魔王城の精霊術講座
私はペンを動かす手を止め、考える。
「うーん、この字は、どうしようかな?」
冬の魔王城。
私は、今、子どもたち用お勉強カルタ、鋭意製作中である。
冬の間、私達は基本外には出られない。
現在、積雪50cm。
まだまだ降り積もりそうだ。
外に出られないのは憂鬱だけど、出られないなら出られないでやれることはたくさんある。
室内あそび、運動遊び。
そして勉強に集中するにも冬はいい時期だ。
遊びながら学べるカルタを作って、年少、年中組にも読み書きを教えようと思ったのだ。
考えているのは身近な食べ物、道具バージョンと、自然、精霊バージョン。
道具、食べ物の方は完成して子ども達が楽しんで遊んでくれているけれど。
精霊の方は、なかなかに難題だ。
何せ、私はどんなものか、解らない。
一度だけ、光の精霊を見せて貰ったけれど、あのイメージで他の精霊も作っていいものかどうか…。
「やっぱり、フェイに聞いてみよう」
私はペンと木札を持って立ち上がった。
子ども部屋にはいなかった。みんな静かにお昼寝中。
書庫にいるかと思ったけれど、そこにもいない。
部屋に戻るには時間が早すぎる。
「どこに行ったのかな?」
キョロキョロ探してみると
「ん?」
宿舎棟の女性部屋、誰も使っていない筈のそこから声が…する?
「なにしてるの?」
「あ、マリカ姉!」
「マリカ」
ひょっこり覗くと中には小さなテーブルを前に、木札に向かうエリセと…フェイ?
「もしかして勉強中、だった?」
「まあ、そうです。エリセが課題を終えたので、約束通り精霊術の基本を教えていたところですよ。
…もしかして、マリカも興味がありますか?」
実はある。
この世界の基本法則。
魔術と精霊について、私はほとんど知らない。
精霊術や魔術を使う仕組みとか、どんな精霊がいるのかとかも全然知らない。
「…邪魔はしないから、一緒に勉強してもいい?」
「いいけど…マリカ姉がほんきだしたら、あっというまにぬかされそうだなあ」
エリセの呟きにフェイ先生は微かに、でも確かに眉根をあげて注意する。
「エリセ。そういう思想は、術者として不適切です。精霊たちに嫌われますよ。
自分と、自分に力を貸してくれる精霊達を信じる事が精霊術の基本です」
「…は、はい…」
「心配しないで。エリセ。私は精霊術士になりたいわけじゃないし、なるつもりもないから。
ただ、精霊ってどんなものなのかな? 術ってそうやって使うのかな?
って思っただけ」
「うん。じゃあ、どうぞ」
部屋の隅に残っていた椅子を私にエリセは持ってきてくれた。
「ありがと。フェイ兄。どうぞ続けて」
私はそれに座って話を聞く。
カルタ作りの参考になるかもしれない。
「解りました。では、続けましょうか?」
「まず、基本的にこの星の万物、全てに精霊が宿っています」
最初の一言から、私はちょっと驚いた。
フェイの言い方だと『この世界』は、私達の住む大地が宇宙の中の『星』の一つであり、住人はそれを知っている、ということになる。
簡単に見えて難しい事だと思う。星を俯瞰して見ないと解らない。
向こうの世界だって、地動説とか宇宙について理解されるようになったのはけっこう、近代になってからの筈だ。
ぼんやり考えているうちに、フェイが手を拍手するように合わせて開いて見せる。
「わあっ」
感嘆の声がエリセの口から紡がれた。フェイの手のひらの中から小さな精霊が現れたからだ。
かつて見た光の妖精にもよく似た手のひらサイズの小さくて透明な精霊。
「これは、空の精霊、そこらじゅうにいます。
空の精霊がいる場所であるから僕達は呼吸し、生きることが出来るんです」
ふむ、と思う。
空気、とか酸素、ではなくって空の精霊がいるから生きられるって法則なのか。
火の精霊がいるから炎が燃える。水の精霊がいるから、水が流れる。
火打石で火を作る行為は火の精霊が現れやすい環境を作り、火の精霊を呼び出すという事。
「精霊は基本、人間びいきです。
精霊は存在するだけで具体的に何ができる訳でもない。存在することそのものが重要なのですが…暇をしてますからね。
自分達の存在に意味を与え、使ってくれる人間の術者には大抵進んで力を貸してくれます」
言いながらフェイはすっと、手のひらの精霊を空に飛ばす。
小さな精霊は楽しそうに笑うとくるん、と一回転して空に消えて行った。
「ただ、彼らとは同じ世界に住んでいても、微妙にその場所は違う。
そのせいか、姿もなかなか見えないし、僕達の声も普通は届きません。
力を貸して欲しいなら彼らの世界に向けて、彼らの言葉で呼びかけなければならない。
それが、魔術であり呪文です」
フェイの説明は解りやすい。
英語を使う人には、英語を使って話しかけないと頼みは届かない、ということか。
「極端な話、呪文を正しく唱えれば石が無くても精霊に声は届きます。
応えてくれる精霊もいるでしょう。
でも、いきなり呼びかけられても意味が伝わらず、精霊が動けない事があります。
そうですね…」
ちょっと考える様な仕草をしたフェイは薄い笑いを浮かべながらたとえ話をする。
「遊んでいるアーサーがいます。仕事を手伝って。と声をかけます。
でも、アーサーはその仕事のやり方も解らない。呼びかけた者の顔も知らない。素直に手伝ってくれると思いますか?」
「!」
思わず口を押える。吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
遊んでいる途中で知らない人間に声をかけられ、首を傾げるアーサーの姿が目に浮かぶようだ。
「おもわない。アーサー、私の言うことだってきいてくれないときあるもん」
拗ねる様なエリセの言葉に頷いたフェイは楽し気に続ける。
「ええ、そうですね。
でもこれが、僕やリオン、マリカに言われた事だったらどうでしょう。
僕らが仕事を手伝って、と言ったら…」
ぶっは!
「マリカ姉?」
「ご、ごめん。何でもないから続けて…」
今度は我慢できなかった。
思わず笑いが口から飛び出てしまう。
必死に口と笑いを押えた。
フェイは本当に説明が上手だ。
リオンの頼みに嬉々として、もしくはフェイの頼みに背筋を伸ばして仕事を始めるアーサーの姿が目に浮かぶ。
「術士の石や杖は、そういう役割です。
術者と精霊の間に立ち、術者の意図を正確に伝える者。仲介者がいることで精霊と術者の間がスムーズに動く、というわけです」
フェイが手のひらをかざすとそこに杖が現れる。
虹色の石の中で蒼い炎が燃えている。
「精霊石は星の精霊。万物に宿る精霊よりも位の高い精霊が化身したものです。
彼らの力を借りて、僕達は精霊と意志を交わし術を扱うことが出来るのですから、敬意を持って接する事が必要です」
笑みを浮かべながらフェイが杖に力を注ぐ。
と、同時、不思議な靄が杖からたちこめる。
薄紅とも、紫とも青とも言えない煙が消えると同時、現れた者に、私もエリセも声を失った。
『貴様は私に、普段から敬意など払ってはおらぬではないか。フェイ。
妹の前だと思い、偉そうにほざくのも大概にするがよい』
どこか不機嫌そうに、でもそれでいて楽しそうに笑う青年がそこに立っていた。
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