魔王城のバースデーパーティ
ここ数週間で一気に雪解けが進んだ森は今やすっかり春の色あいだ。
広がる大地の色は白から茶色へ、そして緑へと驚くほどの速さで変わっていく。
所々に顔を覗かせる、黄色や紫の花たち。
こんなにはっきりとした季節の移り変わりを、向こうでは感じる事ができなかった。
異世界で初めての春。
私は、大きく息を吸い込んだ。
冬の終わり、私達はメイプルシュガー、もといカエラ糖の採取にあけくれた。
できる限り、貴重な糖分を確保したくて他の事を色々後回しにしてしまったけれど、十分な量の採取はできたし、満足。
私は春になったら、何を差し置いてもどうしてもやりたいことがあったのだ。
そういうわけで私が最初に行ったのは秋に作った麦畑の確認。
秋の終わり、魔王城の中庭と、城下町の畑の二か所に麦畑を作った。
城下町に残っていた麦は完全に野生化していたけれども、穂はみっちりとしていて、とてもいい小麦粉になってくれた。
去年は麦を移植して完全に熟すまで城で様子を見ただけだけれど、今年はさらに量産体制を作りたいとみんな頑張ってくれている。
だから、昨年の秋に種まきをした。
雪解け後、様子を見に行ってみると…
「うわーすごい、茎が立ってきた」
雪の下、力を溜めていたであろう麦は、少しずつ育ってきている。
まだ穂は見えないが、弱って枯れたりの心配は今の所、ないと思う。
カエラ糖の採取の時にも感じたけど、この辺の気候は日本でいうなら北海道あたりに近いような気がする。
関東なら麦は初夏に取れるけど、北海道あたりだと初秋頃だとか。
とにかく新しい小麦粉ができるのはもう少し先のことになりそうだ。
私はお城に戻って台所に残していた小麦の袋を確認する。
もうそんなに残っていないから、大事に使いたいけれど…。
「でも…うん!
大事にすることと、しまい込むことは違うよね」
私は、袋の中に計量用のコップを差し込んだ。
今日は、腕によりをかけた料理を作るつもりなのだ。
まず、さいしょにやったのは豚肉をメイプルシロップの中に付け込むこと。
リオン達が採ってきてくれた今年最初の獲物のロースとひれ肉を使う。
筋を良く切って、叩いて、それから塩やとっておきの香辛料も適度に混ぜて付け込み駅の中に、少し厚切りの肉をしっかりと浸した。
メイプルシロップの効果でお肉が柔らかくなる。
と思う。
次に時間のかかかる。クッキーの下準備。
小麦粉に、お塩をひとつまみ。
あとはミクル油とメイプルシロップを入れてるだけ。
以前、牛乳アレルギーの子の為に、卵や牛乳、バター無しのクッキーをつくったことがある。
それの応用。
ただのクッキーなら簡単だけど、ちょっとひと手間加えてみる。
みんな、面白がってくれるだろうか?
お菓子作りや、料理作りを本格的にやろうと思うと、欲しいものはたくさん出てくる。
諦めていたお砂糖が手に入ったら、次は牛乳が欲しくなる。
牛っているのかな?
いないなら、せめてヤギかヒツジ! 私にどうか。ミルクを下さい!!
まあ、無理なのは解ってます。言ってみただけ。
でも口に出しておけばどこかでお砂糖みたいに代替品が見つかるかもしれないしね。
クッキーをオーブンに入れたら、次はパンケーキの準備だ。
とっておきの卵と小麦粉、それからたっぷりお砂糖も入れた。
重曹やバターがあればふっくらするのだけれど、バターはともかく、重曹は異世界では再現不可能だよね。とまぜまぜしながら思う。
だから、秘密兵器を一たらし。
上手くいくといいんだけれど。
「あれ? マリカ姉、こんなに早くからお料理? 手伝おうか?」
「大丈夫。遊んでていいよ。今日はね、ちょっと自分でやりたいの」
心配そうに声をかけてくれたエリセには申し訳ないんだけれど、今日だけは本当に自分でやりたかった。
だから、全力で料理に集中する。
みんな、喜んでくれるかな?
美味しいって、思ってくれるかな?
そんなことを思いながら、私は煮込んだスープの火を止めた。
「うわ~、すごいごちそうだああ!!」
夕食の時、ヨハンが目をまん丸くして声を上げた。
テーブルには森で積んで来た花を飾り、白いテーブルクロスをかける。
それだけで、元々は超豪華な魔王城の大広間。
スペシャルなディナー風になった。
ちなみに本日のディナーメニュー
イノシシ肉のメイプルシロップソテー
野菜たっぷりミネストローネ
時々、飾り切りのお花と星入り
野菜サラダ 鳥胸肉入り
セフィーレビネガーとシャロの実のみじん切り入りドレッシング
スペシャルパンケーキ
メイプルシロップをたっぷりかけて。
デザートはメイプルクッキー
ドリンクはペアンの実のジュース。
冷凍ものだけど、許して欲しい。
今の私の腕と魔王城の食材でできるかぎりのものを作ったつもりだった。
たら~り、たらり涎を溢す様子は行儀が悪い、とは思うけれど。
「おいしそー」
でもその一言で、今日の頑張りが全て報われた気がする。
「本当に…、凄い料理だな?」
「何か、祝い事でもあったんですか?」
二人の言葉に、私は頷いた。
「うん、あったの。今日はね、みんなのバースデーパーティ」
「えっ?」
そう、私がやりたかったのは、みんなの誕生祝いなのだ。
長い冬をみんなで乗り越えた。
「今日で、みんな一つ、大きくなった。
そういうことにしよう?」
この世界には誕生日を祝う習慣なんてないのだろうけど。
誰も、自分の誕生日など知らないだろうけれど。
だからこそ、お祝いしたいと思ったのだ。
「お誕生、おめでとう。
生まれてきてくれて、ありがとう…」
私は一人ひとりを抱きしめた。
心からの思いを込めて。
そして、ディナー
「うわ~。すごい! このお肉甘くて柔らかい!!」
いつもより、甘く固い野生のイノシシ肉が思いのほか柔らかくなっている。
砂糖はお肉を柔らかくしてくれるんだよね。
ちょっと、甘すぎる気もするけれど、みんなには丁度いいかも。
「このお野菜にかかっているのなあに? セフィーレの匂いがする」
「それはね、アップル、じゃなくってセフィーレビネガー。去年の秋から仕込んでたんだよ」
時間はかかるけれど、果物酢の手作りは、そんなに難しいものではなかったのだ。
特にリンゴで作るアップルビネガーは水と果物だけでほぼできる。
実家から送られてくるリンゴ一箱を持て余した時に良く作った。
売ってる穀物酢より、少し酸味は薄いけれど…ちゃんとお酢になったのでこれでマヨネーズとかも作れないかなと期待している。
「なんでこのパンケーキはこんなにふわふわなんです?」
「あ、お酢が効いてくれたかな? ほんのちょびっと入れるとふんわりするんだって」
ベーキングパウダーも重曹も、バターも牛乳も無いから色々と試行錯誤している。
お酢はほんの少し、生地に混ぜると無いよりはふんわりと焼き上がってくれた。
酸味は感じず、セフィーレの爽やかさをほんのり感じるだけだ。
うん、なかなかいい感じ。
メイプルシロップとパンケーキの組み合わせは正義!
「みてみて、このクッキー、顔が描いてあるよ」
「ボクのも…。なんだか…みんな、似てるみたいだ」
頑張って、作ったかいあって料理は一つ、一切れ残さず子ども達のお腹に消えて行った。
春から、本格的にいろいろなものが収穫できるようになる夏まで、少し食生活は厳しくなる。
でも今日という日の思い出が、みんなの心に少しでも残ると良いな。
と、私は思った。
「リオン兄とフェイ兄は、自分が何歳だって覚えてる?」
「一応、生まれて11年。今年で12年だ。
フェイも多分同じ歳」
「アル兄は?」
「8つめの冬を越したって言われてたぜ」
「じゃあ、9歳だね。私と同じ歳だったんだ。
もっと大きいと思ってた」
「うるさい。待ってろ! すぐにリオン兄も追い越すくらい大きくなってやるからな!」
楽しい夕食を終えて、お風呂に入り、廊下を歩く。
そろそろ寝ようかな?
思っていたところを
「マリカ」
私はぶっきらぼうな声に呼び止められた。
「なあに? リオン兄」
私が足を止め、顔を向けると、照れたように視線をずらしながら…、ふわり、とリオンの指先が私の髪に触れた…。
「えっ?」
何かがそっと、差し込まれる。
「あ~、その、なんだ…
誕生、おめでとう…」
あっと言う間に、リオンは走り去ってしまう。
私は髪から、差し込まれたものをそっと抜き取って見た。
花、だった。
真っ白で、三枚花弁の可愛らしい花。
私はぺたん、と思わず床に座り込んでしまった。
…うわあっ。
これは、ずるいよ。反則だよ。
なんでこんなにカッコいいの!
足腰が立たない。手も震えている。
花を落とさないようにするのが精いっぱいだ。
腿がかくかくする。胸もバクバク言って止まらない。
落ち着け、私、相手は子どもだ。
今の、私も子どもだけれど…。
…マリカ 9歳 異世界で保育士やってます。
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