魔王城の親子

 ガルフとミルカが魔王城に来て2日目。

 

「あ、あの? マリカ様? そのお姿…は」

 

 翌朝、食事を運んできた私の姿を見て、ガルフは唖然とした表情で眼を瞬かせていた。


「これが、私の本当の姿です。

 魔王城の島は、自給自足。みんなで働かないと食事も作れませんからね」


 シャツに、ジャンスカ。

 エプロンドレス。

 動きやすさ優先の保育士スタイルは、やはりこの世界の大人が見たらビックリする衣装なのかも知れない。

 でも、ヒラヒラドレスで畑仕事もベーコン作りもできないし。


 ミルカはひざ下までのワンピースドレスを着ているけれど、子供服にルールとかはあるのだろうか?

 今度教えて貰おう。


「幻滅しましたか? 騙された、と思います?」


 魔王城を預かっているのは本当だけれども、お嬢様やお姫様ではない。

 私は私。保育士だ。

 身体はまだ子どもだけれど、保育士だとそうありたいと思っている。


 本気で協力を仰ぐ仲間と決めた以上、本当の姿を知ってもらいたかったんだけれど、お姫様していた方が良かっただろうか?

 少し、ドキドキの私に、ガルフはくくっ、と小さく笑うといつものようにお辞儀をしてくれた。


「いえ、惚れ直しました。

 どうぞご指導をよろしくお願いします」

「はい。しっかり覚えて、向こうに戻ったら貴方が他の者に教えて下さい」




 世界に逆襲する、と言ったところでそう簡単ではないのは解っている。

 相手は世界全てに呪いをかけたこの世界の「神様」なのだから。

 

 それに、できるなら本気の戦いは最後の最後の手段にしたいと思ってもいる。

 魔王城でまともな戦いができるのは、リオンとフェイだけ。

 例え本人がやる気になったとしても、アーサーやアルを戦いに出すのは極力、本当に極力避けたいのだ。

 

 だから、まず狙うのは人の心。

 今の不老不死世界に倦んでいる下級層の心を変えていく。



「食い物を売れ。元食料品商人だというのなら、ノウハウは解っているだろう?」



 リオンは昨日、ガルフにそう言って私達の計画を伝えた。


「それは、無理じゃないか? そもそも、俺達にはもう食い物は…」

「必要ない、か? でも無くても生きられるものが、全て不要な訳じゃあない。

 お前はそれを、身をもって体験したんじゃないか?」

「あ、ああ…」


 美味しく暖かい食事。

 それが、どんなに心を温めるか。力を与えるか。

 ガルフは確かにその身で知っている。


「むしろ、この時だからこそ食い物が売れる。そうは思わないか?」

「…ああ、思う。確か…にその価値はある」


 頭の中で計算を始めたらしいガルフに、リオンはニヤッと笑って見せた。


「狙うのは下級層。できればギリギリの生活をしている奴らがいい。最初は儲けは気にするな。俺達魔王城が埋めてやる。

 安く、最悪無料でも構わない。とにかく食べさせて味を覚えさせる。

 身体に戻る力と幸福を知れば、次は向こうの方から欲しいと言ってくる。

 そしたら、雇って売るのを手伝わせるんだ」


 なんか、麻薬の売人みたいな言い方だけれど、健康健全な商取引ですから。


「働く場がないから、金が無いから、偉そうな奴らにいいようにされるんだ。

 雇用を作り、働かせて金を与えてやればいい。そうすれば、その金はいずれお前の所に戻って来る…」

「新しい産業を生み出せば、既得権益との競合はありません。競争相手が出てくるまでは儲けを独り占めできます。

 それに皆が食べる事を知れば、貴方も、外で『食事』ができますよ」


 フェイが、具体的な単価計算や収入見通しまで説明し始めるとガルフは目を丸くしていたが、流石元商人。

 それが実際に実行できるかどうか、直ぐに解ったらしい。


「すごいな。お前ら…。子どもだと思っていたが、こんな難しい計算や計画が立てられるなんて」

「マリカ様の教育の賜物です」



 楽し気に笑ってフェイは胸を張るけれど、いやいや、待って止めてフェイ。

 天才にそういうこと言われると、ホント。胸が痛いから。


 

「貴方がその気なら、比較的簡単に作れて、おそらく評判が良い食べ物の作り方を教えましょう。

 今まで「食べ物」として使われて来なかったのなら、使い道がなく入手もしやすいものもあるかもしれませんよ」

「解りました。お願いいたします」


 すっかりやる気になったガルフに、私はとりあえず燻製機の作り方とベーコン、ソーセージの作り方を教える事にした。

 燻製機は一つあれば色々と応用が利く。

 ベーコンやソーセージだけではなく、卵や魚も薫製にすれば長持ちするし美味しくなる。

 料理など殆どしない父が得意にしていたのだ。ガルフにも多分できるだろう。


「外の世界では、獣肉は手に入りますか?」

「皮や油、膠などに需要があるので狩人はいますよ。肉は放置されているようですが」


 なんともったいない。

 あ、でも膠があるなら欲しいなあ。魔王城では石灰が手に入らなくて冬の製作は失敗したのだ。


「じゃあ、安く手に入れる事はできそうですね。

 そうです。こうして、塩を良くも揉みこんで…」

「ほうほう、なるほど…」


 ガルフは食材を扱う商人をしていたというだけに筋が良く、何回か同じことを繰り返しているうちにあっという間にコツを覚えたようでソーセージ作りも、ベーコン作りもとても上手になった。


「燻す時にはセフィーレやミクルの木の枝を細かく砕いて使うといいでしょう。それぞれ独特の香りが付きます。

 セフィーレの実やペアンの実は食べても美味しいし、絞ってジュースにしても美味しいですよ」

「ああ、確かに昔、齧った覚えがあります。本当に、果物を口にするなんて何百年としていなかったな…」

「あと、エナの実はスープに入れると美味しくて…」


 外の世界で、何がどれくらい取れるか解らないから教えられる限りの事は教えておく。

 どれができるかできないかはガルフ自身で試行錯誤して貰うしかないからだ。

 私とエリセが交互でできる限りの料理を教え、ガルフはミルカ一と緒に懸命に覚えてくれた。


「ミルカ。そっち押さえててくれ」

「うん」

 仲良く親子クッキングする様子はとても微笑ましくて見ている私も心がほっこりした。


 情報を万が一にでも盗まれる可能性を考えると書いて渡すことはできない。

 繰り返し、身体と頭で覚えて貰ったからガルフはきっと大変だったと思う。



 けれど、その努力のかいあって、一週間後、初めてのベーコンが完成した時には

「これは、すごい!!」

 本当に大喜びだった。


 500年前の時点でも、こうした燻製技術は無かったらしい。

 初めて食べた、美味いとベーコンステーキに目を輝かせてくれていた。



「ソーセージやベーコンを串に刺して売ったりすると、売りやすく、買いやすく、たべやすいかもしれないですね」

「それは、いいアイデアです。塊で買いにくい者も一串くらいならと思えるでしょうな」



 そんなこんなであっという間に10日が過ぎる。

 そろそろ戻る。とガルフが言ったのはその頃だった 

 基本的な燻製調理技術と、簡単なスープ、ジュースの作り方。そして燻製機の作り方を覚えた。

 燻製とあとは果物のジュースなどで「食べ物販売」の手ごたえを探ってみる、と言ってくれたので私は許可を与え、できる限りの資金、材料を渡す。

 彼が持って帰れる最大限を用意して、最後にガルフに一袋。

 カエラ糖を預けることにした。


「いいですか? これは、本当に慎重に使って下さい。なるべく他者には渡さないように。

 ありとあらゆる食べ物を美味しくする切り札です」

「解りました」


 一口食べれば、彼も商人だ。その価値が解ったのだろう

 真剣に頷いてくれた。

 入手方法や原料についてはまだ知らせない。教えても今は入手不可能だけれど。



 それから、前回の情報収集、子どもの救助に加え、外の世界で小麦や他の食材が残っていないかも探って貰うようにも依頼する。

 特に小麦、卵、牛乳の情報が欲しい。

 これらが安定して手に入るようになれば、パンケーキやクッキーなども使えるようになるからだ。


「王侯貴族が使っている食材などがあれば、高くても入手を試みて下さい。費用は惜しみません」

「解りました」

「宝石や、金貨銀貨の換金は慎重にしろよ。出所を怪しまれて変な目を付けられるのが一番まずいからな。

 でも、金で解決できることはしてしまっていい。惜しむな」

「ああ、助かる」



 様々な準備を終えたガルフは金貨、銀貨、宝石と一緒にカエラ糖を大事に鞄の奥にしまった後、大きく深呼吸して   


「ミルカ」


 ミルカに向かい合った。


「俺は、帰る。お前は…どうしたい?」



「ここに残れ」でもなく「一緒に戻ろう」でもなく。


「どうしたい?」


 娘に問う姿は、我が子を思う、父そのものだ。

 胸の奥がチリリと焼ける様に痛んだ。



「私は…」

 その時、私はミルカの声を始めて聞いた気がした。

 今まで、エリセや、ガルフの後ろに隠れ、頷く、首を振る程度でしか意思表示しなかったミルカの声に、私は彼女が真剣に考えて答えを出したことを知る。


「ここに、のこります」

「そうか…」


 ミルカの出した結論にガルフは静かに頷いた。

 その眼には安堵や理解と共に隠し切れない寂しさが、確かに見える。


「私は、ここで…べんきょう、します。よみかきや、…けいさん。

 ガルフのために…」


 ミルカはエリセと一緒に行動を共にし、城の子ども達、ほぼ全員が読み書きできることに衝撃を覚えたようだ、という話は報告を受けていた。


「おりょうりも、いっぱい、おぼえて…ガルフのおてつだい、できるように…なるから…、だから、だから…」

「ああ、待ってる。ミルカ。

 いつか俺を手伝ってくれ…」

「うん、うん…」

 

 目元に涙をいっぱいに溜めて、でもそれを溢すまいと頑張るミルカをガルフが慰めるように抱きしめる。


 見ているだけで、心が痛い。


 でも、家族が大事な子どもを預け、安心して働ける様にするのも、保育士の仕事だ。

 だから、私は自分が出来る最高の笑顔でガルフに笑いかける。

 少しでも彼の不安を消せるように。


「ガルフ。大切なミルカは、私が責任を持って預かります。

 ですから、外のこと。どうか、よろしくお願いしますね」

「お引き受けいたします。ミルカのこと、どうぞ、よろしくお願いします」

「行くぞ」

 境界の扉まではフェイとリオンが送ってくれる。


「ミルカ。ガルフのことを、いってらっしゃい、と見送ってあげてくれませんか?」

「はい…マリカ様…」

 涙を精一杯の思いで堪えながら、ミルカは微笑んだ。


「いってらっしゃい、ガルフ」

「ああ、行ってくる。ミルカ」


 私達に最後の言葉と笑みを残して、ガルフの姿は消えた。

 跡形も無く。

 外の世界に戻って行ったのだ。


「泣いていいですよ。ミルカ」

「マリカ様?」

 立ち尽くす、ミルカの小さな肩を、私はそっと抱きしめた。


「大切な人と引き離してしまってごめんなさい。

 辛かったですね。苦しかったですね。


 思いっきり泣いてしまいなさい。

 泣いて、泣いて。

 そして、後は頑張って新しい家族と一緒に生きて行きましょう」

 


 すん、すんと、最初は鼻をならすような小さな嗚咽が、止めどない涙に変わるのに、時間はかからなかった。


「わあああん!! わあああああああん!!」

 泣いていい。

 泣いて、泣いて、心の中のものを全部出してしまうといい。


 私はリオンとフェイが戻ってくるまで。

 ミルカが落ちつくまで、背中をとんとん、とんとん、と叩きながら、彼女をずっと抱きしめていた。


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