転生者たち

「…俺も転生者なんだ」


 魔王城を守る秘密の戦いを終えた後、バルコニーから戻った私にリオンはそう告白した。

 バルコニー横。控えの間。


 オットマンに腰を下ろしたリオンは大きく息を吐き出して話し出す。

 横にはオルドクスが伏せ静かに話を聞いている。


「勿論、マリカのように異世界からの転生者じゃない。

 俺はこの世界生まれの、この世界育ちだからな。

 ただ、精霊と縁が深くて『変生』を受けて、何度も何度も転生を繰り返している。

 目的はこの世界の呪いを解き、精霊の力溢れる世界を取り戻す事、だ』


 立てられた指が円を描くと私の中で、すとん、といろんなことが腑に落ちた。


 さっきの戦いで見せた身のこなし。

 時々覗く深い知識と見識。

 エルフィリーネとの会話、

 フェイとの絆も全て全て、説明がつく。


「でも…転生って大人になれば不老不死が得られるんでしょ?

 なら不老不死になった方が早いんじゃ…?」

「いや、不老不死になった時点で今、この世界を支配する神々の配下になったも同じになる。

 だから、俺は不老不死を得る訳にはいかず、転生という形で何度もこの世界を生きているんだ」



 魔王城の島にいる間はあまり意識する必要も無い事いが、確かに外の世界における柱は『神』だった。

 耳にしたことくらいは子どもでもある。

 七柱の神々とそれを統べる神の王。


 それ以上の事を思い出せるか、というと無理だけれど。



「あ、『変生』って受けたら強制的に転生者になっちゃうの? じゃあ、フェイ兄も死んだら転生者に?」


 変生を受けた魔術師、私はフェイの顔を思い浮かべ、ハッとした。

 私の視線を受けたフェイは少し、困ったような表情を浮かべながら、静かに頷いて見せる。


「精霊達から頼まれて、受け入れればそうなりますね。

 でも拒否権もありますし、そんな非道な命令ってわけではないですよ。

 一人で抱え込むリオンがおかしいだけです」

「うるさい」


 フェイにやり込められながらも、それが嬉しい、という顔をリオンはしている。



「フェイを拾ったのは今の身体になって直ぐだった。

 このままじゃ死ぬ、って思って暫く一緒に生きて…、なんだかんだで甘えているうちにフェイを巻き込むことになっちまった」


 長い長い孤独の果てに生まれた本当の『仲間』

 ああ、フェイの変生の時の慟哭は、そういうことだったのか…。


「本当に、いい加減にして下さい。温厚な僕も怒りますよ。

 リオンのせいじゃない。僕が望んだことだと何度も何度も言ってるのに」


「悪い、とは思っているが一人で戦うのも限界が来てたからな…。

 おじいにであったのは偶然、魔王城に来たのも偶然だけど、マリカがいて、魔術師がいて、精霊達の助けを得て、オルドクスとも出会えた…俺は、今生が本気で世界を変える最大にして最後のチャンスじゃないかって思ってるんだ」


『世界への逆襲』


 繰り返し語るリオンの夢も、そういうことなら、納得がいく。




「今まで、黙ってたこと。すまないと思ってる。

 お前や、チビ達も下手したら連中との闘いに巻き込むと思ったら怖かったんだ…でも…」


「すとっぷ。

 それ以上は言わない約束だよ。おとっつぁん」

「何だ? それ」

「気にしないで、お約束って奴だから」



 真面目に捕えて首を捻るリオンの顔を見ていると嬉しさと楽しさに思わず頬が緩む。


「フェイも言ってたけど、巻き込まれたんじゃなくて私達が望んだこと、だからそこは間違えないで」


 大事なパートナーだけど、だからこそそこははっきりさせておく。


「私は、子どもが幸せに生きられないこの世界をなんとかしたい。

 その為に不老不死は真剣に邪魔だと思っている」


 子ども達が幸せに生きられるなら不老不死があっても構わないけど、現実問題として不老不死があるせいで、子ども達は幸せになれないのだから、そんなのは無くていい。

 実際、私達の世界には不老不死なんてなかった。

 不老不死なんかなくても、人は生きられる。

 無問題(モウマンタイ)だ。


「リオン兄は不老不死の呪いの無い世界を取り戻したい。

 だったら協力し合えばいいと思うの。その方がきっと上手くいくから…」


「いいのか?」

「うん」

「なんだ…。本気で悩んでたのがバカみたいだ」


 私があんまりあっさり結論を出したからだろう、リオンはぐしゃぐしゃと頭を掻いて、ため息を落とした。

 困り顔と呆れ顔を足して照れを振りかけたような顔は、でもとても嬉しそうにおもえる。


「だから言ったでしょう。マリカは変わらないって…」

「だな」


 むー、二人だけで、理解しあっている感じなのは面白くない。

 私も混ぜろと思う。




 …正直な話、感じてはいるのだ。

 リオンの言葉は嘘じゃない。

 でもまだ重い『何か』を隠している…と。




 でも、今それを追求するのは止めにする。


「転生者」


 その告白だけでも、本当に悩んで悩んで悩みぬいた上の事だったと解るからだ。


 エルフィリーネと同じ。

 リオンはいつか話してくれる。

 それを信じて待つとしよう。



「とりあえずは、現状維持を許して貰えるか?

 外の世界は『子ども』ってだけでまともに動く事はできないから。

 もう少し、成長して見た目だけでも大人にならないと動けない」

「了解。

 何をするにも時間は必要だしね」


 椅子から立ち上がったリオンに私はチャッ、と目元に立てた指でサインをとった。


 だいぶ成長してきてはいるけど、魔王城の子どもを置いて簡単に外に行くわけにもいかない。

 早く外の子ども達を助けに行きたいが、焦りは禁物。

 何せ相手は500年の呪いである。

 まずは足場をしっかり固めて行かないと。



「それから、これはリオンの提案なんですが…マリカはどう思いますか?」

「…うん、十分ありだと思う」


 フェイが話してくれたのは、外での足場作りと、世界の環境整備。

 その両方をもしかしたら一石二鳥できるかもしれない、面白いアイデアだった。


「料理で、世界を変える…ね」  

「ただ、マリカの知識や技術を他人に知らせる事になりますが…」



 フェイは心配そうに言うが、私は首を強く横に振った。



「そっちも無問題(モウマンタイ) 

むしろ今まで無かったの? って思うよ。

 昔はあったんでしょ。小麦畑あったもの」

「500年も過ぎれば、忘れられてしまうこともあるだろう。

 特に貴族はともかく、一般市民は食文化が死滅してから搾取され、死なないだけの生活を強いられていた者も多い。

 ガルフがいい例だ」


 確かに。500年前と言えば織田信長だってまだ生まれていない時代。

 それに、確かに一度途絶えてしまった技術や文化は、簡単には取り戻せない…か…。


「おっけー。それなら遠慮の必要ナッシング。

 世界に美味しいと楽しいを、思い出させてあげたいね」



 これでも、一応自炊していた一人暮らしですしー。

 大量調理も、食育指導も経験あるしー


 異世界でも再現可能なアイデアもいろいろある。

 あれもこれも、それもこれも。

 できそうなら、私も食べたい。絶対食べる。




「よし、なら冬のうちに準備をしてガルフを待とう」

「あ、そうだ冬の間にどうしてもやってみたいことがあったんだ。

 協力して。二人とも。

 成功したら絶対、私達の秘密兵器になるから」

「秘密兵器?」

「うん。パンケーキよりも絶対凄い切り札になる!」




 リオンやフェイとこうして対等に意見を出し合い、話し合う事ができるのはとても楽しいし、嬉しい。



 …以前、リオンが言ってくれた。

 私はきっと、この世界に必要な知識を持ち帰る為に向こうに転生したのだと。


 そうだといいな。

 そうなれたらいいな。



 私は今、転生者同士肩を並べながら、心からそう思っている。

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