アルとマリカ

 夜。

 夕飯を終えて、子ども達をお風呂に入れて。

 大広間の子ども部屋に戻ってきたらキーン、カキン、と鋼を打ち合わせる音が聞こえた。

 廊下にまではっきりと。


「エイ! ヤア!」

「気合を入れたいのは解るが、実戦で声なんか出していると、自分の居場所を相手に伝えるようなモノだぞ」

「あ、そうか!」


 扉を開けてそっと中に入ると大広間の奥で、アルとリオンが戦っていた。

 いや、勿論、本気で戦っているのではない事は解る。

 アルは以前宝物庫から持ってきた宝剣を使っているけれど、リオンが使っているのはいつも使っている青い短剣では無く普通のショートソードだ。

 つまりは普通の鉄。

 軽量化の魔法がかかってなくて、重い。


 それを扱いながら、アルにリオンは剣の使い方を教えているのだ。



「…みんな、お兄たちの邪魔をしないようにしようね」


 私達はそっと部屋に入ると布団で寝る準備を始めた。

 気配に気づいたのだろう。

 リオンもアルも剣をスッと引いて、下がった。


「今日は終わりにしておくか」

「うん、ありがとうございました」


 ちょっと体育会系。こういうのはどこも変わらないのかな?



「すまないな。ちょっとのつもりが少し気合が入った」


 剣を鞘に収めるリオン。


「冬が終わるとなかなか時間が無いからオレが無理に頼んだんだ」

「別にいいよ。お風呂開いたからどうぞ」


 アルの方をあまり見ないで私は、子ども達の身支度を整え布団に寝かせる。



「マリカ…」

「解ってる」



 諭す様にフェイが言うが、解っている。

 自分の態度が良くないのも、顔が多分白くなっていることも。


 本当に、言われなくても解ってはいる。

 ここは異世界。

 自分の身を護るためにも戦う力は必須だ。

 アルが剣を学ぶと決めたのなら反対する権利は私にはない。



 でも、イヤなのだ。


 本当はリオンやフェイにだって戦っては欲しくない。

 彼らの努力のおかげで魔王城の平和が護られていると知っていても、この苛立ちは止められない。



 小さな子ども達が彼らを見て、目を輝かせるのも、憧れをその眼に宿すのもイヤだ。


 こういう時に、本当にこの世界を壊してしまいたくなる。




 子どもが戦わなくては生きられない世界は、本当にイヤだ。

 だから、私は彼らを無視して子ども達を寝かしつけた。





「マリカ、ちょっといいか?」


 お風呂を終えたであろうアルが、私に呼びかけたのは子ども部屋のみんなを寝かしつけた後のことだった。

 区切りがつくのを待っていてくれたであろう彼をもう無視できない。


「うん」


 私は彼に呼ばれるまま、そっと廊下に出た。




「…ごめんね」

「オレ、まだ何にも言ってないぞ」


 小さく哂って、アルが肩を竦めて見せる。


「態度が、悪いの…解ってる。

 この世界で、生きる為に戦うみんなを止めるのが無理だって、解ってる。

 アル兄が、頑張ってるのも、それを応援しなきゃいけないのも、解ってる…。でも…」


「うん、オレ達に、マリカは戦ってほしくない。って思ってくれてるんだよな。

 でも、それってありがたいけど、ズルくないか?」

「ズルい?」


 意外な返しに、私はちょっと驚く。

 止めろ、とか迷惑だ、とか言われるかと思っていた。

 あとは、オレの勝手だ。とか。


 でも、アルの顔は随分と静かで、優しかった。



「マリカはさ、どんどん前に進んでくだろ?

 魔王城の守護精霊手懐けて、ガルフも味方にして、料理いっぱい作ってくれるのは、まあいいけど。

 俺達の為にって、後ろも見ずに突っ走ってく。

 リオン兄や、フェイ兄と一緒に。


 で、オレを置いていくんだ。

 それってズルいって、オレは思う」


 そう言うと、アルはいきなり服の上着をバサッと脱ぎ捨てる。


「えっ?」


 男の子の裸に驚いて目を隠す間もなく晒された、アルの上半身。

 私は、ギョッとした。

 傷だらけ、だったからだ。

 肩から胸、二の腕に至るまで。



「前に、言ったよな。

 オレはリオン兄、とフェイ兄に助けられた。って。

 前にオレを飼ってた主はサイテーの奴で、二人が助けてくれなかったらオレは今頃、絶対死んでた。

 …この不老不死の世界を、外の人間を、壊したいくらい、一番憎んでるのは…多分オレだ」


 

 そう告げる声は、いつも明るく元気に見えるアルが発したとは思えない程、昏かった。

 アルは、危険を感知する目を持つ予知眼だ。という事は何度も見て来たし、知っている。

 辛い思いをしてきた、ということも聞いていた。

 でも…。



「四人で約束した。この世界に逆襲しようって。

 なのに、三人でどんどん、どんどん進んでいっちまう。

 ガルフの時も、あの塔の上の時も。オレの知らないモノをマリカもフェイ兄もリオン兄も見てた」

「それは…」

「オレの眼を舐めるなよ。

 フェイ兄が前と違う、ってことも、リオン兄がみんなと違うってこともちゃんと解ってるんだ」


 フェイの変生のこと、リオンの告白。

 どちらも私達はアルには告げなかった。

 それは、アルを巻き込みたくない。守りたい、と思う気持ちからだったけれど…そうか。

 アルには仲間外れに思えたのか。



「マリカ。お前も前とは全然違う。本気で、世界を変えようと思ってるだろ。

 そして、またオレを置いていくんだ。チビ共と一緒に」

「アル兄…」

「守られる、って名前で置いて行かれるのはオレはイヤだ。

 だから…何があろうと強くなる、って決めたんだ! 文句なんか言わせない!!」


 ギラリと、アルの眼が虹を帯びた。

 私を刺す様に見つめる鋭い瞳は、本当に何も理解していなくても、私の知らない事さえも全てを解っているのだと、そうはっきりと告げている。

 

「これは、オレの事だけじゃない。マリカ。

 油断してたらリオン兄は、お前だって置いていくぞ!」

「!」

「置いて行かれて、泣くのが嫌だったら、オレ達は強くなって、食らいついてでも側から離れないようにしなきゃいけないんだ。

 フェイ兄みたいに!」




 水を頭からかけられた気分だった。

 ああ、きっと…リオンはやる。

 

 絶対に、悩んで悩んで悩んで一人で抱え込んで。

 その果てに私達を巻き込まないように、って一人で行ってしまうのだ。


「分け合おう」「一人じゃない」

 

 って言ってたのに、約束したのに私達が傷つかないように、巻き込まないように…って抱え込んで。




「…まだまだ修行が足りないなあ」

「は?」

「こっちのはなし。

 自分がやられてイヤな事。他人にやらないのは人間関係の基本だよね。うん」




「本気でゴメン。アル兄、私が間違ってた」

 私は深く、深くアルに頭を下げた。


「解ってくれたらいいさ。

 アーサーや、アレクだって、守られるよりは一緒に戦いたいんだ。

 マリカが嫌がるのは解ってるけどさ」

 

「うん。イヤ…」

「マリカ…」

「だから、強くなるの。守るの。みんなで、みんなを…」


 服を羽織り直しながらアルが苦笑している。


 子どもが戦う姿を見るのはイヤ、子どもが傷つくのを見るのはイヤ。

 これは、もうどうしようもない、私の保育士としての信念。

 我がままだ。


「だから、力を貸して。アル兄…ううん、アル」


 だったら、守ればいい。

 目を離さず、側で。

 そして、とっとと終わらせて作る。


 子ども達が剣を持たずにすむ世界を…。


「いいぜ。マリカ」


 私はアルと、パチン! 手を叩き合わせた。





「アル、いいこと、教えてあげる」

「なんだ?

「いいこと、っていうかアドバイス」


 私はアルの耳にひそひそひそ、と囁いた。


「へえ、それいいな」

「できる?」

「やってみる」


 にやり、と笑ったアルは楽しそうに帰って行った。



 そして、翌日。


「リオン兄、出かける前に、ちょっとだけでもいいから手合わせて!」

「ん? なんだ? いいけど…」


 剣を抱えるアルの呼びかけにちらりと、私の方を見たリオンはそれでも頷いて剣を取りに行く。

 私達は見学準備だ。

 邪魔にならないように、壁際に座る。


 訓練が始まった。

 まだ、剣の技量は比較にならない。

 アルが軽い剣を使っていて、リオンが鉄の剣を使っていても圧倒的にリオンが上だ。

 でも…


「隙あり!!」

「何?」


 アルの眼が虹を帯びる。

 と、同時強く、踏み込んだ。

 リオンはそれを軽く避ける。けれど、避けた次の先…


「チッ!」


 そこにアルの剣、その切っ先が待ち構えていた。

 不自然な体制から、必死に剣で攻撃を弾くけれど、リオンの剣がアルの剣を飛ばすのと、リオンの剣が落ちるのはほぼ、同時だった。



「やられたな。まさか眼をそう、使ってくるとは…」

「へへへ、使えるものは、何でも使えってな」


 アルが楽しそうに、嬉しそうに笑って私の方をみやると親指を立てた。

 私も同じように返す。

 サムズアップの合図はこっちの世界でも同じなのかも。



 アルに予知眼を使いながら戦ってみたら? とアドバイスをしたのは私だ。

 瞬間の判断が必要な戦闘で、数秒先でも危険や次の敵の動きが解るなら、それは大きな武器になると思ったのだ。

 そうして、アルは見事にリオンから一本を取って見せた。


 うん、アルはただ、守られるだけの存在じゃない。

 私達と肩を並べる大事な仲間なんだ。



 子ども達を戦わせたくないと囀るなら。

 その為にできることは何でもするべきだ。

 少しでも早く、子ども達が笑って生きられる世界を取り戻すために。



 私はこの日、あることを心に決めたのだった。


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