魔王城の運動遊び

 異世界でも、雪の色は同じなんだなあ。

 と。

 窓の外を見ながらそんなどうでもいいことを思った。


 私という存在が、異世界に生まれて初めての冬。

 初雪だ、と思って感慨にふけっている間に雪はどんどん積もって、もう足首がすっぽりと埋まるくらいになってしまった。


 私が住んでいたのは雪国ではないけれど、それでもそこそこ積もる時はあって駐車場や職場の雪かきに難儀したものだ。

 魔王城の位置関係や気候はよく解らないけれど、なんとなく私が暮らしていたところよりは寒い気がする。

 雪の降り方がダイナミック。


 何度もこんな雪が続けば、もう、簡単には外に出られないだろう。

 室内に閉じ込められる日々が続く。

 憂鬱な気分にため息が出た。



 冬の為の食料準備は十分にしてある。

 14人の子どもくらいなら数か月は持つ。

 だから、問題は退屈の方だと考えている。


 私は子ども達の冬の保育計画を、頭の中でいろいろ考え始めた。




 異世界には当たり前のようだが、ビデオもテレビも、ラジオも無い。

 スマホも、タブレットも当然ない。


 まあ、そういうのに頼りすぎる保育はあんまり良くはないのだけれど。

 だから、シンプルにまずは身体を動かして遊ぶことにした。


「ぴょん、ぴょん、ぴょぴょぴょぴょん~」

「マリカ姉? 何それ?」

「どうぶつのまねっこたいそう」


 年長組は首をかしげているけれど、小さい子達は私の動きを見て面白いと思ったのだろうか。


「ぴょーん、ぴょーん」

 と真似をしてくれている。


 うさぎに、ぞうにへびにゴリラと歌いながら遊んでいると、この世界にはいるのかな?

 と素朴な疑問が浮かんでくる。



 イノシシと、鹿、鳥、リスの存在は確認した。

 狩りの獲物の中にうさぎによく似た耳の長い生き物がいたので、うさぎもいるのかもしれない。

 向こうと同じように跳ぶのかどうかは解らないけれど。


 異世界保育の難しさをこういう時に実感する。

 動物のイメージを使って身体の動きを育てる体操なので、動物を知らないとピンとは来ないだろう。


 まあ、今のところは私の動きを真似してくれるだけでもいい。

 冬の室内で、固くなりがちな身体をほぐしてあげるだけでも価値はあると思う。




 体操が終わったら、鬼ごっこ遊びをしてみることにする。

 一番、シンプルなように見えて奥が深く面白い遊びだし。

 っていうか、鬼ごっこには保育の重要事項が全部含まれているのです!


 大広間はテーブルを脇に片付けるとかなり広い。

 鬼ごっこには十分だ。


「私が、イノシシ。

 みんなを追いかけるから、みんなは捕まらないように逃げてね」


 この世界で当然「鬼」なんて言っても通用しない。

 悪役動物の定番はオオカミや熊だけれども、やっぱり子ども達にはピンと来ないだろう。

 だからとりあえず、イノシシになってみることにした。


「行くよ! そら、食べちゃうぞ~~~!」

「きゃああーー!」


 子ども達の楽し気な声が大広間に響く。 

 体操には首をかしげていた年長組も、鬼ごっこには興味を持ったらしい。


「へへーん。マリカ姉にはつかまらねえよ~」

「私もやる!」


 と本気で参加、走り出す。

 アレクのように苦手な子には無理には誘わないけれど、思いっきり走るだけでもきもちいものだ。


「捕まえられるもんなら、捕まえて見ろ!」


 本当の狩りで鍛えているだけあってアーサーの走りは結構早いし、身軽でもある。

 ちょこまかちょこまか動いては私を挑発して来る。


 ふふーん。

 でも、まだまだ甘いよ。アーサー君。

 本気の鬼ごっことは、頭脳戦なのだ。


「よーし、見てなさい」

 ぱぱんと、手を叩き、ダッシュ開始。


 幼稚園年長 男児と、小学校低学年女子スピードにそう大差はないけれど…。

「あ、あれ??」

「はい、つかまえた♪」


 本気を出せば、あっさりアーサー御用である。

 我ながら大人げないけど、他の子には本気なんて出しませんともさ。


「え? なんで? あっちから走って来てたよね?」

 なんで捕まったかまだ分からないように目を瞬かせるアーサーの頭を

「マリカは、お前が行く方向を読んで先回りしたんだよ」

 笑いながらぽんぽん、と叩く手。


「あ、リオン兄、来てたの?」

「面白そうな事やってるな。俺も混ざっていいか?」

「いいけど、あんまり小さい子には本気出さないでね。

 捕まるか、捕まらないかのところが楽しいから」

「了解! よし、行くぞ!」


 そういうと、少し身体を動かす仕草をしたリオンは子ども達を追いかけ始める。

 適度に子どもを走らせながら、捕まえていく。

 私も加わって鬼ごっこ再開だ。


「よ、よーし。今度はまけない。

 にげきってみせる!」


 決意と共に走り出したアーサーだったけれど。


「ふ、甘いな」


「わああっ!」


 リオンがアーサーに狙いを定めて、わずか数秒。

 アーサーが本気で逃げる間もなく捕まえられてしまう。



「リオン兄、ひどいよ。リオン兄が本気出したら、おれ、逃げられるわけないじゃん!」

「他の奴にはやらないさ。いいか? アーサー、よくチビ共の動きを見て見ろ」


 泣きべそ顔のアーサーの肩を掴んだリオンは走り回る子ども達を指さしてみせた。


「チビ達は、基本ぐるぐる走ってるだろ?

 良く見れば次に、どっちの方向に走るか解る。そしてマリカだ。

 子ども達を逃がして走らせたい時には後ろを、捕まえる時には反対側から回り込んでる」


「つかまえた!」

「わー!」


 ギルを捕まえて抱き上げた私の耳に、アーサーに教えるリオンの声が聞こえた。


 別に、意識している訳ではないけどリオンの言っている事はまあ、あたりだ。

 楽しませながら子ども達と鬼ごっこをするために、一応考えて走っている。

 特に幼稚園年長児ともなると素早いから、足の動きや走る勢いでどっちから行けばいいか、考えて追わないと捕まえられないからね。


「頭を使って逃げないと、俺どころかマリカからも逃げられないぞ!」

「う、うん。がんばってみる」


 リオンのアドバイスで、少し動きは良くなったけれど、今はまだまだ。

 少し手加減しつつ、本気を出して保育士、もとい姉の威厳は守らせてもらいましたともさ。



 その後、アレクに鬼ごっこ歌を教えたら、上手に弾いて盛り上げてくれるようになった。

 イノシシ役は慣れて来たところで、子ども達にもやってもらうようにしたので、さらにゲームは楽しくなったのだけれど…。



「うわーーーん!」

「な、なに?」


 突然ジョイが泣き出した。

 イノシシ役だったエリセが横で、困ったような表情を浮かべている。


「どうしたの?」

「つかまるのヤダーー」


 あ、なるほど。

 こういう事も出てくるようになったか。


「私、押したり叩いたりしてないよ。ただ捕まえただけなのに」

「捕まりたくなかったら逃げりゃいいのに…」

「ジョイとは、私が話すから、みんな遊んでていいよ」


 泣きじゃくるジョイを少し話して抱きしめ、私は


「うんうん、くやしかったね。つかまるのいやだったね」


 そんな声をかけた。


 誰だって、負けたら悔しい。負けたくないと思う。

 そんな自我もこの年頃の子ども達には出てくる時期だ。

 気持ちを受け止めてあげると、ジョイは少し気持ちが落ち着いたようだ。


「捕まえられるの、いやだよね。どうしたら、捕まえられなかったと思う?」


 私の話を真剣に聞いてくれる。


「…ん、と…にげる? はなれる?」

「そう。いいね。じゃあ、今度は、イノシシからはなれてにげてみようか? イノシシのいないほうににげる? よし、それやってみようか?」

「うん」

「あと、負けたら悔しくて、泣きたい気持ちになっちゃうのは解るよ。

 でも、できれば泣かないでやってみよう? 泣いちゃうと遊ぶのがたのしくなくなっちゃうの、わかる?」

「…わかる」

「わかってくれて、ありがとう。

 よし、一緒にもう一度、鬼、じゃなかったイノシシごっこしようか? エリセのあと、ジョイもいのししやってみる?」

「やる!!」

「うん。じゃあ、行こうか。まーぜーて」

「まーぜーて」


 泣き止んだジョイを連れていくと他の子達が出迎えてくれる。


「今度は泣くなよ。ジョイ」

「ジョイがオオカミで大丈夫?」

「じゃあ、ぼくがリュートひきおわるまでにしようか?」



 遊びの中で、人と人との係りの中で、子ども達はいろんなことを学んでいく。

 それは、異世界もどこも変わらないんだなと、走り出すジョイや、子ども達を見ながら、私は思ったのだった。



 その後、的当てゲームとか、リレーゲームとかも運動遊びとして取り入れてみたけれど、やっぱり一番人気は鬼、もといイノシシごっこ。

 アルやリオンどころか、たまにはフェイまで参加するようになって乱戦の様相を見せてきた。


 毎日走り回って遊んだので子ども達の体力も大分ついてきているし、ルールをまもること。

 我慢する事も遊びの中で覚えて行く。


「はい、つかまえた。次はマリカ姉がイノシシ!」

「ぐあああ、しまったああ!!」

「よし、みんなにげるぞ。つかまるな!」

「わーい!」



 異世界はいろいろ忙しくて、つい後回しになっちゃうけれど、やっぱり子どもに遊びは重要です。

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