エリセと仲良くやってね」

「あ、ありがとうございます」

「よろしくね。ミルカお姉ちゃん。わーい。個室うれしい♪」



「えー、ずりぃ~、エリセばっかり」

 

 嬉しそうに飛び跳ねるエリセを見て、アーサーが頬を膨らませた。


「おれも個室ほしいなあ。一人でのんびり寝たいのに」

「いきなり一人にはしないよ。

 でも…アル兄とアレクと三人部屋ならあげてもいい」

「え? いいの?」

「アル兄は、どう? アレクとアーサーの面倒をお願いしちゃうことになるんだけど」


 リオンとフェイが同室なのにアルだけを一人部屋にはできない。

 それで、今までは子ども達と一緒だったのだけれども、アルもいい加減、子ども達から少しは離れたいだろう。

 

「まあ、その辺が落としどころ、だよな…。

 解った。

 前々から部屋は欲しかったし。アーサーとアレクの面倒はみてやるよ」

「アーサーとアレクもそれでいい?」

「やったー! ありがとう。マリカ姉、アル兄! 個室だ!!」

「リュート、持って行っていい?」

「いいけど、部屋ではあんまり弾くなよ。練習は外で」

「うん!」


 これで、部屋割りは決まりだ。

 まだ流石にこれより下の子達には部屋はあげられない。

 私一人じゃ何部屋もに分かれられると、どうしても目が行き届かなくなるから。

 年中組の、クリス、ヨハン、シュウが身の回りの事が完全に身に付いたら、3人と4人部屋にしてあげることはできそうだけれど。



「僕は、エリセより先にマリカの方が個室を持つべきだ、と思うのですけどね」

「同感。マリカ。お前プライベートないだろ?」

 

 フェイとリオンが諭す様な目で私を見ている。


「え? あるよ。

 裁縫仕事するお部屋貰っているし」

「仕事にしか、使っていないでしょう? 子ども達から離れてゆっくりとできる場所と時間を持つべきだ、と言っているんです」

「でも、なんだかんだでエルフィリーネにみんな、見て貰ってるし、これ以上は…」


 ここは時間の決まった保育園や幼稚園ではないから、その辺は仕方ない。

 そもそもプライベートルームを貰ったとしても、カルタや積み木を作ったり、料理のメニューを考えたり服を用意したり、教材の準備をするだけだ。

 いいとこ本を読むのが関の山。

 向こうでもそうだったし、子ども達のこと以外で趣味などとんと思いつかない。


 私がそう言うと、二人は顔を見合わせて肩を竦める。

 処置なし。とはっきり顔に書いてあるが、ホントに使い道ないんだもん。




「マリカ様は3階のお部屋をお使いになられるおつもりはないのでしょうか」

 

 今まで黙って話を聞いてたエルフィリーネが問いかけて来るが、


「無理。子ども達と遠くなっちゃうし、あんな凄い部屋使えないよ」

 それには私ははっきりと首を横に振る。


 3階の部屋というのはこの間探索に行った「女主人の部屋」のことだろう。

 執務室も、寝室も最高級品揃いで、秘密の部屋へと続く通路まであった。

 いずれ執務室の本は読ませて貰うにしても、あの部屋には手を付けたくない。

 あの部屋は、私のものでは無い。

 かつての主の部屋だ。



「そうですか…」

「ごめんね」

「いえ、失礼をいたしました」 


 少し寂しそうなエルフィリーネには悪いんだけれど…。

 

 気持ちを切り替えて、私はみんなに声をかけた。


「じゃあ、部屋移動の準備ね。アル、エリセ、アーサー、アレクは荷物を纏めて。

 ミルカも持ってきた荷物、運んでくれる?」

「はい」「解りました」


 みんなでパタパタ、動き始める。

 新しい仲間を迎えた、新しい生活が始まるのだ。




 エリセと、ミルカの新しい部屋は住居棟、女性部屋の一番手前に決まった。

 以前から時々勉強にも使っていた部屋だ。

 ベッドも二つあったので丁度いい。

 騎士とか使用人の部屋だったのかもしれない。

 と思う。クローゼットや机もちゃんとあるので、エリセは嬉しそうに服や自分の小物。

 勉強用の道具をしまう。。

 ミルカは多分、ガルフが持たせてくれたらしい衣服を撫でながらしまっていた。

 ミルカにも勉強道具とか作ってあげないといけないなあ。


 男の子たちの部屋は、男性部屋の一番手前。

 二人部屋と思える部屋にベッドをもう一つ運び込む。

 これはアーサーのギフトが役立ってくれた。


 リオンとフェイが使っている部屋は割と奥で少し離れている。

 二人にはプライベートが欲しいだろうから、そこは邪魔はしない。


 男性部屋と女性部屋の区切りの扉はまだ開けたままにしておく。

 ここに鍵がある理由はおそらく、女性の安心の為なのだろうけれど、今はまだその心配はないしね。



「ぼくたちも…はやくおへやがほしいなあ」


 そんな、クリスの声が聞こえたので、私は年中組、三人の前に膝を折る。


「あせらないで。まずは、ちゃんと自分の事ができるようになること。

 がんばろうね」


 着替えや、身支度などはできるようになってきたけれど、まだまだ私達の目が無いと集中できない所がある4~5歳児だ。

 これから彼らにも、少しずつ勉強して、自分のやりたいことを見つけて貰いたいと思う。

 それまでは、もう少し、みんなと一緒、だ。



「さーて、今日の夕ご飯はミルカの歓迎会だからごちそう作るよ!」


 私が腕まくりすると子ども達みんなの眼が輝いた。


「歓迎だなんて…そんな。あの、私も…お手伝いさせて下さい」

「えー、ミルカお姉ちゃんのお迎えパーティなのに…」

 

 自分は手伝う気満々だったエリセは軽く頬を膨らませるが、


「お料理覚えたいんだよね。いいよ。一緒に作ろう」

「はい、ありがとうございます」


 私はミルカに手を差し伸べる。

 それがミルカの目的、なのだから。



 その日の夕食はハンバーグステーキと、ジャガイモそっくりのパータトの実の炒め物になった。

 ガルフが森に生えていた花を見てこれは食べられると教えてくれたのだ。

 実、というけど地下茎につく本当にジャガイモ。

 花だけ見てたら気が付かなかった。

 植物油がもう少し豊富に使えたら、フライドポテトとか売れそうな気がする。

 

 エナソースのハンバーグにも、セフィーレの実のコンポートにも

「すごく、おいしいです!」

 ミルカは目を輝かせて喜んでくれた。


 ただ、時々…

「ガルフにも…食べさせてあげたいな」

 そんな呟きが零れていたけれど、私もエリセも聞こえないふりをした。



 次の日の朝

「マリカ姉…」

「…うん、解ってる」


 翌日、ミルカはちゃんと自分で起きてきて、着替えや身支度も整えた。

 いつもと変わらない様子を見せていたけれど、私もエリセもその眼が少し腫れていたことを、その理由を知っている。


「おはようございます。マリカ姉様 エリセ」



 でも、見ないふりをする。

 気が付かないことにする。


「おはよう。ミルカ。今日もよろしくね」

「はい」

「ミルカお姉ちゃん。今日はお姉ちゃんのぶんも、マリカ姉がお勉強セット作ってくれるって」



 彼女がそうすると決めたのなら、その思いを尊重する。

 そして、一刻も早くミルカがガルフの元に戻れるように、全力をつくそうと、決めたのだった。

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