エリセのギフト

 リオンと私と、フェイ。

 正確にはフェイはまだだけど、同じ転生者同士で今後について色々話をした後。


「あとは、エリセのギフトのこと…だね」


 私は勿論忘れていなかった、大事な事を二人に相談した。




「マリカは、どう思いますか? エリセのギフト」

「凄くいい聴覚。もしくは聞こえない者の声を聞き取るかな、って思ってる」


 精霊術の勉強を始めてからまだ一カ月も経ってはいないが、その中で何度か時々エリセの『能力』

 その片鱗が感じられる事があった。

 雪の中、気絶していたヒナを助けたり、おそらく封じられていたオルドクスの声を聞いたり。

 自分の精霊石から名前を聞き取ることもできていた。


「おそらく…後者だな?

 というより前者だったら、とてもじゃないけどまともに生きられない。

 コントロールできないと気が狂うぞ」

「後者だって、似たようなものですよ。いたるところにいる精霊の声を四六時中、強制的に聞かされたら頭がおかしくなります」


「二人は、精霊が見えるし、声も聞こえてるんだよね。

 コントロールできてる?」


 精霊関係のエキスパートがいるなら意見を聞きたい。

 私の異世界の知識や経験はこういうところでは役に立たない。

 ええ、まったく。


「…俺は、まあ…年の功?

 必要ない時は意識的に視覚も聴覚もカットしてる。それでも聞こえてくる時のは大事な話ってことだからな」

「僕はシュルーストラム頼りですね。

 彼がガードしてくれているので、必要な時に頼んで見せて貰っています」


 精霊術は見えない世界にアクセスするもの。

 見えない世界が見える、声が聞こえる。

 ということは術士としては大きなメリットだが代償もやはり少なくはないのだろう。

 必要のない時はきっぱり見ない、聞かないと、精霊の専門家たちさえ言うのだから。


「シュルーストラムがガードできるという事は、エルストラーシェにはできない?」


 エルストラーシェはエリセのしているペンダント。

 すでに契約してあの子の『精霊』になっている。

 彼女が力を貸してくれたら、と思うのだけれど…。


「シュルーストラム?」

『あれにはまだ無理だ。本来力を失って姿どころか、声さえ出せぬ身。名前を聞き取れたが奇跡よ。 

 せめて卵の娘が精霊術士としてある程度の知識を身に着けねば力を発揮できぬ』


 あっさりダメ出しされてしまった。


「でもその前にギフトをコントロールできないと術士にもなれない。

 うーん、難しいな…」


 エリセは本当にギフトを欲しがっていたのだ。

 耳が良いとシュルーストラムに褒められたことが、自信になって耳が良くなりたい、精霊の声が聴きたいと思っていた節もある。

 ギフトは身体能力増幅系が多いと聞く。

 そんなエリセに力は応えてくれたのかもしれない。


 ただ、古くから色々な物語で語られる様に、強すぎる能力は人を幸福にするとは限らない。

 歌わないと発動しないアレクや手で触れる、という行動がカギになるアーサーに対して『耳』というのは色々と難しい。

 自分でコントロールできないからだ。

 聴覚が敏感過ぎて、周囲と合わせられなかった子の事例を保育士時代見たことがある。

 音楽どころか、室内あそびでさえ苦痛であったという。



「ホント、どうすればいいかな…」


「自分に能力があることは伝えた方がいいでしょう。その上で暫く封じるとか…」

「ギフトの封印、なんて聞いたことないぞ。できるのか?」

「僕は知りませんし、できませんね…。普通は自分である程度コントロールできるものですが…

 シュルーストラム?」


『知らぬ、できぬと言い放つは容易いが…うーむ…』


「え? できそう?」


 私達の視線が一気にシュルーストラムに向かう。

 できないと言い切らないのは方法が0ではない、ということでは?


「やってくれるの? シュルーストラム?」

『私がガードすることはできぬ。フェイのガードで手いっぱいであるし、エルストラーシェと喰いあってしまう。

 だが、耳が良いなどと私が祝福したが為に急激に能力に目覚めた可能性も否定できぬしな…ふむ…』


 フェイの杖の石がふわりと光りシュルーストラムの姿を映し出した。

 どうやらかなり本気になってくれているようだ。


『まずは、卵の娘の能力を確かめる。

 フェイ。ア…リオン。そなた等がやるがいい。

 それからは、お前の腕の見せ所だ。マリカ。丸め込みは得意であろう? 配役は任せた。

 お膳立てはしてやる』

「は?」「丸め込み?」

「何をすればいいんですか? シュルーストラム」


 自分の意図を正確に読み取ったであろう主の眼差しに彼は満足げに微笑むと


『それは…だな…』


 楽しげに自分の計画を話し出した。





 そして翌朝。

 昨日の事を忘れたかのように元気に目を醒ましたエリセは、エプロンを身に着け兄弟たちに朝ごはんを配っている。


「はい、オルドクスもごはんだよーー」

「バウ!」


 オルドクスの食事係はすっかりエリセになってしまった。

 魔獣をも翻弄する精霊獣は可愛らしくお座りをして、エリセが食事を配るのを待っている。


(オルドクス…)


 リオンがくい、とオルドクスを見やると首を動かした。

 主と精霊獣は繋がっている、と言っていたから念話のようなものも使えるのかもしれない。


「クウン~」

 少し甘えたような声を出したオルドクスの何かを聞き取ったのだろうか。

 エリセは、ぴた、と動きを止めると急いで皿を置いた。

「待ってて。お水も欲しいのね? 今、持ってくるから!」


 台所に向かって駆け出していくエリセの様子を見やり腕を組むリオン。

「多分、間違いないな」

 はあ、と大きな息が吐きだされる。



 今、エリセはオルドクスの『声』を読み取った。

 正確には


「水が欲しいと甘えろ」


 というリオンの命令に従ったオルドクスの声、だったけれど。




 動物や、精霊、その言葉にならない声を聞き取るのが多分、エリセの能力だ。

 一種のテレパシーと言えるだろう。

「美味しい? よかった。たくさん食べてね」

 動物の心に寄り添い、微笑む姿は普通の子どもによく見られるものとなんら変わりはしない。


 けれど、早めに手を打たないと昨夜のようにエリセの心に傷が生まれる可能性がある。


「エリセ」


 私は呼びかけた。


「なあに? マリカ姉?」

「ご飯、食べ終わったら、ちょっと来てくれる?」

「? はーい」


 理由が解らないという顔をしているけれど、素直なエリセはいい返事を返す。

 ここからが、勝負だ。

 私はポケットの中の品物に、そっと手を触れて握りしめた。



「え? 私のギフト?」

「そうです。エリセ。昨日の夜の事を覚えていますか?」

「昨日の、夜…?」


 精霊術の授業部屋。

 兄弟たちと離れて、私、リオン、フェイに囲まれたエリセは静かに、目を閉じた。

 と、同時、思い出したのだろう。


「あっ! あああっ!!」

 絹を裂くような悲鳴と共にエリセは頭を押さえだした。


 ガタガタガタガタ!!

 身体を縮こまらせ、震える様子はまるで、極寒の中に置き去りにされたかのよう。


「エリセ!」「落ちついて!!」

 私とリオンが声をかけても聞こえていないかのように身体を震わせ続けるエリセに


『落ちつけ、卵の娘!!』


 やっと声が届いた。

 雷に打たれたように動きを止めたエリセの眼に、ゆっくりと、光が、戻り始める。


「あ…マリカ姉、フェイ兄…リオン兄…、私…一体、どうして?」

「やっと、落ち着いたようですね。

 エリセが感じ取った、思いの強力さを甘く見ていました。軽々に声をかけたこと許して下さい」

「フェイ兄? あ、それに…シュルーストラム様…」


 静かに頭を下げたフェイは杖を持ったまま、エリセの前に立ち、静かに説明を始めたのだった。


「エリセ、君のギフトはおそらく『声なき者の声を聴く』ことです」


「声なき…者?」

「ええ、精霊や…動物、人の言葉を発する事の出来ない者の思いを、エリセは聞くことができます。

 この間の小鳥しかり、オルドクスしかり…」

「え? オルドクス?」

「ああ、オルドクスは魔王城の上で眠っていたんだ。

 エリセが声を聴いてくれたから、見つけて、助けてやることができた。ありがとな」

「私が…、私のギフトが…」


 ぽんぽん、と頭を撫でて褒めるリオンに、エリセは瞳を輝かせた。

 それは、ほんの一瞬のことだったけれど。


「ですが、そのギフトはとても危険なものです。ですから、一時的に封印を行います」


「なんで!!」

 続くフェイの宣告にエリセは渾身の思いで反論の声を上げた。

「イヤ! 絶対にイヤ!!」

 全身で声を上げて頭を振る。


「やっと私のギフトが見つかったのに!! きこえない者の声や、おもいをきけるなら…エルストラーシェちゃんや、精霊さん、オルドクスやみんなと早くお話できるかもしれないのに!!」

「ですが、声なき者が皆、善良とは限りません。 さっきまでの自分を思い出して御覧なさい」


 フェイはエリセの激情をまったく意に止めないように、ただ冷静に事実を言葉に乗せる。

「…あっ」


 エリセは「さっき」を思い出しぺたんと、膝をついた。

「あれは、精霊を喰らう魔性の声です。あんな声が四六時中聞こえてくるとして、エリセは耐えられますか?」

「…」


 唇が、強く噛みしめられる。

 耐えられないと、その表情が言っていた。

 でも、それを口には出せない。

 言えば、ずっと、ずっと願い続けていたギフトを奪われてしまうからだ。


「エリセが精霊術を学び、自分の力と心をコントロールできるようになったら、その時には封印を解きましょう」

「…ても、それって、何年さき? 五年、十年?」


 震える声と共にエリセが顔を伏せる。

 泣くのを懸命に我慢しながらも、指先が白くなるほど握られた手は、悔しいと、そんなのはイヤだと語っている。


「それは、エリセ次第です。僕には解りません」

「なんとか、できないの? フェイ兄…」

 私の助け舟にもフェイは首を横に振るだけだ。

「封印しながらも、安全にギフトをコントロールできる手段があれば…いいのですが、そんな都合のいいものは…」

『おい、マリカ? その服の隠しに入れているものはなんだ?』

「えっ?」

 私はポケットを探って見せる。


「ああ、あれかな? 宝物蔵で見つけたの。キレイだからみんなに見せてあげようと思ったんだけど…」

 中から小さな、小指の先よりも小さな、青い宝石が二つ出て来た。


『ほほう、お前は運がいいぞ。卵の娘』

「何をするつもりなんですか? シュルーストラム?」


 杖からふわりと姿を現した精霊は、フェイを無視して石に手をかざした。

 石は小さなピアス似たイヤリングになり

「きゃっ!!」

 エリセの耳に取りついた。


『似合うぞ。卵の娘』

「だから、何を!」

『私自らお前に封印をくれてやったのだ。

 今後、その飾りが耳に有る間、貴様には声なき者の声は聞こえぬ。精霊の魔法だ。どんな悪霊の声も遮る』

「!」

 エリセが唇を噛みしめる。エリセにとってはシュルーストラムはある意味、兄弟よりも絶対の存在だ。

 自分の精霊石の兄でり、迷った自分を救ってくれた者。

 反論は、できない。


『だが、その石は精霊石の欠片の欠片。お前が石に触れ、願う時、石はお前に伝えるだろう。聞こえぬ者の声をな…』


「え?」

 エリセが顔を上げる。

 そこに優しく微笑むエルーシュトラムの姿があった。


「シュルーストラム様?」  

『悪霊からの防御と、能力の訓練。その両方が叶う様にこの私自らが細工してやったのだ。

 不服か?』

「じゃあ…私、精霊さんの声を聴くことが…できる?」

『石に触れている間だけ、感じることができる。程度だがな。はっきりと聞きとるためには、そしてお前の思いを伝える為にはそれこそ訓練が必要だ。できるか?』

「できます! やります! やった! 私もギフトが使えるんだ!!」


 ぴょん、と嬉しそうにエリセが飛び跳ねた。

 その顔には一度、失った希望と夢を取り戻した喜びが溢れている。


「シュルーストラムはエリセに甘い…」

『貴様もどっこいだ。フェイ』


 大きく息を吐いて真面目な顔を作り、フェイはエリセに向かい合った。

「シュルーストラムの加護があるなら、なんとかなるでしょう。

 励みなさい。石や加護に頼らず、自分の感情や思いをコントロールできるように。

 そうすれば、遠からず石に頼らずとも声が聞こえる様になるでしょう」

「はい!!」

 満面の笑顔で、エリセは頷いた。







 完璧な、暗示である。

 プラシーボ効果。

 だました、とも言えなくもない。


 シュルーストラムがエリセに与えたのは普通のサファイア。

 魔法も、形変えとお守り程度。

 精霊の守りが喰いあわないように最低限にしかかけていない。

 だが、尊敬する精霊に絶対絶対大丈夫だ、と断言されたこと。


 そして能力を使う方向性を示されたことで、今まで…例えていうなら360度展開、無差別に音を拾っていたソナーが、方向を限定されより的確に音を拾えるようになった感じで、エリセは能力をコントロールできるようになったのである。


 元々、ギフトとは自分の手足と一緒。

 望む通りに使えるのが普通で、エリセが悪霊の声を拾ってしまったのは、自分の能力に自覚がなかったことと、そして、高い感受性が原因であろうとシュルーストラムから聞いて、私はシナリオを考え。配役を当てた。


 鞭と飴。

 フェイが厳しく対応し、シュルーストラムがフォローする。

 要所要所で役割も入れ変えながらエリセを丸め込んだ。


 絶対に聞こえない。

 と本人が信じているなら、もう魔性の声が聞こえる可能性は少ないだろう。


 万が一聞こえたなら即座にふっ飛ばす、とは照れやな兄らしいけれど。



 以後、エリセが夜中、うなされたり、飛び起きたりすることは無くなった。

 時折、イヤリングに触れながらペンダントに話しかけたり、オルドクスに笑いかけたり。

 実に楽しそうに日々を過ごしている。

 精霊術の勉強にもますます熱が入っているようで。


 そんな様子を、リオンやフェイ、シュルーストラムは愛しそうに見つめている。



 …ホント、みんな、いいお兄ちゃん、だよね。

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