魔王城 来訪者再び
「おはな、キレイだね」
エリセがロッカーの上を背伸びしながら、私が生けた花の一輪挿しを見る。
最近、森にも花がいっぱい咲いているので時々詰んできては私は部屋の中に飾っていた。
豪奢な装飾が施された魔王城の大広間。
小さな花など、目立たないかと思ったけれど、強い存在感で部屋を彩ってくれている。
その中でもこの白い花は特別なんだけれど…。
「!」
「どしたの? マリカ姉? 顔赤いよ」
「な、なんでもない。なんでもないから」
私はパタパタと手を顔の前で仰いだ。
ダメだ。一刻も早く消したい。
この、思い出すたび、頬に昇ってくる熱を…。
「マリカ、用意はできましたか?」
扉の所で、フェイが呼ぶ声がする。
見れば、子ども達はもうフェイとリオンの前で並んで待っている。
「ごめん。今行くから!!」
私は一輪挿しを壁の方に押しやると、皆の方に大急ぎて走って行った。
向こうの世界の保育所、幼稚園とかだと春は入所、入園シーズンで慣れない子どもが環境の変化で大泣きするのが風物詩だ。
一方で一年以上集団生活を経験した進級児は「大きくなった」自覚を胸に、色々と頑張れるようになる子が多い。
誕生パーティを終えて、魔王城の子ども達は正しく進級児の自覚が見えて来た感じで、色々な事ができるようになってきた。
年長3人はもう、立派な戦力として狩りや料理などを手伝ってくれている。
そして、下の子たちも身の回りの事が自分でできるようになり、お手伝いにも積極的だ。
ここは異世界。
向こうの世界とは、やっぱり違う。
一年間で実感した私は、この春から子ども達を積極的に外に連れ出すことにしたのだ。
「よし、みんなで草むしり競争! はじめ!!」
魔王城の庭。
みんなで麦畑の草むしりを始める。
ちょっとした運動場並みの広さがある中庭。
本当だったらバラとか優雅な花が咲くのがお似合いなんだろうけれど、残念ながらここでは一面の麦畑。
茶色の畝のあちこちに雑草が見え始めているので、みんなでこまめに採っていく。
「てい、えい!!」
春になって随分としっかりしてきた年中組 クリス、ヨハン、シュウにはもうすっかり畑の事を任せられるようになってきた。
みんな、この小麦が美味しいパンやパンケーキやクッキーになることが解っているから真剣そのものだ。
「ほらほら、みてみて。マリカねえ、こんなに採れたよ~」
「ホントだ。丁寧に根っこまで抜けたね。ありがとう」
「もっといっぱいとってくるから、まってて!!」
年少組、ギルやジョイも頑張りを嬉しそうに見せに来てくれて、褒めると嬉しそうにまた畑に戻っていく。
子どもは成長が本当に著しいなあ。
…本当なら、もっと無邪気に遊ばせてあげたいけれど、と浮かぶ考えを頭を振って払う。
環境に合わせた保育は当然。
この世界にはこの世界に合わせた子ども達の育成方法がきっとある。
私は前を向いた。
とりあえず、まずは草むしり。
子どもに頼む以上、大人が手を抜くわけにはいかないもんね。
私の横ではジャックやリュウが小さな指で、草を引っ張っていた。
午前中の仕事を終えて、子ども達をお昼寝させて、ホッと一息。
と思っていた私を
「マリカ…」
リオンが呼ぶ。
私はそっと、部屋を出た。
その眼差しに込められたものに気付かない訳にはいかなかったからだ。
「なにがあったの?」
「ガルフがこちらに向かっているようです。明日の昼には多分、境界の門を潜って島に来るでしょう」
「そっか。思ったよりも早かったね」
魔王城の島の外から、異世界の「大人」ガルフが来たのは去年の秋、その終わりごろだった。
死を求めて訪れた「来訪者」をなんとか助けて味方に付けようと必死だったあの時を思い出すと、今も心臓がバクバクする。
情報収集と子どもの救出を頼んだけれど、成果はどうだったろうか…。
「ガルフ一人ではないようです。
詳しくは解りませんが、もう一人誰かが一緒のように思います。
子どもを救出してきてくれたのかも、しれませんね…」
目を閉じるフェイはその眼ではない眼で何かを見ているようだ。
「フェイはガルフに契約の腕輪付けたんだよね。
それってどの程度まで彼の事が解るの?」
「そんなには詳しくは解りませんよ。どこにいるか。一人かどうか、くらいですね。
基本、あれは彼の契約違反を防止する為のものですから。
いざという時、心臓を止めるくらいのことしかできません」
フェイ怖っ。
お願いだからそんなこと、サラっとにっこり言わないで。
「ただ、他者に魔王城のことを漏らしたりすれば発動する契約の力が、誰かと一緒にいても発動しない。
それは、相手がここに連れて来る予定の、契約対象外の子どもだから。そんな予測は成り立ちます」
流石に子どもを連れて来る時に、魔王城の事をまったく話さないわけにはいかない。
だから、救出した子どもに対しては他言禁止の契約はかけなかったという。
判断基準は不老不死か否か。 なるほど。
「そっか、ガルフはちゃんと約束を守ってくれたんだ…。
外で苦しんでいる子がいて、助けられたんなら嬉しいな…」
「あいつは、今後のことを考えると必要な人間だ。裏切られると正直困る。
できるだけ、外の世界で力を付けて、俺達が外に出るときの足場になってもらわないといけないんだからな」
リオンの言葉に私は運付く。
そう、今回のガルフの様子を見て、私達は彼にある提案をすることを考えていた。
新しい商売の提案と援助。
できれば、私達が外に出られるようになるまでにガルフにはある程度、実力のある商人としての立場を経て欲しい。
今回、彼が、ちゃんと成果を出したら、報酬を出して次につながる話を預ける予定なのだ。
「場合によってはしばらく滞在させることも考えますが、エルフィリーネは彼を城には入れたがらないでしょう。
城下町の一軒を使わせた方がいいかもしれませんね」
「わかった。掃除してちょっと滞在できるようにしておこう。
みんながお昼寝終わったらエリセと掃除に行ってくるから。
アーサーとオルドクスにも手伝って貰ってもいい?
今回はエリセには助手をお願いするつもり。一番警戒されにくいと思うし、料理の腕も上がってきているし」
「お願いします。その間に僕達はこまごまとした準備をしておきますので」
「オルドクスにも言っておくし、材料は揃えておく。こっちは任せておいてくれ」
「うん、じゃあ、そっちはお願いね」
それぞれのやるべきこと。
役割分担を決めて、動き出す。
来訪者を再び、この地に迎える為に。
そして翌日。
私は彼と再会した。
魔王城と城を統べる者。マリカ。ガルフの主人として。
「お久しぶりでございます。マリカ様」
丁寧なお辞儀をしてくれた彼に私は、精一杯の猫を被って応える。
「元気そうで何よりです。ガルフ。
冬は無事に過ごせましたか?」
「おかげさまで、生きるのが楽しいと生まれて初めて思える冬でございました」
数か月ぶりに出会ったガルフは、かつてと比べると見違えるように溌剌としていた。
みなりもしっかりと整えられ、とても身ぎれいにしている。
大きなカバンを肩から背中に背負い、空いた両手で彼は女の子を抱えていた。
「この子はミルカと申します。
どうか、マリカ様にお預けしたく…」
深々と頭を下げるガルフには見えなかったろう。
でも、私には見えてしまった。
ガルフの言葉と、私に怯えながら、彼の肩を掴むミルカの、悲しそうな眼差しが…。
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