世界を変える商人

 俺はガルフ。


 マリカ様の配下で商人だ。

 この世界の人間が不老不死を得るようになってから500年を生きて来た。


 他の人間はどう考えているかは知らんが、俺は正直な話この不老不死という奴にすっかり嫌気がさしていたのだ。


 食わなくても、飲まなくても死なない。

 歳をとらない。病気もしない。

 傷はつかない、痛みもしない。


 確かに最初は楽だ。幸せだと思いもした。

 遊びふけり無茶もしたりした。

 でも、永遠に変わらないなんて退屈そのもの。

 結局10年もすれば不老不死に飽き、逆に変わらない日々を恐れる様になっていた。


 食い物がいらなくなった以上あくせくして金を稼ぐ必要はない。

 そもそも食い物の需要が無くなったことでそれを使って生計を立てていた連中は、俺を含めのきなみ収入源を失ったのだ。

 収入源は無くても、税金は取られる。

 家に住むにも何をするにも金がかかる。



 永遠に快楽を享受するものと、永遠に搾取される者の構図ができあがるまでにそう時間はかからなった。



 幽閉、戦、最下層で膝を抱える日々を飽きる程過ごして、俺は死を決意した。

 何年もかけて世界で唯一死ねる場所。

 魔王城の存在を知り、行く道を探した。

 我ながら、大した行動力だったと思う。


 そうして、辿り着いた地で俺は運命と出会ったのだ…。




 王都、商業ギルドにて

 

「ガルフ殿…。この申請は本気でしょうか?」

 

 申請の書類を見ながら係員が怪訝そうに首を捻る。

 まあ、無理もない。

 俺だって、逆の立場ならそう思う。


「間違いありません。どうかそのままでお願いいたします」


 手数料と一緒に低額銀貨を1枚そっと係員の手に握らせる。


「解りました。最終申請が通るかどうかは解りませんが、とりあえず、手続してまいります」

「よろしくお願いします」


 係員は頷いて奥に行ってくれた。

 とりあえず第一段階終了。

 俺は大きく息を吐き出した。


「? ガルフ? ガルフじゃないか??」


 待合室に腰を掛けて待っていると、そんな声が聞こえて来た。

 まだ、商業ギルドに俺を覚えている人間がいたのか?

 ちょっと驚き、可笑しい気分になりながら声の方に顔を向けた。


「ああ、ザック。お前だったのか?

 何百年ぶりだ? よく覚えていてくれたもんだ」

「忘れる筈はないだろう? どうしているのかと心配していたんだぞ」


 確かにこいつは忘れないだろう。

 何せ、俺から妻を奪った男だ。

 …もっと言うと俺から妻を奪った後、富豪に売り飛ばした男、でもある。



「アデラとは今も、時々注文を受ける関係で顔を合わせることがある。

 元気にしているぞ」

「それは何より」


 それ以上、話をする気もなく、顔を背けた俺の横に、だがザックはすいっと腰を降ろす。



「おい、ガルフ。お前、噂になっているのを知っているか?

 何でも大層な後ろ盾を見つけたらしいじゃないか?」

「そうなのか? 知らなかった」


 もちろん知っている。

 何百年も前に商業ギルドから外れ、最下層に落ちていた俺がいきなり戻ってきて店を買い、新しい商売の登録に来ている。

 となれば退屈している連中にはいい話のネタだろう。


「まあ、あながち間違ってる訳でもない。

 とある方に見込まれて新しい事業を任されることになったんでな。

 せっかく機会を頂いたんだ。もう一度やれるだけやってみようとは思っているさ」

「剛腕のガルフを雇うとは、見る目があるお貴族様もいたもんだ」

「昔の呼び方はよせ。剛腕な人間が自分の店を潰したりはしない」


 肩を竦めた俺にザックは首を振る。

「何を言っている? お前が店を失くしたのはお前の腕の悪さじゃない。単に運が悪かっただけだろう?」


 まあ、そうだ。

 運が悪かった。

 この世界の人間が、急に不老不死になったことも

 俺が…こいつのように衣服を商うものではなく…食料品という、この世で一番必要とされないものを商っていたことも。


「あの時はいろいろ世話になったな…」


 俺にしては珍しく本気で言ったのだが、奴はどうとったのか。苦く笑う。

 こいつが妻を富豪に売り飛ばして「くれた」おかげで、店をなんとか畳むことができたのは事実ではある。

 感謝をまるでしていない訳ではない。

 思う所は山ほどあるが…。



「なあ、ガルフ? お前が始める新しい商売に、一口噛ませて貰えないか?」

「は? すまん。良く聞こえなかったんだが?」


 考え事をしていたせいだろう。今、変な話が聞こえた。

 俺はザックの方に顔を向ける。


「だから、噂になっているんだ。

 お前が、商売を本気で再開しようとしている。

 税を払い、家と店を構え、人を集め…新しい何かを始めようとしているってな。

 しかも後ろ盾が半端じゃない。相当大きな話になるだろうって」


 ザックが俺の首元を指し、ピンと弾く真似をする。

「精霊金貨を契約金に払うくらいだ。そうとう力のある貴族なんだろう?」

 


 …どうやら上手く言っているようだ。

 俺の資金の出所がお貴族様だという情報操作は。


 ペンダントとして首から下げている精霊金貨。


 その辺の成金や商人が簡単に手に入れられるものではない。

 十分に歴史のある貴族でないと手に入らない代物だ。

 俺が貴族の子飼いだと思わせておけば、資金の出所に疑いを持たれることは少なくなる。


「商売上の秘密を俺が簡単に明かすと思うか? それに資金なら間に合ってる」

「まあ、そうだろう。

 だが、お前は暫く商売から遠ざかっていた。情報や最近の流れを完全に掌握しているとは、まだ言えないんじゃないか?」

 

 だから、自分を雇えと、こいつは言うのか。


 相も変らぬ傲慢さだが、商人としての鼻は効く。

 人は裏切っても、利益は裏切らない男だ。




「いいのか? 俺が扱うのは食い物だぞ?」

「な…に?」



「ガルフ様。どうぞこちらへ」


 唖然とするザックを置いて俺はカウンターへ向かう。


「許可が下りました。こちらにサインを。

 あと、登録証の確認をお願いします」


 許可証にサインし、登録証の確認をした。

 

 

『商業扱い品 食料品

 登録ナンバー 1』

 

 やはり、500年の間に王都でさえ、食料品扱いの店は絶滅していたようだ。

 お貴族様は、嗜好品としてたまに食事をたしなむと言うが、どういう経路でどんな品物を扱っているか、調べてみる必要があるな…。



「ガルフ? お前、何を考えている? また、食い物を扱うだと?

 詳しい話を聞かせろ!」


 書類を持って戻って来た俺を、ギラギラとした眼でザックが睨む。


「商談か?」

「そうだ!」



 俺は自分の唇の端が上がっているのを感じる。

 ああ、いい。

 こういう場こそ俺の居場所だ。



「いいだろう。

 ただし、暫く邪魔はするなよ。黙って見ていろ。

 俺が、俺達が世界を変えるのをな」


 俺は思いっきり挑戦的に、笑って見せてやる。

 数百年ぶりの「剛腕のガルフ」の顔で。





「お帰りなさいませ。旦那様」

「今戻った。リード」


 屋敷に戻ると、使用人が出迎えてくれた。


 商売の世界に戻ると決めた時、下層からなんとか探し出し、助け出した元従業員の一人。

 恨まれても仕方ないと思っていたのに、戻ってくれた事をありがたく思っている。

 今、魔王城のこと以外を全て明かした、信頼する右腕だ。



「手続きは終わった。いよいよ、動き出す。忙しくなるぞ」

「それは、楽しみでございますね」 

「ああ。

 食事の準備をする。お前も食え」

「ありがたく、ご相伴に預からせて頂きます」


 焼きベーコンとソーセージ。パータトの実の炒め物。

 エナの実のスープ。


 商人として扱う品を知らなければ、という建前だがリードもすっかり「食事」の虜になっていることを知っている。

 世界に500年ぶりの「味」を売る。


 勝算は十分、だ。



「ミルカ…そっちの皿を、取っ…」


 言いかけて思い出す。もう、この屋敷にミルカはいないのだ。と。




 商品として売られていた子ども。

 俺を慕ってくれた娘は、今、遠い魔王城で教育を受けている。


「ミルカさまがいなくなって、寂しくなりましたね」


 リードも静かに笑う。奴も寂しいのだろう。

 奴には知り合いに預けた、と言ってあるが、俺と、リードとミルカ。

 三人で過ごした冬は、何百年かぶりに本当に楽しい日々だった。




 ミルカが、あの島の子ども達のような賢い子達が、マリカ様が、子どもというだけで闇に押し込められる。

 そんな世界は確かに一度、壊してしまった方がいい。




「待っていろよ。ミルカ…」

 俺は、遠い娘に呼びかける。


「お前が戻って来るその日まで、俺は必ずお前の生きる世界を取り戻してやる…」


 と…。



  

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