魔王城の雪遊び

 なんだか、いつもより外が…眩しい?

 目元を知らず押さえながら布団から体を起こす。


「わあ、久しぶりに晴れたんだ!!」


 窓から差し込む光がまだ薄暗い室内で弾けている。


「うわあっ、こんなところまで」


 窓に寄って外を見てみると窓のすぐ下まで雪が積もっていた。

 私でも胸のあたりまで。

 ジャックなど落としたら完全にすっぽり埋まってしまいそうだ。


「これじゃあ、雪遊びはちょっと無理だなあ」

「ゆきあそびってなあに?」


 私の声がよっぽど大きかったのだろうか?

 目を醒ました子ども達がぞくぞくと起き上がって私の方に集まってくる。


「うわー」

「いっぱーい」

 同じように深く降り積もった雪に目を輝かせながら。


「ごめんね。起こしちゃった?

 雪遊びってね。この積もった雪で遊ぶこと。楽しいんだよ~」 


 向こうでの保育士時代。

 雪が降れば、できるだけその日の都合を変更しても雪遊びは取り入れたものだ。

 自然の美しさ、楽しさを堪能できるし、子ども達も喜ぶ。


 雪だるま作り、雪合戦は定番。

 クラスみんなでがんばってかまくらや雪像を作ったこともある。

 あとは、カップに色水を入れて外に出して、氷を作ったりとか。

 最近は衛生上、問題あるからと言ってやらなくなったけど、氷に溶かした飴を流して固めて食べたりしたこともある。

美味しかった。


 もれなく全身びしゃびしゃになってしまうので、着替えの準備とか終った後、身体を温めるとか適切な用意はしておかなければならないけれど。

 それでも、子ども達にとって最大の冬の楽しみなのだ。


 幸い、冬服と帽子、手袋、靴下は作ってある。

 木靴もある。 

 毛糸の服が見つからなかったので、普通の布で作ったし、木靴の防水性を考えるとあまり長持ちはしないだろうけれど、みんなをちょっとくらい雪と戯れさせてあげたいなーと私は思った。


 うーん、外に出すのは無理だけど、もしかしたらバルコニーなら行けるか…。


「食事が終わったら、エルフィリーネに相談してみよう…。

 ごはんの用意して来るから、待っててね」

「はーい」


 子ども達の身支度を終えると、アルとエリセに皆を頼んで朝食の準備に向かったのだった。




「バルコニーに、子ども達を…ですか?」

「そう、せっかく晴れたから子ども達に外を味あわせてあげたくて」


 食事を終えて後、私はエルフィリーネに相談する。

 保育には報告(ほう)、連絡(れん)、相談(そう)が大事だ。


「解りました。バルコニーの雪を除ければよいのですね」

「あ、違う違う。雪は除けないで欲しいの。

 雪で遊ばせてあげたいからそのままで」

「?」


 あ、エルフィリーネが固まった。

 明らかに理解不能という顔をしている。

 確かに雪で遊ぶ、という考えはあんまりこの時代では出ないだろう。


 さっき二階に上がってみたら屋根などで遮られていたせいか、それともエルフィリーネの加護なのか。

 バルコニーに積もった雪は城の外程ではなく、子ども達の膝丈くらいで実にいい具合だった。


「まあ、とにかくやってみよう。

 見せてあげる。異世界流雪遊び♪」




 昼過ぎ、バルコニーに一番光が当たる時間帯を選んで、私は皆と一緒に二階に上がった。


 二階に上がってまっすぐ丁度門の真上あたりに部屋がある。

 机と椅子、小さなテーブルなどあり、豪奢な刺繍の施されたカーテンがかかっている。

 その部屋を抜けるとバルコニーに出るのだ。


「わあっ!!」


 子ども達の歓声が上がる。

 一面、真っ白。誰も足を付けていな純白の絨毯が広がっている。

 光が雪に反射して目がチカチカしそうだ。


 少し目を細めながら私が言うとほぼ同時

「遊んでいいよ。どうぞ!」

「やった! 行くぞ」


 子ども達は雪に向かって突進していく。


「この寒いのに外に出るとか、雪で遊ぶとか考えた事ありませんでしたよ」

「雪っていうと基本、雪かきのイヤな思い出しか思いつかないよな」


 服を着こんで身を震わせるリオンとフェイに私は苦笑いする。

 二人は話した時からあんまり乗り気ではなかったのは解っている。

 私だって駐車場の雪かきとかの大変さは身に染みているから解らなくもない。


 一方アルはそんなに抵抗は無いらしい。

 子ども達と一緒になって大はしゃぎで走り回っている。


 雪が足に絡むのでいつものようには走れないが、それがまた楽しいらしい。

 鬼ごっこのように走り回っていた子ども達に向けて、私は一つきっかけを投げる。

 文字通り、現物で。


 ぽすん。

 かるーく投げた雪玉はアーサーの背中にぶつかって壊れた。


「ん? なに、今の?」

「雪玉、雪をこうやって、ぎゅっ、ぎゅっってね」


 私は興味津々の子ども達にやって見せる。水分の多い重い雪は、手の中で丸いボールになった。


「へえ、面白いね」

「ぼくもやる!」

 さっそく何人かが周囲の雪を集め、ぎゅう、と手の中に握る。

 上手くまとまらずぽろぽろと崩れてしまう子もいるが、何回かやっているうちにコツを覚えて来たようだ。

 纏められるようになってきた。

 その後は、何も言わなくてもOK。


「よーし! そーれ!!」

 勝手に子ども達は投げて遊び始める。

 雪合戦のはじまりである。

「雪玉は、あんまり固くしない。あと、顔や頭にぶつけるのだけはなしよ」

「はーい」


 ぎゃあきゃあ、と声をあげて逃げ回るジョイやギル。

 年長組はけっこう真剣に雪玉を作って投げ合っているが、まだ小さい子達は投げるフリだけ。

 投げているうちに玉が空中分解してしまう。


 ジャックは走り回っているだけだけれど、楽しそう…。

 けっこう運動神経いいんだよね。などとのんきに思っていたら


「うきゃ」 

 あ、転んだ。


 幸い、雪が積もっているのでそんなに痛くはない筈だけど。

 助け起こしに行こうと思ったら、ジャックは自分が倒れた雪の上をじーっと見つめている。

 そこには雪にスタンプされたジャックの顔がある。


 じーーーーー。ぽすっ。

 ジャックは、今度は自分からぽすんと雪に顔を付ける。


「ジャック?」

 顔が雪で真っ白になるけど、二つ目のジャックの顔ができた。


 にかああっと楽しそうに笑うと膝をついたまま、ジャックはぽすん、ぺた、ぽすん、ぺたと雪にや手形を顔をつけていく。

 どうやら雪に顔がや手形が映るのが楽しいようだ。

 隣にリュウも来て、二人一緒に遊び始めている。

 とりあえず、やらせておこう。

 冷たいのを嫌がらないのは頼もしい。

 飽きたら顔を拭いてあげないといけないけど…。




 雪合戦はあんまり走りまわらなくても楽しめるので、一緒になって楽しんでいたアレクだったが、どうやら疲れてきたらしい。


「ちょっと休憩」

 輪からはなれて息をつく。

「アハハ」

 そこで、どうやら私が作っておいたものに気が付いたようだ。


「ねえねえ、みんな来てきて!」

「なんだ?」「なあに?」

「ほら、あれ!」

「なんだこれ? 魔物かよ」


 アレクが指さす先を見てアーサーが頓狂な声を上げて笑い始める。

 バルコニーの手すりの上。

 小型雪だるまがいくつも並んでいる。 


 丸い雪玉を重ねて頭と顔を作り、小石で目口をつけたものだ。

 雪だるま、なんて言っても通じないのは解っている。

 けど、雪うさぎも、イメージし辛いのは一緒なら、面白さでウケを狙わせて頂きます。


「面白いから私もつーくろ」

「あ、小石そこにあるから」


 エリセが真似して隣にポン。

 雪合戦でも作った雪玉を二つ重ねるだけだ。すぐできる。

「あ。僕も」「おれも!」

「リュウとジャックもやる? ここにぺたん、ってね」


 どんどん、どんどん数が増えて気が付けば全員分の雪だるまが並んだ。

「リオン兄とフェイ兄も作ったんだ…」

「ただ立ってるたけってのも寒いしな」「同じく」


 不思議なもので、同じ材料を使っていても、大きさや目鼻口の付け方で表情は変わる。

 同じものは一つも無い。


「ハハハ。雪のおれたちだ」

「じゃあ、エルフィリーネの分も…」


 エリセが雪だるまをもう一つ追加する。

 ただの雪玉ではなく、首のあたりに雪を付け長い髪を表現しているあたりにセンスを感じる。


 親、じゃなくって保育士バカだとは十分自覚しておりますが。



「そろそろ寒くなって来たでしょ? 中に入ろうか?」

 バルコニーの雪が、すっかりと踏み固められて固くなった頃、私は子ども達に呼びかけた。


「えー、もうちっと遊びたかったなあ」

「また遊べるよ」

 少し未練があるようだけれども、雪遊びはそれくらいで終った方がいい。

 服もびしょ濡れだ。風邪をひく。


「え?」

 部屋に戻ろうとしていたエリセが、突然立ち止まった。

「どうした?」

「今、なんか声が聞こえて…あっち!」

 踵を返し走り出すとバルコニーの隅に膝をつき、声を上げた。

「フェイ兄、マリカ姉! 大変!!」


 胸の前に手で小さな器を作って駆け戻るエリセを、私とフェイ。

 そしてリオンが覗き込んだ。


「小鳥?」


 ふわふわとした灰色の鳥がエリセの手の中に横たわっていた。

 日本で言うと雀に近いだろうか。本当に小さな小さな鳥。

 目を閉じて足はたらん、と垂れている。

 気を失っているのか、死んだのか?

 私がつついてみてもピクリとも動かないが、身体はまだ暖かい。


 良かった。死んだわけではなさそうだ。


「寒さか、障壁にぶつかったか。

 単に気絶しているだけのようですよ。大丈夫、心配いりません」


 フェイが言うのとほぼ同時、ぱちりと目を開けた小鳥はエリセの手で羽ばたくと空へ飛び立っていった。


「良かった」

「エリセの手の暖かさで気が付いたのかも。

 でも、よくあそこに小鳥がいるってわかったね?」

「うん。なんか、声が聞こえたような気がしたから…」

「へえ~、エリセは耳がいいのね」

「そうなのかな? 

 前に、シュルーストラム様にも褒められたし、うん、そうなのかもしれない。

 うれしいな♪」

 照れたように微笑んだエリセは、身体を弾ませ部屋に戻っていく。




 バルコニーから中に入ると、そこではエルフィリーネが用意して置いた箱を横に、子ども達を着替えさせてくれていた。


「あ、ごめんね。エルフィリーネ。

 着替えさせちゃって」


 私も箱から着替えを出して、びしょ濡れになっていたリュウの服を脱がせた。

 部屋はほんのりと暖かく、手早くやれば風邪をひかせずにすみそうだ。


「いいえ。ここは身支度の間でございますから。

 かつて主の身支度のお手伝いをさせて頂いた時のことを思い出して楽しゅうございますわ」

「え? ここ執務室とかじゃなかったの?」


 周りを見回す。

 そんなに広くはないけれども十畳くらいはある。

 私が向こうで住んでいたアパートのダイニングキッチンよりも広い。

 黒々とした艶のある木材テーブルには見事な彫刻が施されているし、背もたれのある座り心地のよさそうな椅子の座面と背面には美しい刺繍が施された布が貼られている。

 美しい壁絵もカーテンも芸術品のような逸品だ。

 いくつもある背もたれの無い椅子やベンチのような木箱は、ここが更衣室だと言われればオットマンや荷物置きかもとも思うけれど…豪華すぎる。


「主が領民の前におでましになるに身支度をなさるところです。

 一階、二階は防衛や、生活、あとは対外的な社交の為の場所でございます。

 主の私的な空間は全て上階にございますわ」


 …頭が痛い。

 随分長く暮らしていて、何度も探検しているのにまだまだ、本当に魔王城広いんだ。


「エルフィリーネ。上に上がってもいい?」

「いつなりと」




 エルフィリーネは頷いてくれたけれど、いろいろやることもあるから探索を急ぐつもりは無かったのだ。

 前の城主。

 魔王と呼ばれた人のプライベート空間、ってことだし。


 冬の間、時間がある時にでも。

 そんな甘い計画は、変更を余儀なくされる。



「マリカ姉。上からね、なんだか誰かが呼んでるみたいだよ」



 エリセの無邪気な一言によって。

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