魔王城のプライベートルーム

 雪遊びで思う存分身体を動かしたからだろうか。  

 今日の子ども達の寝つきは早かった。  


 お風呂で十分、温まりもしたし風邪をひく心配はないと思う。  

 一人一人の寝息を確認してから、私はそっと部屋を出た。


「待たせてごめんね」

「いや、いい。全員で行こうと思ったら夜しかないからな」


 全員と、リオンが集まった皆をみやる。

 リオンとフェイとアル。

 そしてエルフィリーネ。  


 目的は魔王城三階と四階。

 前城主のプライベートエリアの探索である。  


 魔王城は広い。

 本当に広い。  


 今まで、何度も何度も時間をかけて探索しても、まだまだ知らない部屋が出てくる。


 一階は玄関に大広間。

 騎士や使用人の部屋に厨房や食堂がある。

 私達が今、メインに使っているエリアでほぼ全体を把握することができていると思う。


 地階は倉庫と宝物庫とお風呂。

 大浴場に私は興奮してしまったけれど、場所からしてもしかしたらあそこは使用人が主に使うお風呂だったのかもしれないなあ。と思ったりする。


 二階は来客などを迎えるエリア。そして領主以外の者が執務を行う場所なのだと、今日初めて知った。

 ざっと見て回った限り作業棟の上が執務エリアらしい。


 書棚や机が並んだ部屋がいくつもあった。

 書棚の書類とかを理解できれば、この魔王城のある島が、どのような統治をおこなっていたのか解るかもしれない。


 と少し思ったのだけれど、少し読んだだけでギブアップした。

 専門用語や解らない単語が多すぎて意味不明にすぎる。


 英語風の文章がやっと理解できるようになったところなのだ。

 せめてもう少し勉強して、日本語と同じくらいに理解できるようにならないと無理だろうと諦める。


 住居棟の上が、来客用の部屋らしかった。


 十室以上も部屋がある下に比べて僅か二部屋ずつしかないが、驚くほどに豪華だった。

 ベッドルームとリビングが別で猫足バスタブ付のお風呂があって、使用人用の部屋もある。

 住居棟の天蓋付きベッドに驚いていた私は、あれでシンプルな方だったのだと思い知って唖然となった。  高級ホテルのスイートルーム並だ。

 実際、そういう感じなのだろう。


 そして、今、私は二階から三階に向かう階段の前に立った。

 なんだか不思議な震えが来て、私は大きく深呼吸した。


「マリカ」

「うん、解ってる」


 心配そうに声をかけてくれたリオンに私は頷いてみせる。


 魔王城のことを知りたいなら、エルフィリーネに聞けばいい。

 それが一番、簡単で確実だ。

 城の構造でも地図に書いて貰えば、繰り返し探索などしなくてすむ。


 けれど、エルフィリーネはそれをしない。

 多分そうして欲しいと頼めば、命令すれば、やってはくれる。

 でも自分から『やりましょうか?』と口にしないのは理由があるからだと私は思っていた。


 私達に自分の眼で確かめて欲しいのか。それとも別の理由があるのかは解らない。

 そんな守護精霊が自分から何かを語り、私達を促すのはきっと『そこに来て欲しい』という訴えなのだとリオンは言ったのだ。


 私もそう思う。


 根拠はエリセが「声がする」と言ったこと。

 検証は後にするとして、私はそれが彼女のギフト、もしくは精霊術士の能力ではないかと思えたのだ。


 かつて宝物庫で、フェイを魔術師にする為に杖と引き合わせた様に。

 上階に私達を待つ何かがいて、それと引き合わせたいと思っている可能性が高い。  


 聞かなかったことにするのは簡単だ。

 彼女を問い詰めるのはもっと簡単だ。


 でも、この魔王城に住み続けるつもりなら、いつかは向かい合わなくてはならないことでもある。

 そして、自分の眼で判断してほしい。とエルフィリーネが望むなら、それに応えるのが「主」と呼ばれる者の務めだろう。


 カツン、と固い音がした。

 赤みのある艶やかな階段を、私は一歩一歩踏みしめて登って行った。


 一階から二階に上がる階段は四人が並んで歩ける程に広かったけれど、三階へ向かう階段はそれ程ではない。

 その半分くらいだ。

 先頭をリオン、その後ろにアルと私。エルフィリーネが続き、殿をフェイが護ってくれる。


 三階に上がると思ったよりもシンプルな作りにビックリした。


 一階、二階の方がよほど豪奢で煌びやかな装飾が施されていた。

 壁や天井は白で統一されていて、床は磨き上げられた美しい木材。 

 艶やかでしっとりとした光沢は華美な装飾を見慣れた身にはホッとさせられる。


 本当に城主家族のプライベートエリアなのだろう。  三階も階段があるエントランスを中心に、翼を広げるように左右に部屋があった。

左側の部屋の扉を開ける。作業棟の真上のエリアだ。  私は最初、そこが、この城の主人の部屋だと思った。  明るい窓の前に置かれた執務机。


「ここは、執務室か何か、だったのでしょうか?」  


 ぎっしり本が詰まった本棚が部屋をぐるりと取り囲み、手前にはソファや装飾の施されたテーブルが並んでいる。

 執務机の横にはプライベートエリアに続くのであろう扉がある。

 注意深く開くとそこはやはり寝室で、半リビングのような調度と天蓋付きのベッドがあった。

 どれも華美ではないが、複雑な彫刻が施されている。  豪華だけれどとても居心地の良さそうな部屋だと思った。    


 けれど、反対側の部屋に足を踏み入れて、私は理解する。

(違う…)


「これは…」


 全体的に見れば、反対側の部屋とほぼ同じだ。

 対と言ってもいいくらいに似ている。


 執務机に部屋を取り巻く本棚。

 客をもてなす為のリビング。作り付けのキッチンやお風呂。

 クロゼット。

 奥は寝室兼リビングルーム。最奥に埋められるように天蓋つきのベッドがしつられてあった。


 色合いは落ちついた木目調。

 赤系の色で纏められて華美な印象は一切ないけれど、丁寧に作られ、選ばれ整えられた一つ一つの調度のランク、並ぶ蔵書の量、そして部屋自身が持つ風格は、間違いなくさっきの部屋より上だ。  


 ここが、城の主の部屋なのだと解る。

魔王という言葉で想像されるような、闇のイメージは欠片も見えない。


 そして、これも見れば解る。


 暖かで、優しく整えられた部屋は雄弁にこの部屋の主が女性であることを物語っている。

 おそらく知的で本が好きで、華美な装飾を好まない…成人女性だ。  


(やっぱり、この城は魔王城なんかじゃなかったんだ……)


 私はカタカタと身体が震えるのを止めることができなかった。  

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