魔王城の食糧事情
少しずつ、でも確実に冷えて来た空気に身震いする。 秋も徐々に深まりを見せて来た。
あと少ししたら、冬になる。
「私」にとって始めての「冬」だ。
その前に、できるかぎりの準備を進めておかないと。
「エリセ、あんまり混ぜすぎないように気を付けて」 「はーい」
エリセはいい返事で応えると、鍋の中の肉をまた混ぜ始めた。
ざっくりと、切るように。
木べらでゆっくり丁寧に。
「エリセはソーセージって食べた事あったっけ?」 「う~ん、マリカ姉が作ってくれて無ければないと思う」
「そっか、そうだね…」
私は頷いたあと、少し考えてから
「ねえ、エリセ?」
エリセの耳に囁いた。
「上手く出来たら最初の一本、一緒に味見しようね」 「いいの?」
「うん、エリセはいつも頑張ってくれてるもの」
「ありがとう! ふふ、楽しみだなあ~」
味見は料理人の役得。
それくらいのご褒美はあってもいいよね。
楽しそうで、嬉しそうなエリセの様子を見ていると私も、異世界ソーセージの味が楽しみになって来たのだった。
迫る冬に備え、私達は食料貯蔵に相変わらず励む日々を過ごしている。
中世に限らないと思うけれど、冬支度というものはほぼ食糧貯蔵と燃料集めだ。
だから、本当の所、私達は冬支度をする必要はない。
この、人が食べなくても死ぬことはない世界で、冷暖房完備の魔王城に住んでいる以上、どこかの童話の虫ではないけれど遊び暮らしていても無問題。
けれど、ここに重要なデータが有る。
「私」がこの異世界に転生して来て約三カ月。
試行錯誤しつつ、食事を作り、みんなと食べて来た結果、なんと身長が約5cmも伸びたのだ。
ここに来るまでの食糧事情が悪すぎて比較はできないけれど、当時、良くて小学校1年生くらいだと思っていた私が今は身体大きめの2年生。
もしくは小柄な3年生と言ってもあまり疑われないくらいの大きさになっている。
最年少のジャックとリュウも足腰がしっかりしてもう歩くどころか走っているし、最年長のリオンとフェイに至っては別人のように背が伸び、逞しさを身につけている。
リオンはエルフィリーネの背丈も追い越してしまった。
これは、やっぱり子どもの身体作りには食事は欠かせないという証明だと思う。
そもそも館の内部に閉じ込められる冬に、食事という楽しみが無いのは私自身が耐えられない。
と、いうわけで冬の食卓を豊かにすべく、私は異世界の知識を総動員することとなったのだ。
冬に向けて毎日狩りに出ているリオンとフェイは、いつもしっかり獲物を持ってきてくれる。
そのまま冷蔵庫に取っておいてある分もあるけれど、加工品として目先を変える事も重要だと思う。
今作っているのはソーセージだ。
ソーセージはひき肉に玉ねぎと塩、卵黄を入れてよく混ぜでから良く洗ってから豚…ならぬイノシシの腸に詰める。
香辛料を入れるともっと美味しいんだけど、もうそんなには残っていないので今回は諦める事にした。
最初は腸にお肉を入れにくくて難儀したけれど口金を作ってみてからは、上手くできるようになった。
「わあ、太いねえ。リオン兄の指より太い」
お肉をみっちりと詰め強い糸で結ぶ。
イノシシの腸はかなり太くて、ソーセージというよりもフランクフルト、といった風情だ。
完成したものをお湯でゆでて、最初の一本は約束通りエリセと半分こにすることにした。
ナイフで切ると パキッという良い音がして肉汁が飛び出た。
指でつまんで口に入れる。
「うん、まあまあかな?」
噛みしめると口の中にじゅわっと、うまみたっぷりの肉汁が広がっていく。
「ふわわあ~」
「エリセ?」
「マリカ姉、これ、おいしい!!」
「そう?」
「口の中にね、お肉のおいしいあじが、あふれるの。 やわらかくて、ふんわり、とろっ…って」
私にとっては香辛料がなどが入っていないので、今一つ物足りないのだけれど、エリセはうっとりとした顔で頬を押さえている。
まるで、落ちそうなほっぺを押さえているかのよう。 まあ、ソーセージは子ども達に嫌いな子、あんまりいないもんね
ふむ、と私は考える。
ソーセージでこんなに喜んで貰えるなら「アレ」を作ったらみんなは、どんな顔をするだろうか?
ひふ、み、と指を折る。
秋も深まって来たとはいえ、まだすぐ雪が降る、という訳でもないだろう。
ならば、やってみるのも悪くない。
材料は山ほどあるのだ。香辛料が足りないのは仕方がないが…。
なんとかなるだろう。
私はいのししの肉を冷蔵庫から運んでくることにした。
「エリセ。ソーセージは今日の夕ご飯にするからお皿の準備しておいてくれる?」
「いいけど…何してるの? マリカ姉?」
「ないしょ。できてからのお楽しみ、ね?」
その日の夕方。
出来立て、ゆでたてソーセージは案の定、子ども達に大好評を得た。
一人2本と決めていたのにもっと欲しい。と取り合いになるほどだ。
「お肉をこんな風に加工できるなんて、思ってもみませんでしたよ」
「イノシシの腸で? よくこんなものを考え付くな…。 これはもっと狩って来るか」
フェイもリオンの皿も減りが早い。
本当に、解りやすいほどに早い。
口に合った様でなにより。
「二人に、ちょっとお願いがあるんだけれど…」
私は二人の皿に、もう一本ずつソーセージを追加しながら呼びかける。
「あー、ずるいー、リオン兄とフェイ兄ばっかり!!」
目ざとく見つけたアーサーがフォークを向けるが、カチン、と皿を叩くだけ。
空振りだ。
さすがリオン。
こういう時も反射神経、凄い。
「なんだ?」
口に入れたソーセージを呑みこむとリオンがそう聞いてくれたので、
「セフィーレの木の枝を取ってきてほしいの」
と頼む。
「幹を切る、じゃなくって枝でいいんですね。それくらいなら簡単ですが、何に使うんです?」
「スモークチップを作ろうと思って…」
「? スモーク、なんです?」
「詳しい説明は、やってみせないと解らないだろうから後で。 ただ、上手くできたら、ソーセージよりも最高に美味しいお肉をごちそうするから」
「わかった」
「わかりました」
双方向から即座に返事が返る。
頼もしい。
後は、材木と釘は前にロッカーを作った残りがあった筈。
網や、鉄の棒は…
私は頭の中で、必要な物を数え始めた。
日本で「真理香」だったころ。
父親の趣味で、良くキャンプに行った。
毎日の料理は母にお任せだったけれど、バーベキューと燻製作りだけは、誰にも負けないと胸を張っていた。 家に木製の手作りスモーカーを作ってしまうくらいの凝りようだった。
実際、父が作ってくれた燻製はどれもとても美味しかった。
特にベーコンが絶品だった。
飴色が美しい肉の塊に、父がナイフを入れると目が醒める様なキレイな薄ピンク色が顔をのぞかせる。
本当は少し寝かせてから食べるんだぞ、と言いながら切って炙ってくれた端っこを口に含んだ時の、あの感動は今も忘れられない。
父の手作りベーコンの味が私の「ベーコン」の基準だったから、独り暮らしをするようになって、スーパーの薄切りベーコンの味気無さに耐えられず作ってとせがみ、送って貰ったことを思い出して、なんだかおかしくて微かに口元が緩んだ。
「確か、あの時のスモーカーはこんな感じ…」
私はロッカーを作る時と同じ要領で木の板を小さな箱に作り変えた。
網を乗せる段差と、棒を通す穴も空ける。
父は、トンカチトンカチ、楽しそうに作っていたっけ。
お肉に、塩と香辛料をたっぷりと揉みこんで冷暗所に置く事約1週間。
水がだいぶ抜けて来た肉を今度は水につけて塩抜きする。
それから風に当てて、脱水。
リオン達に取って来て貰った木の枝は細かく削ってチップにした。
桜の木やリンゴの木がいいと、聞いたことがある。木の香りがいい感じにつくらしい。
これをスモーカーの中で燻して燻製にするのだ。
父は肉の味付けにも色々工夫していた。
香辛料の配分を変えたり、香草を入れたり、塩麹などを混ぜてみたり。
どれも美味しかった。
典型的な男の料理で、片づけをしたがらなかったので、母の苦情は絶えなかったけど。
今回は砂糖の代わりにハチミツで甘みを付けることを真似させてもらう。
古い鉄の鍋にチップを入れて火をつける。
一気に燃やすのではなくじんわりと煙が出るように。 それから、油とりの小さな皿と一緒に肉をつるしたスモーカーの中に入れて蓋をした。
城内で燻製は流石に無理なので中庭にスモーカーを持ち出して燻し始めると香ばしい匂いが鼻孔を擽り始める。
「何の匂いだ?」「いーにおい…」
匂い、というのは結構、強烈に胃袋に訴えかけるものだ。
期待に目を輝かせて集まる。集まる。
気が付けば全員集合だ。わくわくとスモーカーを見つめている。
「そろそろいいかな?」
みんなの期待を一身に背負い、私はスモーカーの蓋を開ける。
「おーー」
中からいい感じに飴色に輝く肉の塊が出てくると、みんな目が輝いた。
「ホントは1日風に当てて熟成させるんだけど…」
と言っても無駄な事は、私が一番良く知っているので諦める。
料理用のナイフで肉の端を切る。茶色の塊からあの時に近い綺麗なピンクの肉が顔を覗かせた。
よかった。
とりあえず成功したらしい。
切り落とした方の肉を、残ったチップを燃やした火で炙ると、じりっ、じりっと肉汁がしみだしてくる。
「どうぞ」
私が焼けたベーコンを人数分に切って差し出すと、みんなの手が一斉に伸びて、秒で消えた。
口に含んだ瞬間の反応はそれぞれだったけれど、共通しているのは丸い目。
押さえられた口元。
びっくりした表情。
「すごい!」「美味い!」「おいしい!!」
昔の私と同じだった。
まだ最後の風当てをしてないので、少し酸味と臭みがある。
父の言葉は本当に正しい。
でも、 この瞬間に食べる感動は、やっぱり別格の味わい、なんだなと思ったのだった。
ちなみに、完全に風当て、熟成を終えたベーコンをパンケーキに乗せてその後出してみた。
いわゆるベーコンパンケーキ。
カリカリベーコンと甘い生地がぴったり合う私の大好物だ。
その結果がどうだったのかは言うまでもない。
「マリカ姉! いっしょうけんめい、はたけのおせわするから、もっとパンケーキつくって!」
そう涙ながらに訴えたヨハンに、全員が同意するくらい好評だった。
スモーカー作りと試運転が成功したので、今後色々作っていけると思う。
燻製温玉とか、みんな食べたらどう思うかな? みんなの笑顔と、幸せな時間。
そして美味しいベーコンを私は噛みしめる。
大切にしようと思う。
これは…父からの贈り物なのだから。
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